翌朝、朝礼は騒然としていた。議長のジェードが騒ぎを鎮めようと四苦八苦しているが、皆一向に聞く耳を持たず、一様にフォスを質問攻めしている。
当然といえば当然だ、何せ連れ去られた筈の宝石が帰還するなど歴史上初の出来事である。そして、パートナーを連れ去られた宝石たちの一部は、一縷の希望としてフォスを見ていた。
「皆の者、フォスに質問をするのは報告の後だ。整列しなさい」
少し遅れてやって来た金剛の一声に、慌てて整列する石たち。ジェードの言葉と共に朝礼が開始される。
「ではルチル、報告を」
「はい。長い間行方不明だったフォスですが、昨晩医務室にて発見されました。ですがフォスには行方不明の間の記憶が無く、どこで何をしていたかは分かっていません。それから、回収した筈のフォスの欠片が何故か消失しました」
ルチルが齎らした分からない尽くしの報告に暫し考え込む金剛。ややあってから、一つ一つ疑問に対し質問を開始した。
「フォスが医務室で見つかったというのならば、校内の何処かに隠れていたのか?」
「校内は隈なく捜索しましたし、フォス覚えている最後の記憶は虚の岬に向かう途中だそうです。その可能性は低いと思われます」
「そうか。ではフォス、記憶が無いとのことだが、何処か欠けている所は?」
「それがさっぱり傷一つなし、なんだか産まれたてピチピチって感じで、とっても気分がいいんですよねー」
両手を広げ体を捻り、全身を見せつけるフォス。破損は見受けられない。
「ならよい。記憶の欠損についての詳細な調査はルチルに任せよう。それから、消失したフォスの欠片というのは?」
「こちらも原因不明です。ですがフォスの体が無傷ということは、何者かが欠片を持ち去りフォスを治したということになります」
ザワザワ、整列した石たちがまた騒ぎ出す。
「フォスに治療を施した者、或いはその存在に心当たりがある者は?」
「……」
問いに答える者はいない。
宝石でも月人でもない第三の存在。それは、宝石たちにとってはオカルティックでホラーチックだった。ワイワイ、ガヤガヤ、物騒がしくなる朝礼に、ジェードは注意を促し黙らせる。
「ふむ……状況は把握した」
少しの間黙考していた金剛は、フォスとルチルを見据えて告げた。
「 何はともあれ、フォスの欠けた記憶を取り戻すことが最優先だ。フォスはルチルに協力してもらい、出来る限り失踪中の記憶を思い出すこと。ルチルはフォスの体とインクルージョンに異常がないかを調べなさい」
これを以てフォス失踪事件に関する報告は終了とする、金剛はそう言うと、次の報告に移るよう指示を出した。
朝礼が終わり医務室へ向かうフォスを、金剛は呼び止めた。
「なんですか先生?」
「色々あって伝え損ねていたが、ピンクフロイトのことだ」
「ああ、ピンクフロイト……ん?ピンクフロイトってなんだっけ?」
色々あって忘れかけていたフォス。直後に、あっ、あの丸いやつか、と思い出す。
「シンシャに調査の協力を頼んだ、今後は2人で取り掛かるように。暇があれば顔を合わせに行きなさい、ただし外出する時は見回りの者に護衛を頼むこと」
「……シンシャ?」
フォスは、話したこともない兄の名に首を傾げた。
「って、何にも分かんないんかーい!」
「はっはっはっ、そんなに怒るなよフォス。あいつにだって知らないことくらいあるさ」
学校への帰り道、愚痴を垂れ流すフォスとそれを宥めるモルガとゴーシェの声が辺りを賑やかす。
「散々質問しておいていざこっちが質問したら、俺は知らない、用は済んだから帰れ、だと⁉︎頭にヒビが入るかと思ったわ!」
