オーバーロード 拳のモモンガ 作:まがお
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ナザリック地下大墳墓の円卓の間。そこにはモモンガがただ一人座っていた。
「みんなどうして居なくなったんだ…… 俺たちは仲間じゃなかったのか? 俺が悪かったのか? ギルド長としてみんなを引っ張っていけなかったから……」
「何を悩んでいるんですか、モモンガさん?」
「そうですよ、こいつの顔を見て気分でも悪くなったんですか?」
「たっちさんにウルベルトさん!? お久しぶりです!! 来てくれたんですね!!」
「ふふふ、それで? どうしたんですか?」
ギルド最強の戦士と魔法詠唱者、たっち・みーとウルベルトが直ぐ側に立っていた。
来れないはずの二人がいる理由なんて分からない。ただ会えたことが嬉しくて、モモンガは歓迎の声をあげた。
「なぁ、モモンガさん…… あの日、本当は何を思ったんだ?」
「えっ? 急にどうしたんですか?」
「最終日のことですよ。振り上げた拳は、あの思いは誰に対してだったんですか?」
何故それを知っているのか……
二人は代わる代わるモモンガに話しかけてくる。
近くに立っているはずなのになぜだろうか、どうしようもなく距離を感じてしまう。
「そんなの運営に決まってますよ。あと自分に対しての自虐も混じってますけどね!!」
モモンガはドキドキする自分の心臓を感じ、苦笑いしながら答える。すると別の場所からも声が聞こえてきた。
「本当に? モモンガお兄ちゃん、本当のこと話してる?」
「ぶくぶく茶釜さん!? 居たなら教えてくださいよ!! 何ですか、今日はドッキリの日ですか?」
「やっぱり本音は話さないんだね、モモンガお兄ちゃん」
「姉貴の言う通りだな。モモンガさん、俺らのこと仲間だと思ってる?」
「ペロロンチーノさん!? な、何を言ってるんですか。俺たちはギルド、アインズ・ウール・ゴウンの仲間ですよ」
分からない。何故ぶくぶく茶釜にペロロンチーノまで急に現れるように出てきたのか。なぜ誰も円卓に座らないのか。
「ギルドが無ければ?」
「ユグドラシルが無ければ?」
「リアルでは?」
「鈴木悟の仲間は?」
仲間たちが口々に言葉を告げる。それはモモンガを責め立てるように頭の中に響いた。
おかしい。さっきから仲間に手を伸ばしているのだが、何故か届かない。
「ちょっと、みんなどうしたんですか? 折角集まったのにこんな話…… どうして離れていくんですか……」
「君子危うきに近寄らず。モモンガさん、自分の掌を見つめてみなよ」
「ぷにっと萌えさん…… 貴方まで……」
もう今更誰が出てきても驚きはしない。ギルドの軍師、ヴァイン・デスの枝が示す先には自分の腕がある。
言われた通り自分の腕を持ち上げ、その骨の掌をゆっくりと開き見てみると……
その手は、腕は、いつのまにか血で染まって真っ赤になっている。
「なっ、どうして!? なんだよコレ!?」
「君がやったんじゃないか。私を背後から思いっきり殴ったんだ……」
「あ、あ、ああぁぁぁ……」
「君は誰を殴りたかったんだい?」
いつの間にかバスローブ姿の男が側に立っていた。そのだらしない身体は赤く染まり、バスローブからは血が滴り落ちている。
「モモンガさん。アンタは俺たちの事を――」
「モモンガさん。貴方はあの日、私たちの事を――」
「や、やめっ――!!――!?」
山羊頭の悪魔と聖騎士がゆっくりとモモンガに語りかけてくる。
その先はダメだ、言わないでくれ!!
