二度目の人生は艦娘でした 作:白黒狼
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霧島さん、ごめんなさい。榛名ばかりをを優先したことは謝ります。だからマイクチェックだけは堪忍してつかぁさい。
医務室で一日を過ごした私は患者服のまま、与えられた部屋の中で一人、自分の内側に目を向けていた。
暁達によれば艦娘の艤装には妖精が宿っているので、修復は彼女達が勝手に行ってくれるのだという。しかし、私の体は回復しても服や艤装は入渠しても修復されなかったようだ。今だに患者服を着ているのはそのためだ。
雷が言うには一度轟沈寸前までダメージを受けたせいで艦娘としての機能が停止しているのではないか、とのことだ。
艦娘の意思がはっきりしなくては妖精さん達は行動できない。私に今必要な事は自分自身を見つめ、内なる力を理解することだった。
と、いっても人間だった私にとって艦娘の力を感じることは難しく、もう二時間以上部屋のベッドに腰掛けて唸っていた。
「……はぁ、ダメだ。少し休もう」
全く進展がなかったので少しばかり休憩を挟むことにした。気分が変われば新しい感覚を掴みやすいかもしれない。
部屋に備え付けられた簡単なキッチンに向かい、棚を開く。調味料の瓶に混ざってコーヒー豆の缶や紅茶の茶葉が入った袋を見つける。私は迷わず、紅茶の袋を手に取った。
◇◇◇
「……うん、備え付けの茶葉ならこんなものかな」
鎮守府に最初から備え付けられていた茶葉だけあって本場の茶葉に比べると味も香りも〝物足りない〟気がする。そして、欲を言えばこのバニラの香りよりも、私は柑橘系の香りの方が好みのようだ。
「……ん?」
そこでふと気がついた。
私が人間だった頃、好んでいた飲み物はコーヒーだった。自販機で買えるような安い微糖の缶コーヒーを仕事帰りに飲むのが私の楽しみだったのだ。しかし、棚の中を探った時、私は迷わず紅茶を手にしていた。
「……好みが変わった?」
きっとこれは〝彼女〟の好みなのだろう。
ティーカップを置きながら左手の指輪に目を向ける。〝彼女〟のことを考える時、指輪を眺めるのが私の癖になりつつあった。
◇◇◇
ティータイムが終了し、再び妖精さんを呼び出そうとしてると、部屋のドアがノックされた。
「金剛さん、雷よ。時間ができたから残りの艦隊のメンバーを連れてきたわ」
「鍵は開いてるから入ってきていいよ」
「はーい、じゃあ失礼しまーす」
雷を先頭にして二人の少女が部屋に入ってくる。
一人は雷とそっくりな少女だ。雷よりも薄い茶髪で、髪を後ろでまとめている。元気で勝気な雷と違い、優しくほんわかとした雰囲気を纏っていた。
「特Ⅲ型駆逐艦の四番艦、電なのです。よろしくお願いします」
花が咲くような笑顔でぺこりと頭を下げる電。その様子は可愛らしく、とても癒される。
そして、もう一人に視線を移し、私は驚愕した。そこにいたのは新米提督が所有しているはずがない艦娘だった。
「は、はじめまして。あの……まるゆっていいます。これからよろしくお願いします」
真っ白なスク水を来た小柄な少女。
史実では数々の奇妙な話を残した陸軍が製作した三式潜航輸送艇、通称まるゆ。
ゲームでは条件を満たすことで使用できる大型艦建造によってのみ建造できる艦娘だ。まだ第二艦隊すら構成できない新米提督が所有しているはずがない。
「……えっと、君はたしか陸軍の潜水艦だよね?」
「あ、はい……その、提督のお父さんが陸軍にいるんです。とても提督を心配していて……まるゆは提督のお父さんのお願いで陸軍が建造してくれたんです」
詳しい話を聞くと、深海棲艦が出現するようになってから海軍と陸軍の仲は良好になりつつあり、艤装の開発にも協力してもらっているようだ。
まるゆはそんな陸軍で建造された艦娘で、提督の父親は少しでもまだ若い娘の苦労を減らそうと、上層部に頼みこんだのだそうだ。
ちなみに、沈んでいた私を見つけたのはこのまるゆだった。お礼を言うと照れたのか顔を赤くして電の陰に隠れてしまった。とても可愛らしい子である。
◇◇◇
雷達が帰った後、私はベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見上げていた。
何故私は艤装の展開ができないのか。どれだけ考えても答えなんて出てこなくて、徐々に瞼が重くなってくる。
(金剛、上手くいかないんだ、君はどうやっていたんだ?)
