オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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この話ではあまり出てこなかったエ・ランテルの人物たちが魔導王の宝石箱を見た話。説明が多いので少し長めです


第83話 食事とアイテム

 エ・ランテルの商人、バルド・ロフーレはメイド服を着た美しい店員に案内され、長い廊下を進んだ先の一際大きな扉の前に立った。

 扉の前には、自分が魔導王の宝石箱を通して仕入れているゴーレムより──一般のゴーレムに比べればあれも十分良質な物だが──洗練されたデザインの鎧を着込んだ騎士のようなゴーレムが鎮座しており、バルドを認識するとゆっくりと移動して扉を開いた。

 その先には外から見た建物の大きさより、ずっと広く見える大広間が存在し、すでに幾人もの招待客が集まっていた。

 数はさほど多くはない。少なくとも自分が以前招待された王国の舞踏会に呼ばれていた人数よりは遙かに少ない。

 百には届かないほどだろうか。より注意深く観察すると、どうやら招待客には貴族が多いようだ。他には見覚えのある帝国の大商人や興行主の姿もある。

 

 会場内に入り、今度は室内の様子を観察する。

 正方形の室内は吹き抜けの二階建てで、中央には幅の広い階段が設けられ二階に通じている。

 二階には自分が今いる入り口を側を除いた三方を囲むように廊下が敷かれ、そこにパーティーを抜け出し個別に会話を楽しむための部屋なのか、等間隔で幾つもの扉が並んでいた。

 そして会場となる一階のホールは美しい装飾品が多数飾り付けられており、大理石の床に、幾つも並んだ円形のテーブルが置かれた立食形式のパーティーでよくある配置であり、会場の広さも大貴族が所有するパーティー会場に比べれば大したことはない。

 しかし見る者が見ればすぐに分かる。

 シャンデリアや調度品に施された細工の出来栄えば見事な一言で、テーブルクロスの刺繍は恐ろしいまでに緻密で美しい。

 エ・ランテルではそれなりの地位と財産を持っている自分でも、いや自分が仕事で関係を持っている貴族たちの邸宅ですら、一度もお目に掛かったことの無いような品ばかりだ。

 そして何より目立つのは、二階とは異なり入り口以外扉のない一階の中で、唯一左右に一つずつ飛び出るように設けられている小さな区画であり、その部分だけ天井が低くなり、その奥がここからでもハッキリと見える。

 

 その世界をなんと表現すればいいのか。

 氷炎の空間。とでも言えば良いのか。

 片方は壁や床、シャンデリアにテーブルに至るまで、全てが青みかがった氷を切り出して整形した空間が存在し、壁には酒場のようにズラリと幾つもの酒が並んで設置され、自分を案内した者とは別の美しいメイドと仮面を着けたベスト姿の男が立っている。

 その反対側には、まるで空気そのものが赤く色づいているかのような熱気と所々から吹き上がる炎がまるで意志を持っているかのように形を作り、近づくだけで人間など一瞬で燃え上がってしまいそうな溶岩が川のように流れ、その向こう側でこちらも仮面を着けたコック帽を被った男が立っている。

 メイドたちはともかく、男が着けているのはアインズが常に身につけている物と似たデザインの物であり、もしかしたら魔導王の宝石箱ではそれが制服なのかとも思ったが、セバスはそうした物を身につけているところ見たことがない。

 そうなると単純に、あの男たちは黒服のように目立たない存在である事をアピールしているのだろう。

 本来パーティーでは料理は先に出来ているか、見えないところで作って持って来るものだが、ここではその作る姿すら意味があるといわんばかりで、実際溶岩の川の向こう側にはイスと長いテーブル、そして熱気が立ち上る巨大な鉄板が設置されている。恐らくはあの鉄板の上で作った料理を目の前で食べることが可能なのだろう。

 もちろん、あの場に行く勇気があればの話だが。

 とそこまで考えて、この場に入る前に渡されたアイテムを思い出す。

 

 まだ開始前だと言うのにもう幾度も驚かされたこのパーティーで、一番初めに驚きをもたらした物だ。

 薔薇を模して削り出された水晶である。

 招待状を見せた際に、受付にいたメイドに着けられたものでその精巧さは正に神業と呼ぶしかない代物であり、さらにこのアイテムは魔法の力が込められたマジックアイテムであり、冷気と熱気に対する完全な耐性を得るものだと言うのだ。

 その時は単純に、そうしたマジックアイテムも取り扱う店の力を見せる一端だと思ったが、ここにきてようやく理解した。

 つまりこのアイテムは、氷のバーや燃え盛る炎のダイニングに入るために使用するための物だったのだ。

 しかし確実な証拠は無く、未だ誰もそちらに向かっている者はいないようだ。

 

