「あ、あの……サトリ様。あなたの後ろにいるのは……ひょっとして……」
「ええ。元森の賢王、今は私の家来のハムスケです。よろしくしてあげてください」
「姫のおっしゃられた通り、それがしはハムスケ。姫の家臣でござる」
サトリとハムスケの前で、集まった村人とエンリ配下のゴブリン達が静まり返っていた。サトリの奇想天外な行動にすっかり慣れてしまった村人達は「サトリ様が言うなら大丈夫だろ」と半ば投げやりなた空気だが、サトリの事をまだよく知らないゴブリン達はそうは行かない。
「サトリ様、そいつは本当に大丈夫なんですかね?」
「大丈夫。この村のみんなは決して傷つけないように言ってあるから」
「その通りでござる。それがしは姫の忠臣。姫の御領地の民をいじめたりしないでござる」
サトリも村人もゴブリンも一瞬固まったが、面倒臭そうなのでいちいち訂正したりはしない。とにかくハムスケが安全だということが分かればいいのだから。しかしそこに一人だけ空気を読めない娘がいた。
「サトリ様は領主様なんかじゃないよ!」
「ちょっとネム!」
エンリに連れられてきていたネムは、年齢が年齢だけに空気を読むというのは難しかったのだ。
「なんと?それでは何なのでござるか?」
「サトリ様は領主様なんかよりずっと強くて、綺麗で、優しいんだよ!」
「おお……それがしとしたことが迂闊でござった。姫ほどのお方がそこらの領主と同じ訳がないでござるな!」
最初はネムの乱入に呆れ顔だった村人たちも、やり取りを聞いているうちに納得したようにうんうんと頷いたり、そうだと呟く者まで出てきている。サトリは気恥ずかしさで顔から火が出る思いだった。
(持ち上げすぎだろ!それともこれは羞恥プレイか?俺をどうしたいんだこいつら!)
こんなときこそロールプレイの出番なのだろうが、この状態でやると予想外の方向へ話が転がる予感しかしない。それに動揺しまくっていたサトリはうまく切り替えできる自信がなかった。ハムスケをちょっと抓って黙らせたいところだが、無駄に頑丈なので魔法を使わないと難しいし、そこまでやるのも何だかなあと思ってしまう。
現実逃避したサトリが空に浮かんだ雲の形を何かに例えていると、足元に寄って来たネムがきらきらとした目で見上げてくる。
「サトリ様ってやっぱりどこかのお姫様だったの?」
(……ハムスケのバカ!さっそく子供が勘違いしちゃったじゃないか!)
もう限界だとサトリは強引に話を打ち切る事にした。
「えーと!それよりお話があります!私は明日この村を出てエ・ランテルに向かうつもりです」
村人達から戸惑いの声が漏れる。立て続けに襲撃を受けた村人たちは、サトリが居なくなってしまうことに強い不安を感じていたのだ。エンリのゴブリン達がいるとはいえ、村の男手が大きく減ってしまっているということもある。だが既にサトリに莫大な恩をがあると感じている彼らが、引き留めるような真似はできなかった。
「サトリ様、どこかに行っちゃうの?ずっと一緒にいてくれないの?」
「ネム!サトリ様に無理を言わないの!」
寂しそうな顔のネムをエンリが宥める様子に、わずかな罪悪感を抱きつつサトリは話を続ける。
「なので暫くの間、このハムスケに村を守ってもらおうと思っています。もちろん普段は縄張りにいてもらって、村が危ない時には助けてもらえるように」
「なんと!それがし姫にお供できないのでござるか!?」
「この村が落ち着くまで村人達を守ってほしい。お前の力は私が良く知ってる。だから頼むんだ」
(こいつの図体じゃ滅茶苦茶食うだろうしな。ユグドラシルの金貨はあまり使いたくないし、呼ぶとしたらそれなりに稼いでからじゃなきゃ)
