スネイプ逆行   作:ohol

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第1話 逆行

――1994年、三大魔法学校対抗試合、第二の課題『湖からの人質の救出』

 

「セドリック・ディゴリー! 風船のように膨らんで浮かんでいます! おっ、周りで花火が炸裂した! セドリックの表情と言ったら、これは屈辱です!」

 

 解説者が興奮気味に実況する。

 ホグワーツの代表生徒、セドリック・ディゴリーは惨めに宙を漂っていた。何者かの呪いで体が肥大したのだ。

 地上の生徒達は大声で囃し立てている。

 セドリックの顔は屈辱に歪んでいた。

 

 

 

――1998年5月2日

 ホグワーツの大広間に金色の光が射した。

 中央で、ハリーポッターとヴォルデモートが円を描くように回っている。

 

「さあ、トム・リドル、後悔するんだ……」

「俺様の勝利は約束されている」

 

 一瞬の静寂。そして――。

 

「アバダケダブラ!」

「エクスペリアームス!」

 

 帝王の即死呪文と、『生き残った男の子』の武装解除呪文。緑と赤の閃光が真ん中でぶつかり合う。

 

「え……」

 

 ハリー・ポッターの目が驚いたように見開かれる。

 そして、ドサリ、と仰向けに倒れた。緑色の瞳が閉じられる。

 

 あまりにも呆気ない死に様だった。

 赤子の頃にヴォルデモートを打ち破り、以来彼に対抗する最後の期待を背負って生きてきた少年は、もういない。

 

 リリーの生きた証が――緑色の瞳が開かれることはもう二度とない。

 

「ハリーポッターは死んだ! 俺様を退けるものは何もない」

「いやっほーう! ほーうほーう!」

「ああ、ハリー!」

 

 ベラトリックス・レストレンジは奇声をあげて喜び、ミネルバ・マグゴナガルは嘆き崩れた。

 しかし今のセブルスには、どれも等しく価値のない雑音だった。

 リリーの息子が死んだ。とうとう守れなかった。

 

 愛するリリーは遂に永遠にこの世から去った。

 

 

「いや、ヴ、ヴォルデモート! 僕はまだ戦うぞ!」

「ロナルド・ウィーズリー。なんと雄々しい少年よ。純血の血を裏切るもの。しかし、賢明な判断を学ぶべきだ」

「私だって戦うわ!」

「俺も」

「わたしも!」

「僕もだ!」

「あたしも戦うよー。ダンブルドア軍団!」

 

 ハーマイオニー、ジョージ、ジニー、ネビル、ルーナが雄叫びを上げる。

 ハリーポッターが死亡し、絶望が襲っているだろうに、彼らは力尽きる時まで諦めず、吹っ飛ばされては何度も立ち上がって戦った。

 しかし、結局、ヴォルデモートを倒すことはできなかった。

 さらに犠牲者を増やし、ホグワーツの戦いは終戦した。

 

 

 

 

 

「私は……結局、どうすることも出来なかった。あの時に、あの時に死んでいればよかった……!」

 

 校長室で、セブルスは拳を机に叩きつけた。

 周りを取り囲む歴代の校長の肖像画たちが、何事かとざわめいているが、セブルスの耳には入らない。

 

「セブルス?」

 

 肖像画の中から、ダンブルドアが呼びかける。

 

「ハリーポッターは死んだ。あなたの望み通り、気高く。しかし勝利したのは闇の帝王だ……」

 

 セブルスは力なく呟いた。

 

「誤算したのじゃ。セブルス、君はハリーポッターを護ろうとしたな? それが、この世界を闇に導いた一つの原因だ」

「私が、私の行いが……?」

「勝敗に関わらず、ハリーポッターは死なねばならぬ。それを阻止しようとしたせいで、さまざまなことが狂ってしもうた」

「そんな……」

 

 セブルスは呻いた。100年もの間、悲惨に生きてきたかのような顔だった。

 

「ハリーの友人は勇敢じゃったのう」

「馬鹿げた奴らだ。どうせ勝ち目はないのに」

「しかし、君だってそうではないかね? 永遠に報われないと知りながら、ただリリーの為だけに生涯を捧げた。時として、個人的な利益よりも大切なものが人には存在するのじゃ」

「もうリリーは死んだ。ハリーポッターも……」

「死んだからといって、それが全ての終わりではない。リリーが信じてきた大義は何だった? リリーは何の為に戦い、何のために死んだ?」

 

 ダンブルドアは肖像画の中か朗らかに問いかける。

 