「おお、ロフーレ殿。お久しぶりですね」

 突然声をかけられ、バルドは慌てて、けれどそれは表には出さずに振り返る。

 

「これはこれはアインザック殿。久しぶりですな。貴方も招待を受けていたのですか」

 見知った顔に声をかけられ、いつものように笑みを浮かべて対応する。

 エ・ランテルの冒険者組合長であり、都市内の食材を扱う商会としては随一の自分とは、同じエ・ランテルの顔役という立場ということもあって、話をする機会も多い。

 元々携帯食を大量に購入してくれる冒険者と、纏まった量を用意できる自分の商会は持ちつ持たれつの関係だったが、今は少し違う。

 現在冒険者組合は大きな危機に局面している。魔導王の宝石箱からバルドが一括で借り上げたゴーレムをエ・ランテル近郊に多数普及させたことと、アインズがトブの大森林を完璧に治めたことで荷物の運搬や護衛、報奨金目当てのモンスター狩りなどの仕事が激減し、低級の冒険者たちの間で仕事の奪い合いが起こっているためだ。

 間接的にとは言え、それを引き起こした自分とアインザックの間には微妙な不和が存在していた。

 

「ええ。モモン君から招待を受けましてね、今は何かと忙しいため、どうしようかとも思ったのですが、パナソレイ都市長からも頼まれたこともあったものでね」

 しれっとした顔でこちらを牽制する。

 つまりは自分はエ・ランテルの最高責任者であり、帝国との戦争の度に大量の食材を注文してくる、最も大口の客でもある都市長の代理であり、バルドが自分の儲けだけを考えてエ・ランテルの不利益になる行動をとればそのまま都市長に報告する。と言外に告げているのだ。

 これだ。彼は元冒険者という経歴に似合わず、こうした駆け引きや虚実を織り交ぜた交渉術に長けている。

 交渉事は本来自分の領分だが、これは気が抜けないな。と改めて気を引き締めなおした。

 

「それはそれは。大変ですな。私も今年は例年の大口注文が入ってこないため、その穴埋めに奔走していてなかなか忙しいのですが、ゴウン殿と久しぶりに話もしたかったのでね。参加させていただきました」

 今度はこちらから言い返す。

 自分は既に多くの貴族が接触を試みつつも未だ会えていない、店主のアインズと顔見知りだと宣言する。

 これはアインザックと言うより、周囲の人間に対するアピールでもある。

 事実、既に幾人かの貴族らしき者たちがこちらに意識を向けながら、こそこそと話し合っている様子が視界の端に写り込んだ。

 

「ほぅ。やはり店主のゴウン殿とはお知り合いでしたか。例のゴーレムの出所はやはり魔導王の宝石箱と言うことですか」

 

「さて。それは業務上の機密もありますのでお答えしかねますが」

 バルドの返答にアインザックはフンと鼻を鳴らし、周囲に目を向ける。

 この分かりやすい不機嫌な態度も自分を組みしやすい者だと見せるための演技だろうか。

 そんなことを考えながら、彼の視線が炎のダイニングに止まった様子を見て、不意に思いつく。

 

「ところでアインザック殿。どうですかな? まだパーティーも始まらない様子。どちらかに行ってみませんか?」

 ごく自然に、世間話のような気軽さを演出して、バルドは言う。

 振り返ったアインザックの目には今度こそ演技ではない素の驚きが見て取れた。

 口にした意味は確認するまでもなく、氷のバーか炎のダイニングのどちらかに行こうということだ。

 こうした場面では先陣を切ることに意味がある。

 貴族は僅かでも危険の可能性があれば動かず、まずは様子見をするだろうし、他の商人たちもアインズのことを知らない以上、先陣を切るのは嫌がるはずだ。

 だからこそ自分とアインザックなのだ。

 自分はアインズのことを、そしてアインザックはアインズが懇意にしているモモンのことをよく知っている。

 加えてこの水晶薔薇のマジックアイテムに関しては専門外の自分よりアインザックの方が詳しいだろう。

 先ずは本当にこのアイテムで、あの炎や氷を防げるのかを確認することが必要だ。

 無理だと思っているならアインザックはこの提案を蹴るはずだが…… 

 

「……そうですね。折角の趣向。空いているうちに味合わいましょうか」

 あっさりと提案に乗るところを見ると、やはりこのアイテムならどちらでも防げるということだろう。

 ならば迷うことはない。

 

「ではどちらにしますか? 私としてはあちらが気になるところではありますが……」

 指したのは炎のダイニング、食材を扱う身として当然だ。

 

「構いませんよ。パーティー前に何か口にするとしますか」

 