冒険者になって乗騎や使役獣として登録すれば、街中にもモンスターを連れ込めるというのは聞いていた。ただし暴れたらもちろん飼い主の責任だ。エサが足りなくて街の人間を食べてしまったりしたら、目も当てられない。
「姫にそこまで言われては、このハムスケ、全力でこの村を守ってみせるでござるよ!」
「ありがとう。頼んだ」
そういってサトリはハムスケの顔を撫でる。硬い毛皮の手触りははっきり言って良くないのだが、ハムスケが喜んでいるようなので我慢して撫で続けた。
◆
(これはきっと夢なんだ。目が覚めたらいつものベッドで、ネムがいてお父さんとお母さんがいて……)
サトリがカルネ村で過ごす最後の夜。村をあげてのささやかな送別会の後で、エンリと妹のネムは、サトリが魔法で作り出した家に招待されていた。温かいお湯に身体ごとつかる、という行為を初めて体験したエンリ達だが、あっという間にその気持ちよさの虜になってしまった。一緒に来たネムは大はしゃぎして疲れたのか、今は別の部屋で眠っている。
「お湯につかるのって……あんなにも気持ちがいいものだったんですね……」
全身から湯気を立ち上らせたエンリは、体内に籠った熱を逃がすように長い息を吐いた。
「だろう?風呂は最高なんだよ」
得意げに胸を張るサトリはどこか子供のように無邪気に見えて、エンリは微笑ましさを感じつつ心から同意する。
「あの石鹸もすごくいい匂いだったし……それにこのお酒もおいしすぎです……なんか自分が御貴族様になったみたい」
「ははは。貴族は言い過ぎじゃないかな。でも確かに美味しいよね、これ。飲んだの初めてだけど……」
バスローブ姿でワイングラスを傾けるサトリの隣で、エンリはゆったりとしたソファに湯上りの火照った身体を委ねている。目の前のテーブルにはサトリの故郷の物だという果実酒が置かれていた。この土地ではエンリの歳は成人だということを聞いたサトリが、お別れの前に一緒にどうかと誘ってくれたのだ。
最初は遠慮していたエンリだったが、甘くフルーティで飲みやすい口当たりのおかげで一口で夢中になり、気づけば飲み干してしまっていた。それだけでも恥ずかしいのに、空のグラスを持ってしょんぼりした顔をバッチリ見られていたのに気づいた時は、恥ずかしさで消えてしまいたくなった。
(仕方ないじゃない!こんなに美味しい物飲んだの初めてなんだから)
誰に向けたのかも分からない弁解を思い浮かべながら、赤くなって俯いたエンリに、サトリはくすくすと笑いながら「沢山あるから好きなだけどうぞ」と、何処からか取り出したボトルをテーブルに置いたのだ。もはや何も言えなくなったエンリは、今夜の事は夢だと開き直って楽しむことにした。
(……こんない美味しいお酒、もう二度と飲めないだろうな)
サトリが言うには何かの強化効果も付与されているという話だが、そんなことはどうでも良くなるほどおいしかった。顔も身体も熱くなって、何とも言えないふわふわした感覚に包まれている。エンリの人生で初めての経験だったが、それは決して嫌なものではなかった。
「でも、本当にいいんでしょうか……こんなに良くしてもらって……私、何もお返しできません」
「昨日のお詫びだと思って。それに一人ぼっちじゃ、何を食べたって飲んだって美味しくないしさ……」
どこか遠くを見るような仕草をしたサトリの顔は寂しそうで、神様みたいな魔法使いとは思えないほど儚げだった。エンリは胸をきつく抱きしめられたような気がして、アルコールで朱が差した顔をさらに赤く染める。
(サトリ様……)
綺麗でスタイルも良くて、すごい魔法を使えて色々な事を知ってるのに、知ってて当たり前なことを知らない。それに時々別人のようになる時がある。村人の中にはそれを怖がっている人もいたが、エンリは怖いとは思わなかった。口調はどうあれ、どちらのサトリもエンリ達には優しかったから。あるいは出会った時、震えていた彼女を見ていたからかもしれない。
