別の見え方
「まあ嘘吐きには効く手だからね」
「それが正しくてもやり過ぎです。今なら、まだそう思います」
「えっと……何か悩み事?」
お義父さんが心配そうに尋ねると樹は優しげに微笑みますぞ。
「大丈夫ですよ。僕自身の問題ですから」
「そう? 何かあったらいつでも相談に乗るからね」
「はい……尚文さん」
「何?」
「ウソを吐く人を見抜くにはどうしたらいいでしょう?」
「俺もあの王女に騙されたから一概に言えないけど……」
「それでも尚文さんならどうやって見抜きますか?」
「視線、口調……かな? 後は相手の言葉のおかしな所とか態度とかかな?」
お義父さんの言葉に樹は何度も頷きました。
そうですな。お義父さんも赤豚に騙されてから、他者に対する警戒が多少上がっているでしょう。
そういう意味では参考にする相手として最高の相手ですぞ。
「ま、俺も商売は直接相手と話すよりもネット内の文面で相手する事が多かったから、一概に言えないけど。詐欺を働く奴って一目で見抜くのは難しいからねー……」
商売ならまだ分かりやすいんだけど、とお義父さんが呟くと樹は微笑みました。
「尚文さんらしいですね」
「そう? 対人の勘となると錬の方が敏感……あ、違うか」
「俺を話題に出して否定するのはどういう事だ?」
錬が若干不快そうに話題に入ってきますぞ。
「悪気は無いんだよ。ただ、錬は騙しづらいだろうなって思ったけど、それとは別だからさ」
「詳しく聞こうじゃないか」
「錬は他人に対して、どっちかと言うと常に相手を警戒してて、前提から信じて無いと言うのかなー……壁があるんだよ」
「……」
「もしもの状況で言うなら、目の前で人が魔物に襲われている時、咄嗟に動くよりも理性が複数の可能性を出しちゃって動けない感じかな」
「騙そうとしている。襲っているんじゃ無くて使役する魔物がじゃれてるとか? ですか?」
「そう」
なんとなくわかる気がしますな。
錬は他者に対する警戒度が高いのですぞ。
実際、これまでのループでメルロマルクから距離を置いていますからな。
樹の返答にお義父さんが頷きますぞ。
「そういう意味では対人なら錬を参考にすべきかな。信じ無きゃいけない所でも可能性を模索していく。そこでおかしな挙動をしようものなら証拠を集めて疑心を募らせて行けば、騙される事は……結果的に減ると思う」
「なるほど、良くわかりました。錬さん、参考にさせてもらいますね」
「俺を参考にする方向へ持って行くんじゃない!」
お義父さんと樹が錬を相手にじゃれていますな。
「さっきみたいな状況だと、結局は証拠を集めて行くしかない。後は郷に入れば郷に従え……かな」
「賄賂は賄賂として受け入れる……ですか?」
「そうなるのかな。ここでは賄賂をする……海外で言う所のチップが常識で、俺達が日本での常識を持って来すぎているんだ」
海外旅行ですな。
一応、俺は何度も行った事がありますぞ。
「確か海外では時給制ではなく、チップが給料というホテルマンが居るとか聞いたことがありますぞ!」
「うん、元康くんの話は俺も知ってるよ。そんな感じでさ。ただ、困っている人が居たら話を聞いて出来る範囲で力を貸せば良いんだよ。善意なんだから」
「善意……ですか?」
「そう。善意と正義は違うけどね。困っている人がいるなら力を貸す。だけど困っている人と困らせている人が居たら両方の話を聞けば良い……んだけど、難しいよね」
「ええ」
「正しい答えなんか無いと思う。勝てば官軍なんて言葉もあるし、結局は力で解決する問題も出てくる。ここは異世界なんだし……それでも、自分が正しいかどうかを自問自答して、悩む事が実は一番正義なのかもしれないよ」
「小説とかでウジウジとずっと悩んでいるカッコ悪い主人公が居ますが……そういう事なのですか?」
「信念を持って進む主人公はかっこいいけど、犯罪を平気でするのもいるでしょ? 元康くんの話で出てくる樹って自分の信じた正義だけを突き進んだ結果だと俺は感じた」
「ふむ。味方として描写されれば正しく見えるが、敵だったらまた別の見え方が出てくるという事か」
錬がお義父さんの言葉に頷きましたぞ。
でしょうな。
樹とは何度も戦いましたが、迷いなく俺やお義父さんを悪だと決めつけていて信じようともしていませんでした。
あの頃は面倒な奴だと思っていましたが、ある意味では行動力があるのですな。
「まあ元康くんがそれの典型だと思うよ」
「た、確かに……」
「今、樹は悩み続けてるでしょ? どっちが正しいのか? そうして悩み続けて、その先に見つけた答えを選んだ後も、後悔やより良い結果があったかもしれない可能性を模索した先にある正義の方が……実は尊い物なのかもね、って経験が浅い俺が言っても説得力が無いか」
「……いえ、とても良い話を聞けたと思います。尚文さん、錬さん、ありがとうございます」
樹は若干迷いを吹っ切った様に俺には見えましたぞ。
ん? 俺には何も無いのですかな?
