この試合のことは私もはっきり覚えています。ある意味、山本さんへの頭部死球よりも衝撃的だったのは、その後の両軍の乱闘です。山本さんが倒れた瞬間、三塁側ベンチから脱兎のごとく駆け出したのがピッチャーの福士敬章さんでした。
日頃はノタノタと歩く福士さあんが、まるでオリンピックの短距離選手のようなスピードで、“事件現場”に急行し、キャッチャーの大矢明彦さんを蹴りあげたのです。「オマエがやらしとるんやろう!」と叫びながら……。
福士さんは血の気が多い人で、いつも乱闘の中心にいました。しかし誰彼構わずに突っかかるわけではありません。これ、と狙いをつけた相手に牙を剥くのです。巨人との乱闘ではベンチにいた柴田勲さん目がけて突進し、ブン殴ったこともあります。巨人にも在籍していた福士さん、先輩に何か恨みでもあったのでしょうか。
話を33年前の神宮球場に戻します。本塁付近に倒れ込んだ山本さんですが、意識はありました。直後に福士さんが大矢さんを蹴りあげたことはもちろん知りませんでしたが、両軍入り乱れての大乱闘の際の怒号は全て聞こえていたそうです。
「その時、オレは思わず手で頭を抱え込んだよ。“オレの頭だけは踏まんといてくれ”ってな。それだけを願っていたよ」
そう苦笑を浮かべて語った山本さん、最後にこう付け加えました。
「そう言えば、最近は乱闘が少のうなったな。奨励するものじゃないけど、プロが真剣に戦えば、ああいうことは往々にしてあるんや。血沸き肉躍る野球も、たまにはいいんじゃないか」