オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお
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初めての冒険

 視界を埋め尽くすのは白い雪。環境に適応した一部の生物でなければ生きていけない様な大自然。

 そんな人類未開の地――アゼルリシア山脈をモモンガとツアレは歩いていた。

 

 事の始まりはバハルス帝国を出てすぐ後のこと。

 吟遊詩人になると決めたツアレだったが、いったい何から始めたらいいのか分からない。

 

 

「冒険って何したらいいんでしょう?」

 

「冒険にも色々あるが、未知を体験するのが一番じゃないか?」

 

 

 冒険譚を書くためには何はともあれ冒険に行かなければならない。モモンガの言う未知を体験すれば、誰も知らない様な場所に行けばそれだけで冒険になるのではと考えた。

 ツアレもその案に賛成し、人類未開の地として選ばれたのがアゼルリシア山脈である。

 いざ出発とモモンガが魔法を使い、一瞬で山頂に到着した所までは良かった。

 

 だが……

 

 

「さっむっ!? 何これ寒すぎる!! 冷気の耐性まで消えたのか!?」

 

「ちょっとモモンガ様っ!! さ、寒いです!! 寒すぎです!? こんなの死んじゃいますよ!!」

 

 

 軽装で雪山に行き慌てふためく娘と骨。

 素で忘れていたがアンデッドのモモンガと違い、ツアレは生身の人間だ。何の装備もなしに雪山の気温など耐えれるわけがない。

 更にはモモンガ自身の冷気の耐性も消えていたため、急激すぎる気温の変化に二人して死にそうになった。

 モモンガが都合よく冷気の耐性を得るマジックアイテムを持っていなければ、即ゲームオーバーだっただろう。

 

 

「冒険開始と同時に凍死するところでしたよ」

 

「骨身に染みるとは正にこの事だな」

 

「……」

 

「……すまない。次からはもう少し考える」

 

 

 ギャグで流そうとしたがツアレには効かなかった。無言の圧力がモモンガにのしかかり、ツアレの心情を伝えてくるようだ。

 なんとか気を取り直して二人で大自然を堪能していたが、ふと思いついたようにツアレが口を開く。

 

 

「見たこともない景色を見れたのはいいんですけど、冒険の過程が無いので物語にならない気がするんですが……」

 

「確かにそうだな。移動は全部魔法で、なんて情緒が無さすぎるし、話として盛り上がりに欠けるな」

 

 

 料理番組で調理過程を省略して完成品を出すようなものだ。出発と同時にゴールなんて冒険譚として面白味が無さすぎる。

 

 

「ダメじゃないですか…… 決めました!! 麓までは移動のための魔法を禁止しましょう!!」

 

「帰りはちゃんと冒険しようということか。私は構わないがいいのか? 寒さとかはマジックアイテムで防いだとしても、歩きづらい斜面を下るだけでツアレには厳しいと思うんだが……」

 

「多少の苦労も無くて何が冒険ですか。ここで楽をしたら、私はきっと吟遊詩人にはなれません。雪山を降りるくらいやり遂げてみせます!!」

 

「うーん、吟遊詩人ってなんだっけな……」

 

 

 今更だがこんな事をする吟遊詩人はいない。

 子供というものは偶に突拍子も無い事を言い出す。だが、ツアレのやろうとしている事はもはや多少なんてレベルでは無い苦行である。

 モモンガの心配を他所にツアレは意気揚々と雪山を降り始めたのだった……

 

 ――そしてアゼルリシア山脈を降り始めて一週間が過ぎた。

 

 モモンガとしては数日で諦めるかと思い、好きにさせていたのだが甘かった。

 三日が過ぎ、五日が過ぎ、ついには一週間を超えてもツアレは諦めなかったのである。

 最初の方は軽く遭難状態だったため、マジックアイテムで色々と保護していなければモモンガもツアレもとっくに死んでいただろう。

 

 

「……」

 

「なぁ、そろそろ魔法を解禁しないか?」

 

「……嫌です。一度言った以上最後までやり通します。そもそも移動の度に魔法を使ってたら物語に情緒が無いって言ったのはモモンガ様の方ですよ。それにあとちょっとなんです!! 魔法は絶対に使いません!!」

 

「いや、確かに言ったけど……」

 

「絶対に自力で麓までたどり着いてみせます!!」

 

「そ、そうか……」

 

(まさかここまで粘るとは。ツアレの本気と根性を甘く見ていたな…… 自分で言ったから後に引けないってのもあるかもしれないけど)

 

「それにしても、こうも何も起こらないと暇だな。これがイベントならモンスターとかドラゴンの一匹や二匹出てくるんだが、現実はこんなもんか」

 

「ドラゴンなんて伝説の生き物が出てきたら死んじゃいますよ……」

 

「えっ、この世界のドラゴンってそんな凄いの? いや、今の私は魔法で攻撃出来ない魔法詠唱者だし、確かに戦闘になったらマズイか…… まぁ早々会うはずもないし大丈夫――」

 

 ――グォォォォォォォッ!!