 リリーの信じたもの――マグル生まれが差別されない、自由で平等な世界だ。

 

 リリーはその為に戦い、息子に思いを託して死んだ。

 

「不死鳥の騎士団やダンブルドア軍団の生き残りがいるじゃろう。彼らが全員死んだ時こそ、リリーがこの世から完全に消える時じゃ。リリーの面影は、何も目に見えるものだけではない。リリーの信念をこの世に残すのじゃ」

「あなたは……あなたは肖像画だから、そんなことが言えるのだ。あなたは何も分かっていない……!」

 

 ダンブルドアの意見はもしかすると正しいのかもしれない。

 しかし今のセブルスには到底受け入れられなかった。

 リリーの瞳を持つ息子、ハリーポッターは死んだ。

 その事実はセブルスの心に突き刺さり、どくどくと血を流していた。

 ダンブルドアの言葉を受け入れるには、まだあまりにも早すぎたのだ。

 セブルスは校長室から飛び出て荒々しく歩いた。

 

「リリー……」

 

 リリーの信じたこと?

 何を言おうと、リリーはもう生き返らない。

 緑色の瞳は二度と見られない。

 終わった。全て終わってしまったのだ。

 

 セブルスはよろよろと部屋を出た。

 はっきりとした目的地もなく、ただ哀しみに身を任せ、崩壊したホグワーツ城を歩き続けた。

 階段を降り、大広間の前を抜け、中庭を過ぎ……気がつくとセブルスは、湖のほとりに植わる大きなブナの木の下に来ていた。

 

「リリー」

 

 今から22年前の夏の日だ。ジェームズ・ポッターに逆さ吊りにされ、怒りから思わず『穢れた血』とリリーを罵ってしまったのは、ちょうどこの場所だった。

 何度、後悔したことだろう。

 

 闇の魔術を極めて死喰い人になることは素晴らしいのだと思い込んでいた若き日の自分。

 

 その末に起こった最悪の結末。

 

 償っても償いきれない罪だ。

 

 もしもう一度やり直せるとするならば、もし本当にそうならば、どんなに良かっただろう……。

 

 

「うわー、スコーピウス! なんか事故が起こったみたいだ」

 

 突然、上空から不謹慎な明るい声が聞こえてきた。

 ちょうど、ホグワーツの5年生になる頃だろうか。声変わりしたばかりの子供の声だ。

 セブルスは見上げた。眩しい西日に照らされて目がくらむ。

 しかしセブルスははっきりと認識した。

 ブナの木の隣の空間がぐにゃりと湾曲していることを。

 

「逆転時計が歪んでる……不良品だったんだ! 大変だ……」

「アルバス! しっかり掴んで!」

「なんかおかしい……変だよ。すごい力で手から抜け出そうとするんだ。あっ、ダメだ……」

 

 視界が暗くなった。

 とてつもなく狭いパイプを無理やり抜けるような感覚がセブルスを襲う。

 平衡感覚を失い、自分が今どこにいるのかも分からない……。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「スリザリン!!」

 

 気がつくと、セブルスは硬い椅子の上に座っていた。

 視界は暗いが、さっきとは違い何かに覆われているような感じで、下の方から光が入ってくる。

 

「さあ、スリザリンの席はあちらですよ」

 

 覆いを外され、セブルスは驚きで目を見開いた。

 そこは、ホグワーツの大広間だった。

 それも、戦いの直後のボロボロになったホグワーツではなく、平和な時のホグワーツだ。

 上を見ると、マクゴナガルが優しげにセブルスに微笑んでいる。

 なぜか、妙に背が高く見える。

 

 セブルスは自分の体の異変に気がついた。

 手も、足も、全てが小さい。それに、着ているのはいつもの黒いローブではなくホグワーツの制服だ。

 いったい何が起こったというのだ……?

 セブルスは混乱しながらも、スリザリンのテーブルについた。

 何年間も教職員テーブルから大広間を眺めていたが、生徒用の席に着くのは久しぶりだ。

 

「やあ、よろしく。監督生のルシウス・マルフォイだ」

 

 ルシウス・マルフォイと言ったら、後に死喰い人のリーダー的存在になる純血の魔法使いだ。

 ついさっきまでは、闇の帝王に命ぜられた任務にことごとく失敗して折檻を受けやつれ果てていたが、今はまだ若く生き生きとしている。

 

「宜しく」

 