(本当に不思議な人……むしろ人じゃないって言われたら納得できるくらい……)
そんなすごい人と二人きり。バスローブ一枚という格好で同じソファに座っている。最初は離れていた距離も、お酒を注いで注がれている内に縮まって、今はお互いの体温が感じられるくらいだった。
エンリは熱に浮かされた頭で自分の状況を悟ると、慌てて姿勢を正して胸元や裾を押さえ、機関銃のように話し始めた。そうやって気を紛らわせていなければ、どうにかなってしまいそうだった。
家族の事、村の事、農作業の事、たまに行く大きな街の事。エンリからすれば、ありふれたつまらない話を、サトリは目を輝かせて興味深そうに聞いてくれた。彼女の顔に見とれて話が途切れそうになる度に、エンリはグラスに口をつけた。サトリにはペースが早くないかと心配されたが、飲まずにはいられなかった。そうでなければ恥ずかしさで頭が弾けてしまいそうだったから。
「それから、ええと……ええと……」
ただの村娘のこと。話は千一夜も続かない。エンリは静かになった部屋で、口から飛び出しそうなほど暴れる心臓を抱えて俯いてしまった。
(どうしよう、もう何も思いつかない、なにか話さなきゃ、じゃないと私……)
「あー……その、エンリ。そんなに頑張って話そうとしなくてもいいよ。静かにお酒を楽しむのもいいものだし」
「……は、はい……つまらない話しかできなくて……」
「そんなことない。エンリの話は本当に面白かったし」
(あ……)
そう言って本当に楽しそうに微笑んだサトリの顔を見て、エンリは己の身体がぐらりと揺れた気がした。使うのが怖いくらい高そうなワイングラスで口元を隠しながら、すぐ傍でボトルを吟味しているサトリの横顔を伺う。その御伽噺のお姫様のような顔に、自分と同じように朱が差しているのに気づいて、エンリの胸の鼓動はさらに早まった。
なぜこんなにも自分の胸は高鳴っているのか。お風呂上りに女の子同士でお酒を飲んでいるだけなのに。胸の鼓動が収まらない。サトリの顔から目が離せない。エンリは握りしめた拳を胸に当て、理由の分からない動悸を少しでも和らげようと目を閉じた。
(でも……嫌じゃ、ない……?)
部屋の隅にあった姿見に視線を送ると、茹でられたように真っ赤な顔で瞳を潤ませ、わずかに開かれた唇から熱い吐息を漏らしている栗色の髪の少女がいた。あり得ないことだが、本当にあり得ないことだが、今サトリに抱きしめられたら、エンリは全てを受け入れてしまいそうな気がしていた。
すぐ隣でエンリが妄想をたくましくしている一方で、サトリの方も今の状況に困惑していた。
(よく考えたら、これってパワハラでアルハラじゃないか)
立場を傘に若い女の子を無理やり家に泊まらせ、飲酒を強要しているのだ。今は自分も若い女の子ではあるが、鈴木悟としてはそう簡単に割り切れる話ではない。
(下心とかほんとになかったんだよ。現実化したユグドラシルのお酒に興味あったけど、折角飲むなら一人じゃつまらないと思って……村長や男を夜に家に呼ぶわけにはいかないし、他の村の女の人は歳が離れてるし、そこまで親しくないし)
心の中で捲し立てているのは己の良心への言い訳だ。サトリがこっそり様子を伺うと、エンリの様子があからさまにおかしい。童貞で女性と付き合った経験もない鈴木悟ですら異変に気付くほどだった。肌をピンク色に染めて完全に出来上がっており、何かを言わんとする目でじっと見つめてきている。
(なんで?なんでエンリこんなことになってるんだ!?ペース早かったからか!?こういう時どうしたらいいんだ!?助けて!ぷにっと萌えさん!!)
