オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお
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十三英雄の一人、暗黒騎士が使っていた漆黒の剣を集めることにしたモモンガとツアレ。
少しでも手掛かりを得るため、十三英雄の物語を買いにリ・エスティーゼ王国の王都にやって来た。バハルス帝国に戻るとまた皇帝に捕まりそうな予感がして避けただけで、特にこの国を選んだ深い理由は無い。
同じ物語でも書いた人によって内容が違ってくるし、物語だけではなく関連書物も数多く存在している。そのため色々な種類を集めようと、二人は王都中の本屋巡りをしている。
「あっ、モモンガ様、まだ見つけてないのありましたよ。これで37冊目ですね」
「思ったより多いな、いや多すぎる…… というかこれ利権とかどうなってるんだ? 二次創作的なの混じってないよな?」
「二次創作? よく分からないですけど200年も前の出来事が題材ですから。それに人気もあるので色んな人が書いてますよ」
「そうなのか、元の話に正確なのがあれば良いんだが……」
この世界での著作権などは分からないが、沢山の人が同じ題材を元に書いているという事は分かった。
回ってきた本屋の数も2桁はとっくに超えている。アイテムボックスに収納するのでいくら本を買おうが荷物にはならないが、この辺りで本の収集は一度辞めてもいいかもしれない。そんな事を考えた矢先の事だった。
「っ!?」
「どうしたツアレ?」
次の本屋へ向かおうと店を出たツアレが急に立ち止まり、その顔を引きつらせた。
その視線の先には薄汚れた格好をした子供が倒れている。ボロボロの服を着ていることから恐らくはスラムの孤児だろう。
その子供の近くに立つのは身なりのいい男と複数人の取り巻き。
きっと貴族だろう。男は地面に蹲る子供に何かを喚きながら蹴りつけている。巻き込まれないようにする為か、周囲の人は心配そうな顔をするものの誰も近付こうとはしなかった。
この国では良くある光景の一つにすぎない。
相手が貴族でなかったとしても、孤児の立場が弱いのはどこの世界でも当たり前だ。
「あの、あの子、助けてあげられませんか?」
「ふむ、普通に考えれば確実に厄介ごとに巻き込まれるだろうな」
「でも、モモンガ様。その、私の時は……」
「私が彼らをぶん殴れば止める事は出来るかもしれん。だが今度こそこちらが捕まるかもしれんぞ?」
「あっ……」
モモンガはツアレの質問には答えなかった。
仮面を付けた顔でツアレの方を見つめており、どんな表情をしているのかは分からない。
「それは…… でも、あんなの酷いです!! 困っているなら、助けてあげたいです……」
「ふふっ、ちょっと意地悪な言い方だったな。だがなツアレよ、困った人を全て助けるなんてことは無理だ。そんな都合の良い正義の味方なんていないんだ」
「そんな事は――」
実際に都合よく助けてもらったツアレは、モモンガのその言葉を否定したかった。
最初は神様だと勘違いしたが、ツアレにとってはモモンガこそ正義の味方だった。少なくともツアレの味方だった。
ツアレはそれを伝えたかったのだが、ツアレの言葉を遮るようにモモンガは言葉を続けた。
「――だが、そう思う気持ちは大事にしてくれ。大人になると仕方のない事だと、建前ばかりが増えてくる。ああ、そうだ。本音を言えないような関係なんかじゃ、本物には手が届く訳もなかったんだ……」
「モモンガ様?」
何かを考え込むような仕草をするモモンガ。
それがどういう意味か分からず、ツアレもつられて考えこもうとする。
しかし、答えを出す前にモモンガから急に無茶振りが飛んできた。
「ツアレよ、厄介ごとに巻き込まれずにあの子を助けるにはどうすればいいと思う?」
「えっ、でもどうしよう…… 私が代わりに謝ったら、許してもらえるでしょうか?」
「……くくくっ、はははっ!! ツアレは本当に素直だな。私なんかでは考えつかない方法だよ。そういう真っすぐな所は好きだぞ」
「もうっ!! 私は真剣なんですよっ!!」
ツアレの提案を聞いたモモンガはあまりの真っ直ぐさに思わず笑ってしまった。自分に足りなかったのはコレだろうか?
