オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお
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クライムのやりたいこと

 クライムを助けてからモモンガ達の日常は穏やかに過ぎていった。

 漆黒の剣を探すと決めてから全然冒険に出かけていないが、もちろんツアレは吟遊詩人になる事を諦めてはいない。街にいる吟遊詩人の話を聞きに行ったり、短い物語を書いてみたりと独自に努力を続けている。

 

 

「おはようございます。今日はいつもより起きるの早いですね、モモンガ様」

 

「おはよう、ツアレ。偶々早く目が覚めたんでな。クライムはまだ寝てるのか?」

 

「はい、昨日も遅くまで勉強してたみたいです」

 

「そうか、まぁ熱心な事はいい事だろう。もう少し経っても起きなかったら声をかけよう」

 

「そうですね。朝ごはんの時間までは寝かせときますか」

 

 

 クライムはあれから毎日ずっと勉強や筋トレをしていた。

 最初は魔法を教えてほしいと言われたのだが、残念ながらモモンガにはその術が無かった。なので取り合えず強くなる手段として、身体を鍛える方法だけ伝えたのだ。

 子供の頃に無理をしすぎると身体の成長に影響すると聞いた事があったので、嘗ての仲間から聞いたうろ覚えな知識でトレーニングに制限だけはかけている。

 普段の様子を見たところクライムは別に要領が良いわけではなく、頭も特別優れているわけでは無いだろう。

 だが、愚直なまでに努力する姿勢は素晴らしいと思った。

 

 

「そういえばモモンガ様は十三英雄の本を読んでましたよね。なにか使えそうな情報はありましたか?」

 

「ああ、今のところ確実と言えそうなのは剣の名前くらいだな。『邪剣・ヒューミリス』、『魔剣・キリネイラム』、『腐剣・コロクダバール』、『死剣・スフィーズ』どれも能力も見た目もハッキリしないがな。漆黒の剣と呼ばれているから黒っぽい色なんだろうが……」

 

 

 本に書いてある記述も様々である。

 斬ったら死ぬ。決して治らない呪いの傷を与える。使い手の精神を乗っ取るなど、如何にも魔剣にありそうな効果がその本それぞれに合った表現で書かれていた。

 

 

「おはよう、ございます……」

 

「おはよう、クライム。ご飯の前に顔だけ洗ってシャッキリしてきなさい」

 

「おはよう。頑張っているのは偉いが無理は禁物だぞ、クライム」

 

 

 まだまだ眠そうなクライムが起きてきた。遅くまで勉強していたのにしっかり起きてくるのは、日々の習慣からだろうか。

 部屋で朝ごはんを食べながら、これからの事について雑談も交えて話している。

 買い漁った本は粗方読むことが出来たため、そろそろ冒険を再開させようとモモンガは思っていた。

 どうせどの剣を探すにしても今の時点では情報が不足している。そこでモモンガは最初はどの剣を探すか子供の直感に任せてみる事にした。

 

 

「ツアレ、クライム。そろそろ漆黒の剣を探しに行こうと思うのだが、どれが良い?」

 

「どれが良いって、そんなご飯のおかずを決めるみたいに言われても……」

 

「モモンガ様、一番強い剣はどれでしょうか?出来れば最強の剣が良いです」

 

 

 クライムの正確な年齢は分からないが、年頃の男の子らしい意見が出てきた。

 やはり強さに憧れがあるのだろう。

 

 

「どれが最強かは比べてみないと分からんが…… 『死剣・スフィーズ』はどうだ? 本に書いてある通りなら、少しでも斬ったら相手は死ぬらしい」

 

「おおっ!! 凄い強そうです」

 

「暗黒騎士はそれで魔神の一人を倒してるんですよね。だったら最初はそれにしてみませんか?」

 

「決まりだな。第一目標は『死剣・スフィーズ』だ。今度は本だけじゃなく、足を使って情報を集めるとしよう」

 

 

 特に揉める事なく最初の目的は『死剣・スフィーズ』に決定した。

 三人でどんな剣か想像を膨らます中、ツアレがふと口を開く。

 

 

「一体どんな剣なんでしょうね。毒が塗ってあるだけ、なんてオチじゃなければ良いんですけど……」

 

「危険なフラグだな…… いや、それなら毒剣とか名前が付くはず……」

 

「いやいや、きっと凄い死の魔法の力が込められているに違いありません!!」

 

 