拾った経緯、場所、先生から聞かされた情報、測定の内容全て、そしてピンクフロイトとは直接関係のないフォスの失踪事件についても、根掘り葉掘りこれでもかという程聞かれまくった。それはまるで、道理の分からぬ幼子が親に向かって、なんで?どうして?と永遠と追究し続けているかの様だったとか無かったとか。少なくともフォスの主観ではそのように見えていた。
そして長々と付き合わされた結果、フォスが得られた情報は何一つ無かったのだ。金剛を始め、ゴーシェやルチルその他色々な石が口を揃えて物知りだとシンシャを評したものだから、ピンクフロイトについては何も知らない、と彼に言われた時のフォスの落胆は大きかった。それに伴い怒りも一入である。
「絶対にあんな奴の手なんか借りないからなぁ!」
フォスは学校へ着くまで延々と愚痴を溢し続けた。
フォス達3人が学校に戻ると、なにやら見覚えのない巨大な物体が横たわっていた。
「なんだ、あれ」
「あ、フォス、丁度良い所に。ちょっとこっちに来てくれ」
謎の物体のすぐそばに立っていたジェードは、フォス達に気付くと呼び寄せてから状況説明を始める。
「月人がボルツとダイヤを無視して学校まで突っ切って来て、このデカブツをここに落としたんだ。幸い月人はボルツがすぐに倒したから特に被害はなかったんだが、何故かこれだけ霧散せずに残った」
「へぇー、それはいいとして、ボクに何の用?」
にべもない返答。興味ないです、という意思を表情、口調、態度で表現するフォス。そんなフォスに、ユークレースは謎の物体を手で指し示して要求を告げる。
「学者先生、これを調べてくださいな」
「あー、残念だよユーク。ボクはこのピンクフロイトの研究が忙しくて手が回らないんだ」
「ははっ、頭が回らないの間違いじゃないのか?フォスのオツムは体と一緒で動作が悪いから」
「おーけー、モルガの考えはよーくわかった。そんなにボクと喧嘩したいなら買ってやろうじゃないか」
手刀の構えのようなポーズをとるフォス。構えたその手を武器として叩きつけたが最後、粉々に砕け散るのはフォスの腕である。
「喧嘩はいいが砕けないよう気をつけるんだぞ。じゃあフォス、任せたからな」
「終わったら教えてねー」
「えっ?マジで言ってる?流石にちょっとボクには物理的にも荷が重いっていうか!」
去って行くジェードとユークを血相変えて呼び止めるフォス。
「おーい、ボクには可及的速やかな問題が……うわぁっ!」
ガシャン
唐突にフォスの体が弾き飛ばされた。翻筋斗打って倒れ、両腕が砕ける。
ズドン
続いて響いた重低音。かなり重たいものが倒れ込んだのか、大理石の床が激しく揺れる。
「な、なんだあれ……?」
突然の事態に慌てて振り返ったフォスは、それを視界に捉えた途端、石のように固まった。
「モルガ!大丈夫⁉︎」
「ああ、問題無い。少し表面が削れただけだ。みんな気をつけろ!こいつに触ると溶けるぞ!」
フォスを庇うように並び立つモルガとゴーシェ、果たしてその先にいたのは巨大なカタツムリであった。
カタツムリの体は半透明で、うっすらと卵型の物体が飲み込まれていくのが見て取れる。
「あー!ピンクフロイトが!」
「諦めろ!フォスは先生をお呼びして来い、こいつは私たちが食い止める」
そう言うとジェードはモルガとゴーシェに加勢した。少し遅れてユークが後に続く。
さらに、異変に気付いたボルツが駆けつけ、巨大な殻に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「さっさと走れクズ!」
へたり込んでいたフォスにボルツが発破を掛ける。フォスは慌てて駆け出した。
金剛を連れ戻って来たフォス。非常事態と聞き、慌てて駆けつけた金剛。
彼らの前には、月人によく似た生物が簀巻きにされ転がされていた。
「あらやだ良い男!」