山尾志桜里(やまお・しおり) 立憲民主党・憲法調査会事務局長
1974年生まれ。東京大学法学部を卒業後、司法試験に合格。2004年に検察官に任官し、07年に退官。09年の衆院選愛知7区に民主党から立候補して初当選し、現在3期目。民進党政調会長などを経て現職。著書に『立憲的改憲―憲法をリベラルに考える7つの対論』など。
権力を統制する「立憲的改憲」を
――山尾さんの案では、これまで「必要最小限度の実力」なら持てると解釈してきたのを、「必要最小限度の戦力」を持てると9条に記したり、「制約された交戦権」を認めたりしています。
山尾 理由は2点あります。まず、自衛隊を持ちながら「戦力ではなく戦力未満の実力です」という建前をとることによる複雑な解釈が、国民が憲法を理解する大きなハードルとなり、自衛隊にどこまで何をやってもらうかという真剣な議論のハードルにもなっています。国民もきちっと議論できる、クリアな解釈をとることが大事ではないかというのがひとつです。
もうひとつは、自分たちで決めた範囲の自衛権を行使する戦力は持つけれども、それ以外の戦力は一切認めないよ。決めた範囲の交戦権以外は一切認めないよと明確にすることで、9条2項の意義がよみがえるのではないかと思っています。
――かつて「自衛隊は実力か戦力か」がよく議論されました。本当は「戦力」なのに「実力」とごまかしているという見方ができる一方、「実力」しか認められないとすることで、政府は「戦力」じゃないと証明しなければならなくなる。本当に必要最小限度かどうかが常に問われるという側面もあったのでは?
山尾 いまは南スーダンのPKOでも、「戦闘」と呼ぶと憲法上問題になるので「衝突」と呼びました、と防衛大臣(当時)があけすけにいうご時世です。「戦力」ではなく合憲だという証明をせよといくら言ってみても、逆に、「戦力」とは呼びませんから合憲ですという類の答弁を繰り返させる結果をもたらしています。「どこまでが必要最小限度か」という実質的な議論に引き戻すためにも、実力か戦力かという言葉遊びはもう終わりだと明確にすることが大事ではないでしょうか。
――もし支持者から「山尾さんが言っているのは、専守防衛に限った軍隊を持とうということですね」と聞かれたらどう答えますか。
山尾 私自身は必ずしも軍隊と呼ぶ必要はない、軍隊と呼ぶかどうかが大切なことではないと思っています。
もう一回、みんなでこの問題を考えなきゃいけないと私が思ったのは、 ・・・ログインして読む
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