バハルス帝国の帝都アーウィーンタールにある大闘技場。
連日人で賑わっているこの場所であるが、今日はいつにも増して熱気と歓声に包まれている。
観客が見つめる視線の先には二人の戦士が激しい闘いを繰り広げていた。
一人は南方由来の珍しい剣、刀を装備した男。この闘技場で無敗を誇る天才剣士、エルヤー・ウズルスである。奴隷のエルフもチームメンバーとしてその場にはいるが、特に戦いに手出しはしていないようだ。
それに相対するのは全身に漆黒のフルプレートを纏った謎の人物。その名をモモン・ザ・ダークウォリアー。もちろん正体はモモンガである。
両手で持つのがやっとであろう巨大なグレートソードを二刀流で使うという、常人には不可能な荒業で観客を大いに沸かせている。
「ハァッ!!」
「甘いですよ!!〈縮地改〉!!」
エルヤーに向かって振り下ろされた二本のグレートソードはアッサリと躱され、振るわれた勢いのまま地面を大きく凹ませた。
エルヤーの使う武技〈縮地改〉は移動系の武技である。地面を滑る様に俊敏に移動して、先程からモモンガの全ての攻撃を難なく躱していた。
「ふむ、アダマンタイト級のアイツらよりも粘るな。単に相性の問題か?」
「貴方の剣は掠りもしないというのに、考え事とは余裕ですね。それに何ですかその太刀筋は? 棍棒でも振り回しているつもりですか?」
「まぁ普段はこんなの使う事ないからな」
「全く酷い負け惜しみだ。武技すら使わないなんて、私を馬鹿にするのも大概にして欲しいですね」
「そちらこそ私を何度も斬りつけているが、本当に力を入れているのか? 痛くも痒くもないぞ。もっと筋トレして筋肉をつけた方がいいんじゃないか?」
「このっ!! ど素人の棒振りがぁ!!」
モモンガの自分を棚に上げた簡単な挑発にエルヤーはキレた。
明らかにこちらの方が剣の技量は上。身体能力では負けているかもしれないが、総合的に見て自分の方が遥かに強いとエルヤーは判断していた。
それなのに相手がまるでこちらを格下の様に扱うのだ。元々気の短いエルヤーがキレない理由はなかった。
「お望み通りその鎧ごと真っ二つにしてあげますよ!!〈能力向上〉〈能力超向上〉!!」
エルヤーは武技を重ねがけしていき、どんどん身体能力を上げていく。
だが、それだけでは終わらない。
「まだだっ!! お前達、魔法を寄越せ!! 早く強化しろ、この屑ども!!」
「武技の重ねがけに、補助魔法か……」
エルフ達の魔法によってエルヤーが強化されるのを見ても、モモンガは何もしない。
内心奴隷に対する扱いに少し苛立ちを覚えたが、余裕の態度を崩さず棒立ちで見守るだけだった。
「お待たせしました。これで貴方には万に一つの勝機も無くなった……」
「お前はぶっ飛ばしても許されそうな気がするな。それに、それだけやってもそんな程度か……」
「減らず口がっ!! その余裕の態度、身体ごと切り落としてあげますよ!!〈縮地改〉!!」
(剣一つ満足に振れない筋肉バカがっ、その首貰った!!)
エルヤーはモモンガの死角に回り込み、その首に目掛けて刀を振るう。
例え今から反応しても重いグレートソードでは防御は間に合わない。エルヤーは完全に勝利を確信した。
「甘いですよ、と〈絶望のオーラⅠ〉」
「なっ――!?!?」
「そこだぁっ!!」
「グァーーーッ!?」
モモンガはエルヤーが自分の視界から消えた瞬間に
更にその場で一回転しながら剣を振り回す。
〈絶望のオーラⅠ〉を受けて一時的に硬直したエルヤーは、ちょうどグレートソードの平たい部分に直撃して吹き飛んだ。
何度も同じ技を見せられたのだ。モモンガにとってタイミングを合わせることなど造作もなかった。
「ジャストミートだ。いや、こういう時はホームランと言うのだったかな」
エルヤーは白目を剥いて地面に転がっており、起き上がってくる様子はない。
周りのエルフも戦う気は無いようだった。
「決着っ!! 今まで無敗を誇ってきた天武のエルヤー・ウズルスが、本日初出場の剣士に敗れたぁぁ!! モモン・ザ・ダークウォリアー、いったい何者なんだぁぁ!?」
謎の剣士の勝利に観客席は湧き上がり、司会者は大いに声を張り上げる。
これなら良い宣伝になっただろうとモモンガはうんうんと頷いた。
その後もモモンガは試合に出続けた。
連戦連勝、更にはどの試合も派手な立ち回りをする事で会場を盛大に盛り上げ続ける。
結局モモンガは一度も負けることなく、その日の試合が全て終わった。
「ふぅ、これだけやれば十分だろう。殺さない様に手加減するのも大変だ…… さて、二人とも待ってるだろうし、さっさと戻るか」
こうしてモモンガは目的を達成し、おまけに今回も大金を手に入れることに成功した。
◆
「モモンガ様、いきなり闘技場に行くなんてどういう事ですか?」
「言っただろう? クライムを騎士にする方法があると」
「いったいどういう事でしょうか? 騎士を探していたのですか?」
