羊の腸
「これが労働で稼いだ金銭なんだね」
お義父さんが冒険者ギルドでの稼ぎを眺めながら言いました。
「尚文はバイトをしていたんじゃなかったのか?」
「日本と異世界じゃ違うでしょ」
「確かに」
「国からの援助や元康さんからもらった金銭とはまた違った感動がありますね」
「ふむ……ここだけを見ると勇者殿達は新米冒険者の様に見えるな」
エクレアが腕を組みながら呟きますぞ。
それをお義父さんが若干照れ気味に答えました。
「そりゃあ、Lvもそれなりだけど経験は少ないし、いろんなことが初めてなんだからしょうがないでしょ」
「そうだそうだ」
「僕達は新米冒険者と変わりませんよ。召喚されて何日だと思ってるんですか」
などとお義父さん達はエクレアに各々抗議しました。
まあ別に本気で言っている訳では無さそうなので大丈夫でしょう。
それよりも俺は手にした金銭をユキちゃん達に向けますぞ。
「さーて! お小遣いですぞ! ユキちゃん達! 屋台で食べまくりますぞー!」
「「「わー!」」」
俺はユキちゃん達を連れて町の商店街へと駆け出して行きましたぞ。
「元康が自由すぎる」
「サクラちゃんまで……まあ、しょうがないか」
「僕達も尚文さんの料理を頂くまでの繋ぎで食べますか」
「もう俺が一回は作るのが鉄板になっている事に、誰も疑問に思わないんだね……」
こうしてその日も楽しげに勇者同士が不思議な程仲良く過ぎて行ったのですぞ。
ちなみに今夜の夕食はお義父さんが用意したハンバーグと肉団子の鍋物でした。
「ドンドン食べてねー」
「尚文……お前はどんだけ料理が出来るんだよ」
錬がハンバーグを食べながら言いました。
「挽き肉なんて何処から調達を?」
「包丁で叩いたんだよ。ちょっと面倒だったね」
と、現在もお義父さんは肉を器用に叩いていますぞ。
ハンバークとは別の料理を作っているのですかな?
「俺も手伝いますかな?」
「思い切り槍で叩きつけて挽き肉とか言わないでね? 何でもやり方があるんだから」
「わっかりましたぞ!」
俺もお義父さんの指導の元、料理を手伝いますぞ。
一心不乱に包丁で肉を叩き続けます。
「城で食した物よりも味が良い。イワタニ殿は本当に料理が得意なのだな」
「美味しいですわ」
「おーいしーいー」
「もぐもぐー!」
「さてと、ハンバーグは一区切りついたし、鍋も出来た。後は……」
お義父さんは何やら骨を使って自作したらしきキャップと袋を繋いでおりますぞ。
そこに挽き肉と粗く斬った燻製肉を混ぜて投入しました。
何を作ろうとしているのですかな?
「しばらくは食事に困らない様に作っておくからね。いやー、羊の魔物が居て助かったね」
などと言いながら、食事までの間に俺に丁寧に洗う様に指示していた羊の腸をキャップにつなげて挽き肉を出しております。
中には香草と抗菌作用のある薬草が混ざっております。
なんとなく見覚えがある様な気がしますぞ。
出てくる腸詰の肉をくるんと巻いて……おお! これはウィンナーですな!