「では参りましょう」

 そう言って並んで歩き出すと、先ほど以上に自分たちに視線が集まっているのが分かる。

 出遅れたと思っている者や、様子見をしている者、自分も遅れて動き出そうとしている者など、様々な視線を浴びながら、炎の熱気が吹きすさぶダイニングスペースに移動する。

 溶岩の川の上に掛けられた石造りの短い橋、その前に立ち、思わず胸に着いた精巧な水晶の薔薇に願いを掛ける。

 

(頼むぞ)

 あの思慮深いアインズが、わざわざ開いたパーティーで客を燃え上がらせるような真似をするはずがない。

 そう言った安全面に関しては一番気を使うはずだ。なによりこの距離まで近づいても熱気を感じないのがその証拠だ。

 だが、やはり恐怖心が首をもたげる。

 自分は商人として戦争に貢献していることもあり、市民のように徴収され実際の戦いに駆り出されることはない。

 その意味で、物理的な意味での危険地帯に自らの意志で踏み込んだことなど生まれて一度もないと言える。

 自分とは逆に戦士として何度も危険を経験しているアインザックは特に動きを止めることなく、自然に足を踏み込んだ。

 慌ててバルドもそれに続く。

 意を決して橋の上に立つが、熱気は感じず、当然足下の石橋にも変化は無い。

 数歩で橋を渡り終え、向こう側の鉄板と料理人が待つスペースにたどり着いた。安堵の息を殺して固定式のイスに腰掛ける。

 ここまで近づいても服にも炎が移ることはなく、温度すら感じない。

 やはりこのアイテムには炎の完全耐性が掛かっているようだ。

 

「炎に、いやこの分では冷気に対しても同じか。二つの属性に対する完全耐性。それもこれだけの数。なんと恐ろしい」

 隣のアインザックが胸の薔薇を見ながらポツリと呟く。専門外であり、自分にはこれがどれほどの価値を持つアイテムなのかはわからないが、思わず口にしてしまったところを見ると相当貴重な物なのだろう。

 そもそもこれだけの大きさの水晶から精巧な薔薇の形を削り出す技量を持った職人と繋がりがあり、更にはこれだけの数を用意できる財力や人材を持つアインズは、商人としても他に並ぶ者がないほど超越している。

 そんなことを考えていると、鉄板の向こう側に立っていた料理人がお辞儀をする。

 

「いらっしゃいませ。どのような料理をご所望ですか?」

 礼儀正しい料理人が着けているのは、やはりアインズが身につけている物と似たデザインの仮面だ。

 あるいはこの仮面もマジックアイテムなのだろうか。彼の胸にはこの水晶薔薇のアイテムはない。その代わりに仮面にそうした魔法の力を付与して熱気から身を守っているのだとすれば辻褄は合う。

 

「そうだな……いや、ここは君のお勧めを聞きたいな」

 メニューを貰おうとして、ふと思いついて言ってみる。魔導王の宝石箱で調味料や果実水が売っているが、料理自体は取り扱ってなかったはずだ。

 ならば先ずは店の一押しを知っておきたい。

 

「私もそうしよう」

 アインザックも同意し、さてどう出るか。と観察していると料理人はさほど時間掛けずに提案する。

 

「パーティーに出される料理は摘める軽いものが殆どですので、ここでしか食べられない肉料理などがお勧めです。パーティー前ですので重い霜降り肉ではなく熟成した赤み塊肉をローストし薄切りにしたものなど如何でしょう?」

 

「ローストビーフか。まあ悪くはないが」

 低温で中まで火を通すとは言え、新鮮な肉を使用しなくてはならないローストビーフは、食材の良さを示す上では悪くない選択だが、在り来たりすぎる。

 アインズの店ならもっと驚くような料理を提供されると思ったが、それとも商売敵にもなりうる自分には手の内は見せたくないということか。

 実際、王都の舞踏会でアインズに提案した香辛料などの取引は始まっているが、食材の生産も合わせて、あちらが完成させた物をただ売り出しているだけだ。

 それではこちらに旨味がほとんど無いため、自分たちの店でも同じ味を再現できないかと、調べているが、かなり繊細な組み合わせのレシピらしく、そちらは一向に進んでいない。

 

「いえ、使用する肉は牛肉ではないのでビーフではございません。本日用意させていただいたのはフロスト・エンシャント・ドラゴンの赤み肉となりますので、名付けるならばローストドラゴンといったところでしょうか」

 仮面の向こう側で当たり前のように繰り返された言葉に、バルドは目を見開く。

 

