ちょっとハイスペックなアインズ様   作:アカツッキーー
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#2 カルネ村

少女とそれより幼い少女を前に、全身鎧に身を包んだ者は剣を振りかぶった。

少女は目を閉じる。その下唇を噛んだ表情は、決して望んでの姿ではない。ただ、どうしようもないことを受け入れたに過ぎない。

 

────痛みはいまだ来なかった。

 

ぐっと固く閉ざしていた瞼を開く。

少女の世界に最初に飛び込んで来たのは、剣を振り下ろしかけて止まっている騎士。その騎士は少女の向こう側を驚愕の表情で見つめている。

騎士の視線に引きずられるように、少女も同じ方向に顔を向ける。

 

────そこには闇があった。

 

扉?

少女はそれを見てなんとなく思う。心臓が一つ鼓動を打った後、それが間違っていなかったことが証明される。

 

闇の中から一人の男性が現れた。

 

黒髪・黒目の端正な顔立ちは南方の出身なのだろうか。男性は豪奢なローブを身にまとい、神々しくも恐ろしい、この世の美を結集させたような(スタッフ)を握りしめていた。

男性がその優しげな瞳で、少女達を見据える。少女は思わず顔を赤くし、先程とは違う意味で心臓が高鳴るのを感じていた。

 

少女が見とれていると、ゆっくりと男性の腕が上がり──そして何かを掴むように広げられた手が騎士に突きつけられた。手を向けられた騎士も動くことができない。

 

〈──心臓掌握(グラスプ・ハート)

 

男性が何かを握り締める仕草をし、少女のすぐ側で金属のけたたましい音がした。

少女は視線を動かし騎士を見据える。騎士はもはや動かない。

 

すると、男性が何か呟く声が聴こえる。

 

「そうか・・・やはり肉体のみならず心でも人間を止めたと言うことか・・・」

 

その男性、モモンガは歩き出す。

二人の少女を通り過ぎ、庇うように立つ。そのとき姉の方から安堵したようなため息が漏れた。

 

騎士はモモンガを視認し、それから怯えたように一歩、後退した。

 

「・・・女子供は追い回せるのに、毛色が変わった相手は無理か?」

 

騎士から伝わってくる恐怖に嘲笑で答え、モモンガは次なる魔法を選び出す。

 

先程の魔法〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉は第八位階の魔法で、モモンガの得意とする死霊系の魔法だ。今度はもっと位階の低い魔法を選ぶ。この世界の強さを──ひいては自分の強さを確かめるチャンスとして。

 

「〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

龍のごとくのたうつ白い雷撃が生じ、モモンガの手から肩口までを荒れ狂う。一拍の後、突きつけられた指の延長にいる騎士目掛け、白き雷撃は中空を駆けた。

 

騎士は白き雷撃をその身に浴び、一瞬だけ白く輝く。光は即座に薄れ、騎士の体は糸の切られた人形のように地面に転がる。

 

「弱い・・・こんなに簡単に死ぬとは」

 

モモンガは騎士のあまりの脆さに驚く。第五位階魔法〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉はモモンガからすれば弱すぎる魔法だ。100レベルのモモンガが第五位階程度の魔法を使うことは滅多にない。

 

(この世界の住人はこんなヤツばかりなのか?いや、油断はよくない。たまたまコイツらが弱かった可能性もある)

 

油断したせいで死ぬなんて愚かすぎる。まずはもっと力を試してみるべきだ。

 

──中位アンデッド作成 死の騎士(デスナイト)──

 

モモンガは自らの特殊技能(スキル)を解放する。黒い霧が中空からにじみ出ると、心臓を握りつぶされた騎士の体に覆いかぶさるように重なった。

霧が膨れ上がり──騎士に溶け込んでいく。「ひっ」という悲鳴が姉妹から聞こえるが、モモンガにも驚きで構う余裕はなかった。こちらの世界は、ところごころでユグドラシルと違いがあるようだ。

 

数秒が経過し、死の騎士(デスナイト)が現れる。モモンガは召喚モンスターとの精神的な繋がりを感じた。それを操るように命じる。

 

死の騎士(デスナイト)よ。この村を襲っている騎士──「オオオオァァァアアアアアーーー!!」──を殺せ・・・」

 

咆哮──。

死の騎士(デスナイト)はモモンガが最後まで言い切る前に村の方に駆け出していった。死の騎士(デスナイト)は普通盾役で、召喚主から離れることはない。こんなところでもユグドラシルとの違いがあるようだ。

