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なぜ 日本の歴史教科書には記述されないのか

隠された真実を、拡散しよう

第一大邦丸事件(だいいちだいほうまるじけん)とは、

1953年2月4日に公海上(済州島沖20マイルの農林漁区第284漁区と思われる海域)で操業中であった福岡の漁船『第一大邦丸(57トン)』及び『第二大邦丸(57トン)』が、

韓国の漁船『第一昌運号』及び『第二昌運号』(各約55トン)を利用した韓国海軍によって銃撃、拿捕され、その際に第一大邦丸漁撈長であった瀬戸重次郎(34)が被弾して死亡した事件である。

背景

1952年1月18日、韓国は李承晩ラインを設定し、竹島、対馬及びその周辺海域における韓国の主権を主張し始めた。

問題点

民間船に対する無警告攻撃行為

無警戒な日本漁船に対して、韓国側は当初より明確な軍事行為目的を持っていた。外務委員会連合審査会によると、韓国船2隻には乗組員各12名のほか、憲兵1、特務隊員1、情報隊員1、警邏4、5名が分乗していた。

拿捕後の取調べ時の虐待的取り扱い。食料を与えない、過剰な人口密度等、ジュネーヴ条約違反の疑いは払拭できない。

被害

韓国警備隊に拿捕された日本漁船約328隻

抑留された日本人漁師合計3,929人

日本人44人を死傷(うち5人が死亡)

韓国側からの海上保安庁巡視船への銃撃等の事件は15件におよび、16隻が攻撃された

これらは、普通に日本の近海の公海で漁業を営んでいた日本の漁師である

突然、働き手のだんなさんが捕まって自殺した奥さんもいる

その上、この無実の勾留日本人を人質にして釈放を条件に、在日の永住権を獲得したのである

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