急に自分の声が出なくなった。骨の体なのに息がつまったように動けない。
――ですよね。
◆
「――っ違う!?」
モモンガは訳の分からない夢から覚めて跳ね起きた。
骨の身体なのに酷く汗をかいたような、嫌な感覚が身体にこべりついている。
部屋の窓からはまだ月明かりが見え、夜明けには遠い時間だろう。
「はぁ、アンデッドなのに寝れるのは良いけど。見る夢は悪夢か……」
肺のない身体の息を整えながら、周囲の様子を探った。
幸いツアレを起こさずに済んだようだ。
「嫌な夢だなぁ。人殺しを仲間から責められるなんて…… 俺だってあんな事するつもり無かったのに……」
モモンガはアンデッドではあるが寝る事が出来た。その為、人間だった時の習慣を残す意味でも毎日睡眠を取っている。
だが、稀に悪夢を見るのだ。内容も構成も無茶苦茶な、自分を責めるだけの悪夢を。
忘れた頃にやってくると言ってもいい。まるで忘れさせるものかと、誰かがわざと見せているようだ。
「こんな弱気じゃダメだよな…… 俺はこんなんでも今はツアレの保護者なんだから……」
仲間から責められたのは人殺しの事。それ自体に悔いはあるものの、自身の中で納得させて心の整理は済んでいた。
そして仲間から告げられたもう一つの事。そっちの方がモモンガにとっては重要である。だけど今はまだ蓋をしておく。
「明日は…… いや、もう今日か。さっさと出発するつもりだし早く寝なきゃ」
今から寝なおす時間は十分にあるだろうと、再びベッドの中に転がる。
目が覚めたらまた仮面を被ろう。
辛い現実に耐えられるだけの仮面。魔王ロールほど尊大なものじゃないけれど、モモンガとしてのロールプレイを。
彼らに向き合える日が来るその時まで……
◆
通された応接室で高級そうなソファーに腰掛けている二人組。
その格好は高級なこの部屋には余りにも似合わない。地味なローブ姿の黒髪の男性と金髪の少女である。
対面には若いがカリスマ的な風格を感じさせる青年。非常に整った容姿をしており、こちらに笑顔をむけている。
「わざわざ来てもらってすまないね。この場は非公式なものだから固くならずともいいよ。知っているとは思うが、まずは自己紹介をさせてもらおう」
(くっ、一体どこで間違えたんだ!? 取引先の社長とアポ無しで会うよりキツイぞ!!)
(なんで国のトップに会うことになるですか!? 本当に何したんですか!?)
仮面を外して幻術で顔を誤魔化しているモモンガ、あからさまに緊張して縮こまるツアレ。
そんな二人を呼び出したのは目の前に座る人物である。
「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」
「お会いできて光栄です。私は流浪の魔法詠唱者をしております、モモンガと言います」
「ツ、ツアレです」
二人がバハルス帝国の王城に呼ばれた理由は語るまでも無い。
モモンガが闘技場で目立ちすぎたこと、これに尽きる。
モモンガが闘技場に行った日、目立ちすぎたモモンガは早々に帝国を出てしまおうと考えた。しかし、中途半端な時間に宿を出るのも目立つと思い、その日はそのまま宿で一泊した。
次の日の早朝には帝国を出ようと二人は思っていたのだが、朝になると宿屋の前には立派な馬車が停まっていたのだ。
馬車から出てきた役人から説明を受けたモモンガは自身の失敗を悟った。
皇帝からの呼び出しとあっては断ることも出来ず、そのまま二人とも王城に連れてこられて現在に至る。
「ふふふっ、闘技場での活躍は聞かせてもらったよ。あれ程の力を持つ
「私の魔法はそこまで大したものではないのですが、陛下から直々にお褒め頂き恐縮しております」
「君は中々謙虚な人柄のようだ。私の臣下にも魔法詠唱者はいるが、見習わせたいものだよ――」
相手はモモンガよりも明らかに年下の皇帝。上手く会話ができるか不安だったが、思いの外和やかに会話は進んだ。
これも皇帝の持つ人心掌握術というやつなのだろう。元々営業職だったモモンガも感心する程会話が上手い。程よく会話が進んだところで皇帝が呼び出した本当の理由を切り出した。
「――さて、そろそろ本題に入らせてもらおうか。モモンガよ、私に仕えないか? 君なら魔法戦闘部隊でも、研究者としてもそれなりのポストを用意させてもらうよ」
「とても有り難いお言葉ですが、部下になるのはお断りさせて頂きます」
「ふむ、その娘の事を心配しているのかな? 部下の福利厚生は充実させているつもりだ。その子に十分な教育を受けさせながら養うことも可能だが?」
「福利厚生があるのは羨ましい…… んんっ、実はこの子には既に夢があります。それを叶える為にもこの世界を見せてやりたいのです。まだまだ冒険に行ったことのない場所も多いのですよ」
ジルクニフは微笑を浮かべながらモモンガの事をじっと観察しているが、この言葉に嘘はないと判断した。
髪色や顔つきも違う二人。血の繋がりは無さそうだが、この子供を大事にしているとみて間違い無いと確信する。
そこで別方向からアプローチを仕掛けた。
「夢か、それは素晴らしい。ツアレよ、その夢が何か教えてくれるかな?」