 

モモンガがまた一つ情報が手に入ったと考えていると、開いていた〈転移門(ゲート)〉から人影が出てくる。

姿を現したのは全身を黒の甲冑で完全に覆った騎士──アルベドだ。

 

「準備に時間がかかり、申し訳ありませんでした」

「いや、そうでもない。実に良いタイミングだ」

「ありがとうございます。それで・・・そこの下等生物の処分はどうされますか?お手が汚れるというのであれば私が代わりに行いますが」

「・・・ナーベラルに何を聞いてきたのだ?」

 

アルベドから返事はない。あれほど念をおしたのに伝えられていないとは。

モモンガの中で「ナーベラルはポンコツ」という評価がついた。

 

「この村を助ける。取りあえずはそこに転がっている鎧を着たもの達が敵だ」

 

了解の意を示すアルベドを確認して、モモンガは二人の少女に近づく。心なしか少女、特に姉の顔が赤い気がする。

 

「・・・怪我をしているようだな。これを飲むと良い」

 

そう言ってモモンガは虚空に手を突っ込み、一本の赤い(・・)ポーションを差し出す。一瞬だけ姉の方が惚けたような顔をしたが、恐る恐るといった様子でそれを受けとる。

姉はポーションを一息で飲み干す。そして驚きの表情を浮かべた。

 

「うそ・・・」

 

信じられないのか、何度も背中を触っている。妹は泣きながら姉に抱きついている。

 

「痛みは無くなったな?」

「は、はい・・・これほど高価なものを与えてくださって、何とお礼を言ったら良いのか・・・」

「気にするな。『困った人を助けるのは当たり前』。それを実行したに過ぎん」

 

モモンガの言葉に顔を赤く染め、その目に涙を浮かべる少女。後ろから「ギリッ」と音がしたのは気付かない振りをする。

 

「私は魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。君は魔法というものを知っているか?」

「は、はい。む、村に時々来られる薬師が魔法を使えます」

「・・・そうか、なら話が早いな」

 

モモンガは〈生命拒否の繭(アンティライフ・コクーン)〉と〈矢守りの障壁(ウォール・オブ・アローズ)〉を姉妹を中心に展開する。

 

「守護の魔法だ。そこにいれば大抵は安全だ。──それと、念のためにこれをやろう」

 

モモンガはそう言って二つの角笛──小鬼(ゴブリン)を召喚できるアイテムを姉の手に乗せてやる。

そして、モモンガは村を救うために立ち上がり、アルベドを連れて歩き出す。

 

「あ、あの──助けてくださって、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 

その声にモモンガは立ち止まり、柔らかい笑顔を向け、答えてやる。

 

「・・・気にするな。先程も言ったが当たり前のことをしただけだ」

「あ、ありがとうございます!本当にありがとうございます!そ、それとお名・・・」

 

ごくりと喉を鳴らし、少女は聞いた。

 

「お名前はなんとおっしゃるんですか?」

 

名乗ろうとして、モモンガという名は口からこぼれなかった。

一瞬の間が開き、モモンガは名乗る。──かつて友人達とともに築き上げた栄光の名を──

 

「・・・我が名はアインズ。私こそが──アインズ・ウール・ゴウンだ」

 

 

 

 

死の騎士(デスナイト)よ、そこまでだ」

 

村の広場に上空から澄んだ威厳のある声が響く。それに答えて惨殺を繰り広げていた「絶望」が動きを止めた。対峙していた騎士達は、力尽きたように膝をつく。

アインズは騎士達の前にゆっくりと降り立ち、話しかける。

 

「はじめまして、騎士の諸君。私はアインズ・ウール・ゴウン、そこの死の騎士(デスナイト)の主人だ。抵抗するのであるならば・・・」

 

ガチャ ガチャン

 

アインズが言い終わるのも待たず、騎士達は、武器を捨てる。

 

「ほう。随分お疲れのようだ。・・・よしそこのお前とお前」

 

アインズは五人の騎士の中の隊長格であろう男ともう一人を指名する。二人の騎士は顔を真っ青にする。

 

「お前達は、今から本国に戻り上司──飼い主に伝えろ。『この周辺でこれ以上騒ぎを起こすなら、この私、アインズ・ウール・ゴウンが死を届けに行く』と。・・・アルベド、他の三人は拘束しろ」

