二度目の人生は艦娘でした 作:白黒狼
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イベントで資材ともども燃えつきました。
真っ暗な視界に突然、光がさした。
眩しさに二、三度瞬きをした後、ゆっくりと目を開く。真っ先に木製の天井が見えた。
寝起きで働かない頭を必死に稼働させ、状況の把握を最優先に行う。
真っ白なベッドとカーテン、薬品の香り、整頓された器具。一番近いイメージは学校の保健室だった。
自分が何故こんな場所にいるのかを考え、意識を失う前に起きた出来事を思い出してみる。
崩れた部屋、雷の音、動かない体、目の前に落ちたパソコン。
月光を映す水面、傷だらけの体、壊れた艤装、そして……微笑んで消えていく〝彼女〟の姿。
ゆっくりと左手を持ち上げてみる。
寝起きだからか、それとも俺の魂が〝彼女〟の肉体に馴染んでいないからか、手を顔の前にもってくるだけでも辛い。
目の前にある手は細く、シミ一つない美しい手だった。薬指にある白金の指輪が窓から入る光を反射してキラキラと光っている。
「……金剛」
口から出た声は〝彼女〟と同じ。
しかし、これは俺であり〝彼女〟じゃない。
それを理解した瞬間、視界が滲んだ。指輪を胸に抱く様に右手で押さえつける。
金剛はもういない。俺に全てを捧げ、代わりに逝ってしまった。俺を救うために。
彼女を沈めてしまった悔しさと、彼女が顔も知らなかった俺をその身を捧げる程に愛してくれた嬉しさが混ざり合い、涙となって流れていく。
ここが何処だかは知らないが、今はただ彼女を想って泣いていたかった。
◇◇◇◇◇◇
部屋のドアがノックされたのは泣き止んでから暫くした頃だった。
俺の返事をするか迷っていると、まだ寝ていると思ったのかドアが開きセーラー服を着た少女が中に入ってきた。
「あら? なんだ、起きてるじゃない」
小学校高学年程度の身長の少女は被っていた帽子の向きを直し、背中まである黒髪を一度撫で付けると手に持っていた籠を机に起き、此方に向き直る。
「ごきげんようです。体の調子はどう?入渠した後も目を覚まさなかったから心配したのよ?」
「……ありがとう、まだ全身が痺れてる感じがするけど大丈夫だよ」
「そう、わかったわ。今、提督を呼んでくるから詳しい話はその時にしましょう」
少女は微笑みながら小さく頷くと、そのままドアに向かって踵を返した。
その背中に、俺は確認の意味を込めて声をかける。
「ちょっと待って、君の名前を教えてくれない?」
「あ、そういえば自己紹介してなかったわね。いけないわ、挨拶はレディとしての基本だものね」
少女はくるりと体を此方に向けると、しっかりとした海軍式の敬礼をした。
「特Ⅲ駆逐艦の一番艦、暁よ。一人前のレディとして扱ってよね!!」
その瞬間、俺はこの世界が「艦これ」の世界であると確信した。
◇◇◇◇◇◇
暁が提督を呼びに行っている間、腕を回したり拳を握ったり開いたりを繰り返してみる。しかし、やはり違和感があるというか……反応が鈍い感じがする。
やはり、身体に馴染んでいないのか、それとも別の原因があるのかもしれない。
身体を起こすのも億劫なので仕方なく再び指輪を見つめてみる。そうすれば金剛との思い出が少しずつ蘇ってきた。
建造で手に入れた初めての戦艦。
その容姿とハキハキとした声に一目惚れしてずっと第一艦隊の旗艦として一緒に戦い続けた。
迷わずケッコンカッコカリも行い、イベント海域でも大ダメージの攻撃を次々に繰り出してくれるのでとても助かったのを覚えている。
「……はぁ」
そこまで思い出して、俺は左手をベッドに戻し、天井へと視線を移した。口からは小さな溜め息が漏れる。それが少しばかり艶やかで思わず顔が熱くなる。
何となく部屋の中を見渡して誰も見ていないかを確認した。誰かに見られていたら恥ずかしくて轟沈してしまうかもしれない。
窓にはカーテン、監視カメラはないし、ドアだって少ししか開いていないし…………あれ?
「………」
「「………」」
視線が交差した。
ドアの隙間から暁と同じセーラー服を着た銀髪の少女と、赤い髪留めをした茶髪の少女が頬を薄っすらと染めながら此方を見ていた。
暫く無言でお互いに見つめあっていたが、視線に耐え切れなくなって天井へと視線を戻す。
羞恥心で勝手に視界が滲んでいく。俺はこれ以上二人の憧れを秘めた純粋な瞳を見ていられなかった。
「ど、どうしよう響。バレちゃったわ」
「どうしようって……とりあえず謝ろう」
廊下からそんな会話が聞こえてくる。正直に言えば放っておいてほしかったが、二人は「失礼しまぁす」と言いながら部屋に入って来た。
二人はベッドのそばにあった椅子に座ると、気まずそうに苦笑いしながら視線を泳がせている。
「えっと、その……」
「大丈夫、お……私は気にしてないよ」
俺の言葉にホッと胸を撫で下ろす二人は小さく「よかった」と呟くと、ようやく笑顔を見せてくれた。
「えっと、特Ⅲ型駆逐艦の二番艦、響だよ」
「特Ⅲ型駆逐艦の三番艦、雷よ」
二人が自己紹介をしてくれたが、俺は今の自分をどう答えたらいいのだろうか?
