三度目の言葉
そうして樹と別れ、俺は錬を送り届けた後、宿に戻って就寝しました。
割と夜晩くまで動きまわっていたので、すぐに日が昇り始めるでしょう。
そんな明け方の事。
ドンドンと騒がしく扉を叩く音が響き渡ったのですぞ。
俺が扉を開けると赤豚が嘘泣きで泣き喚いて俺に突撃してきます。
記憶を紐解くと……ここで俺は抱きとめてから……
「何があったのですかな?」
「ブブブブブブブ!」
確かお義父さんにいきなり襲われて強姦されかかったとか言っていた覚えがありますな。
助けを求める為に俺の泊っている宿を探すのに時間が掛ったとか、今にして思えば不自然な事を言っておりますぞ。
しかも半裸で。
夜間に豚が半裸で町中を探しまわったとかどんなプレイですかな?
「なんですと! 信じられませんな!」
「ブ、ブヒ?」
おや? 反応を間違えましたかな?
ですが赤豚は何食わぬ顔で鳴き喚きますぞ。
聞き流したのでしょう。
しかも善意的に同意しているように、切迫しているように俺も演技しているので奴も良いように鳴いています。
「では行きますぞ! 急いでおと――尚文を呼び出して報いを受けさせてやりましょう」
すごく小さな声で『お前に』と付け加えました。
ふふ……楽しみですな。
赤豚を連れて城の方に居る見張りの兵士に声を掛けました。
俺が言うよりも早く、赤豚が前に出て事情を説明しています。
「と言う事なんですぞ。ですから急いで招集をすべきですぞ」
「わかりました! 王に早くお伝えください」
今にして思えばニヤついた笑みを浮かべる兵士に不快感を覚えながら、俺は記憶を頼りにクズの元へ向かって事情を説明したのですぞ。
奴も準備万端とばかりに玉座の間におりました。
こんな朝早く、しかも急な事態で普通は対応が遅れるものではないですかな?
なんて思いながら事件がドンドン大きく、転がり落ちて行く……のですな。
すぐに城から錬や樹を招集する為の兵が出発し、伝令兵が城下町中にお義父さんの罪状を流布致します。
しばらくすると錬と樹が城にやってきて、兵士と赤豚から何が起こったのか耳を傾けますぞ。
俺と錬と樹は視線で会話して、それぞれ頷きます。
「なんだと! 本当に仲間にそんな事をしたのか?」
「はい、盾の勇者様の仲間からそう聞いております。槍の勇者様が報告しなかったらどうなっていた事か」
「酷い話ですね……無理やり仲間に手を出そうとするなんて……しかも逆らえない様にとは……」
それぞれ怒りを感じているように武器を握り締めます。
怒りを感じているのはお前等に、ですぞ。
今回は特に言い争いもありませんな。
ただ、赤豚が被害者面で俺、錬、樹に嘘泣きを交えながら嘘の話を広めています。
真実を目にした俺達からすればお前のその行動は不愉快なモノにしか感じられません。
樹が凄く不快そうにしています。
赤豚やクズはそれがお義父さんへの怒りだと思っているようですが、お前等への怒りですぞ。
などと話をしているとインナー姿のお義父さんが連行されてきました。
ああ……やはり何度見てもおいたわしい姿ですぞ。
赤豚に身ぐるみを剥がされたあの時のお姿、実は即座に助けたいと思っておりましたが、錬や樹の信頼を得るために我慢したのですぞ。
すぐに駆けよって助けるのでお待ちくださいですぞ。
「マイン!」
お義父さんが赤豚に向けてそう声を掛けました。
まだ何が起こっているか知らないお義父さん。
これから罠に掛けられている事を自覚して荒れるお義父さん。
絶対に俺が助け出して見せますぞ。
最初の世界の様な絶望を俺はさせないと心に決めました。
前回はお義父さんの信頼を得るために陰謀を利用しましたが、今回はお義父さんだけでは無く、錬や樹も一緒ですぞ。
クズと赤豚がお義父さんを睨みます。
逆に錬と樹はお義父さんに同情の視線を向けました。
「な、なんだよ。その態度」
お義父さんが雰囲気に飲まれて唖然としております。
「本当に身に覚えが無いのですかな?」
無いのは知っていますが、一応流しますぞ。
俺は仁王立ちで抑えつけられているお義父さんに近づいて行きます。
チャンスですな。
錬も樹も正義感から我慢できなかったフリをしながらお義父さんに近寄ります。
事前に打ち合わせをして、三人でお義父さんに近付く事になっています。
これは錬のアイデアですぞ。
お義父さんの傍には兵士がいるので、安全の為に至近距離まで近付いた方が良いそうです。
なので最初の世界に言ったセリフを流用しましょう。
「身に覚えってなんだよ……って、あー!」
お義父さんが俺が着ているくさりかたびらを見て声を上げます。
「お前が枕荒らしだったのか!」
「誰が枕荒らしだ! ですぞ。こんな外道な奴等だったとは思いもしませんでしたぞ!」
「複数形? 外道? 何のことだ?」
お義父さんが勘違いして首を傾げます。
冤罪なのですから知らなくて当たり前ですな。
そもそも外道なのはクズと赤豚ですぞ。
「して、盾の勇者の罪状は?」
「罪状? 何のことだ?」
「ブヒ……ブヒブヒブヒ!」
「は?」
「ブブブブブブブヒブヒブヒー!」
赤豚は嘘泣きを交えながら俺の後ろに回り込みます。
これ以上近づくなですぞ。
豚臭くて鼻が曲がりそうです。
「ブヒヒヒヒヒブヒヒ!」
「え?」
お義父さんが唖然とした様な表情に代わります。
「何言ってんだ? 昨日、飯を食い終わった後は部屋で寝てただけだぞ」
「嘘を吐きやがって、じゃあなんでこんなに泣いてるのですかな?」
「何故お前がマインを庇ってるんだ? というかそのくさりかたびらは何処で手に入れた」
それは赤豚がお義父さんから盗んだのですぞ。
泣いているのはお義父さんの心ですぞ!