「はっ、畏まりました」

 

今度は残りの三人が顔を真っ青にする。伝令を指示された騎士二人は、転びそうになりながら走り去っていった。

 

アインズはそれを見送り、固まっている村人のもとへ近づく。よく見ると怯えた様子で此方を──正確には死の騎士(デスナイト)を見ている。

 

(何故あんなに怯えているんだ?自分達を助けた存在ではないのか?・・・いや、ここはゲームの世界ではない。アンデッドを怖がるのは普通の反応か・・・)

 

村人の様子を見てアインズは、この世界のアンデッドへの認識を理解する。やはり『人化の指輪』を付けてきて正解だったようだ。

アインズは村人をなるべく怖がらせないように、優しく話しかける。

 

「私はアインズ・ウール・ゴウン。この村を助けに来た魔法詠唱者(マジックキャスター)です。そこの騎士は私の支配下に入っていますので、皆さんを襲うことはありません。どうかご安心ください」

 

村人達はアインズの優しく丁寧な物腰に少し緊張をゆるめる。しかし、何人かはまだ警戒しているようだ。

その理由に思い至ったアインズは言う。

 

「勿論、ただではありません。いくらかの報酬は受け取らせてもらいます」

 

ようやく皆が警戒を解いてくれる。無償で助けるなどなにか裏があると思うのは普通だ。「『ただ』より恐ろしいものはない」というのは、どの世界でも共通らしい。

アインズがそう納得していると、村長らしき老人が声をかけてくる。

 

「ゴウン様、村を救って下さりありがとうございます。しかし村は今こんな状況でして、報酬の方は・・・」

「その辺の話は後でゆっくりしましょう。私はここに来る最中に助けた姉妹を連れてきますので、あなた方は亡くなった方々を早く弔ってあげてください」

 

村人達がはっとしたように了解するのを見て、アインズはゆっくり歩きだした。

 

 

 

 

アインズは思考に耽っていた。

 

あの後、姉妹──エンリとネムを連れてきて死体の回収を手伝ったが、その中には二人の両親も含まれていたらしく、アインズは泣きじゃくる二人の頭を優しく撫でてあげた(そのときアルベドから物凄い殺気が漂ってきたが無視した)。それで現在は、村長宅で報酬の代わりとして周辺の地理やこの世界の知識などの情報をもらっている。

 

(この周辺の国家は、リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国、スレイン法国。特に他種族排斥をかかげている法国には要注意だ。プレイヤーの影も無視できない)

 

アインズは国家情勢も視野に入れ、熟考する。先程捕らえた騎士は法国の欺瞞工作の可能性もあるのだ。ほっとく訳にもいかない。

 

(それと言語。喋っている分には問題ないが、明らかに口の動きが違う。これからこの世界で生きていくなら、言語の勉強は必須課題だな・・・)

 

あれこれ考えていると、慌ただしく村人が一人入ってくる。

 

「おい、ゴウン様がいらっしゃるのに失礼だぞ。そんなに慌ててどうした」

「そ、村長、大変です!う、馬に乗った戦士風の者たちが近づいてきています!」

「何!」

 

村人達は先程騎士に襲われたばかりだ。怯えるのも無理はない。

 

「村長、私が出ましょう。念のため生き残った村人達を至急集めてください」

「わ、分かりました。何から何までありがとうございます」

「気にしないでください。今回はアフターサービスということで無償です。それに、助けに来てくれた王国の方々かもしれませんし」

 

 

 

アインズは念のために仮面(嫉妬マスク)を付け、村長とともに戦士風の男達を迎える。一人の男が馬から降りたつ。

 

「──私は、リ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国兵を討伐するため、村を回っているものである」

 

静かで深い声が広場に響き渡り、村人達がざわめく。

 

(王国戦士長と言えば、先程の話で出てきた周辺諸国最強の戦士だったか。レベルは潜ませている僕が見たところ30後半。この世界の基準が分かるな)

 

アインズは僕からの情報と照らし合わせながら口を開く。

 

「はじめまして、王国戦士長殿。私は、アインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士に襲われていたので助けに来た魔法詠唱者(マジックキャスター)です。こちらは従者のアルベドです」

 

アインズは軽く一礼し自己紹介をする。

それに対しガゼフは重々しく頭を下げた。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 

ザワリと空気が揺らいだ。

王国戦士長の地位に就く人物が、身分も明らかでないアインズに敬意を示しているのだから驚愕に値するだろう。アインズはガゼフの人柄に好感を覚えた。

 

