ズーラーノーンハンターと化したモモンガ。物語の執筆と発声練習に励むツアレ。
そんな二人はエ・ランテルの街で特にこれといった変化の無い日々を送っていた。
しかし、平穏で変化の無い毎日がいつまでも続くはずもない。
もちろんモモンガが叩き壊すからだ。
「そうだ、田舎に泊まろう」
「今度は急に何を言ってるんですか?」
「いや、ここの街並みにも飽きてたのでな。気分を変えて辺境の地にでも行こうかと」
「私は勿論どこでも付いて行きますけど、良いんですか? たぶん村に酒場はありませんよ?」
「いや、私は別に毎日酒場で呑んだくれてる訳じゃ無いんだが……」
「ふふっ、冗談ですよ。もうこの辺りで得られる情報には限界が来たんですよね?」
「ああ、その通りだ。情報に目新しい物が無くなってきた。そもそもズーラーノーンの関係者がそこら中に転がってる訳じゃ無いしな。それに記憶操、じゃなかった。尋問も得意じゃ無いからしんどいし……」
(ズーラーノーンの関係者を捕まえても結局魔法に頼っちゃうんだよなぁ。しかもあの魔法、無茶苦茶MP消費するし。頑張った割には下っ端じゃロクな情報持ってなかったり、どう考えても効率悪いよな…… いやいや、効率だけ重視する訳じゃないけどね)
モモンガにそんなつもりは全くなかったが、街に潜んでいたズーラーノーンの構成員は粗方狩り尽くされている。
尋問と言う名の〈
「結局の所分かったのは、下っ端程度じゃ盟主の顔も名前も全く知らんという事だけだな」
「折角有力な情報を得たと思ったのに、なんだか振り出しに戻った感じがありますね……」
「ふむ、それにしてもあの下っ端達は何のためにこの街に来たんだろうな? 全員よくわからん奴に指示されてここに来ただけで、目的も何も知らされていなかった」
「たぶん情報漏洩を防ぐ為ですよね。もしかしたら、ここから更に経由して何処かに行くつもりだったのかも……」
「次の行き先を指示する奴が居た場合か…… もしそうなら、これ以上の情報を探るのは無理があるな。生け贄を用意する為に人攫いしてた奴はいたのだが……」
捕まえたズーラーノーン関係者を屯所送りにし続けた結果、とある男の計画を非常に邪魔している事などモモンガは知る由も無い。
「まぁこれ以上考えても仕方あるまい。話を戻すが、次はトブの大森林付近にでも行こうと思ってるんだ」
「確かトブの大森林の近くにはいくつか村がありましたよね。そこの村ですか?」
「ああ、そうだ。これは提案なんだが、そろそろツアレも次のステップに進むのはどうかと思ってな。その村で物語を披露するというのはどうだ? いきなり大きな街でやるよりはマシかと思ったんだが」
「ええっ!? でも、まだ物語は出来てませんよ」
「今回は練習だと思えばいいさ、十三英雄の話ならもう何度も読んだだろ? それをやれば良い」
「それなら確かに…… でも……」
「習うより慣れろというじゃないか。子供のうちに失敗出来るだけ失敗しておけ、大人になると失敗も出来なくなるぞ」
「むぅ、分かりました。でも、今回は徒歩での移動にしましょう。魔法は無しでゆっくり行きますよ!!」
「ふふっ、ああ分かった。偶にはのんびりと、一週間くらい掛けて行くとしよう」
なんと分かりやすい意思表示だろうか。
ツアレが何を心配しているのか察したモモンガは、意を汲んで練習出来る期間を示すのだった。
「あとはそうだな、物語を披露する時に良かったらこれを使うと良い」
「これは?」
「ツアレの語りを助ける秘密兵器だよ」
◆
エ・ランテルを出発してからちょうど一週間後、徒歩で移動する二人は目的の村を発見する。
「おっ、村が見えてきたな。森が近くにあるのに柵も無いとは、えらくのどかな所だな」
「お話、ちゃんと聞いてくれる人がいるでしょうか…… よく考えたら農村の人達って忙しいですし……」
「もし客が居なければそれを笑い話にすれば良い。それに大人は無理でも子供達なら喜んで聞いてくれるんじゃ無いか? こういう場所は娯楽が少ないっていうし」
「……そうですよね、始まる前からくよくよしてられません。行きましょう!!」
一週間かけて心の準備が出来たのか、ツアレは明るい表情を見せた。