「ああ、昨日、一人で飲んでいる酒場に来て、しばらく飲み交わしていると、俺にプレゼントってこのくさりかたびらをくれたのですぞ」
「は?」
お義父さんが何度も首を傾げています。
そうでしょうとも、全く身に覚えが無いのですからな。
「そうだ! 王様! 俺、枕荒らし、寝込みに全財産と盾以外の装備品を全部盗まれてしまいました! どうか犯人を捕まえてください」
「黙れ外道!」
クズが、白々しく怒鳴りつけますぞ。
全て陰謀である癖に、被害者面とは反吐が出ますな。
「嫌がる我が国民に性行為を強要するとは許されざる蛮行、勇者でなければ即刻処刑物だ!」
「だから誤解だって言ってるじゃないですか! 俺はやってない!」
お義父さんの表情が段々と青ざめて行きますぞ。
もう少し、もう少しですぞ。
トドメとばかりに俺はお義父さんに近づきます。
足蹴にでもするのかと思っているのか、クズや国の兵士共は薄ら笑いを浮かべているように見えますな。
やがてお義父さんは赤豚を見て怒りを露わにしました。
もう既に俺と錬、樹は至近距離にまで迫っております。
「お前! まさか支度金と装備が目当てで有らぬ罪を擦り付けたんだな!」
お義父さんが凄く大きな声で俺を睨みます。
無言で俺は更に近づきます。兵士共は顔でも踏ませるつもりなのかお義父さんを更に抑えつけました。
「ふざけんじゃねえ! どうせ最初から俺の金が目当てだったんだろ。仲間の装備を行き渡らせる為に打ち合わせしたんだ!」
ああ……もうお義父さんの心が壊れてしまいます。
早くお助けしなくてはいけません。
「異世界に来て、仲間がそんな事をするなんてクズだな」
「そうですね。僕も同情の余地は無いと思います。半信半疑でしたが、間違いないですね」
「その通りですな。お義父さん――今、助けますぞ!」
俺はくさりかたびらを片手で脱ぎ、お義父さんを拘束している兵士を槍で薙ぎ払います。
「うわぁああああ!」
自由になったお義父さんが唖然とした表情を浮かべています。
お義父さんに脱いだくさりかたびらを手渡しして立たせますぞ。
「え……? え?」
「モトヤス殿!?」
クズが唖然とした表情で俺達を見つめております。
お義父さんも突然の事態に困惑していますな。
そんなお義父さんに俺は言いますぞ。
「俺はお義父さんを信じています。お義父さんはやっていません。これは陰謀です」
「ええ、尚文さんは無実です。僕達を騙そうとしたってそうはいきませんよ」
「仲違いさせて自分達の思い通りに俺達を利用しようとしているみたいだが、お前等の思い通りになるつもりはない」
錬、樹がそれぞれ武器をクズと赤豚、国の兵士達に向けますぞ。
そう……俺はお義父さんを守るためにここにいるのです。
お義父さんは一人じゃありません。ですからどうか落ちついてください。
「鬼の居ぬ間にやりたい放題なのでしょうが、今のこの国を見て女王がなんと言いますかな?」
「く……貴様!」
まあ、ここで女王の事を言ってもクズは引かないでしょうな。
ですが、錬と樹がこちら側に居るのです。
お前等の野望は完全に潰えましたな。
「ここでお義父さんを庇うのは、三度目ですな。なので、同じ言葉を使いましょう……」
お義父さんが呆気に取られる様に顔を上げます。
「未来からあなたに恩を返しに来ました。お義父さん」