「ドラゴン? あの、ドラゴンかね?」

 食品を扱う商人として古今東西様々な食材を口にしている。

 仕事以外でも美食家としての一面も持ち合わせたバルドとて、ドラゴンを食する機会など存在しなかった。

 小竜であれば、冒険者で言うところのオリハルコン級冒険者チームで有れば討伐自体は不可能ではなく、爪や牙、鱗などの素材は大金を積めば用意することはできると聞いたことがある。

 しかし肝心のドラゴンを見つけることの難しさに加え、ドラゴンを倒すためには手段など選んでいられないため、毒や酸、炎による加熱などによって肉が傷付き、新鮮な状態で入手することなど不可能のはずだ。

 ちらりと横を見るとアインザックにはあまり驚いた様子が見られない、予想がついていたと言わんばかりの態度を見て思い出す。

 

(そうか。漆黒がアインズから依頼を受け、王都にドラゴン三体を運び入れたという噂を聞いた。それか? 随分前の話だが保存(プリザベイション)の魔法や、マジックアイテムがあれば保存は可能だ。しかしそれを売り物にするのではなく、パーティーで客に配るとは)

 

「それは興味深いな。ドラゴンなど食べたこともない。私はそれをいただこう。ロフーレ殿はどうします?」

 考えている間に落ち着いた様子でアインザックが言い、こちらを見る。

 

「わ、私もいただこう」

 思わず声が上擦ってしまった。しかし、未知の食材、それも伝説のドラゴンを食べる機会など早々あるものではないのだから仕方ない。と自分を納得させる。味云々を別にしてその希少性と名前だけで高値を着けて売り出すこともできるはずだ。

 

「かしこまりました」

 調理を開始している間によく観察するが、巨大な鉄板の上で焼かれる肉の塊は確かに見たことがない。

 少なくとも牛や豚を初めとした一般に流通している食材ではない。

 やはり本物なのか。と思わず唾を飲み込んでしまう。

 

「美味い! なんだこれは、何という味わい……」

 背後から叫ぶような歓喜の声が上がり、バルドは思わず後ろを振り返った。

 反対側の氷のバーに貴族らしき身なりの良い男が座り、酒を飲んでいるようだ。

 何を飲んでいるのかは知らないが、飲んでいるのが貴族で有れば、食事以上に高級で上質な酒を飲んできたはずだ。

 それは個人で酒を飲む以上にパーティーや社交場で酒を飲む機会が多いからだ。

 それも体面を大事にする貴族がここまで届くほど我を忘れほどの味。

 いったいどれほどの味だというのか。

 

(後であれも飲みに行く必要があるな。やはりこの店となんとしても独占的な契約を結ばなくては)

 

「お待たせいたしました。フロスト・エンシャン・ドラゴンのローストドラゴンステーキ、グレイビーソースを掛けてお召し上がりください」

 様子を窺いつつ、改めて覚悟を決めていたところに声をかけられて顔を戻すと、既に料理が盛りつけられた皿が置かれていた。

 やけに早い。

 火の通りやすい肉だったのか、はたまた特別な料理法やまさかその為にわざわざ魔法やマジックアイテムを使ったということは無いだろうが──

 

「うむ。ではいただこう」

 

「そうですな。なるほど、これがドラゴン。確かに見たことのない肉だ、さて味は……」

 肉を切り、ソースをつけて口に運ぶ。

 後ろのバーにいる貴族同様に、自分たちにも視線が集まっているだろう。

 この肉が本当にドラゴンの物であれ、さらにその味がどんなに美味であったとしても、無様な姿は見せられないと言うわけだ。

 何しろ自分は食材を扱う商会の主。つまりは専門家だ。

 しっかりと味わい、この肉にどれほどの価値があるのか冷静に正当な評価を下す。

 その覚悟を抱いて、バルドはアインザックとほぼ同時に──意図した訳ではないが──ドラゴンの肉を口に入れ、そして同時に叫んだ。

 

「うま!」

 

 

 ・

 

 

 メイドに教わった通りに本館を抜け、武具とマジックアイテムを専門に置いている東館に向かって、エ・ランテルの魔術師組合長テオ・ラケシルは歩いている。

 その足取りは力強く、何より一刻も早くたどり着きたい。とばかりの早足、いやもはや走っていると言っても良いほどだ。

 それも仕方ない。こんなチャンスはもう二度とないかもしれないのだ。

 本来、エ・ランテルの魔術師組合長であるラケシルと言えど、このパーティーに招待されるほどの財産を持っているわけなく、まして立場としては競合相手にも近い店で買い物をしたわけでもない。

 それなのにこうしてこの場に招待されたのは、最近めっきり冒険者組合に顔を出すことが減ったモモンからアインザックと共に招待を受けたからだ。

 トブの大森林を治めた魔導王の宝石箱、それと繋がっているロフーレ商会の持つゴーレムによって冒険者組合には閑古鳥が鳴いていると聞いているが、魔術師組合はそこまでではない。

