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【コラム】

筆洗

 真珠湾攻撃を描いた日米合作の超大作映画「トラ・トラ・トラ!」(一九七〇年公開)。日本側の監督は当初、黒澤明さんだった▼ところが黒澤さんの撮影が進まない。焦った米映画会社が黒澤さんを降板させ、別の日本人監督に打診するが、この監督、黒澤さんへの思いから拒否する。「世界的な監督になる機会を棒に振るのか」。米側の説得にこう言い返したそうだ。「こんなもので世界的な監督になんかなりたくねえ」▼映画監督の佐藤純彌さんが亡くなった。八十六歳。あの後任を断った人である。「新幹線大爆破」「君よ憤怒(ふんど)の河を渉(わた)れ」「人間の証明」。斜陽期にあった七〇年代の映画界においても多くのヒット作を残した。観客を興奮させ、サスペンスで息をするのさえ忘れさせる。そういう映画本来の娯楽性を大切にした監督だろう▼「新幹線…」では当時の国鉄が題名におののき一切の協力を拒否した。運転指令室の中を知りたい監督は外国人を雇い、視察と称して潜入させたそうだ。こだわりの人でもある▼「君よ…」は中国で大ヒット。「新幹線…」はフランスでも評判になった。新幹線の速度を落とすと爆発するというサスペンスの工夫は米映画の「スピード」にも使われた。米側の打診を断っても立派に「世界的な監督」になったのである▼懐かしい作品を見たい。ビデオではなく、ひなびた古い映画館で。

 

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