「・・・頭をおあげください、戦士長殿。立場のあるあなたが、どこの誰とも知れない私なんかに頭を下げるのは良くない」

「王国民を救ってくれたんだ、礼を示すのは当然だ。それもできない形だけの地位に意味はない」

 

やはりこの男は気持ちが良い。アインズはガゼフに、かつて自分を救ってくれた白銀の聖騎士の姿を幻視した。

 

「それよりもゴウン殿は冒険者かな?寡聞にして存ぜぬのだが・・・」

「そのようなものです。私は旅人ですので、この辺では聞いていなくても仕方ありません」

「なるほどな。それで村を襲っていたという騎士はどうされた?」

「三人程捕らえております。村人に一度聞いてから、そちらに引き渡しましょう」

「おお、それはありがたい!これで今後の対策もねれるというものだ」

 

こういうこともあろうかと、騎士を数人捕らえていたのだ。全員を殺してしまえば余計な疑惑を生む。

 

「それでは村長殿、今日はこの村で一泊しようと思っているのだが、どこか場所はあるだろうか?それにゴウン殿も交えて話しもしたいんだが・・・」

「分かりました。ではその辺りも踏まえて、私の家でお話しできれば──」

 

村長が答えかけたその時だった。一人の騎兵が広場に駆け込んできた。

騎兵は大声で緊急事態を告げる。

 

「戦士長!周囲に複数の人影。村を囲むように接近中です!」

 

 

 

 

「なるほど、確かにいるな・・・」

 

家の陰からガゼフは報告された人影を窺う。敵の数は四十人程度の大隊。そして、その上空には天使が散開している。

 

「・・・あれは炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)?ユグドラシルの魔法もあるわけか・・・」

 

アインズが呟く。この御仁は自分の知らない天使を知っている。ガゼフは微かな希望を見いだしアインズに問う。

 

「・・・ゴウン殿、よければ雇われないか?やつらの狙いは私だろう。貴殿がいてくれれば勝機がみえるのだが・・・」

 

アインズからの返答はない。

 

「報酬は望まれるだけ用意しよう」

「・・・そうですね。条件を飲んでくれれば手を貸しましょう」

「・・・その条件とは?」

 

断られると思っていたため、ガゼフは拍子抜けする。だが、その条件とは何なのだろうか。

 

「私は初め後ろから様子を見ます。敵の情報が少ない中で戦うのはゴメンです」

「なるほど、了解した。よろしく頼む」

 

ガゼフが頭を下げる。それを止めながらアインズは、俺が逃げるとか考えないのだろうか?と、他人を信用し過ぎるガゼフに苦笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

アインズは今、村人を集めた家屋の隣の家でガゼフたちの戦いを見ている。

 

「アインズ様、どうして戦士長の要請をお受けになったのですか?正直に申しますと、あの者たちがどうなろうと構わないと思うのですが」

「戦士長が負ければせっかく助けた村人たちが殺されてしまうだろう?それに恩を売っておくのは今後の役に立つ」

 

これはアインズの本音だ。しかしそれは、二つ目の理由に過ぎない。アインズはガゼフの死を厭わない、まっすぐな瞳に憧れたのだ。

 

そうこうしているうちに、ガゼフが劣勢に立たされていた。アインズは立ち上がる。

 

「──そろそろ交代だな」

 

 

 

 

陽光聖典隊長、ニグンは困惑していた。

 

ガゼフをあと一歩まで追い詰め、「自分より強い御仁がいる」と世迷い言を叫ぶのを無視し止めを刺そうとしたとき、いきなりガゼフとその部下たちの姿が消えたのだ。

 

その場所には、豪奢なローブに身を包み奇妙な仮面を付けた男と、漆黒の全身鎧を身に纏った女性と思われる騎士が立っている。

 

ニグンは一度天使達を全員引かせ、油断なく出方を窺っていると、前に立つ男が更に一歩前に出た。

 

「はじめまして、スレイン法国の皆さん。私はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと呼んでいただければ幸いです」

 

距離があるのにも関わらず、その静かだが威厳のある声は風が運んでくれる。

 

「まずは最初に言っておかなければいけないことが一つ。皆さんでは私には勝てません」

 

断言した口調からは絶対の自信を感じ取れた。ニグンは僅かに眉をひそめる。

 

