フォスがなんか拾った   作:紅羽都
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なんかないか

「まあ、調べるのはルチルの仕事なんだけどね」

 

おどけた調子で嘯くフォス。石の解析など彼には無理な話で当然の結果ではあるのだが、任された仕事を丸投げして平然としている様がフォスがフォスたる所以であると言える。

 

「全く、学者先生様は気楽でいいですね」

 

「はっはっはっ、しっかりと励むんだぞ部下1号」

 

「誰が部下ですか誰が」

 

金剛のセリフを引用しつつ高笑い、厚顔無恥ここに極まれり。ルチルは嘆息しながら先程治した卵型の宝石の測定を続ける。

 

「やはり、インクルージョンは1つも見当たりませんね。ここまでまっさらな石があるとは……ちゃんと聞いていますかフォス?博物誌に、インクルージョン無し、と記録しておいてください」

 

「へーいへい、わかってますよー」

 

フォスの手には金剛に渡された画板、先日まで真っ白だったそれは少し黒く染まっている。ルチルに言われた通りに記録しているだけではあったが確実な進歩だ。

その後、大きさに重さ、比重や靭性などあらゆる測定を行った。そして、これ以上測るものがなくなると、ルチルは立ち上がって大きく伸びをする。

 

「さて、これで測定は終了です。これ以上私は手伝いませんので悪しからず」

 

「え?えー!なんでさ、もっと手伝ってよ!」

 

「私も暇ではないんです。あなたの仕事に付きっ切りになる訳にはいきません」

 

「部下の癖に生意気だぞ!せっせこ働いて学者先生を労るべきだ!」

 

「部下ではありませんし、あなたは私を労うべきです」

 

侃侃諤諤、フォスの怠けた主張とルチルの正当な主張、応酬の末折れたのはフォスだった。

 

 

「ちぇー、けちー、こりゃあ部下1号はクビだな」

 

仏頂面で荒々しく廊下を歩きながらぐちぐちと呟くフォス。その内容はルチルにとっては朗報である。

 

「仕方ない、部下2号を募るとしよう」

 

自分の力でなんとかしようとしないのはフォスがフォスたる云々。とはいえ、有り体に言ってしまうと彼1人では本当に何も出来ないので、助けを求めること自体は英断だったりする。問題なのは、彼が自分の立場を上に置いていることだろう。

 

 

 

ややあって、またもむっつりした表情で廊下を歩くフォス。どうやら御所望の部下2号は現れなかったようだ。

 

「あー、みんなまるで役に立たない。まったくがっかりだよ」

 

口をつく雑言、他の石が聞けば、自己紹介か、と思われること請け合いである。

 

「はあ、しょうがない、自分で調べるか。取り敢えずこれを拾った場所に行ってみよ」

 

ここに来てようやく重い腰を上げた学者先生フォスフォフィライト。

めんどー、と言いながらピンクフロイトを頭の上に掲げる。その仕草に意味はなく、なんとなく持ち上げただけであった。そのまま八つ当たり気味に放り投げたくなったのを既の所で自重する。フォスは再度溜息をついてから学校を出た。

 

 

 

「確か、この辺だったような」

 

目的の場所に着いた頃には日が大分傾いてしまっていた。金剛を起こしたり、部下2号を募ったりしている間に、思っていた以上に時間が経ってしまったらしい。とはいえ、せっかく来たので少し調べてから帰ることにしたフォス、周辺を軽く探索し始めた。

 

「なんかないかなー、天才的な大発見」

 

能天気なことを呟きながら当ても無く歩く。右へ左へ、何か気になるものが目に映る度、彼の足は行き先を変える。

歩いて、寄り道して、歩いて、しゃがみ込んで、歩いて、歩いて、歩いて。

そして、気が付けば空はすっかり赤く染まり、日は地平線に沈みかけていた。

 

ふと、フォスは足を止める。頭の中で、何かが引っかかっる様な感覚を覚える。

 

