手のひらの怪物
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世界の再構築に際し、一匹の爬虫類はコールドスリープから目を覚ました。
数分前の悪夢のような光景を思い浮かべては頭を痛め、装置から飛び降りる。施設内にはひんやりとした空気が漂い、嘘のような静寂が漂っていた。
再構築の後、彼がまず初めにしなければならない事は、日本支部の再招集であった。そのためには同じく生き残った職員を探し出さなければならない。
口に咥えたキーカードによって扉のセキュリティを解除し、部屋の外の階段を上る。それだけでも、カナヘビの身体には重労働であった。
必死の思いで外に繋がる扉の前へと辿り着いた時、彼はその扉の外に違和感を覚えた。少なからず生命の気配がするのだ。
生き残った職員の内誰かがこの施設を訪れたのかもしれない。しかし、世界は再構築されてからまだものの数分も経っておらず、その可能性は極めて低い。
外の様子をうかがい知るためのカメラは電力供給が行われていないため、深淵を映し出していた。嫌な汗が、カナヘビの背中を伝った。しかし、どうにかして外に出なければ他の職員を見つけ出す事はできない。彼は覚悟を決めた。

曰く、自らが死のうが代わりは存在する。
曰く、財団は常に未知の可能性に賭けた上で存続している。

再びキーカードを口に咥え、扉のセキュリティを解除した。甲高い機械音と共に、「未知」はその様相を表していく。
咄嗟にカナヘビは扉の上のスペースへと退避した。仮に侵入者が存在した場合、そこは死角となる最も扉に近い場所であるからだ。
一秒、十秒……永遠とも思しき時間が過ぎる。しかし、一向にイレギュラーは現れる事なく、むしろ扉の前に存在していた気配は霧散して行った。
「ふぅ」と止めていた息を吐き、爬虫類は深呼吸をした。ただでさえ極小な肺が大きさを取り戻していく。
十分な空気を取り入れた所で、再び息を止めて気配を消し、彼は扉越しに世界を確認した。

世界は緑に包まれていた。どうやら再構築後の世界では、この施設の周辺は森となっているようだ。恐らく、施設周辺の管理をする人間が存在しなくなってしまったせいであろう。
その様相だけ確認すると、カナヘビは素早く森へと這い出た。再構築が行われたとは言え、この施設が残っている以上、財団が関わった建造物は残っているはずだ。だとするとこの近辺に同じくサイトが存在するはずだと彼は踏んでいた。

しかし、そこで彼は気づいていなかった。施設そのものの様相が、今や変わり果ててしまっていた事に。

細心の注意を払い、木を辿り移動を行う。現在の彼にとってはただの鳥類でも死に直結する可能性を秘めており、地上を這うのは危険であると判断したためだ。
しかしどこか彼は「おかしさ」を感じていた。最初に目覚めた施設からそれなりに移動を行ったというのに、全く昆虫、並びに鳥類が発見できていないのである。
もしかすると、再び世界の再構築を行わなければならないかもしれない―――その際に、スイッチを押せるのは自分だけなのではないか―――そのような不安が彼の頭をよぎった時、不意に、視界を暗闇が覆った。
身の危険を感じたカナヘビはすぐさま付近の木のくぼみへと体を隠した。巨大な何かが上空を通り過ぎたらしい。ドローンにしては大き過ぎ、飛行機にしては距離が近すぎる、彼の頭の中に既知の物体で思い当たるものは見つからなかった。
生唾を飲み込み、カナヘビは息を殺し、木のポケットから上空を仰いだ。

蒼き炎を口と尾に宿した黒龍が、青空を切り裂くように飛行している。

その様子を見たカナヘビは、思わずこう呟いた。

「……SCP-2466?」


「……ほんで、博士。SCP-███-EXの実体は今何匹なんやったっけ?」
「ズバリ、802匹じゃな」
「勘弁してや博士……この前721匹って発表したばっかりやん……」

センター - 81██において、モニター越しに爬虫類は初老の白髪が目立つ男性と会話をしていた。その爬虫類の顔には呆れの色が見える。

「すまんのう。ワシも全てを把握しきれているわけではないのじゃ」
「まぁええわ……ほんで、奪還作戦の方は?」
「うむ。明日の明朝、開始しようと思う。参加職員はそれに備えてゆっくり休んでもらっておる」
「……あの尻尾の長い人型のSCP-███-EXに動きは?」
「今のところ、動きはない。あれを使っている様子もな。だからこそ、早急に叩いて回収を行う」

博士の言葉に、カナヘビは深くうなずいた。そして目を見開くと、気合いの入った声で叫んだ。

「なら任せるで、博士……明日明朝より、SCP-███-EXの手に落ちたSCP-494-JPの奪還作戦を開始する! 皆、気張りぃや!!」

財団と怪物のバトルが、今始まる。

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