僕が響になったから 作:灯火011
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アルバイトが終わってから、僕は私服に着替えて夜の街を歩いていた。遅くまでは散策できないけれど、気分転換というやつだ。ここ数日はアルバイトをしたら睡眠をとって、朝になれば身だしなみを整えて仕事というルーチンワークにおちいっていた。
それじゃあ前の土方と変わりがない。せっかく女の子になったんだ。生活リズムを変えなきゃもったいない。
歩きながら街を眺めれば、商店街の明かりが綺麗だ。そして、各々のお店の光がイルミネーションのように夜の街をさらに染め上げる。白い光の店があれば柔らかなオレンジの光を放つ店もあるし、青や紫といったちょっと変わり種の光を放つ店もある。
何の店かと気になってみてみると、どうやらショットバーのようだった。男の時なら問題なく入れたけど、今じゃどうやったって店に入れないので表から店を覗くだけだ。うん、ウィスキーは一通りそろえてある。響もある。良い店だ。
などとお店を覗いていたら少しばかりお酒を飲みたくなってきた。
うーん、とはいっても家にあるお酒と言えばアマレット・ディ・サロンノとボウモアの12年、あとはマクスウェルのミードに今さっき見た響ぐらいだ。男の時の僕は土方という職業のくせにお酒に弱かったのだけれど、この体は一体どうなんだろう?
やっぱり艦娘の響だから強いのだろうか?それとも元々の僕の体の特性を引き継いでお酒に弱いのだろうか?…うん、ちょっと試してみよう。あとはそうするとお摘みか。
お摘み…外国の果実入のチョコとかがいいな。まぁ、お店はまだまだ開いているし、ふらっと色々探してみよう。
ふらふらと商店街を歩くと、居酒屋や小料理屋はたくさん見かける。魚料理、肉料理、和食に洋食と、その種類は本当に多彩だ。でも、今回は家でお酒を試したいので、持ち帰れるお摘みが必要だ。そういう飲食店に声をかけてみても『お持ち帰りのみはやっていません』という返答が得られるのみで収穫が無い。
となると、あとは夜遅くまでやっている個人商店に頼るしかないんだけど、そっちはそっちでお店が閉まっている。まぁ、夜9時ぐらいまでやっている八百屋とかはまずないし、肉屋や魚屋も同様だ。
悩みながら歩みを進めていると、酒屋の明かりのついた看板が目に入る。あぁ、そうか。お酒の摘まみだから酒屋に入ればいいんだ。
ということで、酒屋の敷居をまたぐ。見てくれは未成年だけど、未成年がお摘みを買いに酒屋に入ってはいけないというルールはないはずだ。
「いらっしゃい。何かお探しかい?」
店主は私をみるやいなや笑顔を浮かべて声をかけてきた。当然だ、何せこっちは見た目は未成年だからね。ということで、それっぽい答えで濁しておく。
「お菓子を置いてないかと思いまして」
「お菓子かぁ。ええと、あっちの棚にいくつかあるけど、お嬢ちゃんの口に合うかはなぁ」
店主のおじさんはそういいながら、棚を指さしていた。棚を見てみれば確かにビーフジャーキーやあたりめといったお酒の定番の肴が置いてある。でも、僕の持つお酒向けじゃない。
「少し見ててもいいですか?」
「ああ、かまわないよ。ただ、あと30分で閉店だからね」
「わかりました」
そういって棚の前に立つと、予想よりも種類が多いことに驚く。さっきはジャーキーぐらいしか目に入らなかったけど、ナッツ系も豊富だ。何より僕の求めていたチョコレートもある。ドイツのワインリッヒというメーカーのチョコレートだ。ブルーベリーやストロベリー、フォレストフルーツなど種類が結構ある。これは良い店を見つけたかもしれない。
ということで、おじさんのところに品物を持っていき、会計を行う。チョコのほかにもスコッチ用に燻製牡蠣の缶詰も忘れない。締めて1000円の出費だけれど、まぁ、いいんじゃないかな。
◆