瞼が完全に閉じる直前、視界に入った左手の指輪は淡く輝いているように見えた。
夢を見るのは随分と久しぶりだ。
最近は仕事の疲れからか夢を見れない程熟睡していた気がする。夢の中というのは……なんというか、ふわふわとしていて居心地がいいから嫌いではない。
「へぇ、提督にもCuteなところがあるんデスネー」
―――え?
「Hey、提督ぅ、元気無いデスヨ?何か悩んでるみたいデスネー?」
―――金剛?本当に君なのか!?
ぼんやりとした視界の先で、彼女は笑っていた。いつもの姿で、変わらない笑顔を浮かべながら。
あぁ、きっとこれは夢だから会えたんだ。私の願望を無意識に形にしているんだろう。
でも、たとえ幻でも、それでも―――君にまた会えてよかった。
「Yes、私もネ。だけど提督、提督はまだ何もなし得て無いデスヨ? 精一杯生きて、私と胸をはって再会するんじゃなかったんデスカ?」
……そうだな。君の分まで私は生きる義務があるんだ。こんな事で立ち止まる暇なんかないよな。
「Good、それでこそ私の大好きな提督デース!!」
満面の笑顔を浮かべながら、彼女は艤装を展開した。
光が集まり、一瞬で主砲や副砲の形を作っていく。
「提督、艤装展開には私達の内にある思いを強く思い浮かべる必要がありマース」
……内にある思い。
「私の思いは提督へのLove……つまり愛と、それを敵から守る意志デス」
……私の内にある強い意志、それは……君にまた会いたいという願い。
「それだけデスカ?」
……いや、まだあるよ。私がお世話になる鎮守府の皆だ……皆、いい子達ばかりなんだ。あの子達を守ってやりたい。あの子達が立派になるまで、私は見届けてあげたい。君に会いに行くのは、あの子達を守りきった後だ。それまで、待っていてくれるかい?
「………」
彼女は無言で私の目をじっと見つめると、やがて嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「私はずっと待ってるヨ。提督こそ、中途半端はNo! なんだからネ?」
そう言った彼女に、私も笑顔を浮かべながら頷いた。
◇◇◇
「……さん……剛さん……」
意識がゆっくり浮上していく。
誰かが私を揺すっているのだろう。声と同時に体がゆらゆらと揺れる感覚がする。この声は……暁かな?
「金剛さん!!」
「……ん、おはよう暁ちゃん」
「あ、はい、おはよう……って、今はもう日没よ!!」
「あれ、そうなんだ」
窓の外を見ると、たしかに丁度太陽が水平線に消えていくところだった。寝る前がお昼を食べた後だったから、実に六時間前後は寝ていた計算になる。
「何度も呼びかけたのに起きないから心配したじゃないの!!」
「あぁ、うん……ごめん。あと、心配してくれてありがとう」
「レディとして当然の事をしたまでよ」
謝る私にそっぽを向きながらも気遣う様子が見られて嬉しくなる。思わず暁の頭に手を乗せて撫で回した。
「ちょっと、何するのよ!!こ、子供扱いしないでよね!!」
「ふふ、ごめんごめん」
口では嫌がっていても頬が緩んでいるのは隠せていない。そんな暁が可愛らしくて、私はまた笑った。暁は口を尖らせていたが本気で怒っていないのはわかるし、やっぱり私のことが心配だったようだ。
「まったく……あ、そうだ、もうすぐ夕食だから一緒に食堂に行きましょ?」
「そうなの?じゃあ少し待って、もう一度試してから行くから」
立ち上がって目を閉じ、己の中に意識を向ける。
―――私は皆を守れる力が欲しい。この子達を守ってあげられる力を。だから、彼女の力を私に貸して!!
〝はい、もちろんですよぉ〟
頭の中に妖精さんの舌足らずな声が響いた。そして、それを確認した瞬間、私の体を光が包む。
着ていた服が再構成され、彼女が着ていた見慣れた服へと変化する。頭には電探のカチューシャ、腰の部分には金属でできた砲塔が並び、動力に力が漲るのを感じる。
目を開ければ暁の驚いた顔があった。ぽかんとこちらを惚けて見ている暁に、私は力強く言い放った。
「待たせてごめんなさい。高速戦艦コンゴウ、抜錨します!!」