養育費
「それでは……この卵の、人間の世で必要な儀式はしておいた。ウィンディアと一緒に主登録をするのだぞ」
「あ、はい。わかった……けど……勇者全員で?」
「俺は嫌ですぞ」
ドラゴンの主なんて死んでも御免ですな。
そんな事をするのなら、今すぐにでもライバルを仕留めてやりますぞ。
「僕と錬さんですか?」
「ドラゴンのペットか?」
悪く無さそうな様子の錬と樹ですが、ライバルはお義父さんを指差していますぞ。
「汝だ」
「俺だけ!? なんで……」
「本能が囁いておる。汝にウィンディアを任せるのが最も良い。ウィンディアの養育費だが、これで足りるか?」
ライバルは荷車に乗せた宝を指差しましたぞ。
ああ、これは養育費だったのですな。
前回で冒険者共に奪われた宝ですぞ。
「金には困って無いから別にいいんだけど……」
「ともかく、汝らに我等の運命を預けたのだ。約束を違えぬ事を祈っておるぞ」
と言い残してライバルは霞のように光となって消え、卵の中に消えて行きました。
お前は神にでもなったつもりですかな?
どちらかと言えば亡霊の様なモノですぞ。
「なんか指名されちゃったんだけど……」
「アレですよ。尚文さんって面倒見良いじゃないですか。料理も上手ですし、きっとその辺りを感じたんじゃないですか?」
「そういえば元康以外だとフィロリアル共も懐いてるしな」
悔しいが、と錬と樹が同意していますぞ。
ドラゴンのペットがそんなに良いのですかな?
「そういえば旅の休憩中、元康さんが外出中で、尚文さんが木の下で昼寝をしている時、魔物が集まった時がありましたよね?」
「あったな! 外で休憩してたら、いつの間にか尚文の周りに魔物が群がってた」
「ちょっと! 気付いていたなら助けてよね! 襲ってたんじゃないの?」
「雰囲気的に近づけ無くてな……」
「尚文さんが起きそうになったら、みんな逃げたので、黙っていたんですよ。ああ言う事なんじゃないですか?」
樹が何やら異能力と呟いていますぞ。
「つまり、俺は魔物にとって警戒する必要が無いからと馬鹿にされてる訳ね」
「盾の勇者ですし、敵意を持っても怖くは無いと思われてるのでしょう」
「あるいは攻撃力が無い事を本能でわかっているのかもしれない。自分を絶対に傷付けない相手なら、多少気を許しても不自然じゃないと思う」
「はいはい、じゃあ俺があのウィンディアちゃんって子とこのドラゴンの面倒を見るよ」
溜息混じりにお義父さんは卵を抱えて荷車に載せますぞ。
「う……なんかピクピクと卵の中身が蠢いてるなぁ……生々しくてちょっと気持ち悪い」
「孵化準備は万端なんじゃないですか?」
「登録を済ませたらきっと元気よく出てくるぞ」
「クラスアップの為にがんばりますぞー」
「まあ、未来への投資と思って、やるしかないね」
そんなこんなでユキちゃん達の元へ俺達は戻ってまいりました。
この荷車をどうするべきですかな?
