僕が響になったから   作:灯火011
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解説入りマース!


-My name is "Re"(1)

『戦艦レ級』

 

 艦隊これくしょんというブラウザゲームにおいて、敵対勢力である深海棲艦と呼ばれる存在の中でも、特に上位種に位置する艦種である。

 

 開幕の航空戦から始まり、そのあとの魚雷、そして強力な砲雷撃戦、対潜戦闘と、全てにおいて高水準で纏まっている敵であり、提督と隷下の艦隊を苦しめている最悪の敵の一つと言って良い。

 

 『戦艦レ級』

…と呼ばれる彼女がなぜこんなに小さな物体として、現実世界に現れているのかはよくわからない。だけど、確かに私の手に乗っているし、重さもあるし、暖かさもある。そして人語も理解しているし会話もできる。

 

 とりあえずは我が家に移動して落ち着いたところではある。腹が減ったというのでポテチを渡したらハムスターのように両手で抱えて食べ始めたり、灯油をコップで渡せばぐいっと飲み干すし、なかなか見ていて可愛い。

 

「ふいー、人心地ついた。いやはや、こちらに来てから一週間ほど何も補給できていなかったからな。助かったぞ響」

 

 掌の上で満足そうに笑みを浮かべるレ級。満足したということだし、そろそろ情報交換といこう。

 

「しかし、なぜレ級さんは、そんなに小さい姿でここに?」

「艦娘にさん付けされるのはむず痒いのだが…まぁいいか。気づいたらこうなっていた、という他ないな」

「気づいたらですか」

「ああ。戦闘をしていたわけでもないし、座礁しかけていたわけでもない。少し目を閉じて休んで目を開けてみたら、さっきの橋の下だ。しかもなぜかみなサイズがおかしいときた。ま、私が縮んでいただけなのだがな」

 

 レ級は私の手の中で胡坐をかいて首を傾げていた。どうやら本人にもこちらに来た理由などは分からないらしい。ふむ…まぁ、私の身の上も話して問題ないだろう。

 

「あの、レ級さん。実は私もそうなんです。もともと男だったんですが、気づいたらこの体になってまして」

「…もともと男?つまり、響、艦娘ではない?」

「はい。ただ水の上を走れたり、燃料を飲むと体が軽くなったりするのですが」

「ふむ。体だけ艦娘、ないし艦娘に近いものになったというわけか。人間では水の上は走れないしな。ふーむ…それはそうとしてだ、ええと、響じゃないならなんと呼べば?」

「名前は特に。響でかまいません」

「そうかそうか。でだ、響。ここは一体どうなっている。私のいたところでは日本の内地は我々の空爆で壊滅状態にしたはずなんだが」

 

 レ級はこちらを鋭く睨む。とはいってもミニサイズなので可愛い。…それはそうとして、やっぱりこいつは深海棲艦という敵キャラだ。下手に刺激しないためにも、真実を話したほうがよさそうだ。

 

「こちらの世界ではあなた方深海棲艦は現実に存在していません。それに、日本は第二次世界大戦以降特に大きな戦いには巻き込まれていませんよ」

「…なんだと」

「私たちの世界で、深海棲艦が存在しているのは、これです」

 

 私はそう言いながら艦隊これくしょんを起動する。そしてあっけにとられるレ級を尻目に、5-5へと艦隊を繰り出していた。そう、レ級と出会えるあの海域だ。

 

「…これは俗にいうゲームじゃないか。あれ?艦娘?提督…?おい、響、まさか」

 

 レ級が驚いているけれど、とりあえず無視だ。そして、数戦の後、例のマスへと艦隊は進む。

 

「これが私たちの知るあなたの正体です」

 

 画面に映し出されるのは、響を旗艦とした僕の艦隊。そして、敵には戦艦レ級率いる深海棲艦が映し出されていた。

 

 

 戦艦レ級は画面を見て少し取り乱していたが、流石は深海棲艦というべきなのか、落ち着きを取り戻していた。

 

「にわかには信じられないが、私たちのいた世界はここの世界ではゲームだ、と。ここは別世界だ、ということか」

「ええ。艦娘と深海棲艦はご覧の通りにゲームの中のものです」

 

 戦艦レ級は画面のレ級に手を添えると、深くため息をつく。そして、私と向き合う。

 

「…我々の世界は世界大戦後に艦娘と我々の戦いが始まって、泥沼もいいところだ。正直毎日が地獄の連続。だが、ここは、史実の戦争後は近隣諸国と多少いざこざはあるものの戦争はしていない国、か。我々からするとうらやましいものだな」

 

 そういうレ級の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「まぁ、感傷はこれぐらいにするとして…現状は判った。つまりは結論として、現状は意味不明、ということだな」

「ええ、お互いになぜこうなったかは不明…ですね」

「だな」

 

 お互いの情報を出し合った結果に苦笑いだ。僕はなぜ響になったのかは不明だし、レ級がなぜ小さくなってこちらの世界に来たのかも不明。ただ話を聞くに僕が響になった日とレ級がこちらに来た日はほぼ同じようだ。

 

「まぁ、なんだ。現状把握は出来た。そこでだ響。一つお願いがある」

「なんでしょう?」

「しばらく私をこの家に置いてくれ。往く当てがない」

「そのぐらいなら全く問題ないですよ。あ、ただレ級さん、いくつか質問があるのですが…よろしいですか?」

「ああ、いいぞ」

「艦娘の体は燃料は必須なんでしょうか?あと、今のところ灯油を摂取しているのですが、問題あったりしますか?」

 