「全然分かりません。それならどうしてモモンガ様が戦ってるんですか……」
ツアレとクライムは闘技場でモモンガの試合をずっと観戦していた。試合が終わった後はモモンガと合流して三人で適当な宿屋に泊まっている。
二人はモモンガが戦っていた理由が分からないため、宿の部屋に入るなりモモンガに質問をぶつけてくる。
「まぁ明日になれば分かる。それよりもどれくらいの当たりになったんだ? ツアレもちゃっかり私に賭けてたんだろ?」
「それは!? その…… 闘技場に行った記念、というか…… モモンガ様は絶対に勝つって、思ってましたし……」
こっそり賭け事をやっていた事がバレたからか、それともモモンガに賭けていた事を見抜かれたからか。ツアレはそっぽを向きながら、段々と尻すぼみになっていく。
「ふふっ、お小遣いの使い道は好きにしたら良いさ。その年で賭け事というのは余り良くないかもしれんが、私を信じてくれたという事で良しとしよう」
「う〜、もうっ、なんかズルイですモモンガ様!!」
「はっはっは、大人というのはズルイのだよ。骨になっても変わらんよ。さぁ、クライムも今日は早く寝なさい。ツアレは明日は多分お留守番かな?」
「もう、全然意味が分かりません……」
「分かりました、モモンガ様。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
クライムはよく分かってなさそうだが、言われた通り早々にベッドに入っていった。
◆
翌朝、モモンガは部屋の窓から下の通りを見る。
そして、宿の前に馬車が停まってあるのを発見した。
予想通りの光景に楽しくなり、思わずガッツポーズが出てしまう程だった。
「よし、ビンゴだ」
「朝から何言ってるんですか?」
◆
通された応接室で高級そうなソファーに腰掛けている二人組。
その格好は高級なこの部屋には余りにも似合わない。漆黒のフルプレートを装備した戦士と短髪の少年である。
対面には若いがカリスマ的な風格を感じさせる青年。非常に整った容姿をしており、こちらに爽やかに笑いかけている。
「わざわざ来てもらってすまないね。この場は非公式なものだから、気にせず楽にしてくれたまえ。知っているとは思うが、まずは自己紹介をさせてもらおう」
(うん知ってる。イケメン皇帝ジルクニフだよな。二度目だし慣れたぞ。今回は心構えも準備もバッチリだ)
(モモンガ様!? 何故いきなり皇帝と会うことに!? というか何でモモン・ザ・ダークウォリアーの格好を!?)
二度目のモモンガは余り緊張しておらず、むしろ自然体で戦士モモンになりきる事だけを考えていた。前回と違う所といえば皇帝の側で控えている人物が違うくらいだろうか、あとは連れてこられたクライム。
何も知らされていないクライムは皇帝を目の前にして、誰が見ても分かるくらいガチガチに緊張している。
「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」
「初めまして皇帝陛下、私は旅をしながら武者修行をしております。モモン・ザ・ダークウォリアーといいます。モモンとお呼び頂ければ幸いです」
「ク、クライムです……」
モモン・ザ・ダークウォリアーことモモンガは皇帝に呼び出された。
理由も流れも分かりきっているのでその辺は割愛する。
「実は君が出場した日に私も闘技場にいてね。いやぁ、実に素晴らしい戦い振りだったよ」
「皇帝陛下に直接見て頂けたとは…… ありがとうございます」
「さて、武人である君には長い前置きは要らないだろう。率直に言わせてもらうよ。モモンよ、私の所で働かないか? 君の実力なら直ぐに上にいけるだろう。騎士になる事だって夢じゃないぞ?」
「有難いお言葉です。しかし、私は一つの場所に留まる訳にはいかないのです」
「そうか、それは残念だ」
「ええ、なので代わりにこの子を雇うのはどうでしょうか?」
「えっ!? ちょっとモモン様!?」
急な展開にクライムは全くついていけない。モモンガと呼ばずにモモンと呼べたのは奇跡だろう。
「ふむ、君ほどの戦士が推薦するとは…… だが、そう簡単にハイ分かったと頷く訳にはいかない。私は身分や過去、もちろん年齢にも拘らないが、我が帝国は実力主義だ。その子供には何ができる?」
「何も出来ません。しかし、全て出来ます」
「……よく意味が分からないな」
「クライムは努力で可能な範囲なら、必ず全て出来るようになる筈です」
「それは只の凡人ではないのか?」
「いえ、違います。武術で言うのならば、どんな武器や武技でも人並みに使えるようになるでしょう。学問ならば、どの分野でも人並みに理解できるでしょう。そしてその思いは他の全てを圧倒するでしょう」
「なるほど、言いたいことは分かった。だが、君は何故そう思う? その子が実際に何かするのを見た訳じゃないだろう?」