その様子を錬と樹が内緒話をして見ております。
「あの人、やっぱりおかしいですよ」
「どうしてサバイバルみたいな状況でウィンナーまで作れるんだ、アイツは」
「盾じゃなくて飯の勇者ですって、最近じゃ盾が鍋に見えますよ」
「勇者から堕ちて魔王とかになる時は食い物で配下の胃袋を掴んで忠誠を誓わせるんだろ? きっと最初の世界でやった手口だ」
「二人共、聞こえてるからね」
お義父さんが作りながら指摘しますぞ。
「こんな状態で作ったから失敗する可能性もあるからね。食中毒とか怖いし……目利きの技能は必須だよ。毒物鑑定も」
「元康さんが消毒薬を出していたじゃないですか。それで羊の腸を洗浄したのでしょ?」
「まあ……そうだけどさーっと……完成」
まだまだ材料はありますが、ある程度のウィンナーが完成した様ですぞ。
お義父さんは残った材料でウィンナー……にしては太いですな? も、一緒に作っております。
「後は窯だね。元康くん、火を起こして」
「ハイですぞ」
エクレアに組み立てるように指示していた窯にお義父さんはウィンナーを宙吊りにさせてから燻製にし始めますぞ。
「後は交代で見張りながら水蒸気が逃げない様にっと……サクラちゃん達は魔法で手伝って」
「はーい!」
サクラちゃんが魔法を使って煙が逃げない様にしておりますぞ。
非常に便利ですな。
で、太めのウィンナーに串を通してからお義父さんは焚き火で炙り始めましたぞ。
「はい、完成。フランクフルトもどき」
そう言いながらみんなにお義父さんは配りました。
やはりそれを見て錬と樹は内緒話を始めていますぞ。
「まさか異世界でフランクフルトを食べる事になるとは思わなかったな……」
「VRがある様な未来でも、やはりあるんですか」
「当たり前だ。そっちだって異能力者の存在する日本にもあるんだな」
「ええ、お祭とかで食べると美味しいですが、家で食べると微妙だったりするんですよね」
「その点で言えば、外で食べていて尚文の作った奴だからな……」
「完璧じゃないですか……」
食事中にうるさい連中ですな。
美味しい物は夢中になって食べるべきですぞ。
フィロリアル様の様に!
「アレですよ、尚文さんを取るか国の贅沢料理の二択だったら――」
「断然こっちだろ。尚文に食わせれば間違いなく再現するぞ。二択の意味が無い」
パリッと頬張るとじわっと舌の上で肉汁が広がりますぞ。
香味に使われた薬草が、食欲をそそりながらもピリッとアクセントになり、しかもあらびきにして混ぜられた燻製肉の良い風味と食感が舌の上で踊り始めますぞ。
「明日は野菜炒めとかにするかなー? 肉が余り気味だけど」
「肉野菜炒めが良いですね」
「スープとか作れないのか? あとカレーだ」
錬と樹が各々リクエストを言いますぞ。
懐かしいですな。
カレーは最初の世界でお義父さんが奴隷達に食べさせていた覚えがありますぞ。
「カレーって……ガラムマサラが無いでしょ……まあ、香辛料から自作すれば出来るかもしれないけどさ」
やはり難しいのでしょうか?
ここはアレですな。何処かで調味料を調達するのですぞ。
確かお義父さんも調味料の調達はしていましたからな。
「スープは難しいかな。簡単なのは作れるけどブイヨンとかは時間が掛かるからね」
「作り方を知ってるだけで十分だろ!」
錬がビシッとお義父さんを指差していたのが印象的でしたな。
あれから数日……馬車の旅は続いていますぞ。
「「「グア!?」」」
「フィロリアル様の声がしましたぞ!」
これは野生のフィロリアル様!
俺は馬車から身を乗りだして、遠くにいるフィロリアル様の群れを確認しました。
他にもいないかキョロキョロと周囲を探します。
「元康は本当にフィロリアルが好きだな」
「ですね」
「ユキちゃん達への愛情は元より、フォーブレイに到着した後にはフィロリアルの量産計画を持ってるみたいだしねー」
「ですが、強さの面だけで考えても優秀な戦力であるのは確かですよ」
「波が世界中で起こるなら……視野に入れるべきかもしれないな」
「神鳥の伝承はあるのだが、波を勇者とフィロリアル達に対処してもらって人は何もしないと言うのはどうなんだ。と私は思う」
「そうだね。エクレールさんの話ももっともだと思う。その国の人達にも協力はしてもらう予定だよ」
「フィーローリーアールー様ー」
俺はフィロリアル様がこちらを見ているので精いっぱい手を振っておりますぞ。
「スピードを出しますわ!」
ユキちゃんが少々不愉快そうに早さを上げました。
ああ……野生のフィロリアル様が遠くになっていきます。
残念ですぞ。
「わーユキー待って」
コウがその後ろ……馬車を後ろから追いかけますぞ。
ちなみにサクラちゃんは馬車の中でお義父さんに寄りかかって眠そうにしておりましたな。