「ふふっ、すまない。じゃあ、今回は普通じゃない方法を使うとするか」
「何をする気ですか?」
「まぁ、見ておけ。いや、見れないから気づいた時には問題解決かな。ここからは卑怯な大人が使う、ご都合主義の魔法の時間だ。〈
モモンガ自身はツアレのように誰彼構わず助ける気は無かった。モモンガの事だけを頼り切りになる様になっても、この先独り立ちした時に生きてはいけないだろう。
だが、この子の純粋さに免じて今回だけは助けるのも悪く無いと、モモンガはこの世界では反則級の魔法を唱えた。
◆
「うっ…… ここは、どこだ?」
少年は目を覚ますとベッドに寝かされていた。
貴族にボコボコにされた筈なのに自身の体には傷一つない。着ていた服も何故か綺麗になっていた。
「あっ、気がついた? 大丈夫? どこか痛いところはない?」
「ポーションがちゃんと効いたようで良かった。服も魔法で綺麗にしといたから大丈夫だとは思うが、何かあれば言ってくれ」
全く状況を把握できない中、声をかけてきたのは自分より少し年上と思われる少女とローブを着た人物。ローブ姿の男はこの少女の親だろうか?
仮面を付けているため表情は読めないが、自分を気遣ってくれているのは分かる。
この二人が人攫いの類には見えないが、スラムで生きてきた少年は簡単には信じられない。
「なんで、俺を助けた? 俺は孤児だからお礼なんて出来ないぞ」
「何でって、困ってたから?」
「ツアレが助けたいと言ったからだな」
「そんなっ…… 嘘、だろ?」
困ってたから助けた。そんな奴がいるわけない。
今まで孤児として一人で生きてきた。ごく稀にご飯を恵んでくれる人がいたのは確かだ。だが、貴族に絡まれているところを助けてくれた人は誰もいなかった。
「信じられないのも無理は無いが…… まぁいいか。とりあえず自己紹介といこう。私の名前はモモンガ、こっちがツアレだ」
「ツアレです、よろしくね。あなたの名前はなんていうの?」
「名前……」
仮面を外しながら挨拶してきた男は黒髪黒目の珍しい風貌だった。
名前を聞いてきた女の子の顔は優しさに溢れていた。
少年は聞かれた言葉を理解するのに時間がかかった。いや、意味は分かりきっている。
だが、自分の名前を聞かれた事に驚いていたのだ。今まで自分の事を知りたいと、名前を聞いてきた人などいなかったから。
「クライム、です……」
「クライム。うん、良い名前ね」
「あ、ありがとう。ありがとう……」
自分の名前を呼んでもらえた。何も持っていない自分が唯一持っているもの。自分の事を証明できるもの。
この二人がどんな人かは分からない。それでもどうしようもなく暖かく感じてしまった。
少年――クライムは震える声で返事を返す。
そのお礼は何に対してだったのか……
◆
クライムを助けてから一ヶ月程が経った。
あの後クライムをどうするか話し合った結果、しばらくの間はモモンガ達と一緒に来る事にしたのだ。
今は手ごろな宿に泊まりながら帝国とは違う街並みを散策したり、宿屋で勉強などそれぞれがやるべき事をこなしながら過ごしている。
「ツアレ姉さんは吟遊詩人になるのが夢なのですね。私も応援します!! 私は強くなって、みんなを助けられるような騎士になります!!」
「はいはい、強くなるのもいいけどお勉強もね。将来の為にも読み書きは大事よ。さぁ、一緒にやりましょ」
「はい!!」
クライムはツアレの事を姉さんと呼び、二人はすぐに仲良くなった。
元々妹がいたからかもしれないが、そう呼ばれてツアレも満更でもなさそうだ。
ちなみにクライムの言葉遣いが変わっているのは本の影響である。読み書きの勉強のためにツアレと一緒にいくつか本を読んでいる内に、その一つに出てきた登場人物の騎士に憧れたようだ。
モモンガはそんな二人の様子を微笑ましく思いながら、買い漁ってきた本を読んでいた。
「『漆黒の剣』『四大暗黒剣』この辺の名称はどの本でも変わらんか。うーん、この物語は過去にあった話の筈なのに妙だな……」
十三英雄の本を片っ端から読み漁り内容を吟味していたのだが、何冊か読んでいると違和感を感じた。
(十三英雄は人間種だけのパーティじゃない。本によっても微妙に異なるが、種族混成のパーティだったのは間違いない筈…… なのに人間の活躍ばかりが目立つ。この世界の強さで考えれば、素の能力で勝る他の種族の方が活躍してもおかしくない筈だが……)
