フォスがなんか拾った   作:紅羽都
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なんか拾った

「ルチルゥ…治してぇ…」

 

草原の方から気の抜けた声が響く。声は遠く、蚊の鳴くような音が微かに聞こえる程度。

 

「……またですか」

 

「ルチルー」

 

距離が縮まっているらしい、だんだんと声は大きく聞こえる。

 

「まったく、今度はどこが割れたのやら」

 

名を呼ばれたルチルは、棚の整理を中断し顔を上げた。

 

「ルチルー!!!」

 

いつの間にかぶつかる程に迫っていたハッカ色の頭。そして、眼前で大声を上げる彼にルチルは少し顔を顰める。

 

「そんなに何度も呼ばずとも聞こえていますよ。それでフォス、どこを治すんですか?」

 

尋ねながら彼、フォスフォフィライトの身体を視診する。だが、これといって異常は無い。

 

「いやぁ〜ついにボクが教鞭をとる側になる時がきたんだよ!」

 

「……はぁ?」

 

ルチルの問いはフォスの耳には届かなかったらしい 。なんの説明も無しに、彼は喜色満面で意気揚々と意味不明な妄想を垂れ流す。

 

「史上初の偉大な発見をしたボクには学者先生の称号が与えられる。そしてみんなはボクを先生と呼び、讃え、教えを請うようになる。ん〜、一片の綻びもない完璧な未来予想図!ルチルには特別にボクの部下1号になる栄誉を与えてあげよう!」

 

「あぁ、なるほど。どこも割れていないと思ったら、治療が必要なのは頭のようですね。では、開いて奥までじっくり診察してあげましょう。期待は薄いですが少しはマシになるかも」

 

「おいおい、学者先生たるこのボクのパーフェクト頭脳に傷をつける気?大損害待った無しだよ、ヤーブヤーブ」

 

「あら、どうやら全身開いた方が良さそうですね」

 

「うっわー、危ない奴がいるよここに。先生呼んでこなきゃ……わかったわかった!ルチルさんは名医です!名医!」

 

無言でのみを振り上げるルチルに、全力の愛想笑いでゴマをする。その仕草が随分と様になっているのは、普段から時々やっているからである。

 

「それで、本当に外傷はなさそうですが、何の用なんですか?」

 

「ああ、そうだった。これ、治して」

 

フォスは足元に置いてあったそれを拾い上げて、ルチルに突き出した。ガラリと、乾いた音がなる。

 

「宝石……初めて見る石ですね」

 

木皿に載せられたそれは、ピンク色の砕けた宝石だった。ルチルは破片の一欠片を拾い上げ、そして未発見の石だということを即座に理解した。

 

「大発見かどうかはまだわかりませんが新種の石であるということは間違いないですね。炭素結晶、金剛光沢、条痕白、モース硬度10、屈折率2.42、全てダイヤモンドと同じ性質です。しかしこれにはへき開がない、かといってボルツと同じ構造という訳でもない。いや、そもそも結晶として……」

 

「あー!もうそういうのいいから!口より手を動かしなさい!」

 

研究者魂に火がついてしまったらしいルチルに対し、妙に説教じみた言葉遣いで催促するフォス。気分は完全に学者先生モードである。

瞳に冷静さを取り戻したルチルは「ああ、失礼」と言ってフォスから木皿を受け取る。

 

「その前にいくつか質問があります。これは緒の浜で拾ったものですか?」

 

「いいや、そのへん歩いてたら上から落ちてきた」

 

フォスの返答を聞いた途端、ルチルの表情が一気に訝しげなものに変わる。

 

「上からですか、となると月人が落とした物の可能性がありますね。ヘリオドールのこともありますし、それにこの加工されたかのような綺麗な卵型」

 

「そんな訳ないじゃん。月人も黒点も影も形もなかったし」

 

「もしかしたら、の話です。まあ、可能性として1番高いのは、緒の浜にあったものを誰かが放り投げた、でしょう」

 

ルチルは謎の石を弄りながら「それは明日の朝聞くとして」と続ける。そして再度フォスの方に顔を向けた。

 

「これを先生に見せましたか?」

 

「まだだけど」

 

「でしたら、まず先生に見てもらいましょう。この石について何かご存知かもしれません。それまでは下手にいじらずこのままということで」

 

ルチルは石を日の光に透かして見ながらそう言った。その意見に対しフォスは少々不満気だ。

 

「え〜、先生昼寝してんじゃん。いつ起きるかわからないじゃん。これは可及的速やかに解決しなきゃならない案件だよ、絶対」

 

「確かにその通り、月人のものであれば一大事です。なので、先生は議長に起こしてもらいましょう。という訳でよろしくお願いしますね、ジェード」

 

「ん?何をだ?」

 

そこに現れたのは、たまたま通りがかってしまったジェード。憐れ、彼の腕は犠牲になる運命なのだ。

 

「大丈夫ですよ、安心してください。私がちゃんと治してあげますから」

 

「安心できるかっ!一体何をさせる気だ!」

 

 

 

 

 

 

セイッ

 

ポキッ

 

ギャー!

 

 

 

 

 

 

「これがその石です」

 

尊い犠牲の末、パッチリと目を覚ました先生、金剛。ルチルはこれまでの経緯を説明し、木皿を差し出した。

寝起きの眼に眩しいピンクの宝石。それを見た金剛はポツリと呟く。

 

「……ピンクフロイトか」

 

果たして金剛はこの石について何か知っているようだ。その表情は、珍しいものを見た、と語っている。

 

「ピンクフロイトですか?」

 

ルチルがその名を反芻する。まるで聞いたことのない名である。金剛は思案顔でピンクフロイトについての説明を始めた。

 

「その名の通り鮮やかなピンク色をした世にも珍しい宝石だ。その希少さから世界に一つしかない宝石と呼ばれるほどに。そして、ピンクフロイトにはあらゆる傷を癒す力を宿しているという逸話があり、その力を求めて様々な争いが起こったという」

 

そう言うと、金剛は何かを思い出すように目を閉じる。その有様はとても落ち着いており、深く深く意識を沈めているようだ。

 

「……寝てるし」

 

これまで黙っていたフォスが呆れ顔でそう言った。ルチルでさえ、やれやれ、と言った感じだ。

 

「もうひと頑張りです、ジェード」

 

「またかっ!またなのかっ!」

 

 

 

幸い金剛はすぐに目を覚ました。

 

 

 

「瞑想だ」

 

「わかってますよ先生」

 

「いやどう見ても居眠りじゃん」

 

「先生が瞑想と言えば瞑想なんだ」

 

誰がなんと言おうと瞑想である。

 

「私が知っていることは先程話した通りだ。そして、これより先の事を調べるのはフォスの仕事だ」

 

「あ、話題逸らした」

 

「これは危険なものではないんですね?」

 

「安全だ、私が保障しよう」

 

保障されてもあんまり信用出来ないフォス、じっとりとした疑いの目を金剛に向ける。そんなフォスに金剛は木皿を手渡し、そっと頭に手を乗せた。

 

「ピンクフロイトには持ち主を護る力があるとの逸話もある。お守りとして持ち歩くといい。博物誌の編纂、しっかりと励みなさい」

 

「へ〜い」

 

そんなこんなで、フォスによる新種の石の調査が始まった。






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