自分がどういう人間か分からないまま、周りがそうしているからとかこの年齢ではこうしていなくてはいけないだとか流されて生きていると、自分の本当にやリたい事とは全然違う事をやり続ける状態になるので大きなフラストレーションを抱えてしまう。

周りに合わせるというのは体力的にも精神の表面的にも辛い事だが、心の根っこの部分では大きな安心感を得る事が出来る。世の中の多くの人間がそうやって精神の安定を保っている。一見アウトローに見える人間ですら合わせているのが一般社会常識ではないというだけで、それに変わる別の何かに合わせているだけだ。宗教だったり非合法的なものだったりね。

俺は一般社会にも宗教にもましてや薬物になんか寄り添ってはいない。

俺は俺である事に寄り添っている。

根拠の無い自信じゃない。

どん底で生まれ、××××と貧困と暴力と恐怖と差別に脅かされながら育ち、夢を粉々に何度も打ち砕かれ、愛を失い、見失い、大切な人を亡くし、何度も倒れ、それでもまだ生きている自分を信用している。

大人になると決めた時に望んだ夢もある程度は叶った。

日本全国数千万人の人間の誰でも目のつく所に、俺のデザインは数年間に渡ってあった。今でも俺の制作したイラストやデザインしたものの断片は日本中どこでも見られる。17歳の頃に志望した職業の現在の結果としては十分過ぎるくらい十分だろう。

それらを無視して自分に自信を持つなという方が無理だ。

今度はもっと多くの数の人間にちゃんと俺の名前のついたものとしてデザインやアート、音楽を提供する。

大きな事というのは、それに向かって正当な努力を地道に少しずつの積み重ねをしていけば達成出来る。準備をして求めていれば、ちゃんとチャンスをつかみ取る事が出来る。俺はそれを社会的な実体験として知っている。

惰性のルーチンでやっていても駄目だ。

常に挑戦し続けなければ。

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