まるで誰かが意図的に登場する人物を削ったようだ。
どの本も出てくる人間の数は変わらないが、仲間の亜人種や異形種だけが居たり居なかったりするのだ。酷いものでは全てが人間に置き換わっていた。
漆黒の剣を使っていた暗黒騎士は悪魔とのハーフだったようで、本によっては登場しないこともある。しかし、使った剣の名称がこれだけ広く伝わっているのはそれだけ有名だったのだろう。
「まぁ、この世界の情勢を考えれば仕方ないか。嫌いな種族より自分たちの種族が主人公の方がウケがいいんだろうな」
あまり深くは考え込まずにモモンガは読書を再開した。買ってきた本はまだまだあるのだ。一々考えていては比較もできない。
こうして三人の日常は穏やかに過ぎていく。
一体冒険に出るのはいつになるのか……
◆
おまけ~出会って直ぐにバレました~
ツアレに名前を呼ばれたクライムは何度もお礼を言い続けていた。
余りにも感情が込められていたので、言われたツアレが驚くほどだった。
「あ、ありがとう。ありがとう……」
「そんな、助けたのはモモンガ様だから……」
「気にするな。ツアレが助けたいと言ったのがキッカケだしな。今頃あいつらは目の前で人が消えて驚いてるかもしれんが」
「モモンガ様、助けてくれてありがとう!!」
「あっ、ちょっと!?」
助けられて感極まったクライムはもう一人の恩人――モモンガの手をガッシリと掴んでお礼を言った。
しかし、どうにも感触がおかしい。自分が握っているのは本当に手なのか?
武人の手のひらは堅いというがそんなレベルではない。
血の通った暖かさがなく、妙に骨ばっているような……
「えっ!? 指がめり込んでる!?」
「あちゃぁ…… 手袋外して幻術で誤魔化してたけど、やっぱり籠手とか付けてた方が良かったかな。でもあんまりやり過ぎると不審者なんだよなぁ。部屋の中ではくつろぎたいし」
「えっと、クライム!? 大丈夫よ、モモンガ様の手はそういう仕様だから!?」
「ツアレよ、フォローになってないぞ」
「あーっ!? そうじゃなくてっ!? モモンガ様は魔法使いで骨でアンデッドだけど優しい人だから!? 人じゃないけど、私も助けてもらったから!?」
ツアレがテンパってめちゃくちゃな事を言いだした。
というかアウトだ。完全にモモンガの正体がアンデッドだとバラしてしまっている。
「あー、気づいてしまったかもしれんが私はアンデッドだ。だが、人を襲ったりとかはしないから安心してくれ」
「……」
「大丈夫よ、こう見えて拳しか使わないから!? 結構うっかりしててお茶目な所もあるから!?」
「それは今のお前だ、ツアレ」
誤魔化せないと悟ったモモンガは幻術を解除しながらクライムに語りかけた。
なんだろう、自分より慌てている人を見ると冷静になれる気がする。
骨の顔は流石に怖かったのか、クライムは俯いてしまった。ツアレの時とは状況も違うし仕方のない事だろう。
そんな状況からどうしたらいいか分からず、ツアレは涙目になってあたふたしている。
こういう突発的な事にはいい加減慣れたと思っていたのだが、まだまだ子供だったようだ。
「……凄い!! アンデッドが人助けだなんて!! 路地裏のおじさんが言ってたんだ。アンデッドは生きてる人を襲ってくるって。でも違ったんだ!!」
「待てクライム。怖がらないでくれるのは有難いが、そのおじさんの言ってることはあってるぞ。アンデッドに近づくとか普通はやっちゃダメだからな?」
ロクな教育を受けてこなかった弊害、ここでは幸いというべきか。クライムはあっさりとモモンガを受け入れてしまった。
むしろ目をキラキラと輝かせ、ヒーローを見るような視線を送ってくる。
「そうよ、モモンガ様は悪人を殴り飛ばす正義の味方なんだから!?」
「正義の味方なの!? じゃあ俺も死んで骨になる!!」
「ツアレ、いい加減に落ち着け!! 収拾がつかない!! クライム、その年で自殺宣言はやめなさい!!」
「分かった、じゃあ普通に人助けが出来るようになるよ!! モモンガ様みたいに!!」
「クライム、その志は立派だけどモモンガ様は普通じゃないのよ」
その日はクライムに色々説明するのに丸々一日を使い切った。
だが結果オーライと言うべきか、三人はそのまま直ぐに打ち解けたのだった。