 エ・ランテルには魔導王の宝石箱が出店していないため、マジックアイテムの研究や作成、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の育成部門などの仕事を奪われていないためだ。

 だがそれもいつまで持つか分かったものではない。

 自分の胸に着けられた超級のマジックアイテムに目を向ける。

 水晶の塊から削りだして造られた薔薇。

 こっそりと魔法で鑑定したところ、説明を受けたとおりこのアイテムには炎と冷気の二種類に対する完全耐性が備わっていた。

 威力の軽減や一定時間耐性を得るアイテムなどはいくらでもあるが、永続的にそれも二種類同時に完全な耐性を得るアイテムなど聞いたこともない。

 古代の遺跡から発掘された超級のアイテムなどであればまだ可能性もあるが、このアイテムは明らかに造られたばかりであり、それも招待客全員に配られるほど量産されている。

 これだけの物を容易く作り出せる力を持った魔法詠唱者(マジック・キャスター)が本腰を入れれば、エ・ランテルの魔導士組合など相手にもならない。

 現に王都の魔導士組合では、マジックアイテムの販売や研究における機関は開店休業状態らしい。

 だがアインズが店に出てくることなく、幾人もの高名な魔法詠唱者(マジック・キャスター)が弟子入りを希望しても誰一人として話すら聞いてもらえないこともあって、唯一魔法詠唱者(マジック・キャスター)の育成部門だけが残っている状況だ。

 それも力を付けて改めてアインズに弟子入りしようともくろむ者たちが多いと聞いているが──

 どちらにしても自分程度の実力では当然弟子入りなど叶うはずもなく、魔術師組合が無くなれば、こうして本店に来ることも二度と無いだろう。

 だからこそ、せめて今の内にここにあるマジックアイテムをこの目で見たい。

 モモンが持っていたあの魔封じの水晶。あの中に込められた第八位階という英雄譚の中ですら確認されていない究極の魔法。

 彼はその世界の財産とも言えるアイテムを強大な力を持った吸血鬼退治の為に破壊し、消滅させてしまった。

 後にその話を聞いた時は大いに落胆したものだが、今思うとあれだけのアイテムを使い捨てに出来たのはもしかしたら、彼にとってはあれがそこまで貴重な物では無いためだったのではないか。

 思い返せばモモンはそのアイテムを遺跡から発掘した後、ある大魔法詠唱者(マジック・キャスター)に鑑定して貰い、中に第八位階の魔法が封じられていることを知った。と語っていたが、つまりそれがアインズのことであり、魔封じの水晶も遺跡から発掘された訳ではなく本当は店主のアインズが作り上げ、自分で魔法を封じ込めた物だったとは考えられないだろうか。

 だからモモンも惜しげもなく使用できた。

 水晶薔薇を鑑定し、そう推理した瞬間、ラケシルはパナソレイから頼まれたアインズの動向を探る仕事も、友であるアインザックのことも忘れて、パーティー会場を抜け出し、近くにいたメイドにマジックアイテムを見せてくれるように頼み込んだ。

 その願いは意外なほどあっさりと了承されたが、パーティー準備のため案内は出来ないとのことで、場所だけ教えてもらい、こうして向かっている途中だった。

 やっとの思いでたどり着いた東館の扉が、パーティー会場と同じ騎士の格好をしたゴーレムの手によって開けられる。その僅かな時間すら惜しむように僅かに扉が開いた瞬間、ラケシルは中に入り込んだ。

 

「おや」

 中に入った瞬間、視界に一組の男女が入ってきた。

 男の方は恰幅の良い中年の男性で、どこかで見覚えがある。

 パートナーらしき女の方は、頭の上から兎の耳を生やしている。ラビットマンだ。種族としては知っているが、本来は都市国家連合より更に東方に暮らす種族のはずであり、王国や帝国で見るのは実に珍しい。

 

「……確かエ・ランテルの魔術師組合長のラケシル殿、だったかな?」

 

「その通りだが、貴方は?」

 やはり知り合いのようだが、名前が出てこない。失礼な態度だが後でばれるよりはマシだ。

 

「これは失礼。しっかりとご挨拶したことはなかったな。私は帝国のしがない興行主のオスク。アインザックが闘技場にモンスターを運搬してくれた時に君もいただろう? その時に少しな」

 そう言えば以前、カッツェ平野のアンデッドを闘技場の興行で使用するために捕らえ、それを運ぶ仕事に同行したことがあった。

 王国より進んでいるという帝国魔法省が作り上げたアイテムなどを見たかったというのが主な理由だったため、闘技場にはさほど関心を持っていなかったこともあって忘れていた。 

