犯人がいない証拠
俺の言葉に樹は半眼になりました。
なんですかな? 力は正義ですぞ?
「……ここまで相談する相手を間違ったのは僕の失態ですね。そうでした、元康さんは力で何でも解決する人でしたね」
おや? 説得に失敗しましたかな?
「ですが……元康さんみたいな人じゃないと助けられない人もいるのかもしれません」
樹はコウの喉元を撫でてから微笑みました。
そうでしょうな。
何度も言いますが、力は正義ですぞ。
樹は公平であり、弱きを助け、悪を挫く事が正義だと言いますが、俺の正義は違います。
正しきはフィロリアル様、そしてお義父さんですぞ。
お義父さんの敵となった時点で、それは悪なのです。
俺はお義父さんの味方であり、お義父さんの敵を全て滅ぼすのです。
つまり信じた者の側で戦い続ける事が正義であり、誠実なのですぞ。
「争いとは両者ともに譲歩できない時や引く気の無い理不尽な要求をされた時に起こる。前回の尚文さん、いえ、今までの元康さんが経験した世界で僕達の説得に失敗したのは……僕達が譲歩する気が無いから、聞き入れる耳を持っていなかったからなのでしょう」
「そうでしょうな」
「最初から聞く気の無い相手に、幾ら譲歩しても説得は出来ません」
「強化方法の共有や戦闘した理由ですな」
「そうです……相手を最初から悪だと決めつけたら、聞く耳なんて無いですよね」
と、樹は悟った様に何度も頷いておりました。
何やら今までの樹と違って憑き物が落ちた様な顔をしていますぞ。
「納得しましたよ。元康さんの話に聞く僕はどれだけ身勝手な悪人なんだろう……って、信じたくないとも思っていましたから」
「樹とは何度も戦いましたな」
前々回も前回も戦いましたな。
どれも雑魚でしたぞ。
まあ強化方法を実践出来ていなかったから、ですがな。
「創作物の様に、相手が完全に悪なはずはない、という事を前提にしなければ、僕は身勝手な正義を演じてしまうのでしょう」
最初の世界でも樹は何度も、お義父さんと衝突しましたな。
俺も婚約者をお義父さんが誘拐したと聞いた時は、頭からお義父さんが悪だと決めつけておりました。
まあ当時は俺も似た様な感じでしたが、樹はこの思考から抜け出すのが苦手なのでしょう。
「ほら、推理小説に探偵っているじゃないですか」
「探偵ですか」
「ええ、僕はドラマやマンガ程度でしか見ませんでしたが、ああいったジャンルの探偵ってまるで犯人を追い詰める狩人みたいですよね」
「俺は愛の狩人ですぞ!」
「……なんかバカらしくなってきましたが続けますね。こう、あの手の探偵って『この人が犯人だ。でも証拠が無いぞ? じゃあ追い詰める証拠を探そう』みたいな感じじゃないですか」
「言われて見ればそんな感じがしますな」
「別に推理モノを否定するつもりは無いんですよ。ただ、これからの僕としては『この人は犯人では無い。だけど犯人は存在する。全ての証拠を集めよう。この人だけでなく、この中に犯人がいない証拠を見つけたい』と思って調べて行きたいです……まあ夢物語なのかもしれませんが」
ふむふむ、色々と面倒な事を考えていますな。
とはいえ、言っている事はわからなくもないですぞ。
冤罪事件など、この世界に来る前に度々ニュースなどで見ましたからな。
捕まえる側の人達がそういう風に考えてくれるなら、もっと良い世の中になるのかもしれません。
まあ樹の言う様に難しいのでしょうが。
「自分達が庇っている人だけを無罪と思いこむのではなく、相手も無罪かもしれないと思って接するのが近道かもしれません。容疑が固まって、それで尚、無罪とする材料が無くなった時に動くことこそが正義なんでしょうね」
樹は樹で色々と考えているのですな。
難儀な性格ですぞ。
犯人が白か黒かなど、この槍で脅せば簡単に吐くと思いますが。
仮に力に屈しなくても幻覚を掛ければ楽でしょうな。
それにしても……。
「今回の樹は俺の話を不思議なほどに信じてくださいますぞ」
「疑いようが無い事実を元康さんが教えてくださったお陰ですね。僕が確信を得る前だったからなのもありますけど」
「鉄は熱いうちに打て、とお義父さんは仰るでしょうな」
「全くその通りですよね……そういう意味で、今までのループに意味があったのでしょう。それに、今までの旅で元康さんや尚文さん、錬さんが悪い人でないのはわかりますから」
樹は遠い目をしていますな。
何かを悟ったのでしょうか?