 素朴な疑問だ。僕の体が響だとして、今までは自己流で灯油を飲んでいた。だが、もしそれが悪影響を及ぼすものならば変えなくてはいけない。

 

「何を言っている、実生活を送る分には…」

 

 レ級はさも当たり前のような顔でこちらを見ていた。が、途中でハッとしてた表情を浮かべた。

 

「あぁそうか。響は体は艦娘でも心が艦娘ではないのだよな」

「ええ。燃料を摂取するという行為も正直正しいのか不安で…」

 

 僕がそう言いながらレ級を見ると、クククと苦笑いを浮かべていた。

 

「そうさな。実際のところは毎日の燃料補給は必至だ。燃料としては船の燃料である重油があれば一番良い。だが、それが無ければ最悪、燃料として使える油があればなんとかなる」

「そうなんですか?」

「ああ、戦闘をしないのであれば灯油だろうが軽油だろうがガソリンだろうが問題ないさ。例えるなら…そうだな、人間には必須アミノ酸というやつがあるだろう?燃料はあれに似たようなものだ。ただアミノ酸と違うのは、燃料は体の構成には必要不可欠ではあるけれど、摂取方法に制限は無いという点さ。分かりにくくて申し訳ないが…そうだなぁ、肉を食おうが魚を食おうが野菜を食おうが、『食い』さえすれば生きていけるようなものさ」

 

 なるほど、と納得する。やはり、この体は船なのだ。

 

「そういえば、燃料を摂取しないとどうなるんですか?」

 

 燃料についてある程度理解できたところで、僕は素朴な疑問を口にしていた。

 

「死にはしないが動けなくなる。まぁ、普通に生活する分には一日にコップ一杯飲めば問題ない。それに満タンまで燃料を飲んで置けば1週間は持つ。ただ、水上を移動して戦闘なんてした日には数十リットルから数百リットルの規模で燃料が必要になるな」

「戦闘となると凄まじいですね…」

「ああ、だから燃料の管理は厳重でなぁ…」

 

 レ級は遠い目をする。なるほど、ゲーム上でもイベントなどで一瞬でなくなる燃料だ。もし常に戦争をしている世界なら、がんがん消費してしまうことなのだろう。

 

「ま、それはいい。あと燃料について大切なことが一つあってな」

「大切なこと?」

「うむ。艦娘や我々深海棲艦は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 抜粋するならば、ガソリンなら麝香(ムスク)、ハイオクタン価のガソリンならばレモン、軽油ならミント、灯油ならリンゴ、そのほかの食用油などの規格外の燃料ならばミルクのような香り、といった具合だな。それによって正規の燃料を補給していない奴の誤出撃を防ぐ意味があるんだ」

 

 なるほど、体臭が変わるのはそういう理由か。あれ、でも、正規の燃料を摂取するとどんな香りがするのだろう?

 

「ええと、船舶用の燃料だとどんな香りがするんでしょう?」

「あー…そうだなぁ。人間どもに言わせればくらっと来て艦娘か深海棲艦の事しか考えられなくなるぐらいの強烈な良い香りがするらしい。だからか深海棲艦も艦娘も艦種問わずに人間からはすさまじく人気があってなぁ。ひどい人間共は寄ってたかって…ってそれはいいか」

 

 レ級はぽりぽりと頭をかく。船舶用の燃料はよい香り、か。あ、そういえば前に飲んだA重油はどうなんだろうか?

 

「そういえば、A重油っていう家のボイラーに使うような感じのものも飲んでみたのですが、あれはどのような香りがするのでしょう」

「ああ、それだったらちょっと女性らしい香りが香るぐらいだ。俗にいう感じのよい女性、みたいな感じだな。ちなみにだ、船舶用の燃料は本当にすごいぞ。先にいったとおり人間を虜にする香りらしくてな。私も海軍の提督を何人か食えたぐらいだ」

「…提督を?」

「おう。艦隊全滅させた後に乗り込んでな。もちろん食ったっていっても命じゃなくて夜の」

「OK。判った」

 

 レ級の言葉を途中で遮る。レ級はなんだよーといった顔でこちらを見るけれど、そこらへんの武勇伝はまた今度の機会にしてもらいたい。レ級も流石に察したのか、ばつの悪そうな表情を浮かべていた。 

 

「…ま、なんだ。好きな男でもいたら部屋に呼んだ時にでも船舶燃料を使えばおぜん立ては完璧ってところだ。逆に外出するときに船舶用の燃料なんて飲んだ日にゃあ、痴漢され放題、襲われ放題、追っかけられ放題とろくなことがないからな。気をつけろよ」

「気を付けるよ」

 

 ふむ…男性を虜にするなら船舶燃料ね…というか灯油を常備燃料にしておいてよかった。灯油ならばアップルの香りで、日中の体臭さわやかでまず生活に支障はないだろう。

 

「あとは燃料が切れたときは、先に言った通り動けなくなる状態にプラスして、汗臭くなる仕様だ。ま、これも管理しやすいようにってことだな」

「汗臭く?」

「ああ。ま、判りやすいだろ?疲れてるから汗臭い。ってことだ」

 

 なるほどなるほど…うん、この体が汗臭い状態は想像したくない。毎日燃料は欠かさずに摂取することとする。

 

「あー、それはそうと響。ポテトチップスをもう一枚くれ」

「あ、はい、どうぞ。もしかしておなか減ってます?」

「いや。単純に旨い。あっちの世界じゃこんなもん食えなかったからな」

 

 サクサクサクと両手でポテチを抱えるレ級。うん…やっぱり可愛いね。






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