 

「ああ、あの時の。これは失礼、私はエ・ランテルの魔術師組合。組合長テオ・ラケシルだ。改めてよろしく頼む」

 手を差し出し、握手をしながらチラと横のラビットマンを見る。

 可愛らしい顔立ちをしているが、それは人としての可愛らしさではなく動物的なものだ。こうした場で人間以外をパートナーにしているのは珍しい。

 

「こちらこそ──ああ。彼女は本来私の従者でね。気にしないでくれ」

 オスクの説明と同時にラビットマンはその場でゆっくりと頭を下げ礼を取る。

 深い挨拶は確かに、パーティー慣れした者がするものではなく、もっと事務的な動作に思えた。

 

「なるほど」

 本来はメイドか何かで、身の回りの世話をさせているが、店側にメイドが居るのにメイド服を着せた者を連れ回すわけにはいかないので、パーティー用の格好をさせただけというところだろう。

 だから紹介する必要も、ラケシルが挨拶する必要もないと言いたいのだ。

 滅多に見ないラビットマンであることも合わせて、少し気になったが、今はラケシルもそれどこではないと話を終わらせる。

 そうしてからようやく、ラケシルは周囲に目を向けることができた。

 広い室内は商会と言うよりは豪華な美術館と言った方が相応しい。

 中央に商談用なのか、テーブルとソファが設置され、その周りを囲むように商品が飾られている、ここからではすべてを一度に見えるのではなく、ぐるりと回りながら商品をゆっくり見ていく作りになっているようだ。

 手前には見た目も見事な剣や鎧、ドレスなどが飾られている。

 マジックアイテムなどは奥にあるのか、一望できず、ラケシルはそちらに向かって歩き出そうとする。

 

「おや、ラケシル殿は武具には興味がありませんか?」

 

「……私は魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのでね」

 邪魔をするなと言いたいところだが、客になることもある帝国の闘技場を代表する興行主にそれはできない。だが、その思いは無礼な口調や声のトーンになって表れていた。

 無礼ついでに、そのままその場を離れようとするが、オスクはそれを許さない。

 

「なんともったいない! これほどの武器を見る機会などもう無いかも知れませんよ。是非見ておくべきだ」

 そう言えばこの男は武具のコレクターであり、自分の収集した武具を客に見せて回るのが趣味だとアインザックが言っていた気がする。

 自分の物でなくとも、武具の話をすること自体が趣味なのだろう。

 確かに室内にはゴーレムが見張りとしているが、店員がいないため、商品の説明をしてくれる者がいない。

 本来は誰かいるのだろうが、今日はパーティーの準備や雑用に刈り出されて、それどころではないと言ったところか。これだけの店でありながら、場所だけ伝えてメイドが案内しなかったこともそれが理由なら納得できる。

 そう考えると武具の説明をしてくれるオクスの存在は貴重だ。

 自分の一番の目的は当然マジックアイテムだが、魔化技術を施した魔法の武具に興味がないと言えば嘘になる。

 しかし、自分もそうだから分かるのだが、この手のタイプは話し出すと止まらなくなるものだ。

 武具を一つ一つ説明されてしまったら困る。

 そんなラケシルの視線に気づいたのか、オスクは肩を竦める。

 

「ではこうしてはどうだろう。私は魔法自体はあまり好かんのだが、まんざらマジックアイテムに興味が無いわけではない、武王への良い土産にもなるしな。しかし私には知識がない。だから私は武具、君はマジックアイテム。パーティーが始まるまで交互に一つずつ紹介し合うというのは」

 魔術師組合の長である自分を前にして魔法は好かないと臆面も無く口にする図太さも併せて、時間の無駄だ。と切り捨てたいところだが、時間を置いたことでほんの少しだけ冷静になった頭で考える。

 パナソレイやアインザックのことを考えると、自分の欲望を満たすマジックアイテムだけではなく、武具に関する情報も仕入れて報告すれば、今の行動にも一応理由が付けられる。

 何よりパーティーが始まるまで。とこの男は言っているが、自分はもはやパーティーに参加する意思はなく、パーティー終了までここでずっとマジックアイテムや魔法武具を見ているつもりだ。

 興行主であるオスクにそれは出来ないだろうから、彼が居なくなった後、時間の許す限り、そちらを見ていればいい。

 

「そう、だな。私も武具には疎い。そちらが良いならそうしよう。では時間も惜しい、一つ目を紹介してくれ」

 先を譲るのは癪だが、順番を決める余計な問答も時間の無駄だ。

 そんなラケシルの思いを汲んだのか、オスクは何も言わずに、歩を進め一つ目の武具の前に自分を案内した。

 