「この子の目に夢を見たからです」
「……」
今までスムーズに問答をしていた中で初めて皇帝が黙った。
クライムは先程から会話に入れず、二人の様子を固唾を呑んで見守っている。
僅かな沈黙が部屋の中を支配したかに見えたが、ジルクニフは急に口元を手で覆った。
なぜだか身体も少し小刻みに震えているようだ。
「……くっ、くっ、あははははっ!! 夢ときたかっ!! まさかそのような事を言われるとは思ってもみなかったよ…… 私の元に自身の力を売り込みに来る者は多いが、君のような者は初めてだ」
ジルクニフは心底楽しそうにそう言った。
そして、今まで見ていなかったクライムの方を向いた。
「クライムといったな。先も言ったが我が帝国は実力主義だ。使えないのならば切り捨てる。それでも私の為、この国の為に働く気はあるか?」
「はい。私は騎士となり人々を救えるその日まで、決して諦めません」
「人々を救うために騎士を目指すか。……確かに良い目をしている。ならば這い上がってくるがよい。それが出来ればお前を私の騎士に加えよう」
「ありがとうございます!!」
「ふっ、バジウッド・ペシュメル。この者はお前に任せる。必要なものを全て叩き込んでやれ」
「はっ!! 陛下のご期待に沿えるよう、必ずや立派に鍛え上げてみせます!!」
その後ジルクニフは挨拶もそこそこに部屋から居なくなった。
そのタイミングで後ろに控えていた騎士の一人、先程バジウッド呼ばれていた男がクライムの肩を叩きながら挨拶を交わす。
「よろしくなクライム。陛下はあんなだからな、実力さえ付ければあっという間に騎士になれるさ。俺がなれたんだ、保証するぜ」
「はいっ、よろしくお願いします!!」
バジウッドも元々身分不詳からの成り上がりで騎士になった男である。
クライムの教育者としては適任だろう。
こうしてクライムは夢の一歩を踏み出した。
◆
クライムはこれから帝国で頑張っていく事になる。
そのため二人とのお別れの挨拶をしていた。
「モモンガ様、ツアレ姉さん。本当に、本当にありがとうございました……」
「ちょっと手助けしただけだ…… 私が出来るのはここまでだ。後はお前の努力次第さ」
「私も頑張るから、クライムも頑張ってね」
「はいっ!! 救ってもらったこの命は無駄にはしません。絶対に、絶対に夢を叶えてみせます……」
「ふふふっ、ではクライム。お前の成功を祈ってこれをやろう、餞別だ」
モモンガがクライムに差し出したのは、小さな宝石の付いた指輪だった。
ユグドラシルではよくある魔法を込められるタイプのアイテムである。
同系統のアイテムである魔封じの水晶より優れている部分が無い訳ではないが、指輪という特質上装備枠を一つ潰すことになる。そのため魔封じの水晶の劣化版と言われた不人気アイテムの一つだ。
「これには私の魔法が込めてある。一日にたった一度だけしか使えない、いつ壊れるかもわからん。だから、本当に必要な時に使いなさい。まぁ、ちょっとした御守りだな」
「ありがとうございます…… 私は二人のことは絶対に忘れません!! また、会いましょう。その時は物語の騎士に負けないような、人々を助けられる騎士になってますから!!」
「クライムが立派な騎士になれたらまた会いましょ。元気でね!!」
クライムは二人と過ごした短くも大切な思い出、そして受け取った指輪を胸に自分の人生を歩き出した。
まだ幼い彼には多くの困難があるだろう。
しかし、彼はどんなに時間がかかろうが諦めずに乗り越えるだろう。
「ほんの少ししか一緒にいなかった筈なのにな…… クライムは出会った頃から直ぐに成長してしまったな」
「そうですね。それに、やっぱりちょっと寂しいです……」
「そうだな…… だが、クライムは自分の夢をきっと叶えるはずだ。ツアレも負けてられないぞ。さぁ、寄り道だらけだったが冒険の再開だ!!」
「はいっ、モモンガ様!!」
◆
ジルクニフは執務室で仕事をこなしながら、いつになく上機嫌だった。
それは周りで仕事をしていた秘書官にも伝わるほどだ。
「陛下、どうされたのですか? 何やらご機嫌のようですが」
「今日、新しい部下が増えてな。今はまだ使い物にならんが面白そうな子供だ。きっと将来役にたつぞ」
「それは良うございました。陛下にそう言わせるとは余程の才がお有りなのですね」
「それはどうだろうな。いや、恐らく才能は無いかもしれん。だが、あれは化ける。これは私の勘の様なものだがな……」
「陛下がそのような曖昧な理由で部下になさるのは珍しいですね」
「まぁ、ちょっとした打算ありきだよ。それに偶にはこういった投資も悪くない。私にデメリットはほぼ無いのだからな」
ジルクニフは勘だと言っているが、あの少年が成長する事を確信しているかの様な目をしていた。
「本当に面白い男だ。いったい次はどの様な力を見せてくれるのかな。また会える日が楽しみだよ、