ギルド屈指の頭脳派メンバーに心の中で助けを求めるが、答えが返ってくる筈もない。ボトルのラベルを確かめているふりをし続けるのにも限界がある。どうしようかと冷や汗をかきっぱなしのサトリの胸に、エンリの身体が倒れ込んできた。
「ちょっ……!?」
サトリは慌ててエンリの身体を抱き止める。柔らかいとか、いい匂いとか、頭に浮かんだ感想を必死に振り払う。同性なのだから何も起こりようがないのに、なぜこんなに狼狽しているのか自分でもわからなかった。
「サ、トリ、さま……」
「な、ななんでしょうか!?」
固唾を飲んでその先を待った。エンリの息に肌をくすぐられ、しっとりとした肌が触れ合うと、サトリの心臓はエンリのそれに負けじと高鳴った。己の中の何かに命じられるまま、サトリの両腕がエンリの背中に回される。
「あの……エンリ、さん?」
エンリの返事はなかった。代わりに聞こえてきたのは、すうすうという静かで規則正しい呼吸音。
「ね……寝たのか……そうか……」
ホッとした様ながっかりした様な、何とも言えない気分のまま、サトリはエンリの身体を軽々と持ち上げて優しくベッドに横たえ、そのまま静かに部屋を出た。ぶるぶると頭を振って、閉じたドアに背中を預けると、がっくりと肩を落として一際大きな溜息を吐き出す。
(そんなだから童貞なのよ)
ロールプレイの自分の声が、鈴木悟の心にグサリと突き刺さった。
◆
明くる朝の天気はどんよりとした曇りだった。
それでもエ・ランテルに出立するサトリを見送るため、カルネ村の村人全員が村の入口に集まっていた。その中にはゴブリンを連れたエンリとネムの姿もあった。当然、ハムスケもいる。村長を始め、次々と感謝と別れの言葉を伝えていく村人達。最後にエンリとネムの番が回ってくる。
「サトリ様。いつでも、いつでもこのカルネ村に、帰ってきてください。この村はあなたのことを絶対に忘れません」
「うん。私もこの村のことは忘れない」
サトリは注意深くエンリの様子を伺う。瞳を潤ませて別れを惜しんでいるエンリに、昨晩の事を気にしているようなそぶりはない。朝にエンリに尋ねられたが、「酔っぱらったところを抱きしめちゃいました」などと言えるはずがなかった。
かなりワインが入っていたし、やはりエンリは覚えていないのだろう。出来ればそのまま思い出さないでいてほしいと思いつつ、サトリはアイテムボックスから小さなハンドベルを取り出す。
エンリが躊躇うのを見越してサトリは彼女に歩み寄った。
「これは受け取ってもらわないと困るんだ」
「でも……」
「これは2つで1つの魔法の品なんだよ。一対になったベルのどちらかを鳴らすともう一方も鳴る。片方は私が持っていく」
陽光聖典が持っていたマジックアイテムの一つだった。ユグドラシルにはなかったアイテムだが、数があるので渡したところで惜しくはない。
「それって、つまり……」
サトリは自分がこの村を離れた後のことを周到に考えていてくれた、それを知ってエンリは堪えていた何かが溢れそうになる。口元を押さえて何も言えなくなってしまったエンリを見て、村長が一歩進み出る。
「失礼ながら、お聞かせ願いたい。サトリ様はなぜ、この村をそこまで気にかけてくださるのか?」
村長の疑問は、カルネ村の村人たちがずっと秘めていた疑問でもあった。サトリは見送りに来た村人たちの前で少しの間目を閉じると、意を決して口を開いた。
「……最初はただの気まぐれでした。でも見ず知らずの土地で女……の身で放り出されて独りぼっちだった私を、あなた方は家族のように暖かく迎えてくれた。だから私も、出来る限りの事をしたいと思いました」
「「サトリ様……」」
「私が居た場所は、もう二度と戻れないかもしれないほど遠いところで……知人も友人も誰一人いない場所に来てしまった私に、あなた方の心からの優しさが嬉しかった。だからです」
「「おお……!」」
その言葉に嘘はない。目には目を。歯には歯を。恩に恩を。仇には仇を。それは人として当たり前のことだとサトリは思う。どんな世界でも、男でも女でも変わらない。
「だから、受け取ってくれるよね?エンリ」
「は……はい」
少しだけ落ち着きを取り戻したエンリが、サトリが差し出したハンドベルにそっと手を伸ばす。その手をじっと見ていたサトリが不意に動いた。