 

「……」

 

「モモンガ様、なにか凄い叫び声が聞こえたんですけど……」

 

「良かったなツアレ、物語のネタが向こうからやってきてくれたぞ。未知のモンスターやドラゴンとの出会いなんて冒険譚の題材にぴったりじゃないか」

 

「それを書く前に私の物語が終わりますよ!?」

 

 

 モモンガはここぞとばかりにサムズアップしてツアレに笑いかけた。

 幸い聞こえた咆哮は遠い所から響いてきたようだ。まだ焦るほど近い距離にいるわけではないだろう。

 とはいえこのままここに留まって鉢合わせする気もない。おふざけも程々にしてさっさとこの場から離れようとした時、焦ったツアレが凍った地面に足を取られて転倒した。

 

 

「きゃぁぁぁっ!!」

 

「ツアレ!?」

 

 

 モモンガは咄嗟に手を伸ばしたが僅かに届かずその手は空を切る。

 そのままツアレは雪を巻き込みながらボールのように転がっていった。

 

 

「くそっ!! あんなに綺麗に転がっていくなんて。待ってろツアレ、すぐ助けるからな!!」

 

 

 そのままモモンガはツアレを追って走り出す。

 モモンガはツアレの手を掴み損ねた時点で相当焦っていたのだろう。途中で誰かとぶつかり跳ね飛ばしたが、何も気にせずそのまま突き進む。

 冷静になれば〈時間停止(タイム・ストップ)〉で助けることもできたはずだし、走るよりも魔法で飛んだ方が早かっただろう。

 

 

 

 

 ツアレを追いかけて山の麓辺りまで辿り着いたモモンガ。

 走ってきた距離は意外と大したことはない。あとちょっとと言ったツアレは正しかったようだ。

 地面が平らになっている所に倒れているツアレを見つけた。すぐさま駆け寄って様子を確かめるがマジックアイテムのお陰で怪我は無いようだ。ただしツアレはすっかり雪まみれになっていた。

 怪我はないはずだがピクリとも動かず、地面に倒れたままのツアレにモモンガは遠慮がちに声をかけた。

 

 

「えーと、大丈夫かツアレ?」

 

「……はい」

 

 

 虚ろな目で空を見上げ、弱々しくツアレは返事を返す。期待に胸を膨らませた初の冒険の結末がコレである。子供にはショックだったのだろう。

 

 

「まぁ、自力で麓までは来れたからよく頑張ったな。今回の経験は物語に出来そうか?」

 

「雪だるまになる冒険なんて誰も憧れないですよ……」

 

 

 ツアレの目元に光ったのは雪か涙か。

 吟遊詩人への道のりはまだまだ遠かった。

 

 

 

 

 とある貴族の屋敷の跡地。

 そこには一体のアンデッドが佇んでいた。

 

 

「ヴォォ……」

 

 

 ――壁でも殴っといてくれ

 

 創造主から至上の御命令を賜った『屍収集家(コープスコレクター)』である。

 モモンガは知らなかったことだが、この世界では死体を素材として作ったアンデッドは時間制限で消えないのである。

 一応このアンデッドとモモンガとの繋がりは残っている。

 しかし、モモンガ本人が忘れており、意識もしていないため気づいていない。

 

 屍収集家が壁という壁を殴り壊し、既に殴る物がなくなってどれ程の時間が経ったであろうか。何もすることが無く、屋敷の跡地に一人立ち続けるアンデッド。

 そんなアンデッドの元に一人の男が現れる。

 

 

「ふんっ、こんな所に面白いアンデッドがいるじゃないか…… 俺には分かる、お前は中々の強者だな?」

 

 

 屍収集家の前に現れたのは筋骨隆々のスキンヘッドの大男。

 露出した肌から何かの模様が見え隠れしており、身体の至る所にタトゥーが彫られているのが分かる。

 

 

「既に死んでる奴には意味がないかも知れんが、冥土の土産に覚えとくといい。俺の名はゼロ。これから貴様を倒す男だ!!」

 

「ヴォォ……」

 

 

 堂々と名乗りを上げた男は鍛え上げた肉体でアンデッドに殴りかかった。

 しかし、どれだけ殴ろうとも相手は特に反応を示さない。

 

 

「ちっ!! なんてタフな野郎だ。だが、アンデッドごとき倒せぬようでは最強とは名乗れん。意地でも倒させてもらうぞ!!」

 

 

 ゼロは中々倒せぬ強敵を前に勝手に盛り上がっていた。

 一方、いきなり殴りかかってきた男に対して屍収集家は困惑していた。

 自分は壁を殴ることしか命令されていない。こういう場合は一体どうすればいいのか……

 テキトーに相手の攻撃を受けつつ、考えること数分……

 

 ――閃いた。

 

 この者は自分の前に立ちはだかっている――すなわち壁!!

 

 

「ヴォォォッ!!」

 

「ぶべらっ!?」

 

 

 屍収集家は心を込めて殴り返したのだった。

 

 

 

 

 





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