すれ違った人の多くが振り返る。やはり彼女のオーラと知名度は別格だ。
「一度、練習体験をさせていただきましたが、ブルペンに入ったのはそのとき以来。だからゆっくり見るのは初めてなんです。足の踏み込み方や立っているときの軸の角度とかを見ていました。(自分に)生かせますよ。見ることでインプットできる。今日は違う物を見られて良かったです」
親交のある山井の招きでやってきたのはビックカメラの上野由岐子投手(コーチ兼任)。球場に隣接するソフトボール場でキャンプを張っており、練習休日を利用して首脳陣、選手と計8人で見学した。
36歳のベテランは、昨季もリーグ戦22試合のうち13試合に登板。10勝2敗、防御率0.82の成績を残した。しかし、近年のソフトボール界は専属のアナリストを置くチームが多く、わずかな動きの違いから球種を悟られる。それでも上野は「クセは出ないに越したことはないけど、私は同じフォームで投げ続けることにはこだわっていない」と言った。
「目標を立てるわけじゃないし、今必要だと思うことをやる。それだけなんです。年相応のプレーができれば、自分が満足していれば十分。上野だからこれくらいできるだろうなんて、関係ないです。だって私が現役にこだわっているのは結果が欲しいからじゃない」
1年に1度話すたびに、彼女は悟りの境地に近づいている気がする。「できればあまり使ってほしくない」とまで言うのだ。勝ち星、防御率…。そんな俗世の数字から、すでにその身は解き放たれている。現役であり続けるのは「監督になりたくないから」。そう言って笑った次の言葉が、彼女の立たされている位置を教えてくれた。
「自分の感情だけでこれからの人生は歩めない。それはわかっているんです」。東京五輪まであと1年。間違いなくプロ野球選手より重い物を、上野は背負い続けている。