江戸期に失われた茶釜を再現させてる人の話が面白かった。とにかく「私」を殺して伝統技術を真似る事に努める。真似て真似て、それでも最後に釜の文様を入れる線に殺しきれない自分が出てしまう。素人には見分けがつかないが、同じ職人にはそこで自分の作品だと分かってしまう。それが「個性」だと。
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伝統芸能の世界でこういう事がよく言われる。最初はとにかく「型」通りにやることを叩き込まれる。型を知って初めて、型破りな事ができる。型を知らずに人と違う事をやるのは型無しで、そこに価値はない。滅私の精神みたいなものが、逆説的に「個性」を生む。それは究極的には個々の身体性なんだろう。
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