足早に家に戻って、風呂に入り、髪の毛とお肌の手入れをしっかりとしてから酒瓶をテーブルに並べる。改めて探してみると、結構種類を持っていた。
アンズの種のリキュールであるアマレット・ディ・サロンノに始まり、スコッチウイスキーのボウモアの12年に加えてザ・マッカラン12年、マクスウェルのミード、そして、日本のウイスキーの代表格の響と特角瓶。すごく偏りすぎているけど、全部強めのお酒なので、この体のお酒の強さを図るにはちょうどいい。
さて、どれからいこうか。とはいってもまぁ、まずはこれだろう。
特角瓶を手に取る。黒いキャップが特徴の亀甲模様が瓶に入っている琥珀色のウィスキー。ただ、これはストレートで飲むもんじゃないと僕は思っている。味と香りが悪いほうにキツイんだ。ボウモアとかはストレートで飲むとすごくおいしいのだけどね。
ということで角瓶からグラスに移し替えて、口に含む。…うん、やっぱりストレートだと角は苦手だ。ただ、苦手だけれど飲めないわけなじゃい。というか、アルコールの味がおいしいと感じているし、もっと飲みたいと感じている。
前は角をストレートでグラス一杯も飲めば倒れていたのだけど、今の僕は一杯飲んだところで全く何も感じない。それどころか2杯目をいきたいと体が訴えている。うん、まぁ、ちょうどいいし、このままちゃんぽんしながら飲み続けてみよう。次に手に取るのはボウモアだ。すごく煙臭いけれど薫り高く、飲みやすい。お酒が弱い僕でも好みのウィスキーだ。これもグラスで飲んでみると、やっぱり美味しい。次にマッカランも同じように飲んでみるけど、やっぱりすごくおいしい。
そして、合間合間にチョコレートを挟んでいるけど、すごくお酒と合う。信じられないぐらいに合う。そして、まったく酔わない。今までこんなことなかったのに。
うん、これはもしかして、お酒に限っては僕の体質が変わっているということで間違いがなさそうだ。
おいしくお酒を楽しめて、気持ち悪くならない。そしてなにより酔わない。これは良い体を手に入れたのかもしれない。ただ、アマレット・ディ・サロンノとミードに関してはリキュールになるので、今日はやめておくとする。割物がないとさすがにつらい。
ということで最後に、メインとして残しておいた響をグラスに注ぐ。多分、艦隊これくしょんをやったことのある人なら、想像したことがあるだろう。
サントリーの響を飲む特型駆逐艦の響という姿を。そういうイラストもあったはずだ。
鏡に自分の響ボディを写しながらウイスキーを飲んでみると、すごい様になっている。自分で響を呑む響をやってみたけれど、なんというか、ごちそうさまでした。うん、こんな姿の響を堪能できるのであれば、この体になってよかったと改めて思える。そして、ウイスキーの響と言えば、日本を代表するウイスキーで、香りや味のバランスがトップクラスだ。ストレート、ロック、ハイボールなんでも間違いなくおいしいわけで、チョコも進むしお酒も進む。…おかしいね、響のボトルはほとんど残っていたのだけれど、気づけばもう底をつきかけている。うん、この体は本当にお酒が好きみたいだ。自重しなきゃ。
◇
珍しいお客がきた。それが酒屋の店主である私の感想だった。何せ閉店間際に高校生ぐらいの女の子が酒屋に入ってきたからだ。
何か探してるのか?と聞くのは当然のことだ。すると少女はお菓子を探しているとのこと。まぁ、確かにチョコも置いてはいるけれど、あれは肴用だしなと思っていると、案の定チョコをこちらに持ってきていた。
「これでいいのか?外国のチョコだからかなり甘いぞ」
『いいんです。こういう変わったものが好きなので』
そう言われてしまえばそれまでだ。ということで会計を済ませると少女は流暢な、日本語以外の言葉を一言発して店を後にしていった。ダスビダーニャとか。ありゃ外国人だったのかね。
にしても別嬪さんのお客さんだったな。成人したあたりで、もう一度来ないもんか。