「では先ずはこれだ。この弓は素晴らしいぞ。先ず何よりも外見、動物の組織をそのまま使用しているようなこのデザイン、装飾と相まってそれが生々しさではなく神聖さに昇華されている。説明を見ると身体能力を向上させるルーンが刻み込まれているそうだが、相当に古い物らしく、その部分はすり減っているようだな。しかし、それもまた素晴らしい。分かるか? 武具というのは使われることで価値が高まる。誰が扱い、誰を倒したのかそうした歴史も含めて愛でるものなのだ。そしてこの弓はこれまでの歴史もさることながら、つい先日、あの大悪魔ヤルダバオトをゴウン殿が討った際、そのサポートをし、動きを止め、魔法を叩き込む隙を作り出した弓と記載されている。私はこの目であの悪魔が帝都を蹂躙する様を見ていた。あれだけの悪魔の動きを止めただけでも、その強さが分かると言うものだ」

 ベラベラと止まることなく話し続けるオスク。その後ろでは例の従者のラビットマンがどこか退屈そうに目を伏している。

 興奮する様にはラケシルもやや辟易したが、話している内容自体には興味が沸いた。

 ルーン武器というのは自分も知っている。

 強力な武具を造ることで有名なドワーフの持つ独自の魔法技術であり、特別な文字を刻むことで、追加効果を付与する魔化に似た技術であり、現在帝国と僅かながら交易のあるドワーフの国から百年ほど前までは入荷していたようだが、現在入荷する武器の中にはそうした物は存在せず、かつて造られた武器が偶にオークションなどに出てくるだけと聞いている。

 

「これがルーン武器か。実物を見るのは初めてだが、刻まれた文字が見られないのは残念だな」

 ルーン武器の存在はアインズの財力を示す良い指標になるだろう。

 元から魔法武器というのは、僅かな効果でも並の武器より遙かに高額になるものだが、現在入手する方法が分からないルーン武器であれば、その値段は更に跳ね上がる。それを容易く見つけるコネクションと財力があるということだ。

 ラケシルも研究の為に一つ欲しいと思ったこともあるが、その値段故に諦めたことを思い出した。

 そう言えばその話をいつか、モモンにしたこともあった。

 あの時は寡黙な彼にしては珍しく、詳しい話を聞きたがったためだ。

 その交換条件に彼の持つ超級のマジックアイテムに付いて知りたいところだったが、彼は聞き手としても素晴らしく、気分良く自分の知る情報をほとんど話してしまったことに気づいたのは後の話だが。

 

「私が持っているルーン武器は百五十年以上前に造られたストーンネイル工房の一振りだが、そちらにはしっかりと文字が残っている。そうなるとこの武器はそれより遙か前に作られた物か、あるいは実戦で使い続けられた物かも知れないな」

 

「ほう。ルーン武器を持っているのか。それはそれは羨ましいことだ。ではこの武器もオスク殿にとってはさほど目新しい物ではないと言うことかな?」

 

「なにを言う! これほどの武器。私の持つルーン武器、いや全ての武器よりも価値を持つ。是非購入したいが、ここにある物はレンタル専門だという。いや、実に残念だ。しかしここにいる物は大体が一生に一度、お目にかかれば良いほど強力な伝説の武器と呼ぶに相応しい物ばかりであればそれも仕方ない。いったいどこからこれほどの武器を集めたのか、店主のゴウン殿には是非話を聞きたい物だ」

 突如として豹変するオスクに、いつかの自分を思いだしてしまう。

 魔封じの水晶を見た時の自分もこうだったのだろうか。

 

「いや、失礼。次はラケシル殿の番だな」

 ラケシルの視線で自分が興奮し過ぎたことに気づいたらしい。一つ咳払いをした後、オスクは歩き出す。

 ここにきてやっと気づく。

 恐らくオスクはラケシルが来る前に既にここにある武具を粗方見終えていたのだろう。

 だからこれほどの武器コレクターが自分の鑑賞を後回しにしてラケシルに紹介したり、マジックアイテムの説明を求めているのだ。

 騙された気持ちになるが、今更だ。せめて自分もこれぞと言うマジックアイテムを探さなくては、とラケシルは目を見開いて周囲を見回した。

 

 

 ・

 

 

 交互に紹介を行いながら、帝国闘技場の興行主オスクは、目の前の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、テオ・ラケシルのことを理解し始めていた。

 自分と大差ない年齢ながら瞳を輝かせて、様々なマジックアイテムや魔法武器に込められた魔法の効果を語る様は実に子供っぽいが、自分も武具を紹介するときは彼と同じほど興奮しているのだから人のことは言えない。