 ツアレの現実的にありそうな予想に対して、クライムのはロマンに溢れた意見だった。

 

 

「使っただけで相手が死ぬ魔法は流石にどうなんでしょう…… 実際に使えたら十三英雄超えちゃいますよ」

 

「あったらカッコいいと思ったのですが……」

 

「私は使えるけどな」

 

「モモンガ様、拳は魔法に含まれませんよ」

 

「本当なのに…… まぁいいか、使う機会なんて来て欲しくないし」

 

「ところでモモンガ様。魔法が使えるのに情報収集は何故魔法で行わないのでしょうか? そちらの方が効率が良いと思ったのですが」

 

「いや、クライムの言う事は最もだが、あまり魔法ばかりに頼っても楽しくないからな。それにツアレの冒険譚を書くためにも、使うのは控えようと思ってな。地道にコツコツと進めていくのも冒険の醍醐味さ」

 

「流石ですモモンガ様。ちゃんと理由があったのですね」

 

「最初はスタート直後にゴール地点にワープしてましたからね…… じゃあ、モモンガ様は魔法と拳はどっちが得意なんですか?」

 

「いや、拳って…… 魔法に決まっているだろう。〈転移門(ゲート)〉とか見ただろ? あれはこの世界だとかなり凄いと思うんだけどなぁ……」

 

 

 おかしい。ツアレの目の前で結構魔法を使った筈なのに、私に対して修行僧(モンク)みたいなイメージを持たれていないか?

 職業レベルは魔法職関連で全て埋まっているし、私はどこを取っても完璧な魔法詠唱者(マジックキャスター)なんだが……

 年中ローブ姿のモモンガはもっと魔法使いらしさを演出するべきかと、ほんのちょっとだけ悩んだ。

 

 

 

 

 情報収集といったら酒場。

 モモンガは古き良きゲームの鉄板に則り、近くにある酒場にやって来た。

 流石に子供を連れてくるような場所では無いため、ツアレとクライムは宿でお留守番である。

 時間も早い為、店内にはそれ程客がいるわけではない。それでも店に入った途端に周囲からの視線が刺さる。

 ローブ姿に顔にはよく分からない謎の仮面、おまけに籠手まで付けていればそうなるだろう。

 店主に適当に飲み物を注文しながら、世間話をするかの様に話しかけた。

 

 

「店主よ、私は十三英雄の物語に興味があってな。中でも漆黒の剣に纏わる話が知りたいのだが、何か面白い話はないか?」

 

「アンタ見ない顔、つか仮面だな。まぁいい、面白い話ねぇ…… あっ、そうだ!!」

 

 

 店主は一瞬変なものを見たような顔をしたが、変わった客には慣れているのかそのまま対応してくれた。

 

 

「アンタここら辺の人じゃないんだろ? 『蒼の薔薇』は知ってるか?」

 

「蒼の薔薇? いや、すまないがそちらの言う通りだ。田舎から来たので詳しくは知らない。それは一体何なんだ?」

 

「ウチの国では有名な冒険者チームさ。しかも女だけのな、別嬪さんも多いぞ」

 

 

 余程の有名人なのだろう。そんな冒険者を知らない人に言えるまたと無いチャンスの為か、店主は楽しそうに話し続ける。

 

 

「そこのリーダーは若いがまた一段と綺麗なもんでよ。神官で更になんと魔剣の使い手なんだ!! その剣の名前が確か『魔剣・キリネイラム』だったかな」

 

「漆黒の剣の一つじゃないですか!? 現存する物があったんですね。確かにそれは凄い……」

 

「全く若いのに大したもんだよな。まぁ一応忠告しておくが、本人を探して聞きにいったりはするなよ? 冒険者の装備やら魔法やらを聞くのはご法度だ」

 

「ええ、その辺は分かっていますよ。いやいや、非常に興味深いお話でした」

 

「そりゃ良かった。それにしてもアンタ、田舎から出て来たって言う割には丁寧な物言いだな。おっと、客にあれこれ詮索するのも野暮だったな」

 

「いえいえ、出来れば他の剣に纏わる話も聞きたいのですが。死剣・スフィーズや邪剣・ヒューミリス、腐剣・コロクダバールなどについても何かありませんか?」

 

「死剣に邪剣ねぇ、どこぞの邪教集団を思い出すから余り良さそうな物には思えないなぁ」

 

「邪教集団? 何ですかそれは?」

 

「こいつは余り大っぴらに話す事でもないんだが…… 『ズーラーノーン』って名前の秘密結社があるんだ。詳細は分からんが怪しげな儀式だったり、アンデッドを使って色々やらかしてるらしい」

 

(秘密結社なのに名前がバレバレかよ…… 意外とこの店主が情報通なだけか?)