村の様子見てみると予想の一つが当たり、大人達は皆忙しそうに畑で働いていた。
だが子供達は辺りを元気に走り回っている。おそらく幼すぎて農作業などは手伝える事が限られているのだろう。
モモンガ達が村へ近づくと、近くにいた畑仕事中の一人がこちらに気がつく。
優しそうな顔をした男性は額に浮かぶ汗を首にかけた布でぬぐい、わざわざ手を止めて声を掛けてくれた。
「この村にお客さんとは珍しい、こんな辺鄙な所に何か御用ですか?」
「初めまして、私は流浪の
「初めまして、ツアレといいます。えっと、この村で吟遊詩人としてお話をしたいんですけど、許可とかはどうしたらいいですか?」
モモンガは少しでも印象を良くする為、仮面を外しながら挨拶をする。相手はモモンガの顔を少し珍しげに見ただけで、特に嫌な顔はされなかった。
「はっはっは、別にそんな堅い許可なんてこの村には要らないよ。なんなら私が後で村長に伝えておこう。この辺は娯楽が無いからね、子供達も喜ぶだろう。まぁこんな村だ、
お捻りは期待しないでくれよ?」
「そんな、私なんてまだ修行中なので受け取れませんよ!!」
「お気遣いありがとうございます。ところでこの村に宿はありますか? なければどこか空いた場所だけでも貸していただきたいのですが」
「泊まっていかれるのですか? それなら良かったらウチに来ませんか。妻と子供がいるので、狭くて大したおもてなしも出来ませんが……」
「よろしいのですか? こう言ってはなんですが、私は異国の者ですし怪しいと思うんですが……」
「髪や目の違いなんて気にしないですよ。もちろん妻もね。貴方は悪い人にも見えませんし」
不用心と言えなくもないが、なんと器の大きい人だろうか。こういった温かな人との交流はリアルでは絶対に無いだろう。それが出来ただけでもこの場所に来た甲斐があったとモモンガは思った。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」
「ありがとうございます。お世話になります」
その後、男性の妻にも挨拶をしに行ったが、二人が泊まる事を快くOKしてくれた。夫が言っていた通り、朗らかでとても人の良い女性のようだ。
この夫婦――エモット夫妻には二人の子供がいる。
その子たちを一言で説明するならしっかり者の姉と天真爛漫な妹だろう。
「初めまして、エンリ・エモットです」
「ネム・エモットです!! ねぇねぇ、ツアレさん達は何しに来たの? その仮面は何?」
「こら、ネム。お客さんに失礼でしょ」
「構わないさ、私の顔付きはこの辺りでは珍しいだろう? 困った事に巻き込まれないように、普段は仮面を付けて隠しているんだよ」
「ふふっ、私は吟遊詩人になる為にお話の練習に来たの」
「凄ーい!! 聞かせて聞かせて!!」
長女のエンリはツアレと歳も近く、お互いに姉妹の長女という事もあってすぐに打ち解けていく。妹のネムは歳が離れているが、人懐っこい性格なのか最初から距離がとても近い。
「ははは、お友達が出来て良かったじゃ無いか。やっぱり同年代との交流も大切だよな。いや、物語を披露するなら友達の前だとやりづらいかな?」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、モモンガ様。バッチリ練習したんですから!!」
来る前の不安はどこへ行ったのか、ここに来てツアレのモチベーションも上がっていた。
「ねぇねぇ、なんでツアレさんはモモンガ様って呼ぶの? もしかして貴族?」
「まさか、貴族なんてとんでもない。私は極々普通の一般人だよ」
モモンガが幻術で作っているのはリアルと同じ顔、黒髪黒目の日本人顔である。二人の髪色や顔のつくりから、流石に親子には見えなかったのだろう。
二人の関係性がよく分からないネムにとって、この呼び方は何となく気になるものだった。
「えっと、それは……」
(どうしよう、最初神様と間違えてましたなんて言えない!? 貴族から助けて貰ったから…… これも秘密にしないと不味いかも!? あー、呼び慣れてて全然気にしてなかった!?)