「弱者の皮を被った悪に騙されないよう……僕は皆さんを信じて行きたいですね」
そう言った樹の背中が、不思議と清らかに見えましたぞ。
「おや? あれは――」
町を軽く見て回ってギルドの方へ戻ってきましたぞ。
するとそこにはお義父さん達が待っておりました。
既に錬とユキちゃんもおりますな。
「おかえり元康くん、樹」
「ただいま帰りましたぞ!」
「どうだった?」
「割と平和そうな町でしたね」
「ですな」
「町の案内って訳ではないですが、自警団の詰め所とかがありましたね……助けを求める冒険者を無視してました」
樹はギルドから大通りを挟んで反対側の建物を指差しました。
「樹が踏み出すかヒヤヒヤしましたぞ」
まあ飛び出していったら俺がどうにかしますがな。
パラライズランスを当てれば問題無いと思いますぞ。
「確かに、個人的には無視したく無いですね……」
そんな様子をお義父さんと錬が何処も腐ってるもんだねとおっしゃいましたぞ。
「何があったのかを尋ねると、スリに財布をすられたそうです」
「うわー……犯人の特定が難しそうだね」
「ええ、僕達じゃどうしようも無さそうだったので、同情はしましたけど……って所でコウさんは何処ですか?」
「こんな事もあろうかとコウに匂いを元に犯人を追跡させました」
そう俺が告げたのと同時にコウが帰ってきました。
ドタドタと大きな音を立てていますぞ。
「ただいまー!」
「うわああああああ!」
コウが犯人の襟を後ろからくちばしで掴んで連れてきましたぞ。
「な、なんだこの喋る魔物は! お前等のか!?」
「ええ、貴方はスリですよね?」
樹がボディチェックをして複数ある財布を取り出して詰問しますぞ。
「チ、違う! これは俺の財布だ!」
「そうですか、じゃあ詰め所に居る自警団の方々に同じ事を仰ってください」
「魔物を俺に嗾けて何を言ってやがる!」
「……確かにそうですね。コウさん、どうしてこの方だと?」
「匂いー、この人の匂いを追ってたらこの人だったのー。だから捕まえてきたー」
若干、コウの発音がくぐもってますな。
まあくちばしで掴んでいるのですからしょうがありません。
「匂いって……」
「まだ自警団の所で問答をしているのではないですかな?」
その足で自警団の詰め所を指差すと、スリは暴れ始めましたぞ。
「あんまり騒ぎにならない様にしないといけませんね。元康さんが僕は良くウソを吐くと言いますが、ここは面倒です。僕達もスラれそうになった事にして突き出してきますよ」
コウを連れて樹は自警団の詰所のほうへ行きますぞ。
やがて樹は詰め所にスリを突き出して戻ってきましたぞ。
「証拠で一発でしたね。被害者の冒険者も自分の財布を見つけて驚いていましたよ。犯人は僕達を執拗に真犯人にしようとして被害者ぶってましたけど」
「一応、犯人を逮捕出来て良かったんじゃない?」
「元康の話じゃ樹は良く嘘を言っていたと言うが、状況次第ではしょうがないな」
「ですが……息をする様にこんな事をしていたら、確かに嘘ばかり吐いてしまうかもしれないですね」
「かと言って、今の俺達が勇者を名乗って盗人を捕まえると宣言するのは危険だよね」
「だな。最悪、この町の連中を危険な事に巻き込みかねない」
「……そうですけど、注意して行きたいと思います。こんな事ばかりしていたら、僕は本当の事を言えない様になってしまうかもしれないですから」
「樹は真面目だね」
「……僕は真面目なんじゃないですよ。正義感が強くて自分の足元が見えていないんだと思います。都合が良いなら嘘を通したくなりますから」
今までの樹とは反応が違いますな。
「仲間である皆さんだけは騙さない様に僕は自分を律する努力をします」
「ま、今は良いんじゃないか? 犯人を捕える事に成功はしたんだしな。結果を見れば、助かった人がいるんだ。素直に喜べばいい」
錬が腕を組みながら言いますぞ。
なんか偉そうですな。
「冒険者の人にありがとうっていう感謝の思いがもらえたんだから良いんじゃない?」
「難しい事を考えているようですが、あの冒険者が嘘を言っていたのですかな?」
「……いいえ、あの状態で僕達がスリを捕まえなかったら、誰もあの方の財布を届けられません。僕達が捕えてから詰め所に冒険者が居たら怪しかったとは思いますが……」
「そういう事だね。人助けをしたんだから喜びなよ」
「……はい」
振り返ると深々と頭を下げる冒険者に樹は軽く手を振っていました。
ふむ、難しい話はどうあれ、良い事をした様ですな。
俺もフィーロたんと様々な約束をしているので、真の平和の為にがんばりますぞ!
樹に負けない様にしないといけませんな。
「もしも……証拠が見つからなかったら僕は、強引に吐かせる様な事も考えていたのかもしれません」