 セブルスはいつものねっとりとした声で答えた……声が高い。声変わりする前の声だ。

 あたりを見回すと、何人もの死んだはずの人物が、若い姿でテーブルについて談笑しているのが見えた。

 そういえば、さっき『逆転時計』という言葉を聞いたような気がする。

 逆転時計といえば過去に戻るための魔法具だ。

 しかし、セブルスの知る限り、こんなに過去に戻れるもの――しかも、過去の自分自身になれるものなど、存在しなかった筈だ。

 だが、彼らは『不良品だった』とも言っていた。

 彼らはきっと未来から逆転時計を使って戻ってきたのだろう。

 しかし失敗し、巻き込まれた自分は過去に戻ったのだ。

 そう、ホグワーツに入学した日に――。

 

 セブルスは自分でも驚くほど、今の状況がスラスラと把握できた。

 

 もしや、とセブルスは思った。

 

 そこまで過去に戻ったということは、彼女も生きている、ということか――。

 胸の動悸が高まった。

 焦る気持ちを抑え、セブルスはグリフィンドールのテーブルに目を走らせた。

 

 

 

 ……燃えるような赤毛に、透き通ったグリーンの瞳。セブルスを見つめ、悲しそうに微笑む少女――紛れもなくリリーだった。

 リリーは当たり前のように生きて、そこに存在していた。そして緑色の瞳でセブルスを見ていた。

 セブルスの中に、熱い思いがこみ上げてきた。

 

「おや……医務室に行く?」

「心配には及ばぬ……いえ、大丈夫です」

 

 セブルスは教授の口調が抜けず、堅苦しくなりかけたのを途中で軌道修正した。

 

「エバンズ! あいつ、君のことじっと見てるよ。寮が離れて悲しかったんだ。ねえ、幼馴染なの?」

 

 明るく明朗快活な声――しかしセブルスにとっては、聞いていると苦虫を飲まされた気分になるような、ハリー・ポッターと非常によく似た声が、聞こえてきた。

 

 過去に戻ったということは、セブルスが憎んでいる彼らも生きているということだ。

 黒色のツンツンした髪に、丸眼鏡、細い手足はハリーポッターにそっくりだが、目はハシバミ色で、表情はハリーより自信に満ち溢れている。

 ジェームズ・ポッターだ。

 

「放っておいてちょうだい、ポッター。あなたが首を突っ込む必要はどこにもないわ」

 

 リリーの凛とした声に続き、ジェームズとシリウス・ブラックが爆笑する声が聞こえる。

 セブルスはふっと笑った。あの学生の頃と今のセブルスは全くの別物だ。

 セブルスには死喰い人、ホグワーツ教職員、そして二重スパイで培った技術があった。

 

「さてさて、新たな生徒達を迎え、今年もホグワーツの一年が始まる! 390の規則については、フィルチ先生の事務室前に貼ってあるので、各自で見に行くように。それと今年から、新たな魔法植物がいくつか植えられた――中でも特に、暴れ柳は危険じゃ。怪我をして、新学期早々医務室送りになりたい、という者以外は近づかぬよう!」

 

 教壇に立ったダンブルドアが、朗らかに生徒達に話しかける。

 少し顔のシワが少ないだけで、今までのダンブルドアとあまり変わらないように見える。高齢だから2、30年の変化なんて大したことないのだろう。

 

 それから食べたご馳走は、毎年食べ慣れた味だった。

 何度食べても飽きない味だ。厨房の屋敷しもべ妖精の腕は素晴らしいものである。

 

 

 食事が終わってすぐのこと。大広間を出たところで、リリーはセブルスの肩を叩いた。セブルスはドキリとした。

 

「セブ、あなたと寮が離れて寂しいわ。ほんと、あの人たちは何なのかしら? さっきはいったい何があったの?」

「心配をかけてすまなかった、大したことではない。少し目にゴミが入っただけだ」

「なんか、話し方がいつもと違うわ……本当に大丈夫?」

「そうかね……そうかな。気のせいだよ」

 

 セブルスは昔の話し方を必死に思い出しながら言った。

 しかし内心は、リリーと話しているという事実に打ちのめされ呆然としていた。

 

「寮は別れたけど……これからも仲良くしましょうね」

「ああ」

「じゃあ、また明日ね」

 

 皆に遅れないよう慌ててグリフィンドールの波に入る赤毛の後ろ姿を見つめ、セブルスは決心をより強くした。

 

 もう同じ過ちは繰り返さない。

 繰り返してはならない。

 今こそ贖罪を果たす時だ。

 彼女が幸福に生きられる世界を築くのだ。






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