フォスがなんか拾った   作:紅羽都
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なんかあった?

「虚の岬で発見出来たのはこれが全てだ。一応探索は続けているがこれ以上の進展は期待できない」

 

「そうですか」

 

フォスが失踪してから数日。その間に見つかったのは、浜辺に打ち上げられていた右腕の一部と、同じく浜辺に流れ着いていたピンクフロイトだけだった。

 

「多分だが、肘から先は全て揃っている筈だ。フォスが戻った時の為に治してやってくれ」

 

「分かっています。フォスを治すのは、いつだって私の仕事ですから」

 

手を差し出しフォスの欠片を受け取ろうとするルチル。だがジェードは、それから、と言葉を続けながら逆の手に抱えていたピンクフロイトをルチルの前に掲げた。

 

「ここ、ヒビが入っているだろう?これも治して欲しいんだ」

 

「……確かに割れていますね。しかし何故?発見された時は全くの無傷だった」

 

浅い割れ目が縦に一筋、ルチルはそれを指でなぞった。

 

「それが、先生が力加減を誤ってしまったんだ。片手で持っていたんだが、ふとした途端ビシリといった。流石は先生、一体どれ程の握力なのか想像もつかない」

 

「……」

 

ルチルはジェードの話を聞き捨て、ゴソゴソと治療器具の棚を漁っていた。そして、重たい音と共に何かが取り出される。振り返ったルチルの手に握られていたものは、

 

「ひぃっ!」

 

ゴツいハンマーだった。何時ぞやの目覚ましハンマーの悪夢が、ジェードの頭を過る。

 

「やめろルチル、何をするつもりか知らないがこっちに来るな」

 

「……」

 

無言のまま、ジェードに向かってハンマーを振り上げるルチル。あまりの恐怖に、ジェードは持っていたピンクフロイトを取り落とし後ずさった。

 

「ま、待って!落ち着くんだルチル!話せば分かる、考え直せ!誰かぁ!ルチルが、ルチルが壊れた!た、助けて先生、先生!せんせーい!」

 

ガキィィィン

 

「うぎゃぁぁぁ!……あ、あれ?」

 

ルチルはジェードには目もくれず、床に転がったピンクフロイトにハンマーを振り下ろしていた。

 

「……なにをしているんだ?」

 

目をパチクリさせながら尋ねるジェード。ルチルはその質問に淡々と返した。

 

「見てくださいこれ、ヒビどころか傷1つついていません。驚くべき堅牢さです。そしてこれを片手で割る先生はもっと驚きです」

 

「え?うん、そうか、それは凄いな……っておい、お前!殺気のは一体何だ!」

 

誤字に非ず。先程ルチルから放たれていたのは、紛れもなく殺気であった。

 

「いえ、あなたがあまりにも怯えるものだから、つい出来心で。ちょっとした冗談ですよ」

 

「ルチルの冗談はこれっぽっちも笑えない!先生が本気で怒った時並みに怖いんだぞ!」

 

「だいたい、私があなたを殴る訳ないじゃないですか。しかもハンマーでなんて」

 

「お前よくそんなことが言えるな!」

 

売り言葉に買い言葉。2人はそのまま暫しの間、罵り合いという醜い言葉遊びに没頭した。

 

 

 

「気遣ってくれてありがとうございます、ジェード」

 

弱みを4つ程挙げ列ねてジェードを強制的に黙らせたルチル。少しの沈黙の後、その口を衝いて出たのは感謝の言葉だった。

 

「それは何に対する、ありがとう、なんだ?」

 

「あなたも暇ではないでしょう。こんな八つ当たりに付き合わせてしまってすみません」

 

「……」

 

閉口するジェード。八つ当たりだったことに気づいていなかったようだ。

 

「今でも信じられないんですよ、フォスが連れて行かれたなんて」

 

