(cache)大坂選手の国籍問題は「暗黙の了解」で収めるほうがいい(野嶋 剛) | 現代ビジネス | 講談社(2/3)



大坂選手の国籍問題は「暗黙の了解」で収めるほうがいい

急いで回答を迫る必要はない
野嶋 剛 プロフィール

国は実態を把握していない

確かに、大坂選手のような出生に伴う重国籍者は、22歳までに国籍選択を行ない、日本国籍の選択を宣言する。そのあとは、外国籍の離脱の努力をするように求められている(国籍法第16条1項)。

しかし、これは「努力」であり、いつまでに実現しなければならない、という規定はない。国は離脱を進めるよう「催告」できるが(国籍法第15条1項)、過去に一度も催告したことはない。複数の国籍を有することは厳密には法律に反しているかもしれないが、罰則がないので犯罪ではない。

この結果、日本の重国籍者たちに何が起きているのかといえば、日本国籍を選択した人が実際に外国籍を離脱しているかどうかは把握されておらず、同時に、多くの人が選択宣言すら行っていない可能性が極めて高いのである。

日本弁護士連合会が2008年に作成した「国籍選択に関する意見書」のなかの資料によれば、日弁連の質問に対し、法務省は、日本にはおよそ50万人の国籍選択対象者がおり、選択を行なったのは5万1千人であると回答している。これはおよそ1割にすぎない。その他の9割の動向は把握されていないことになる。

これは、法務省の怠慢というのではなく、重国籍を容認していく国際的な動向に配慮した柔軟な法的運用が現実には行われている――と見ることができる。

2011年の国連調査によれば、加盟国196カ国のうち、二重国籍を認めているのは、7割に達している。EU加盟国などによるヨーロッパ国籍 条約は出生と婚姻に<よって>取得した国籍を当事者が保持できるよう締約国に求めており 、日本の同盟関係にある米国も二重国籍の容認国だ。こうした状況に鑑み、法務省は現実的な対応を取らざるを得なくなっているのだ。

問いただす喫緊の理由は存在しない

こうした理解に沿って、大坂選手のケースをシュミレーションしてみたい。

大坂選手は日本テニス協会に所属している。外国人でも協会登録はできるが、国別対抗フェドカップで日本代表で出場し、テニスの国際大会にも日本選手として出場している以上、日本国籍を有していると推測できる。

当然、世界中に重国籍の選手がいるわけで、五輪についても一つの国の選手として出場していれば、その選手が重国籍かどうかは問われることはない(オリンピック憲章規則41付属細則1)。ただ、一つの国の代表であることを選んだ場合、3年以上はその国代表で戦わなければならない。東京五輪での大坂選手の出場も現状のままで何ら問題はない。

【PHOTO】gettyimages

大坂選手がこれから毎年の世界テニス四大大会でも、五輪でも、デビスカップでも、「日本選手」として活躍している限り、彼女は、日本国籍を捨てていないことを立派に証明しているのである。一方、米国籍を離脱したかどうかは、本人が語らない限り、第三者が知り得ることではない。

そしてそのことは本人のプライバシーに属することで、無理に答えを求めるのは人権上も好ましくもない。離脱の努力を求められているなかで、悩んでいても考えていても、離脱のための努力は継続していると解釈できる。

つまり、大坂選手が米国籍を持っているかどうかを問題にさえしなければ、我々は彼女に国籍問題を問いただす喫緊の理由は何ら存在しないのである。

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