「確かに、ツアレさんは様づけで呼んでますね。どうしてですか?」
「モ、モモンガ様は色々出来て、とっても凄い人なの!! だから、尊敬を込めてそう呼んでいるの」
「ほう、ツアレがそんな風に思っていたとは。直接聞くと少々気恥ずかしいな」
「じゃあネムもそう呼ぶ!! モモンガ様、凄いの見せて下さい!!」
「えっと、私もそう呼んだ方がいいですか? モモンガ様?」
「別に無理して呼ぶ必要はないぞ、エンリ。名前くらい好きに呼んだらいい」
「うーん、でも私だけ違う呼び方なのも嫌です。なので私も様付けで呼びますね、モモンガ様」
「そうか、ならば期待に応えない訳にはいかないな。それにしても凄いものか…… よし、後で私も少し芸を披露しようじゃないか!! その呼び方に恥じないモノを見せるとしよう」
こんな小さな子供達にまで様付けで呼ばれてしまったのだ。ここは是非とも凄いところを見せなければとモモンガは少し張り切る。
ツアレが本当は何を思ってそう呼んでいたのか分からないが、モモンガは尊敬していると言われて満更でもなかった。その事実もモモンガのやる気を後押ししていた。
◆
ツアレが物語を披露すると聞いて、近所の子供達が集まってきてくれた。大した人数では無いが、ツアレの吟遊詩人デビューには丁度良いだろう。
ここから先はツアレが一人で頑張らなくてはならない。モモンガは少し後ろに下がって見守るだけだ。
子供達がワクワクした目で見つめる中、トランクケースのような黒い箱の上に立ったツアレが咳払いをして語り始めた。
「お集まりの皆さん、これからお話しするのはかの有名な十三英雄の一人、暗黒騎士の物語で御座います。語り部は私、ツアレが務めさせていただきます。どうか最後までお楽しみください――」
ツアレが物語を披露するのに合わせて、乗っていた箱から音楽が流れ出した。
まさかの出来事に子供達の顔に驚きが見える。
そう、これこそがモモンガの考えた秘密兵器である。吟遊詩人は楽器が無くては出来ないとまでは言わないが、音楽があった方が物語に臨場感が出やすいだろう。
アイテム自体は大したものでは無い。ユグドラシルのBGMが再生出来るだけのモモンガのコレクションの一つだ。
話の展開に合わせて音楽は切り替わり、物語もどんどん進んでいく。
「――彼は腰に差した黒き刃を掲げます。その名も『魔剣・キリネイラム』……夜空に浮かぶ星のような輝きが辺りを満たして――」
物語はクライマックスに入り、暗黒騎士と魔神の一騎討ちに突入する。ゲーム特有のテンションを刺激する音楽も合わさり、子供達の興奮がこちらにも伝わってくるようだ。
「――こうして暗黒騎士は魔神を退治し、人々の世界に平和をもたらしたのでした…… 本日のお話はここまで、ご静聴ありがとうございました」
面白かった。暗黒騎士カッコよかった等、子供達から拍手と共に精一杯の称賛が贈られる。
後ろで見ていたモモンガも静かに籠手を鳴らして、ツアレの頑張りを喜ぶのだった。
「よくやったな、ツアレ……」
◆
あの後ツアレは村の子供達に連れられて、どこかに遊びに行った。子供達の元気な様子から、きっとクタクタになって帰ってくるだろう。
モモンガはその間にエモット家の仕事の手伝いをしていた。細かい事は出来ないが、レベル100のステータスなら力仕事は余裕でこなす事ができる。
夕方になると家族団欒に混ざって一緒に夕食を御馳走になった。街の料理の様な派手さは無い。寧ろ質素といえるものだが、優しい家庭の味を感じる事が出来てモモンガは大満足だった。
そして夜、エモット家の一室を貸してもらったツアレとモモンガは並んで横になって休んでいる。
「今日は凄かったじゃないか。子供達も喜んでいたぞ」
「そんな、モモンガ様に貸して貰ったマジックアイテムのおかげですよ。操作が慣れなくて二つしか音楽使えなかったですし……」
「そんな事はないさ、道具はあくまでも道具だ。ツアレがどう活かすかだよ。使い方だって追い追い慣れていけば良い」
「そうでしょうか…… あの、みんな本当に楽しんでくれてましたか?」
「お前も見ただろう? あの子達の笑顔が答えだよ」
「そう、ですね。モモンガ様…… 私、吟遊詩人を目指して良かったと思います」
「私も応援して良かったよ。だが、ここで満足して気を抜いてはいけないぞ。いずれはこれで稼いで生活していくんだ。まぁ副業というのもあるからな、偶にはボランティア活動として趣味でやるのも良いだろうがな」
「はいっ!! 私、もっともーっと頑張ります!!」
一人前の吟遊詩人になるにはまだまだ先は長い。今日の事は夢を叶えるためのほんの小さな一歩に過ぎない。
だがそれはツアレにとって何よりも大切な一歩だった。
