吉野川市の「さくら診療所」の医師井下俊さん(55)=徳島市北前川町=が、東日本大震災翌年の2012年から福島県に毎月通い、私立病院の診察をサポートしている。東京電力福島第1原発事故の影響で、現地では今も深刻な医師不足が続く。「地域医療を衰退させない」。井下さんは強い思いで患者に寄り添っている。
井下さんが支援するのは、医療法人伸裕会が経営する、南相馬市と、近くの新地町にある2病院。毎月最終週に1週間程度滞在し、非常勤医として内科の外来診療を担当している。多い日は1日50人以上の患者に対応する。当直勤務もこなす。
福島第1原発の北約23キロにある南相馬市の渡辺クリニックは震災前、「渡辺病院」の名称で営業し、平均140床が稼働する地域の中核病院だった。
しかし震災で状況が一変した。病院周辺は屋内退避区域となり、多くの人が避難。10人いた常勤医は1人に、職員は160人から25人になった。業務を外来診療だけに縮小したが、午後から休診にせざるを得ない日もある。
井下さんは震災直後から「福島の被災地では地域医療が衰退するのではないか」と危惧。共に国際協力活動に取り組む医師で作家の鎌田實さんを通じて伸裕会に支援を申し出て、12年7月から非常勤医を務めている。
患者は高齢者が大半を占める。若い世代は避難先でそのまま定住するケースが多いためだ。震災をきっかけに精神的に不安定になったり、避難生活で持病を悪化させたりしている人もおり、井下さんは患者の普段の生活ぶりや症状の細かな変化に気を配りながら診察している。
クリニックの白瀬康仁事務長は「原発事故のイメージが根付いてしまい、医師を確保するのは難しい。そんな中、遠路来てくれてありがたい」と感謝する。井下さんは「困難に直面している人々を見過ごすことはできない。被災地で暮らす人々を支えていきたい」と話している。