法成立の背景と経緯
平成12年11月に「児童虐待の防止等に関する法律」が施行され、以来、児童虐待については、児童福祉法上の施策と併せて様々な取組が行われてきた。しかし、全国の児童相談所における児童虐待相談処理件数は、法施行後も増加の一途をたどっており、平成14年度は約2万4千件と、平成11年度に比べて約2倍となっている。また、児童が死に至るような深刻な事案も増えている。
こうしたことから、現行法について、虐待を受けた児童の早期発見や虐待を行った親に対する支援等、児童虐待防止施策の強化に向けた見直しが急務となり、そのための作業が各方面で進められることとなった。
参議院の「共生社会に関する調査会」や衆議院の「青少年問題に関する特別委員会」等では、法改正を視野に入れての議論が行われてきた。それと並行して、チャイルドライン設立推進議員連盟(1997年に超党派の議員により発足)の中に児童虐待防止法改正検討チームが設けられ、具体的な改正に向けた動きも始まった。同検討チームは、平成15年9月、中間とりまとめを行い、それを基に与党、民主党がそれぞれ独自に素案を作成した。その後、与野党間で調整の結果、両案は「児童虐待の防止等に関する法律の一部を改正する法律案」としてまとめられた。同法律案は、第159回国会において衆議院青少年問題に関する特別委員長から提出され、両院においてそれぞれ全会一致で可決、平成16年4月7日に成立した。
改正の概要
今回の改正の主な内容は、以下のとおりである。
1 児童虐待の定義の明確化
保護者以外の同居人による虐待を保護者が放置した場合や、児童の目の前でドメスティック・バ
イオレンスが行われること等も児童虐待に含まれることを明確にする。
2 国及び地方公共団体の責務等の強化
<1> 児童虐待の予防及び早期発見から、児童の自立の支援に至るまで、これらの各段階に国及び
地方公共団体の責務があることを明記する。
<2> 国及び地方公共団体は、児童虐待の防止に寄与するよう、関係者に研修等の必要な措置を講
ずるとともに、児童虐待を受けた児童のケア並びに保護者の指導及び支援の在り方その他必要
な事項について、調査研究及び検証を行うものとする。
3 児童虐待に係る通告義務の拡大
現行法では、「児童虐待を受けた児童」とされている通告義務の対象を、「児童虐待を受けたと
思われる児童」としてその範囲を拡大する。
4 警察署長に対する援助要請等
児童相談所長又は都道府県知事は、児童の安全の確認及び安全の確保に万全を期する観点から、
必要に応じ適切に、警察署長に対し援助を求めなければならないものとする。
5 面会・通信制限規定の整備
保護者の同意に基づく施設入所等の措置が行われている場合についても、児童との面会・通信を
制限できるよう規定を整備する。
6 児童虐待を受けた児童等に対する支援
児童虐待を受けたために学業が遅れた児童への施策、進学・就職の際の支援について規定する。
主な論点と今後の課題
[立入調査の実効性の確保]
今回の改正に当たり、最も注目されたのは、虐待が疑われる家庭への立入調査の実効性をどう確保するかという点である。現行法では、保護者が立入りを拒否した場合、罰金による事後的制裁はあるものの、強制的な立入りを認める規定はない。ただ、立入調査に当たって警察官の援助を求めることができる旨の規定があり(児童虐待防止法第10条)、警察官とともに警察官職務執行法の要件を満たした状況で立入りを行う場合には、錠を壊す等の強制力をもって住居等に立ち入ることも可能とされている。しかし、この要件を満たすためには犯罪が正に行われようとしている等の緊急性が必要であり、実際には家の中の状況は外からは判断しにくいため、調査を断念する例も少なくなかった。
そこで、与党案では、警察官職務執行法で対応することが困難な場合にも、児童の生命、身体に重大な危害が生じる恐れがある等の一定の要件の下で警察官が強制的に立ち入ることができるとする規定を盛り込んだ。これに対し、民主党案では、人権に配慮するとの観点から、児童相談所が裁判所に対し児童虐待を受けた児童の救済を請求することとし、人身保護法の適用により令状を得た後、住居等へ立ち入れるようにした。このように、両案では立入調査に関する規定が異なっており、これを与野党でどう調整するかが課題となった。
与党案については、憲法35条が保障する住居の不可侵との関係で、行政機関の強制的な立入りについては慎重な検討が必要だとして反対する意見も多かった。また、民主党案に対しては、人身保護請求手続きは、迅速な対応が求められる児童虐待の救済手段としてはふさわしくないとの指摘があった。そのため、今回の改正では、当面、警察署長に対する援助要請等を明確にすることで現行法を適切に運用することにとどめ、本格的な改正については今後の検討課題とされた。
[マンパワーの確保]
委員会の審議では、児童相談所の果たす役割の重要性を踏まえ、職員の質と量の確保の必要性が指摘された。特に児童福祉司については、施行令で定められている人口10万人~13万人に1人という配置基準を見直すべきであるとの意見が多かった。
これに対し、厚生労働省からは、施行令で定められている配置基準は変わっていないものの、地方交付税の積算基礎となる児童福祉司の人員基準については見直しが行われてきており、児童虐待防止法が施行される以前の平成11年度は人口170万人当たり16名であったが、平成16年度は25名となっているとの答弁がなされた。また、職員の資質向上のため、平成14年度に「子どもの虹情報研修センター」を設置し、職員に対し児童虐待に対応するための各種研修を行っているとの説明もなされた。
[関係機関の連携の必要性]
大阪府岸和田市における中学3年生への虐待事件への対応を例に、現行では児童相談所と学校との連携が不十分であり、今後は児童相談所と学校、保健所、医療機関等の関係機関との連携をどう取っていくかが重要であるとの指摘がなされた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今回の改正により、同居人による虐待を保護者が放置した場合や、児童に配偶者間の暴力を見せることも児童虐待に含まれることが明確になったほか、通告義務の範囲が拡大し、児童虐待の早期発見の面では前進があったと言えよう。しかし、通告を受ける児童相談所では、児童の安全確保だけでなく、虐待を行った親への支援、家族の再統合までを一手に引き受けなければならず、専門職員の不足がますます深刻化することが予想される。厚生労働省は地方交付税の積算基準を見直してはいるが、諸外国の基準と比べるとなお不十分である。また、虐待を行っている家庭への立入調査の在り方についても課題が残されている。
政府が第159回国会に提出し、衆議院で継続審査となっている児童福祉法改正案では、相談業務は一義的に市町村にまかせ、専門性が高い困難な事例のみを児童相談所に担当させて、児童相談所の負担を軽減するとの改正が盛り込まれている。児童福祉法改正案の審議の際には、今後の児童相談所の位置付け、果たすべき役割等が論点となろう。