 だがそれも互いに幾分か落ち着き始めた。

 どれもこれも素晴らしい物しかない状況に慣れてきたというよりは麻痺してきた。と言うべきだろうか。

 そんな中、次のマジックアイテムを探してあちこちに目を向けていたラケシルの視線が一点で止まる。

 

「こ、これは……」

 

「ん? なにが──」

 オスクが何か言うより先に、もう一秒たりとも待ちたくない。と言わんばかりに全力で駆け出すラケシルの態度に、オスクも呆気に取られながら後ろを見る。護衛として連れてきた戦士券暗殺者の首狩り兎が、小さく首を傾げながら呆れたように息を吐いていた。

 仕方なく、ラケシルを追うと彼は一つのアイテムの前で足を止め、そのまま躊躇いもなく、ケース越しに魔法を掛け始めた。

 

「〈道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)〉〈付与魔法探知(ディテクト・エンチャント)〉」

 

「お、おい。いいのか? 勝手に」

 ここにある物は商品である以上──レンタル専門のようだが──その性能を確かめるのはさほど問題では無いだろうが、店員もいない状況で勝手に魔法をかけるのはよくないのではないだろか。

 

「すげぇ! すげぇよ! やっぱり一つじゃ無かったんだ。いや、それよりこの魔法も自分で? すげぇ。信じられない!」

 そんなオスクの言葉を無視して、ラケシルは皮肉屋で冷静な魔法詠唱者(マジック・キャスター)の仮面を脱ぎ捨て、無垢な少年のような口調と共にその瞳に無邪気で純粋な輝きが現れる。

 

「ら、ラケシル殿? 落ち着いて説明を──」

 

「ああ! 聞いてくれ! これは魔封じの水晶。法国の秘宝と呼ばれるアイテムを記した稀覯本の中に存在した伝説のアイテムだ。効果は魔法を封じ込めて放つ。と言うものだが。巻物(スクロール)短杖(ワンド)と違って、込められる魔法に上限が無く、強大な魔法を封じ込めるために使用される。私は以前モモン殿が持っていたこれと同型のアイテムを見た! その中には、人間が使いこなせない伝説、いやそんなものじゃない、魔法の歴史を全て塗り変えるような第八位階の魔法が封じ込められていたんだ! 信じられるか? 第八位階だぜ? あのフールーダ・パラダインだって第六位階までしか使いこなせない。それ以上の魔法となれば大儀式、いや神話の神や悪魔が使ったとされるおとぎ話の中にしかなかったんだ。モモン殿は遺跡から見つけたと言っていたが、これにも第八位階の魔法が込められている。一つだけなら大儀式を用いてという可能性が考えられるけど、以前の物と併せて二つ。これはもう日常的にそうした魔法が使える者が存在していた証明になるんだ。もしかしたら店の店主がそうなのかもしれない。だとしたらこれだけのマジックアイテムやゴーレムを生み出せている説明もつく。何より──」

 止める間すらなく語り続ける様は一種の狂気すら感じさせる。

 これが一都市を代表する魔法詠唱者(マジック・キャスター)の姿とは。と呆れてしまうが、そんなオスクの内心を態度で察したのか、後ろから彼にだけ聞こえるように、声が掛かる。

 

「さっきまでのお前もこんな感じだったぞ?」

 からかうようなニュアンスだが同時に、抗議も兼ねているのだろう。

 確かにラケシルが来る前、首狩り兎と二人でこの部屋に入った後の自分はおかしかった。

 今までオークションなどで大枚をはいて購入してきた武具が一体なんだったのかと思えるほど、強さも外見デザインもその歴史までも素晴らしい品々を前に、興奮しガラスケースに顔を押しつけ観察し、首狩り兎に唾を飛ばして説明をした。

 その時のことを未だに根に持っているのだろう。

 だがこれほどの品を前にして興奮しなければ収集家コレクターの名折れだ。

 だからこそ、ラケシルの気持ちも分かるのだが、このまま放置してはいつまでも話し続けることだろうと、どうにか止めるタイミングを計っていると、突如天井から声が響いた。

 

『大変長らくお待たせいたしました。パーティーの準備が完了いたしましたので、皆様、会場までお越しください』

 天の助けとばかりに安堵の息を吐いた。

 そして同時になんとしても、ここにあるレンタル専門の武具を買い取るための交渉を店主としなくては。と心に決めた。




ちなみに水晶薔薇はweb版で開催されたパーティーで使用されたものと同じですが、こちらでは独自設定として炎と氷の二種類に対する一定以下のダメージカット効果があることにしました。カットの量が多いので現地人からは完全耐性だと誤解された感じです
ドラゴンに関しては8巻でツアレたちが食べたのと同じユグドラシル産のものでオラサーダルクではありません


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