愛知である。
猿投である。
猿投と書いて「さなげ」と読める人は地元の人以外そう多くはないだろう。
個人的には、数年前に観た映画「
築城せよ!」の舞台として記憶に残っているのだが、その際も過疎の町として描かれていたなあ。
それにしても猿を投げるなんて…何ともヘンな地名ですよね?
…由来を調べてみると、
日本武尊の父として有名な景行天皇が伊勢国に赴いた際にかわいがっていた猿が不吉なことを行ったので海へ捨ててしまい、
その
捨てられた猿が籠って住んだのが今の猿投山なのだとか。
その猿投山の麓に
猿投神社という神社がある。
祭神は
大碓命。
神話に詳しい方なら
景行天皇の息子であり、日本武尊の双子の兄としてお馴染みだと思うが、当方神話にそんなに詳しくないので
「ああ、ヤマトタケルに
素手で握り潰されちゃった人ね…」くらいの曖昧な認識しかなくてどうもスンマセン。
前置きが長くなっちゃってゴメンなさい。
そんな古い由来を持つ猿投神社、なのである。
いつもこのサイトで紹介しているような頭のアレな人が勝手に作っちゃったようなインディーズの神社とかではなく、ちゃあんとした社格の神社であることだけは心していただきたし。
訪れたのは晩秋の夕方。
ほとんど人のいない境内は凛とした空気に支配されていた。
山門を潜ると壁の無い建物、いわゆる四方殿が建っている。
その先に中門があり、その先に本殿がある。
しかし一般の拝観者が入れるのはここまで。
その先はうかがい知ることすら出来ないのである。
さて、散々引っ張ってきましたが、
ココからが本題です。 この猿投神社、昔から
左鎌を奉納する特殊な信仰があるのだ。
左鎌というのは左利きの人が使う鎌で、刃の付き方が右利きの鎌とは逆になっている鎌のこと…だったはず。
この神社の祭神は大碓命。弟にひねり潰されちゃったとはいえ日本武尊の双子の兄である。
かつては双子のどちらかは左利きであったとされ、
大碓命も左利きだったと言い伝えられていたのだ。
そのためこの神社では左鎌を奉納する信仰が発生したのだろう。
…というわけで、中門前にはこのように
左鎌が大量に奉納されているのだ。
勿論リアルな鎌ではないが、
鎌を模した金属製の絵馬が鈴なりに架けられている。
左鎌が描かれた木製の絵馬もあるが、その大半は黒い鎌型の絵馬。
えもいえぬ迫力に満ちているぞ!
元々は悪縁を断ち切り豊作や病気平癒を祈願したのだと言うが、現在ではどうもそうではないみたいだぞ。
というのも…
見事なまでにトヨタ自動車関連の企業の安全祈願の鎌ばかりが奉納されているのだ! この猿投の地は現在豊田市に編入され、トヨタの関連企業が数多く集まっている地域でもある。
そういった企業が作業中の安全を祈願するために鎌を奉納しているのだ。
世にも珍しい
企業(しかもほぼ同じグループ企業)が信仰する神社なのだ。
まあ、大型工作機械を扱う職場だけに安全祈願も真剣なのは判ります。
中には職場の仲間が連名で奉納してある絵馬もあったが、それはそれでいかにも生真面目な製造業っぽい印象を受けたよ。
このような杓子定規で真面目な願い事を見ると、トヨタ自動車の関連企業群という
運命共同体が信仰の面においても運命を共にしているんだなあ、ということを強く感じた次第でございます。
絵馬を見ていると勿論トヨタの企業は信仰している側なのだが、何だか
トヨタ信仰のように思えてしまう。
いや、実際にこれらのグループ企業にとって本社は信仰の対象なのかもしれない。
それにしても自動車産業と信仰という組み合わせ、一見馴染みが薄いように思えてならない。
しかしよく考えてみると案外そうでもないのかも知れない。
産業技術の究極の目的はミスや事故をゼロにすることであろう。
しかし技術の粋を尽くして考えに考え抜いたにせよ、ミスや事故というものはゼロには成り得ない。
人智を尽くして究極的に突き詰めてもなおミスや事故は起こりえるのだ。
人が全知能を傾けてもどうにもならないミスや事故が起こってしまう。だからこそ人は神に頼るのではないだろうか。
逆に言えば神の領域にまで肉薄するレベルで彼らは安全を追求している。その上で敢えて安全を祈願しているのだ。
そう思って改めて黒い絵馬を見てみると、やるべきことは全てやったがゆえの安全祈願だぜ!的な自信と誇りが感じられるような…気がします。
ちなみに私は会社勤めとかしたことのない非組織的な人間なんで、9割方想像で書いてますのでその辺大目に見てね。
なんせ「会社」とか「企業」とか聞くと手塚治虫の漫画に出てくるようなパースの効いた巨大ビルしか思い浮かばないもんでして…。
少し離れたところには普通の絵馬もかかっていた。
こちらは左鎌絵馬と合格絵馬が半々。
企業絵馬の安全祈願に対して、その願いの種類は様々だった。
ヤマトタケルの双子の兄ちゃんは日本を代表する、いや世界有数の大企業の守護神になっていました。 最後に余談。
猿投と言えば忘れちゃならないのがハンマー投げの室伏広治。
猿投に縁の深い室伏氏、噂ではこの神社のお守りを身に着けているとか。
どうでもよかったすか…。