「無知とは哀れなものだ。その愚かさのつけを支払うことになる」

「その言葉、そのままお返ししましょう。私は全てを見ていました。そもそも必勝の確信がなければ、私が出てくる訳がないでしょう?」

 

正論である。

この男は周辺諸国最強と謳われるガゼフが一方的にやられているのを見た上で、姿を現した。ハッタリの可能性もあるが、何か隠しているかもしれない。

 

「そんなことよりもストロノーフはどこにやった?」

「・・・村の中に転移させました」

「何?偽りを言ったところで、村を捜索すれば分か──」

「──偽りなど滅相もない。・・・実は素直に答えたのには理由がありまして」

「・・・命乞いでもするか?我々に時間をかけさせないのであれば、考えよう」

「いえいえ・・・実は・・・戦士長とお前達の会話を聞いていたのだが・・・本当にいい度胸をしている」

 

嘲りを含んだニグンに対し、アインズの雰囲気が一気に変わる。

 

「お前達は私が手間をかけてまで救った村人達を殺すと公言していたな。これほど不快なことがあるものか」

 

アインズの纏うローブが風に煽られ、大きくはためく。ニグンは目の前の男が得体のしれない化け物に見えた。

 

「ふ、不快とは大きく出たな、魔法詠唱者(マジックキャスター)。で、だからどうした?」

 

僅かに威圧されながらもニグンは嘲笑を含んだ態度を変えたりしない。スレイン法国の精鋭部隊隊長である自分が動揺させられてはいけない。

 

しかし──

 

「抵抗することなく命を差し出せ。拒絶するなら愚劣さの対価として、絶望と苦痛の中で死に絶えていけ」

 

アインズが一歩だけ進む。押されるように陽光聖典の者たちは一歩後退する。彼らを支配するのは怯え。

信じがたいほどの強者の威圧。ニグンをしてこれほど威圧されたのは初めての経験だった。化け物揃いの漆黒聖典ですら、これほどの者はいない。

 

恐怖に呑まれそうになったニグンは頭を振り、叫ぶように命令する。

 

「全天使で攻撃を仕掛けろ!急げ!」

 

弾かれたように、全ての天使がアインズに迫る。

 

「本当にお遊びが好きな奴らだ。・・・アルベド、下がれ」

 

アインズはアルベドを自身から遠避け、魔法を発動する。

 

負の爆裂(ネガティブバースト)

 

ズンと大気が震えた。

黒い光の波動がアインズを中心に一気に周辺を呑み込む。波動が走ったのは一瞬。ただ、その結果は歴然として残る。

 

「・・・あり、ありえない・・・」

 

誰かの呟きが聞こえる。それほど信じられない光景が広がっていた。

総数四十体を越える天使。それらが全て、一つの魔法にかき消されていた。

 

ゾワリとニグンの全身が震える。脳裏にガゼフの言葉が走る。

 

『あの村には、俺より強い御仁がいる』

 

ニグンは頭を振る。それは考えてはいけないこと。答えが出てしまったら、もはや動けなくなる。だから懐に手を当て、そこにある秘宝に勇気をもらう。

しかしそういった心の支えがない部下達は、別の手段に出た。

 

「う、うわぁああ!」

「なんだ、そりゃ!」

「ば、化け物が!」

 

天使が意味をなさないと知り、悲鳴のような声を上げながら、自らの信じる魔法を立て続けに詠唱し始めた。多種多様な魔法がアインズに打ち付けられる。

魔法の雨あられの中、アインズは気楽な態度を崩さない。

 

「やはり知っている魔法ばかりだ。・・・聞きたいことがどんどん増えていくな」

 

召喚した天使を一撃で殺し、魔法でも痛みすら与えることができない存在。まるで悪夢に囚われてしまったように感じる。

 

「ひやぁぁあああああ!」

 

魔法がまるで意味をなさないことに狂乱状態に追い込まれた部下の一人が、奇妙な悲鳴を上げながらスリングを取りだし、礫を放つ。突如、爆発音にも似た音がした。

 

「・・・はっ?」

 

誰にも目の前で起こったことが掴めなかった。攻撃したのはこちら側のはず。しかし結果は逆転し、攻撃した部下は頭を吹き飛ばされている。

ニグンはバルディッシュを振り抜いた姿勢でアインズの前にいる、アルベドを見る。

 