ユキちゃん達はドラゴン臭くて嫌そうですな。
朝になった頃、助手は目を覚ましましたぞ。
「あ? 起きた?」
「……」
錬と樹、エクレアはまだ寝ていますな。
お義父さんは朝食の準備を終えて、サクラちゃん達と遊んでおりました。
俺はそれに付き合っている所でしたぞ。
助手はお義父さんを見て不快そうにしております。
「そうそう、君のお父さんから色々と預かって来たよ」
そう言って、布を被せていた卵をお義父さんは助手に見せました。
「忘れ物……になるのかな? 君のお父さんは君と……俺が面倒を見るようにってお願いされたよ」
「!!」
助手は卵に抱きついてから大事そうに抱えましたぞ。
「凄くイヤかもしれないけど……ね。君のお父さんがどうして俺達に預けようと思ったのかを考えて行こう?」
「……」
お義父さんは寝る前にライバルのスカウトをする事に関して早まった考えだったかもしれないと呟いていましたぞ。
何だかんだで俺達は勇者ですからな。
危険と言う意味では間違いは無いかもしれませんぞ。
他のドラゴンでも良いのは……確かですな。
あくまで前回のライバルから頼まれた事なので、俺も良く考えていませんでしたぞ。
「まずは自己紹介からだね。俺の名前は岩谷尚文。尚文が名前だからね。盾の勇者としてこの世界に召喚された異世界人だよ」
お義父さんは優しげに助手に語りかけますぞ。
前回の助手はライバルが死んで、村の冒険者共に連れ去られる直前でしたぞ。
そこに颯爽と現れたので警戒心は薄かったですが、今回は幸せな所にやって来た敵とでも思われているのか警戒心が強いですな。
「そこで寝てる彼らにも後で自己紹介して貰うけど、こっちで槍を構えた変な人は北村元康くん。で、その後ろで遊んでる子達はユキちゃん、コウ、サクラちゃん」
「……」
助手は卵を何度も確認していますぞ。
それから静かにお義父さんを睨みつけます。
「……ウィンディア」
「そう、君の名前はウィンディアちゃんね」
「この卵……お父さんが魔法掛けてる」
「みたいだね。わかるんだ?」
「うん。私と……たぶん、貴方が何かしないと解けない。孵らないと思う……」
「そういう事を言ってたね。その代わりにすぐ孵るみたいな感じなのかな?」
助手は心底嫌そうな顔をしていますなー。
そんなにも野生が大好きなのですかな?
一芝居でもして騙して付いてこさせるのが良いのではないですかな?
例えばライバルが絶命したフリでもして村の連中に囁くとか。
ああ、そんな真似をしたらライバルの配下が全滅ですな。
「ウィンディアちゃん、とりあえず俺達と一緒に遠くへ出かけてみよう? 君のお父さんは君にもっと世界を見てほしいと願いを込めたんだから」
「……ふん」
あ、助手がお義父さんの頼みを無視して顔を逸らしましたぞ。
何様のつもりですかな?
「良いのかな? 君がお父さんの所へ戻る方法があるんだけどなー」
「え!?」
おや? お義父さんの話術に引っ掛かった助手が振り向きますぞ。
ははは、お義父さんも中々の策士ですな。
「これから君は俺達と一緒に強くなって行くんだよ? もちろん、ウィンディアちゃんが大事に抱えている卵の中の子もね」
「うん。それでどうしたらお父さんの所に戻れるの!?」
んー……っとお義父さんはまるで子供の様に微笑みながら助手に視線の高さを合わせて近寄ります。
「君が十分に、君のお父さんがいろんな意味で強くなったと認めてくれるくらいに強くなったら、かな? 俺はそれを見極めることが出来ると思ってる」
「強く……?」
「そう、君のお父さんはとっても強いんでしょ? じゃあ君がお父さんに負けないくらい強くなったら、君をお父さんは止められない。もちろん、お父さんには怒られるかも知れないけどね」
「……」
助手が複雑な表情をしていますぞ。
ですが、何やらやる気に満ちてきた様な気がするのは俺の気の所為では無いでしょうな。
「何処に行っても誇れるドラゴンの娘として立派に成長するのがお父さんの願いなんじゃないかな? これからがんばって、あの場所に帰る為に、俺達とがんばってみない?」
「……うん、わかった」
若干、助手の頬が赤くなっていますぞ。
さすがお義父さんですな。
叶わない願いを提示して希望を持たせたのですぞ。
いや、ライバルの強さなど程度が知れますが、それは子供の目に見えていないのですから問題は無いのですぞ。
しかも同行者としてライバルも一緒に居るのですから、助手がどれだけがんばっても……それこそ勇者にでもならない限り助手がライバルに叶うはずもない。
その間に助手に人の世の中を経験させるのですな。
さすがお義父さん。考えが深いですな。
「ぶー……」
サクラちゃんがライバルと助手の加入に付いて若干不満を持っていますぞ。
前回のサクラちゃんも面と向かって文句は言いませんでしたが、ストレスは感じていた様ですな。
「これからよろしくね」
「うん。よろしく、お願いします」
お義父さんは優しげに微笑んでから助手の頭を撫でました。