メイドイン骨髄   作:紅羽都
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2層目

ここはアビスの中。

今日も探窟家たちは、元気に冒険をしています。

 

それはさておき、ボンドルドは、珍しいことに少々困惑していました。

だって、探窟家でもない小さな子供が深界五層にいるのですから。

深界五層は、生きる伝説と呼ばれる白笛でなければ、まず到達できないような領域です。

間違っても、幼い子供がうっかりで迷い込むような場所ではありません。

 

勿論、ボンドルドが連れてきた孤児でもありません。

ボンドルドは、子供たちの顔と名前を全て記憶しているのですぐに分かりました。

はてさて、この謎の少女は一体何者なのか、黎明卿ボンドルドの興味は尽きません。

 

「あなたの名前を聞かせてくれませんか?」

 

ボンドルドは、少女の手を引きなが尋ねました。

 

「私は、血小板っていいます」

 

「血小板、ですか」

 

ボンドルドは、変わった名前だと思いました。

血小板というのは、血液に含まれる細胞成分の名前であり、人名にするには少々不適切です。

それにこの時代、血小板などの体細胞の名前なんて、かなり医学に精通している人物でなければ知ることはできません。

勿論、知識欲の強いボンドルドは昔から存在は知っていましたが、その名称が文献に載ったこと自体が、結構最近の出来事です。

 

尚、その名称を定めたのはボンドルドです。

 

「血小板は、自分がどうやってここへやって来たか分かりますか?」

 

「……全然分からないんです。気がついたらここにいて、みんな、いなくなってて……」

 

「では、ここがどこだか分かりますか?」

 

「それも、分からないです。こんな場所見たことない……」

 

「アビス、というものを知っていますか?」

 

「……ごめんなさい、分かりません」

 

申し訳なさそうに、小さく首を振る血小板。

 

「謝る必要はありませんよ。未知は罪ではありません。安心してください、あなたが分からないことは私が教えます」

 

ボンドルドは、手を血小板の頭に乗せます。

手袋をしていて無骨で、まるで白血球のような手です。

寂しそうだった血小板の表情が、ほんわかと緩みました。

 

「さぁ、着きましたよ」

 

話をしている内に、目的地へと辿り着いていたようです。

大きく物々しい扉が開き、2人を迎えました。

 

「イドフロントへようこそ。我々はあなたを歓迎します」

 

ボンドルドが、中へと血小板を導きます。

血小板も、疑うことなくボンドルドに続きます。

2人の影は建物の奥に消え、大きな扉は重苦しい音と共に閉じました。

 

そう、血小板は、イドフロントという名の恐ろしい深界の怪物に飲み込まれてしまったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナナチのお姉ちゃん!お耳触ってもいーい?」

 

「んなぁー、いい加減はなれろよぉ。オイラだってヒマじゃねーんだからなぁ?」

 

さて、イドフロントへとやって来た血小板は現在、ナナチという名のもふもふと戯れていました。

 

【ナナチ

ふわふわでもふもふの、とっても可愛い成れ果て。よく「んなぁー」と鳴く】

 

「んなぁー、何でオイラがこんなこと……」

 

血小板にぴったりと張り付かれながら、ナナチは数分前のボンドルドの命令を思い出しました。

 

 

 

『おやおや、良いところに来てくれました。ナナチ、彼女に施設の案内をしてあげてください。

彼女の名は血小板。実は、迷子になっていたのを保護したのです。

私といるより、年の近いあなたといた方が心も休まるでしょう。頼みましたよ、ナナチ』

 

 

 

「うわぁー!もふもふのふさふさー!」

 

「んなぁー、もうさっさと行くぞ。このままじゃ日が暮れちまう」

 

「はーい」

 

べったり張り付いてくる血小板を半ば無理矢理引き剥がし、ナナチは歩き始めます。

 

(ホント、嫌になるぜ……)

 

元気良くついてくる血小板を横目に見て、その行く末を思い浮かべて、ナナチは奥歯を噛み締めました。

 

 

 

ナナチは、施設を巡りながら色々な説明をしました。

 

「えっ、お前アビスのこと知らねーのか?」

 