今日の喜びをいつまでも忘れないように、しっかりと胸に仕舞ってツアレは眠りについた。
◆
モモンガとツアレがカルネ村に来てから数日後。
いつまでもエモット夫妻のお世話になる訳にはいかず、そろそろ旅立とうとしていた。
「今日まで大変お世話になりました。ロクなお手伝いも出来ませんでしたが、とても楽しい貴重なひと時でした」
「とんでもない、力仕事を手伝って頂いたので大助かりでしたよ。それにツアレちゃんのお陰で子供達も楽しそうにしてましたから。こちらの方こそ御礼を言わせてください」
「本当にありがとうございました」
「ツアレさん、また遊びに来てね」
「またね、ツアレさん、モモンガ様!!」
今日も忙しいだろうにわざわざ四人は見送りまでしてくれているのだ。本当に優しくて温かい家族だと思う。
これだけよくして貰ったのに何も返せないのは非常に申し訳なく思った。お礼がしたくて何かないかと考えたモモンガは、アイテムボックスから丁度良さそうな物を取り出す。
「宿代の代わりという訳ではありませんが、どうかこれを受け取ってください」
「ん、これは…… ランプですかな?」
「ええ、〈
「魔法の道具ですか!? そんな高価な物を頂くわけには……」
「良いのですよ。この数日間はそんなランプよりもずっと価値がありましたから」
「……分かりました。そこまで言われて断るのも失礼ですし、今回は有り難く頂きますよ」
魔法が付与された道具は効果が弱いものでもかなり高額で、一般的な村人がそう易々と買えるような物ではない。
最初は受け取るのを断ろうとしたが、モモンガの気持ちが伝わったのだろう。
エモット夫妻も最後は笑顔を受け取ってくれた。
「では、私達はそろそろ……」
「あーっ、忘れてた!! モモンガ様、まだ凄いの見せて貰ってない!!」」
二人がこの場を後にしようとした時、急にネムが大声をあげて二人を引き止めた。
その理由にモモンガも思わず笑ってしまう。
「もう、ネムったら……」
「そういえば約束していたな。ではこんなのはどうだ?」
モモンガはアイテムボックスから大きくて見栄えの良い剣を三本取り出す。
太陽の光を浴びて、刀身と装飾がキラキラと輝いている。三本全てが国宝だと言われてもこの場の全員が信じただろう。
「よっ、ほっ、よいしょっと〈
見せるだけでも十分に凄かったのだが、モモンガは次なる行動に移る。
それを気軽に空中に放り投げ、ジャグリングを始めたのだ。
「キラキラの剣だ!! 凄い、凄ーい!! モモンガ様、凄すぎるよ!!」
「これは、なんと!?」
「これは凄いわね、あなた」
「……」
(えっ、剣を取り出した事に驚けば良いの!? それともあんな重そうな剣を簡単に投げられる力!? 高価そうな剣を三本も持ってる事!?)
ネムには大ウケで、エモット夫妻も驚いてくれたようだ。エンリに至っては口をポカーンと開けて固まっている。
この様子なら凄いものを見せるという約束は果たせただろう。
「――よっと。まぁこんなものかな。ではツアレ、今度こそ行くとしよう」
「はい、モモンガ様」
適当な所でジャグリングを切り上げ、再びアイテムボックスに剣を戻した。
こうして手を振るエモット一家に見送られ、モモンガ達はカルネ村からまた別の場所へ向かうのだった。
「そういえばモモンガ様ってあんな曲芸みたいな事も出来たんですね。全然知らなかったです」
「いや、曲芸なんて出来ないぞ。さっきのアレは剣を魔法で動かして、ジャグリングの様に見せただけだ。魔法の関係上、同時に三つまでしか出来ないが」
モモンガの場合、やろうと思えば脱出マジックでも瞬間移動マジックでも何でも出来ただろう。王国の一部の間では魔法はペテン扱いされているくらいだ。高位すぎる魔法は逆に魔法だと信じてもらえず、大道芸としては素晴らしいモノになったかもしれない。
「私の感心を返してください…… そんな事に魔法を使うなんて、なんかズルイです……」
「誰もジャグリングをするとは言ってないからな。リクエスト通りに凄いものを見せただけだ。いや、驚かせるならあそこで幻術を解くというのもアリ――」
「ナシですよ」
これまで常に一緒に過ごしてきて、モモンガの突飛な行動には慣れてきたつもりだった。
しかし、未だに時々モモンガのセンスについて行けなくなるツアレだった。
感想で見事にやること(壁)を予想されていた方がいました。嬉しくも悔しくもあるのでこれからも楽しんで頂けるよう頑張ります。
モブキャラの院長の名前の由来を当てられた方がいたのはもっと驚きでした……
名前が浮かばずテキトーに考えただけで、八極拳とかは使わない極普通の院長ですのでご安心ください。