人間だった頃の名前は使えないし、「金剛」の名前は〝彼女〟のものだ。しかし、見た目は完全に〝彼女〟なのだからやはり「金剛」と名乗るべきなのだろうし……仕方がないので〝彼女〟の名前を借りることにした。
……ニュアンスは少し変えるけど。
「高速戦艦コンゴウです。よろしくね、響ちゃん、雷ちゃん」
そう言って意識して笑顔を作ってみる。
すると、二人は呆然と此方を見て、慌てて視線を逸らした。どうしたのだろう。もしかして変な顔でもしてしまったのだろうか。
二人は少しブツブツと小声で話し合った後、咳払いをして姿勢を正した。
「こほん……えっと、さっきは本当にごめんなさい。様子を見に来ただけだったんだけど……その……」
「金剛さんがあまりにも綺麗だったものだから……その……つい見惚れてしまったよ」
「……綺麗、か。……ありがとう」
綺麗と言われても、つい最近まで男だったのでイマイチ反応に困る。まぁ、金剛は美人だから自分の相棒が褒められていると考えれば悪い気はしないけど。
寝たままでの会話に違和感があったので上手く動かない体を起こそうとすると、慌てて雷が手伝ってくれた。
「ありがとう、雷ちゃん」
「寝たままでいいのに……まだ本調子じゃないんでしょ?」
「寝たまま会話するのは失礼だと思って……」
「金剛さんは礼儀正しい人だね。流石、英国生まれ」
そう言いながらお互いに笑い合う。
それから暫く雷と響と雑談を続け、すっかり仲良くなった。と、いうよりも懐かれた様な感じだ。
どうやらこの二人、先程の指輪を眺める姿に大人の女の魅力を感じたのだとか。全く意識していなかったとはいえ、心が男である俺は盛大に顔を引きつらせた。
「あら、金剛さん髪が乱れてるわ。たしか櫛があった筈だし、私が梳いてあげる!!」
「あ、ありがとう」
そんな感じで話をしていると、雷が髪の乱れを直してくれるらしく、櫛を片手に俺の後ろに回った。響は暁が置いて行った籠の中身を確認している。
「綺麗な髪ね……艶もあるし、羨ましいわ」
「そうかな……ん、ありがとう」
しかし、髪を梳かれるのは案外気持ちがいい。一定の間隔で柔らかくて優しい感触がして心地良い。以前、女性が髪を梳かれるのが楽しいという声があったが、それもわかる気がする。
「金剛さん、この籠は誰が置いていったんだい?」
「あ、それはさっき暁ちゃんが……」
「やっぱり……果物に混ざって間宮さんのアイスとプリンが混じってた。暁が大好きなものだからそうじゃないかと思ってたんだ。」
「ええ!?暁ばかりずるいわ!!後で私ももらいに行こうっと」
「たぶん、金剛さんが起きていたから我慢したんだろうけど、せめてアイスは冷蔵庫に入れていけばいいのに……すっかり溶けてたよ」
「ぷっ、暁らしいわね」
「そうだね、立派なレディを目指してるけど、意外と抜けてるところもあるし……」
「……あの、二人とも……後ろに……」
櫛を仕舞う雷と、籠の中身を出しながら頷く響の後ろ……開いたドアに顔を真っ赤にして俯く暁が立っていた。その後ろには白い軍服を着た少女が苦笑いしながら立っている。
「あ、あなた達ねぇ……」
「え、あ……暁、いたんだ」
「あ、暁……いや、これは……その」
その瞬間、俯いていた暁が勢いよく顔をあげた。
羞恥心と怒りで赤くなった顔、瞳には涙が浮かんでいる。彼女が一歩踏み出した瞬間、彼女の周囲に光が集まり、それが艤装へと姿を変えた。
肩から伸びる12cm単装砲がガシャン、と音を立てて此方を向く。俺はただ呆然とその様子を見ていることしかできない。
「ちょ、ちょっと待って暁!! ここ医務室!! 医務室だから!!」
「謝る、謝るから落ち着いて!!」
響ちゃんと雷ちゃんが必死に暁ちゃんを宥めるが、彼女の砲身は今だに此方を狙っている。
これは危険だと思った瞬間、今まで黙っていた軍服の少女が暁ちゃんの頭に手を置いた。
「はい、そこまでだよ暁。体調が悪い艦娘がいるんだから艤装を解除しなさい。やるなら演習で……ね?」
「……わかった」
若干不満そうにしていたが暁は艤装を解除して大人しく少女の隣に並ぶ。ホッとした顔の響と雷だが、「後でキッチリ話つけるからね」という暁に顔を青くしていた。
「さて、ごめんなさいね……私は
「あ、はい、高速戦艦コンゴウです。よろしくお願いします」
「金剛さんだね、よろしく」
差し出された左手にこちらも左手を出して握手する。
その時、指輪を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元の笑顔に戻った。
これが、〝私〟ことコンゴウと、これから生活する鎮守府の初期メンバーとの出会いだった。