メイドイン骨髄   作:紅羽都
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もしもしポリスメン?


1層目

ここは人間の体の中。

今日も私たちの細胞は、元気に働いています。

 

そして、人間がいるのはアビスの中。

今日も探窟家たちは、元気に冒険をしています。

 

人間の体の中は不思議がいっぱい。アビスの中も不思議がいっぱい。

これは、そんな不思議に包まれた世界の中の、一つの細胞のお話です。

 

 

 

とある探窟家の流した血液の上で、一つの血球が右往左往しています。

その血球の名前は血小板といいました。

 

「うーん、ここどこだろう?」

 

【血小板

血液に含まれる細胞成分の一種。血管が損傷した時に集合して、その傷口を塞ぎ止血する。】

 

不思議なことに、本来なら2μm程しかない筈の血小板が、何故だか人間と同じサイズになっています。

それに、血小板は体の外では生きられない筈なのに、何故か全然平気なようです。

これはきっとアビスの力でしょう。

アビスでは、いつも不思議なことが起こるのですから。

 

「あっ、あそこに建物がある!行ってみよう!」

 

暫くうろちょろしていた血小板でしたが、目的地が決まったようです。

荒廃した雰囲気の世界の中でポツリと目立つ、大きな建物へ向けて元気に歩いて行きます。

 

見たことのない場所で、足場も悪かったですが、その程度はへっちゃら。

普段から崩れた場所の修復を行なっている血小板にとっては、これしきの悪路はなんともありせん。

 

トコトコ、トコトコ

 

血小板は血球の中で一番小さく、その分歩幅も小さいですが、止まることなく着実に進んで行きます。

そして目的地、イドフロントと呼ばれる建物へと辿り着きました。

 

「着いたー!」

 

【イドフロント

白笛ボンドルドによって設置された、深度1万3000mの地点にあるアビスの前線基地。深界六層への入り口となっている。】

 

「どこから入るのかな?」

 

と、ここでちょっと問題が発生しました。

困ったことに入り口が見つかりません。

結構大きな建物なので、入り口を探すのは大変そうです。

少し悩んだ血小板は何か思いついたのか、大きく息を吸い込みました。

 

「すみませーん!だれかいますかー!」

 

どうやら、大声で呼びかけて、建物の中にいる人に気づいてもらおうという作戦のようです。

しかし、その声は誰にも届かなかったのか、返事はありません。

血小板は、諦めずにもう一度息を吸い込みます。

 

「すみませーん!」

 

《ギュイギィィイ!!》

 

「ひぃっ!」

 

今度は返事がありました。

しかし、残念ながら血小板が望んだ返答とは大分違うものでした。

返事をしたのは鳥のようでしたが、小鳥とか鶏みたいな生易しいものではなく、なんだかとっても禍々しい鳴き声です。

 

「うぁ……うぅっ、んぐ……うわぁぁぁああああん!」

 

大変です、鳥の次は血小板が泣いてしまいました。

ここまで抑え込んでいた寂しさと心細さが溢れ出してしまったようです。

 

「うぅっ、ぐすっ……白血球のおにいちゃーん!赤血球のおねえちゃーん!みんなー!どこにいるのぉー!ぐすっ、ひっく」

 

人間の体の中には約37兆2000億個もの細胞たちがいます。

だから、血小板はひとりぼっちになったことなど、これまで一度もないのです。

いつもみんなを守ってくれる白血球。

おっちょこちょいだけど、心優しい赤血球。

他にも、師匠の巨核球や、お淑やかなマクロファージ、キラーT細胞、ヘルパーT細胞、マスト細胞、B細胞に一般細胞。

そして何より、自分を支えてくれる血小板の仲間たち。

そんな数々の細胞たちに囲まれて過ごしてきた血小板にとって、孤独というものは生まれて初めての感覚でした。

足元が崩れていくような莫大な不安に、押し潰されてしまいそうでした。

 

「おや?」

 

そんな血小板に、忍び寄る黒い人影がありました。

ヘルメットで顔を隠し鎧のようなものを纏った、全身真っ黒の怪しい人物です。

血小板もその黒い人に気が付き、そちらへ顔を向けます。

 

「ひっっ」

 

血小板は、その黒い人の怪しげな風貌に驚き、恐怖で身を竦めました。

見知らぬ土地にひとりぼっちの時に、全身黒尽くめの鎧が近付いて来たら、誰だって恐ろしく感じるでしょう。

胸中に宿る心細さも相まって、血小板の思考はどんどん負の方向へと傾いていきます。

心の中のレセプターが、ガンガンと警報の音を鳴らし始めました。

 

(もしかして、この人……)

 

でも、その容姿にどこか見覚えがあった血小板。

怪しいとは思いつつも、意を決して話しかけます。

 

「も、もしかして、単球さん?」

 

【単球

全白血球の約7パーセントを占める単核の遊走細胞。他の免疫細胞同様、生体防御に関与する。】

 

単球は防護服を身に纏い、顔にはガスマスクを着けています。

色々と差異はありますが、この黒い人と比較的似た容姿をしていました。

 

「いいえ、人違いですよ」

 