何でもない風を装ってはいるが、フォスが連れ去られてからというもの、ルチルは内心穏やかではなかった。

ルチルとフォスの関係には様々な意味があるが、その中でも特に切っても切れない関わり合いといえば医者と患者という側面だろう。フォスがしょっちゅう、下手をすれば1日の内に何回か割れる為、最早その身体にルチルの知らない場所は無いと言って相違ない。それと同時に、ルチルはフォスの脆さと弱さについて誰よりも深く理解していた。自身がよく面倒を見ている病弱な末っ子という関係、ルチルはフォスに対しかなり過保護になっていた。元々の面倒見のいい気質も合わさってフォスへの情は一方ならぬものとなっている。それ故の深い喪失感、それ故の抑え難い怒り。

ルチルは自身の重要性から戦争には出られない。怒りをぶつけるべき相手と相見えることは禁じられている。だから、堪えられなかったのだ。

 

「……言っておくが、私はただ喧嘩を買っただけだ。感謝されるようなことをした覚えも、謝罪されるようなことをされた覚えもない……あ、いや謝罪されるようなことはされたな」

 

まあそれはいいとして、と仕切り直すように続けるジェード。

 

「私は進展は見込めないとは言ったが、フォスが連れて行かれたのを誰かが見た訳じゃない。それどころか月人だって目撃されていない。拐われていない可能性だって十分にあり得るんだ、だからフォスは、フォスはきっと帰ってくる。信じて待とう、ルチル」

 

希望的観測、それは不死の存在にとっては最後の拠り所だ。終わりを迎え、天に昇ることが無い故に、微かな希望に縋るしか無い。

ルチル自身、フォスが帰ってくる夢は何度も見た。先程ルチルは言った、フォスが連れて行かれたなんて信じられない、言葉の通りだ。連れて行かれたなんて信じていない。フォスが帰って来るという希望に縋っている。ジェードの言葉は慰めの意味を成していなかった。しかし、これ以上迷惑をかける訳にはいかない。ルチルは、自分は大丈夫だという旨をジェードに告げようとした。その時、

 

ゴーン……

 

鐘の音が響いた。それは回数によってその意味を変えるが、総じて良い意味は持っていない。ルチルとジェードの体に緊張が走る。

 

「総員警戒態勢!総員警戒態勢!新型の月人が現れました!大至急先生をお呼びしてください!新型の月人が現れました!現在イエロー、ボルツ、ダイヤが応戦しています!大至急先生をお呼びしてください!」

 

次いで耳に飛び込んだのは切羽詰まった様子のジルコンの声。警鐘の言葉を繰り返しながら校内へと走り抜けて行く。

 

「ジェード」

 

「ああ、私は校内に残っている石たちの指揮をする。ルチルは決して学校から出ないように」

 

「分かっています」

 

短い言葉を交わすと、ジェードは駆け出した。

 

 

 

その後、宝石たちは校内に入り込んだ謎の小さな白いモコモコを追い掛け回すこととなる。

 

 

 

 

 

 

「派手に割れましたね、ダイヤ」

 

医務室、手術台に横たわったダイヤに声を掛けるルチル。その会話は患者を安心させる為のものでは無く、単なる雑談である。

 

「ただやられただけじゃ無いもん、ボクがあの大きいのを真っ二つにしたんだよ?」

 

「戦果が出れば良いという訳ではありません、あなたは無茶をし過ぎる」

 

「もうっ、ルチルまでボルツと同じこと言うんだから」

 

怒ったような口調だが、ボルツと共闘出来たこと、そして戦果を出せたことでダイヤは内心ウキウキである。反省した様子が無いと分かるとルチルは溜め息を吐いた。

派手に割れたとはいえ、フォス程粉々になった訳では無い。ダイヤの治療には、大して時間は掛からなかった。

 

「次はイエローですね、さあ、横になってください」

 

「ねえルチルー、ボクも直してー」

 

「フォスは後です。あなた、治してもまたすぐ割れるでしょう?」

 

「いや、それがさー、学校の外に出てから記憶が無いんだよ。でも、体はどこも無傷だし……」

 