「……そろそろ、帰らなきゃ」

 

視線の先には北の崖がある。

 

「ここで、何かあったっけ?」

 

頭の中の靄が徐々に薄れてゆく。

ええと、あれは、何だったか、そう、確か、

 

「そうだ……ここは確か、ヘリオドールが連れて行かれた場所だ」

 

顔を上げたフォスの目に映ったのは、雨の如く降り注ぐ矢の群れだった。

 

 

 

 

 

 

「フォスがいないだと?」

 

「はい、校内を一通り見て回ったのですが、どこにもいませんでした」

 

そう告げたルチルは飄々とした態度は保っているものの、瞳には僅かに不安が見て取れた。

フォスとの一悶着から暫くして、少し言い過ぎたかと思い直したルチル。フォスの様子が少し気になり校内を探したがのだが、影も形もなかった。日が暮れているのに、部屋にも戻らず誰に聞いても知らないという。もしかしたら何かあったのかもしれない、と考えたルチルは、急ぎ金剛に報せに来た次第だ。

 

「最後に見たのは?」

 

「昼下がりにベニトアイトが、それ以降は誰も見ていないようです」

 

「では、何か心当たりは?」

 

「いなくなる前に、フォスはピンクフロイトについて尋ねて回っていたそうです。恐らくですが、あれを拾った場所に調査に向かったのではないかと」

 

「……そうか」

 

金剛は額に手を当てた。その仕草は深く考え込んでいるようにも、何かを悔いているようにも見える。

ルチルは何だか空気が重くなったかのように感じた。そして、息苦しさに耐えられなくなり、黙りこくった金剛におずおずと声を掛ける。

 

「……あの、先生?」

 

「……ぃ…」

 

「え?えっと、すいません。よく聞き取れなかったのですが……」

 

小さく何かを呟いた金剛、手を下ろすと、視線を下げルチルと目を合わせた。

 

「ルチル、今すぐ皆を起こして来なさい。フォスの捜索を始める」

 

「は、はい先生」

 

「薄明の内に事に当たりたい。成るべく早く準備するように」

 

「分かりました。即、叩き起こして来ます」

 

ルチルはハンマーを手に持つと1番近くにあるジェードの部屋に向かい、文字通り彼を叩き起こした。

 

 

 

捜索開始から約3時間、隈なく探したがフォスは見つからなかった。フォスを呼ぶ皆の悲壮な声が草原に木霊する。

 

「もう真夜中だというのに……まだ」

 

「……」

 

ルチルの零れ出た声に、沈黙を保ったままの金剛。その表情は暗く翳っている。

 

「皆大分疲れが溜まってきている。明日も月人が来るかもしれないのに……これ以上は……」

 

その時、一際大きな叫び声が暗い夜空を劈いた。

 

「みんなー!フォスが!フォスが!」

 

「っ!今のはダイヤの声」

 

慌てて駆けつけるルチル、金剛も後を追う。

声の元に辿り着くと、そこには俯き座り込むダイヤモンドの姿があった。手には何か小さなものが握られている。

 

「何があったんですかダイヤ、その、手に持っているものは?」

 

「ルチル……ルチル……フォスが……」

 

ダイヤはそっと手を差し出す。ゆっくりと開かれた掌の上には、ハッカ色の欠片が乗っていた。

 

「そんな……」

 

「なになに!何があったの⁉︎」

 

騒ぎを聞きつけた石たちがダイヤの元に駆け寄る。

 

「僅かだけど月人の足跡が残ってる。それにこれは矢の跡ね。ここに月人が現れたのは間違いないわ。それも、数時間前に」

 

周囲の検分を行なっていたアレキサンドライトがそう言った。

 

「それじゃあ、フォスは……」

 

誰とはなく呟かれたその問いに、答えるものはいなかった。

 

 

 

虚の岬、ヘリオドールが連れ去られた忌まわしきその場所で、最年少の宝石フォスフォフィライトは、この日、月人による犠牲者となった。






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