「アインズ様、至高の御身と戦うのであれば、最低限度の攻撃というものがございます。あのような飛礫など・・・失礼にもほどと言うものがございます」

「はっはっ。それを言ったらあいつら自体が失格ではないか。なぁ?」

「!!さ、最高位天使を召喚する!時間を稼げ!監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)もいけ!」

 

現金なもので部下達の動きが目に見えて変わる。しかし、アインズは未だ棒立ち状態でいる。

 

「・・・あれはまさか魔封じの水晶・・・ユグドラシルのアイテムもあるわけか──アルベド、特殊技能(スキル)を使用し私を守れ。至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリアン)以上が出てきたら本気で戦う必要がある」

 

何か呟きながら、片手間に監視の権天使(フリンシパリティ・オブザベイション)を見たこともない魔法で消し去るアインズを見て、ニグンは焦るが、自分の手の中でクリスタルが破壊されるのを見て立て直す。

 

──まばゆい光が放たれ天使が現れる

 

「見よ!最高位天使の尊き姿を!威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 

それは光輝く翼の集合体だ。姿を見せた瞬間から、周囲の空気が清浄なものへと変化していく。

 

これならきっとアインズ・ウール・ゴウンを殺せる。無数の歓喜の感情が溢れてくる。しかし───

 

「こ・・・これが?これが最大の切り札?幼稚なお遊びではないか・・・」

「何?」

 

ニグンは何を言われたか分からなかった。幼稚なお遊び?ありえない。魔神をも消滅させる最高位天使だ。ハッタリに決まっている。

そんなニグンを無視し、アインズはアルベドとしゃべっている。

 

「この程度に警戒していたとは・・・すまないな、アルベド。わざわざ特殊技能(スキル)を使ってもらったのに」

「とんでもありません、アインズ様。情報が欠如していた現状、警戒をするのは当然のことです」

「そうか?いや、そのとおりだな。しかしそれにしても、まさかこの程度とはな。呆れたものだ」

 

もはや相手にするのも馬鹿馬鹿しいという気配が色濃い二人の反応に、ニグンの思考は過熱する。

 

「最高位天使を前に、何故そんな態度ができる!威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)よ、〈善なる極撃(ホーリースマイト)〉を放て!」

 

人間では決して到達することのできないとされる第七位階魔法。つまり、〈善なる極撃(ホーリースマイト)〉は究極クラスの魔法である。

 

善なる極撃(ホーリースマイト)〉が発動される。そして光の柱が落ちてきた。ゴシュウ、と音を立てながら落下してきた清浄な青白い光によって、アインズの体が飲み込まれる。ニグンは今度こそ殺ったと思った。

 

しかし───健在。

 

アインズ・ウール・ゴウンという化け物は、消し飛ぶことも、地に伏すことも、燃え尽きることも、何もなく、大地に両の足で立ってた。しかも冷ややかな笑い声が響く。

 

「──ははははは。なるほどなるほど!今は人間の姿であるからカルマ値が中立。もとの姿であれば受けていたダメージを受けないとは。いやはや、良い実験ができたよ」

 

平然とした声。ニグンたちはもはや引きつったような笑顔を浮かべるしかなかった。ただ、一人だけ激怒していた者がいる。

 

「か、か、かとうせいぶつがぁあ!」

 

絶叫と言っても良い声がアルベドから発せられ空気を切り裂く。

その場を中心に世界が歪んでいくような感覚。死を確信する邪悪で歪みきった気配が爆風のごとく叩きつけてくる。

 

しかし、アインズがアルベドの肩に手を置いて、軽く呟いた瞬間、ピタリと動きが止まる。

 

「──良いのだ、アルベド。・・・天使の脆弱さを除き、全ての流れは私の狙い通りだ。ならばどこに憤る必要がある?」

「し、しかし──」

「──それにだ、アルベド。・・・お前は微笑みを絶やさない方が魅力的だぞ?」

「くふー!みりょ、魅力的!──ゴホン。出すぎた真似をしました、アインズ様」

「さて、お待たせして申し訳ない」

 

敵前で余裕を見せる二人に惚けていたニグンは我に返り叫ぶ。

 

「もう一度だ!〈善なる極撃(ホーリースマイト)〉を放て!」

 

もしかしたら今度こそ通じるかもしれない。『一撃目は無効にする』という生まれながらの異能(タレント)の可能性もある。しかし、流石にアインズも二撃目までは許さない。

 