「うん、知らないの。ナナチのお姉ちゃん、アビスってなーに?」

 

「おいおい、アビスは海外の孤児ですら知ってるような常識だぞ?」

 

「……かいがい?こじ?それってなーに?」

 

人間の体の中には、アビスは勿論、国も孤児も存在しません。

血小板には、外の世界の常識は分からないことだらけです。

 

一方ナナチは、幾ら何でも常識知らずが過ぎる血小板を、何か訳ありの存在なのだと考えました。

思えば、ボンドルドが連れてきた孤児が1人っきりというのもおかしな話です。

 

(そういえば血小板って、確か血液の成分の名前で、その名前付けたのは自分だってボンドルドの奴言ってたよな?)

 

もしかしたら、ボンドルドによって育てられたのかも知れない。そんな想像が頭をよぎります。

 

「……んなぁー、いや何でもない。分かったよ、オイラが教えてやる。

まぁ、簡単に説明すると、めちゃくちゃ大きな穴だよ。中には危ない怪物がうじゃうじゃいる。

それが、今オイラ達がいるところさ」

 

「そうなんだ……」

 

「あと、ここからが一番重要なんだが、アビスには上昇負荷ってのがある。上に登ると体に悪りぃんだ。

10mも上に行けば体の感覚とはおさらばさ。何も感じなくなって、何も分からなくなっちまう。もしかしたら、死ぬより辛いかもな。

だから、下手に上に行こうとするんじゃねーぞ……おい、聞いてんのか?」

 

「えっ、うん!聞いてるよ!」

 

何やら血小板がボーッとしているのを、ナナチは目敏く見つけました。

 

「んなぁー、本当に聞いてんのか?もっかい言うぞ、上に行ったらダメだかんな!」

 

「うっ、うん……」

 

面倒見のいいナナチは、血小板のことが心配なようです。

この後も、色々と注意すべきことを、血小板の頭に叩き込みました。

 

 

 

必要な施設をあらかた周り終えた2人は、孤児達のいる部屋へとやって来ました。

 

「ほら、着いたぞ。ここが子供らがいる部屋だ」

 

「ありがとう、ナナチのお姉ちゃん!」

 

「んなぁー、礼なんかいらねーよ。じゃあオイラはもう行くから、中の奴らと仲良くしろよ」

 

「あっ、うん!またね、ナナチのお姉ちゃん!」

 

元気良く手を振る血小板、もう大分気分は落ち着いたようです。

それを見たナナチは、少し苦しそうな顔を浮かべて、それを見られないように体の向きを変えて、後ろ手に手を振り返しました。

 

「じゃあな」

 

そう言うと、ナナチは足早にその場を去りました。

ナナチは普段から、なるべく子供部屋には近づかないようにしています。

子供達にもみくちゃにされるから、というのもありますが、一番の理由はあるトラウマが原因です。

辛いことを思い出してしまうから、後で辛い思いをするから、だから子供部屋にはあまり近づきたくないのです。

 

同じ理由で、血小板ともなるべく一緒にはいたくありませんでした。

別れが辛くなるから。

だから「またね」と言われても「またな」とは返しません。

そういう時、決まって言うのは、別れの言葉です。

 

「はぁ……」

 

ナナチは、小さく溜め息を吐きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやすみー」

 

「おやすみなさーい」

 

すっかり子供達と仲良くなった血小板。

みんなと沢山遊んでいる内に、もうすっかり夜になっていました。

元気いっぱいにはしゃいでいた子供達も、うとうととし始め布団で眠り始めます。

血小板も、みんなに倣って布団に潜り込みました。

 

「すぅー、すぅー」

 

「くぅー、すぴー」

 

暫くすると、部屋のあちこちから可愛らしい寝息が聞こえてきます。

どうやら、子供達は全員寝ているようです。

 

「みんな、寝ちゃった」

 

血小板を除いて。

血小板は、人間と違って睡眠をとりません。

夜中だろうと明け方だろうと、毎日毎日、24時間365日、元気に働いています。

だから、布団に潜ってもやることがないのです。

 