「記憶が無いと言うのはインクルージョンを喪失したという事です。どこか一部が欠けている筈ですよ。それと、先に治して欲しいのならイエローにお願いし……え?」

 

「フォスが……いる……?」

 

「なあんだ、連れて行かれてなかったのかフォス。お兄ちゃん心配したんだぞう、どこに行ってたんだ?」

 

唖然とするルチルにダイヤ、呑気なイエロー。果たしてその3人の視線の先にいたのはフォスフォフィライト、その石だった。

 

「ん?どしたのみんな、なんかあった?」

 

 

 

 

 

 

こぼれ話 シンシャが来なかった理由

 

「話って何ですか先生?あまり学校に呼び出して欲しくはないんですが」

 

「それについてはすまないと思っている。だが、告げねばならぬことがあってな」

 

シンシャの鋭い視線を真正面から受け止める金剛。正面切っての対話が久し振りなのと、これから話す内容も相まって気分はかなり高揚している。

 

「手短に済ませよう。ピンクフロイトという宝石を知っているか?」

 

「さあ、寡聞にして存じ上げません」

 

「世界が6度割れて尚、語り継がれる伝説だ」

 

何時もの鷹揚とした態度は何処へやら、ともすれば矢継ぎ早とも言える早さで言葉を繋ぐ金剛。無理に呼び出してしまったことに対する、彼なりの気遣いだ。

 

「伝説によると、ピンクフロイトには特殊な3つの力が宿っているという。傷ついたものを癒す力、持ち主を護る力、それから、持ち主の体を望む形に作り変える力」

 

体を好きに作り変えられる、それが意味する所は、シンシャの体から止めどなく溢れる毒液を克服出来るかもしれないということだ。しかし、その言葉を聞いたシンシャの表情は胡乱げだ。

 

「そんな与太話を信じたんですか」

 

「私が実際に触れて確認した。あの宝石には太陽の力が宿っている、何かしら力を持っているのは確実だ」

 

断言する金剛、その言葉は自信に満ちている。シンシャの口から溜め息が溢れた。

 

「俺に何をしろと?」

 

気怠げに尋ねるシンシャ、その瞳に希望は抱かれていない。

 

「ピンクフロイトはフォスに預けてある。だがあの子1人では荷が重い、2人で協力してピンクフロイトについて詳しく調べて欲しい」

 

「協力は出来ません。フォスの奴が一緒だと言うのなら、この話は断らさせて頂きます」

 

「フォスに付きっ切りになる必要は無い。時折助言を授けてくれれば良い。頼む、お前の知恵が必要だ」

 

私の話はこれで終わりだ、そう言うと金剛は黙り込む。シンシャも金剛に言葉を返さずに、その場で思考に没頭した。

暫し、沈黙が降りる。

 

「……分かりました。その仕事、引き受けさせて頂きます」

 

沈黙を破ったシンシャは了承の意を示した。金剛は顔を綻ばせる。

 

「そうか、良かった」




補足説明

・シンシャが来なかった理由
先生に呼ばれた為いなかった
・フォスに対するルチルの感情
捏造
・ルチルの八つ当たり
お守りとしてフォスの手に渡ったにも関わらず、自身だけ無傷で帰ってきたピンクフロイトに思うところがあった→先生が意図的か無意識にかはわからないがピンクフロイトを割る→先生がやったのなら私がやっても許されるはず→ピンクフロイトを殴る→無傷
・オリ主タグについて
オリ主はピンクフロイトのこと。現状オリキャラですら無い。念の為のタグなのでほぼ意味を成していない。
・ピンクフロイトの名前の由来
クレイジーダイヤモンドの元ネタ、Shine On You Crazy Diamondを歌うバンド、ピンク・フロイドから。ファンの方ごめんなさい。
・さらっと流されるシロ
後々出番が無くなるので早めに投入、以降触れることはありません。ファンの方ごめんなさい。





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