 

「そいつらは負の力にアンデッド、死の力やらを使うような集まりだ。とんでもねぇ強さの盟主が居るようだし、噂じゃ帝国の逸脱者でも使えないような死の魔法を使うとか」

 

「帝国の逸脱者を超えるとは、恐ろしいですね……」

 

「全くだ。まっ、ただの噂だがな!!」

 

 

 その後も店主との雑談を続け、漆黒の剣やその他にも重要な話を聞くことが出来た。

 満足げなモモンガは店主にお金を払い、お礼を言って店を出た。

 

 

「あっ、お酒飲むの忘れてた」

 

 

 仮面を着けっぱなしだったのでしょうがない。

 貧乏性のモモンガは勿体ないことをしたと思いながらも、今更店に戻るのもアレなのでそのまま宿に戻った。

 

 

 

 

「――と、いうわけで『魔剣・キリネイラム』は既にちゃんとした持ち主がいるらしい。コンプリートは無理だったな」

 

「そうですか…… でもでもっ、本当にあるって分かっただけで十分です。残りもきっとあるはずです!!」

 

「そうだな、実際に見てはいないが一本あったんだ。きっと残りもあるだろう。それでだ、クライム。お前はどうする?」

 

「えっ、どういう事ですか?」

 

「朝にも言ったが、私達はそろそろ冒険に戻ろうと思う。だが、これは危険な旅になるかもしれん。一緒に来たいと言うのならそれでも構わない。ただし、もし一緒に来たいならそれ相応の理由を聞かせてくれ。別に付いて来ないからといって、そのまま直ぐに放り出すような事はしないと約束する」

 

「俺、私は……」

 

「急に言われて困惑しているかもしれんが、これは大事な事だからしっかり考えて欲しい」

 

「……」

 

 

 子供には難しい話だろう。クライムはツアレよりも年下なのだし仕方のないことだ。

 だが、モモンガはこのまま連れて行くつもりは無かった。自分の意思で決めもせず、危険な冒険など連れて行けるはずもない。

 クライムはその場しのぎの返事をする事なく、答えを出そうと必死に考えている。

 モモンガもこの場で答えられなければ、少しの間猶予期間を与えるつもりではあった。

 

 

「クライム、お前の夢はなんだ? やりたい事はなんだ?」

 

「夢…… 俺の、私の夢は騎士になる事です」

 

「身分の無い者が騎士になるのは難しいぞ? それでも目指すのか?」

 

「はいっ!! 努力し続ければきっとなれます」

 

「本を読んで憧れただけだろう? クライム、それは架空の存在だぞ。それでもやるのか?」

 

「はい。例え本の中の存在でも、憧れたのは嘘ではありません。私は本物の騎士になって、人を助けられるような存在になりたいです」

 

「そうか…… お前は凄いな……」

 

 

 モモンガはツアレの夢を聞いた時と似た感情を覚えた。

 自分もツアレやクライムと同じような年齢の時から一人で生きてきた。

 だが、現実で生きる厳しさを知った後で、同じように夢を持つことが出来ただろうか。

 クライムはスラムで暮らしていた子供。幼くとも現実の、生きる事の厳しさは十分に分かっている筈だ。

 それでも彼の目は夢に、希望に満ち溢れて輝いているのだ。

 

 

「それならもう何も言わない。私はクライムの夢を応援するよ。手助け出来ることは多くないが、騎士になる道筋を考える事くらいならしよう」

 

「ありがとうございます!!」

 

「でもモモンガ様、騎士になる方法なんて知ってるんですか?」

 

「そうだな、一つだけ身分を問わず騎士になれる方法があるかもしれん」

 

「身分を問わず?」

 

 

 ツアレはモモンガの言ったことに半信半疑なのか、頭上にはてなマークが浮かんでいた。

 

 

「さて、二人とも。出かける準備をするぞ。クライムの紹介と合わせて冒険前に一稼ぎするとしよう」

 

「何処へ行くんですか?」

 

 

 モモンガは仮面の下でニヤリと笑う。

 実際の表情は骨のままなのだが、幻術で覆っていればその顔は確実に笑っていただろう。

 

 

「――帝国だ」

 

 

 





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