ワーカーホリック?な血小板としては、何かしら働いていたいのですが、音を立ててみんなを起こす訳にはいきません。

仕方がないので、血小板は、布団の中でじっとしていることにしました。

 

「みんなに、会いたいなぁ……」

 

真っ暗な中、1人だけ起きているという状況に、血小板の中の寂しさが再燃します。

心細くなった血小板は、隣にいた子の手に縋りました。

 

「ここ、どこなんだろう……」

 

やることがない分、考えごとばかりが頭の中をぐるぐると巡ります。

気になるのは、ナナチから聞いたお話です。

 

『大きな穴』『危ない怪物がうじゃうじゃいる』『上に行ったらダメ』『それが、今オイラ達がいるところ』

 

そんな場所に、血小板は1つ心当たりがあります。

 

「やっぱり外の世界だよね……」

 

大きな穴は傷口のこと。

傷口の外には危ない怪物、ウイルスや細菌がいっぱいいる。

傷口の外の世界に落ちてしまうと、もう二度と登っては来れない。

これ以上ない程、完全に一致しています。

 

「ここ、きっと外の世界だ……私、傷口から外に出ちゃったんだ」

 

ナナチからアビスの説明を聞きながら、血小板はそう確信していました。

 

「GP1b、ちゃんと使ってたのにな……」

 

【GP1b

血管壁が損傷した際、フォン・ヴィレブランド因子を介して血小板につながれ、血管内皮細胞下組織に粘着する】

 

「もう、みんなとは会えないのかな……」

 

血小板の思考は、暗い闇に囚われてしまいました。

 

『血小板ちゃん!』

 

『大丈夫か、血小板』

 

血小板の頭の中に、暖かな思い出が蘇ります。

 

「赤血球のお姉ちゃん、白血球のお兄ちゃん……」

 

色々な細胞達の顔が、脳裏に浮かんでは消えていきます。

 

「うっ、うぅ……」

 

そして、血小板はとうとう泣き出してしまいました。

心細くて、悲しくて。

どうしようもないくらい、寂しくて。

 

 

 

『何をメソメソしている!』

 

「ふぇっ……?」

 

その時、ある細胞の声が、頭の中に響き渡りました。

それは、巨核球の声でした。

 

「ししょー?」

 

『リーダーのお前が、いつまでサボっているつもりだ!』

 

「ひゃっ、ご、ごめんなさい!」

 

『働きもせず寝転がっているなど言語道断!お仕置きをくれてやるからさっさと登って来い!

戻って来たら、休んだ分働け!デカイ大穴を塞ぐ仕事が残っているぞ!』

 

「はっ、はい!ししょー!」

 

幻聴でも恐ろしい巨核球の声に、血小板は思わず飛び起きて、敬礼をしてしまいました。

 

 

 

「あっ……」

 

そして、血小板はあることを思いつきます。

 

「そうだ……登ればいいんだ」

 

血小板の瞳が、大きく開かれました。

 

「穴を登って行ったら、また元の世界に戻れるかもしれない」

 

血小板の瞳に、一筋の希望が宿ります。

 

「そうだ、そうだよ!穴があるなら、傷口があるなら塞ぎに行かないと!」

 

血小板の瞳に、強い決意が宿ります。

 

「だって、私は、血小板なんだから!」

 

血小板の瞳に、熱い焔が燃え上がりました。

 

『待っているぞ、おチビ』

 

また、巨核球の声が聞こえてきた気がしました。

 

「はいっ!ありがとうございます!ししょー!」

 

(私は、私はこの穴を、アビスを登って、元の世界に帰るんだ!)

 

血小板の体に力が漲ります。

上昇負荷など知ったことではありません。

アビスを登り切って、元の世界に帰るのです。

もう何者も、血小板を止めることなどできないのです。

 

「んぅ……血小板うるさぁい」

 

「あ、ご、ごめん!」

 

そう、眠る子供以外には。

 

 

 

今日はここまで。




血小板ちゃんの名付けの親が間接的にボ卿になりました。(ウルトラ捏造)
家族がふえるよ!やったねボ卿!
おいやめろ(消費するの)





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