「あっ」
伸ばされたエンリの手がぐいっと引っ張られ、釣られて身体も引き寄せられる。バランスを崩したエンリの身体が正面から優しく抱きしめられた。驚いて目を白黒させたエンリの鼻が、どこかで嗅いだ記憶のある良い香りで満たされる。
自分がサトリに抱きしめられていることを理解したエンリの顔が、見る見るうちに赤く染まっていく。
「さっサトリ様!?なにを……」
「ごめんなさい。あなたには謝らなければいけない」
「そ、そんな、サトリ様が謝ることなんて……」
サトリの身体は信じられない程華奢で柔らかかった。種族からして違うと言われてもエンリには素直に納得できる。王様が寝るベッドだって、これほど気持ち良くはないだろうと言い切れてしまうほど繊細で、吸い付いてくるように滑らかだった。
野暮ったい田舎娘が触れて良いものではないと身体を離そうとするエンリだが、サトリはそれを許さない。本気を出したサトリは大人の男性でも投げ飛ばせる力があるのだ。エンリは首から上を真っ赤に染めたまま身を任せるしかなかった。
「御両親を亡くしたばかりのあなたに、大変なことを押し付けてしまったわ」
「そんな……い、いいんです……誰かがやらなきゃ……いけないことで……その……あ……」
「ありがとう。優しいわね、エンリ」
「サトリ様……」
耳元で囁くように名前を呼ばれ、エンリの全身から力が抜けていく。抵抗しようとする気持ちがしぼんでしまう。エンリは周りの状況も忘れて、胸を満たす安堵と幸福感に身を委ねた。
エンリのサトリへの感謝の思いは、遥かアゼルリシアの白い頂よりも高い。それだけにエンリは、昨夜の記憶がはっきりしないことが気にかかっていた。酔っぱらってサトリに失礼なことを言ったりしたのではないかと不安だった。サトリは「何もなかった」と言ってくれたが、それが何かを隠しているような素振りに見えて、いっそうエンリを不安にさせていた。
だが、こうしてサトリが抱きしめてくれるということは、少なくとも嫌われるようなことはしていないと信じられる。それがエンリには何よりも嬉しかった。
「ン、ンンッ」
どれ程の時間そうしていただろうか、村長のわざとらしい咳払いを耳にしてエンリは我に返る。半ば閉じられ焦点の合っていなかった目に光が戻った。見知った村人達の前で、サトリと抱き合っている自分に気づいたエンリは、恥ずかしさのあまり悲鳴を上げた。
「ひゃああああ!?サトリ様!?放してください!」
「嫌」
「そ、そんな!こんな、皆がいる前でこんなこと!ネムだって」
「じゃあ二人きりの時ならいいのね」
「えっ!?そ、そういうわけじゃ!!だいたい、女同士でそんなこと!」
いい加減エンリが泣きそうになったところで、ようやくサトリはエンリを解放する。安堵と名残惜しさの板挟みになりながら、羞恥に頬を染めるエンリの手に先程のハンドベルが手渡される。エンリが見上げたサトリの顔は、悪戯が成功した子供のようだった。
「それじゃ、皆元気でね」
村人全員が見守る中、サトリの体がふわりと浮き上がる。
「う、ううう……サトリ様も、お元気で」
派手にからかわれたのだと知ったエンリは口を尖らせたが、別れはやはり笑顔でいるべきだと、怒鳴りたい気持ちを押さえて微笑んだ。ぼやける視界の中、飛び去っていくサトリの後ろ姿が見えなくなるまで、エンリ達はずっと手を振り続けた。
「あああああ!!どうして俺はあんなことを!?いくらその場の勢いだからって、衆人環視であんなことやらかして、次どうやって顔合わせりゃいいんだよ!」
両手で頭を抱えて、錐のように回転しながらの飛行という曲芸じみた動きをしながら、完全に素に戻った鈴木悟は恥ずかしさのあまり絶叫していた。
「もうカルネ村行けないじゃないかああああ!!」
闇のサトリは少しずつ力を増している。いずれ完全にサトリの身体を乗っ取る日は遠くないのかもしれない。この世界の命運は鈴木悟の意志にかかっているのだ。
第一章 終
これにて一章終了です。
読んでくれてありがとうございました。
二章も全体が出来てから投稿するつもりなので、時間が空くと思いますが、宜しければまたお付き合いください。