返って来たのは男の人の声。

単球は、中身がマクロファージなのでそんなことはあり得ません。

それによく見ると、黒い人の背中には太い尻尾が生えていました。

 

(やっぱり、病原体さんだ……)

 

血小板が見たことのない細胞、それは即ちこの黒い人が常在菌ではなく、体外から侵入してきた細胞ということ意味しています。

その上この異様な姿、血小板はこの黒い人が病原体だと確信しました。

 

(逃げなきゃ……)

 

そう思ったのですが、何故だか足はこれっぽっちも動きません。

ガクガクと震えるだけで、いうことを聞きません。

助けを呼ぼうにも、全く声が出ません。

それどころか、目線すら動かすことができませんでした。

怖くて目を逸らしたいのに、あらゆる意識が黒い人に釘付けになっていました。

 

そして遂に、黒い人は血小板の目の前までやって来ました。

怯える血小板に向けて、ゆっくりと手を伸ばします。

この大きな手は、きっと次の瞬間には自分の細い首を絞め上げているだろう。

そう考えた血小板は、余りの恐ろしさに、きつく瞼を閉じました。

 

(だれか、助けて!)

 

血小板は祈りました。

いつも助けてくれるおにいちゃん、白血球が守ってくれることを。

血小板は求めました。

とっても頼れるお姉さん、マクロファージの助けを。

血小板は願いました。

一緒に育った姉妹たち、仲間の血小板が来てくれることを。

血小板は思い浮かべました。

優しく明るいおねえちゃん、赤血球の笑顔を。

 

しかし、待っても待っても誰も来ません。

守ってくれる人は、誰もいませんでした。

助けてくれる人は、誰もいませんでした。

支えてくれる人は、誰もいませんでした。

暖めてくれる人は、誰もいませんでした。

 

 

 

そして、いくら待っても黒い人の魔手が血小板に襲い掛かることはありませんでした。

不意に、暖かな感触を頭に感じました。

その感触は、血小板の頭を柔らかく撫で摩りました。

不思議に思った血小板は、恐る恐る瞼を開けて顔を上げます。

 

「さて、質問したいことは山ほどありますが、それは一先ず置いておきましょう。安心してください、私は探窟家です。あなたの敵ではありませんよ」

 

そこには、血小板の頭を優しく撫でる黒い人の姿がありました。

その手は、血小板を抱き抱えてくれた白血球のように、大きく心強い手でした。

そしてその撫で方は、血小板を心底可愛がっていた、赤血球との撫で方とよく似ていました。

紡がれる言葉も、まるで植物の心のように穏やかで、聞く者に安心感を与えます。

 

一撫でされる毎に、強張っていた血小板の心が解きほぐれていきました。

親が一緒にいてくれるかのような安心感に包まれ、身を委ねます。

やがて、体の震えも収まり、血小板はすっかり落ち着きを取り戻しました。

 

「落ち着きましたか?」

 

「……うん」

 

黒い人が話しかけてきました。

どうやら、こちらが冷静になるまで待ってくれたようです。

まだ僅かな猜疑心が拭えないものの、血小板は素直に返事をしました。

そして、冷静になった血小板は、黒い人の正体を確かめる為に質問しました。

 

「お兄さんは、だあれ?」

 

「私ですか?私はボンドルド、白笛の探窟家です」

 

【白笛

探窟家に与えられる最高位の称号。これを与えられた探窟家は、深度制限なく、自らの判断で好きなだけアビスの中を下りていくことができる。 】

 

【ボンドルド

白笛の探窟家。二つ名は『黎明卿』『新しきボンドルド』。筋金入りのろくでなしで、非常に度し難い。】

 

「ぼん、ぼるど?」

 

やはり聞いたことのない名前です。

少なくとも、細胞や常在菌の名前でないのは確かです。

そして、それと同時に、病原体にも一致する名前は思い浮かびませんでした。

 

(病原体さんじゃ、ないのかな……?)

 

危険な病原体の名前は、巨核球に教えられて全て暗記しています。

危険な病原体一覧に名前が無い=ボンドルドは安全、という単純な式が血小板の脳内で展開されました。

それに加えて、先程の敵では無いという発言や、柔らかな物腰が血小板の心を揺さぶります。

そして、

 

「ボンドルドのお兄さん……あのねあのね、わたし迷子になっちゃったの……」

 

血小板の心が完全に傾きました。

見知らぬ土地でひとりぼっちという状況が、血小板の心を傾けさせました。

誰でもいいから、頼れる相手が欲しくなってしまったのです。

それ程までに、寂しかったのです。

 

「ふむ……迷子ですか、それはいけません。私の家へ案内しますから、付いてきてください。話は家の中でじっくりとしましょう」

 

「うん……」

 

ボンドルドは、血小板と手を繋いで歩き始めました。

血小板は、ボンドルドに手を引かれながら歩きました。

 

こうして、血小板はイドフロントへと入って行くのでした。

果たして、ゲス外道に付いて行ってしまった血小板は、これから一体どうなってしまうのでしょうか。

 

 

 

今日はここまで。




ボ卿「おやおや、丁度良かった。順番ですよ」

ポリ「ぎぃぁぁぁああああああ!!!」

ポリスメンでは勝てなかったよ……





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