「もう良い・・・絶望を知れ。〈暗黒孔(ブラックホール)〉」

 

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)に、ポツンと小さな点が浮かぶ。それはみるみるうちに巨大で空虚な穴へと変わり、一瞬で全てを吸い込む。

 

「お前は何者なんだ・・・」

 

呆然としながら、ニグンは何とか言葉を紡ぐ。アインズは答える。

 

「・・・アインズ・ウール・ゴウンだよ。この名はかつては知らぬ者はいないほど轟いていたのだがね・・・さて、おしゃべりはこのくらいにして───」

 

──ピキッ

 

何かが割れるような音がして、アインズの言葉を遮る。ニグンが困惑している中、アインズから答えが投じられる。

 

「やれやれ・・・感謝して欲しいものだな。何らかの情報系魔法を使って、お前らを監視しようとした者がいたみたいだ。私の攻性防壁が起動したから、大して覗かれていないはずだが・・・。やれやれ、もっと上位の攻撃魔法を準備しておくべきだったな」

 

本国が定期的にニグンの様子を監視していたのだろう。

 

「さて、君達のことだが──」

 

その言葉にニグンの背中に冷たい汗が流れる。気がつけば必死に命乞いをしていた。

 

「──お、お待ちください、アインズ・ウール・ゴウン殿、いや、様!わ、私は本国でそれなりの地位についております!望む額を用意しましょう!で、ですので、私たち、いえ、私だけでもお助けください!」

 

自分だけ助かろうとするニグンに部下達は抗議する。しかしアルベドから発せられた言葉に凍りつく。

 

「あなた間違ってるわ。ナザリックにおける生殺与奪の権を持つアインズ様が、死ねとおっしゃったのだから、貴方たち下等生物は頭を下げ、命を奪われる時を感謝しながら待つべきだったのよ」

「・・・か・・・下等、生物・・・」

 

狂っている。ニグンはそう思った。

 

アインズが仮面を外し、その手に付けている「指輪」をゆっくり外しながら言う。

 

「確か・・・こうだったな。無駄な足掻きは止めて、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なくころしてやる」

 

ニグンたちが最後に見たのは、悠然と佇む死の支配者の姿だった。

 

 

 

 

─ナザリック 第十階層 玉座の間─

 

今ここにはナザリック中の僕が集まっている。入りきらなかった僕たちも各階層のモニターで見ている。

 

あの後、村に戻ったアインズはガゼフに「法国の奴らは手強く、追い返すのが精一杯だった」と伝えた。おそらくガゼフも気付いていただろうが、黙って頷いてくれた。また、ガゼフに王国に仕えないかと言われたがやんわり断り、王都へ来た際にもてなしてくれるということで話をつけた。

 

また、陽光聖典の連中は拷問官のニューロニストに預け、立場の低い者から順に情報を絞るように命じている。

 

 

 

 

 

「モモンガ様がご入室されます」

 

セバスの声に僕たちが一斉に膝まづく。

 

「・・・面をあげよ」

 

ザッと僕たちが頭をあげる。

 

「まずは私が個人で勝手に動いたことを詫びよう」

 

アインズは形だけの謝罪をする。謝罪をしたという事実が必要なのだ。部下を信用していないと受け取られないために。

 

次にアインズは天井から垂れていた大きな旗の一つを落とす。「モモンガ」を意味するその旗を。

 

「私は名を変えた。これより私の名をよぶときはアインズ・ウール・ゴウン──アインズと呼べ」

 

「ご尊名伺いました。アインズ・ウール・ゴウン様、万歳!いと尊き御方、アインズ・ウール・ゴウン様にナザリック地下大墳墓全て者よりの絶対の忠誠を!」

「アインズ・ウール・ゴウン様、万歳!恐るべき力の王。全ての者が御身の偉大さを知るでしょう!」

 

NPCたちが、僕たちが唱和し、万歳の連呼が広がる。

 

「さて──」

 

僕たちが静まる。アインズは眼下の全ての者たちに視線を送る。

 

「──アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ」

 

右手に握ったスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを床に突き立てる。

 

「英雄が数多くいるなら全てを塗りつぶせ。アインズ・ウール・ゴウンこそ大英雄だと。この世界の全ての者に知らしめてやれ!今はまだその前の準備段階だが、近い将来、来るべき時のために動け。このアインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大であると知らしめるために───」

 

 

「───我々はこの世界を征服する!!」

 

 



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