「えっ、えっと…… 吟遊詩人、です……」
貴族などに嫌悪感を抱くツアレだが、この皇帝に対してはそのようなものは感じなかった。
しかし、自分からすれば雲の上のような存在であるため、しどろもどろ必至になって話した。
「そうか、てっきりツアレはモモンガ殿の弟子かと思っていたよ。魔法詠唱者にはならないのだね」
「は、はい……」
「私は感覚的に魔法を使ってますからね。人に教えられるようなモノでは無いのですよ」
それを聞いたジルクニフは顔には出さないが少しだけ落胆する。
魔法詠唱者を目指しているのならば、モモンガの側にいるこの子にも将来的に期待出来ただろう。吟遊詩人ではあまり使い道もなさそうだし、モモンガが魔法を教えている雰囲気でもない。
だが、わざわざ冒険してまでその職業を目指すという事には興味を持った。
「吟遊詩人か、私もそれ程詳しい訳ではないが興味があるな。どうだろう、この場で何か話してみてはくれないかな?」
「ええっ!? わ、私はまだそんな全然、話せるようなものは……」
ツアレはまだ吟遊詩人になりたいと決めたばかりなのだ。勿論練習もしていないため、人に話せるような状態ではない。
それを見たモモンガはとっさに助け舟を出した。
「この子はまだ修行中の身ですからね。とてもでは無いですが、皇帝陛下に聞かせる訳にはいかないのですよ」
「そうか、それは残念だ。では修行が終わったら是非とも聞かせてもらおう。その時は二人ともまた招待させてもらうよ」
「はい、その時までにしっかり練習しておきます」
「もったいないお言葉です。ツアレにも励みになるでしょう」
「ふふふ、君も気が変わったら言ってくれたまえ。帝国はいつでも君を歓迎しよう。さて、名残惜しいが中々忙しい身分でもあるのでね、私は仕事に戻らせてもらうよ」
こうして皇帝との謁見は和やかに終わった。モモンガはこっそりと、ツアレは分かりやすくホッとしていた。
しかし、扉近くで皇帝がこちらに振り返り、付け加えた言葉に二人は固まった。
「そうそう、次にこの国に来る時は門を通って堂々と来るといい。先も言ったが歓迎しよう」
「……ありがとうございます」
去り際の皇帝からの一言は、モモンガ達が不法入国者だと分かっていて目を瞑っていると伝えている。
これを一種の脅しと取るか、それとも過去に拘らない懐の深さを見せていると取るかは悩むところであった。
◆
謁見を終えたジルクニフは部下と先ほど会った魔法詠唱者――モモンガについて話していた。
「中々面白い人物だったな。言動に嘘は無さそうだが、本当の事を言っているわけでもないな。あれはまだ何か実力を隠しているぞ?」
「あれがアダマンタイト級冒険者を軽く倒したとは信じられませんな。特に強さや覇気といったものは感じられませんでしたが……」
「ふっ、逆だ。何も感じられないのにあの余裕。皇帝である私の誘いを正面から蹴る度胸もそうだが、あれは場慣れしているな」
モモンガの対応は貴族のマナー通りでもなければ、冒険者のような粗野な感じでもなかった。目上の人物に過去に何度もあったことがあるような印象を受けた。
どちらかというと貴族よりも商人に近いだろう。
「この世界を見せる――つまり、子供を連れて冒険しても自分一人で守りきれると言い切っているようなものだ。魔法詠唱者一人でだぞ? 爺よ、隣の部屋から見ていてどうだった?」
「何かしらで隠蔽していたのでしょうな。魔力を一切関知できませんでした。もちろんこの眼でも」
ジルクニフに爺と呼ばれた老人は帝国最強の魔法詠唱者――フールーダ・パラダイン。
逸脱者の異名を持ち、世界でも最高峰の第6位階の魔法が使える。更にその目で見た相手の使える魔法の位階が分かるというタレントを持っている。
「ますます面白い。関所を通らず入国したところを見るにワケありだな。だが悪人という訳ではあるまい…… 案外貴族から助けた奴隷を育てているだけだったりな」
「その予想通りなら他国にやるには勿体ない人材ですな」
王国の方では違法な奴隷も多くいると聞く。義憤にかられた人物が救い出し、国外に逃亡して匿っていてもなんら不思議ではないだろう。
モモンガに対して当たらずとも遠からずな予想をしているジルクニフだった。
◆
「いやー、ビックリしたな。皇帝めっちゃ若いし」
「そこじゃないですよ、モモンガ様……」
「ふふふ、皇帝陛下に言ってしまったんだ。これはもう立派な吟遊詩人になるしかいな」
「はぁ、私の人生一体どうなってるのかしら……」
一市民が皇帝に会うなどまずありえない経験だろう。
項垂れているツアレにモモンガは元気づけるように声をかける。
「貴重な経験が出来て良かったと前向きに考えるしかないさ。さて、少し予定がズレたが冒険に行こうじゃないか!!」
「ええ、分かってます。やります、やってやりますよ!! みんながあっと驚くような冒険に行きましょう!!」
元々絶対に吟遊詩人になってみせるつもりだったが、色々な意味で引けなくなってきた。
半ばヤケクソ気味なツアレは気合を入れなおして、未知の冒険への期待を膨らませたのだった。