「尚文さんの時の様に誰が悪いか分かりやすい状況があるのが、僕としてはとても楽なんですけどね」
「あはは……まあ、あの時の状況だと日本人の感性だったら俺の方が可哀想な被害者だよね」
「ただ……メルロマルクの常識だと陰謀で尚文を嵌めることが正義。宗教上の敵である盾の勇者……悪魔には何をしても良いのだから」
「お? そういえば正義の反対は正義と最初の世界で樹に言った者がいたと聞きましたな。今思い出しましたぞ」
誰の言葉なのかは知りませんな。
村の者達が言っていたような……ですぞ。
俺の情報網はフィロリアル様と一部の奴隷達だったので、情報がかなり混濁しています。
直接俺が聞いた言葉では無いので、思い出す事も出来ません。
なので誰が言った言葉なのか特定するのは難しいですな。
「その方はきっと正義の意味をちゃんと理解しているのでしょうね。そうです、負けた時に正義は悪とされて断罪される、良く分かりました」
「結局、樹はどうしたいの?」
お義父さんが心配そうに樹を見てから視線を町並みに向けます。
「何も……僕達がただ出来る事をして行けば良いだけですよ。僕には尚文さん、元康さん、錬さんが居るんです。僕が道を間違えた時、注意してくださる友人が居るのですから、迷いながらでも進んで行けば良いだけですよ」
「な、なんかハードルが上がった気がする」
「そうだな。俺達が揃って間違える事だってあるだろ」
「ですが、間違える確率はグンと下がる気がするんです。尚文さん、貴方を僕は信じたのですから、協力くらいはしてください」
「そっか、そうだね。あの時、樹は俺がやって無いと信じてくれた。だから俺も出来る限り手伝うよ」
と、樹はお義父さんの了承を得た後、深く頷きました。
「さて、話もまとまった所で、勇者殿達に私がギルドから仕事を持ってきた」
「お?」
エクレアが依頼書をまとめた紙を見せますぞ。
丁度良い所に来ましたな。
きっと狙っていたのでしょう。
「今の勇者殿達なら出来ると思う、早期に終わる仕事だ」
「どんな仕事?」
「大量発生し、人々を困らせる魔物を退治する依頼だ。勇者殿達の演習も兼ねて挑戦するのはどうだ?」
「良いね」
「ただー……」
樹と錬が俺を見ますぞ。
なんですかな? その程度の魔物の駆逐なら俺が数時間で片付けてやりますぞ。
ブンブンと槍を振りかざして見せます。
「キタムラ殿は自重するように」
「何故ですかな?」
「他の勇者殿達の練習にならないからだ」
「そんな訳、とりあえずサクラちゃん達に乗って仕事をやってみようか」
お義父さんの言葉にサクラちゃんを初め、ユキちゃん達も目を輝かせてますぞ。
「行くの?」
「うん。とりあえず、勇者同士で連携の練習だね」
「経験値は稼げないらしいが、別の経験を得ることが出来そうだな」
「そうですね。何だかんだで僕もコウさんとエクレールさん以外と一緒に戦う練習になりますから」
「俺も思い切り手加減して行きますぞ」
何故かお義父さん達が呆れ気味に俺を見た後、馬車に乗り込みます。
腕が鳴りますな。
手加減の練習ですぞ。
「じゃあ出発ー!」
「ですぞー!」
俺達はその足でエクレアが持ってきた依頼書通りに魔物退治に出かけました。