僕が響になったから 作:灯火011
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男性を助けた後は家に直行する。そして早速、ゴスロリ服をネットに入れて洗濯機に放り込む。何せ川に流された男性を両手に抱えて助けたせいでものすごい濡れている。せっかく買ったものだし、かわいいし、汚れと匂いが衣服に落ち着く前に洗濯しないといけない。あとは今朝から着ていた服もしっかりと洗濯だ。
ただ、悩ましいのは柔軟剤だ。今までは洗濯といっても、男が着るものだったので、男性用消臭効果付きの柔軟剤を使っていた。ただ、今は女性だ。ということで、今まで手に取ったことのなかったフローラルな香りという柔軟剤を買ってきてみた。
そして、洗濯の終わった後に少し香りを嗅いでみると、なるほど確かに良い香りがする。
というか結構女性を相手にしたときに嗅いだ香りだ。みんなこれを使っているのかな?個人的にもよい香りだと思うので、これからフローラルな柔軟剤をしばらく使ってみることとする。
それはそうとして、2日連続で川の上に浮いたわけだけど、この体の使い方にもすごく慣れてきたと思う。あの感覚はスケートともまた違うというのが面白い。どちらかというと芯をとらえていれば安定するし、前傾姿勢になれば加速しやすいとか、自転車に近いと思う。
ただ、水上を移動した後は相当おなかが減る。しかも、ご飯をたらふく食べても少しだけ満たされない感覚が残るのが気になる。寝れば治るのだけど、もしこれに何か原因があるとすると厄介だ。少しづつ調べてみようと思う。
ただ、この体が艦隊これくしょんの響だと仮定すると原因がいくつか考えられる。疲労状態か、もしくは燃料消費状態だ。今のところ寝れば治っているので前者だと思うのだけれど、長時間水の上に立った場合はもしかすると後者になるかもしれない。そうなったときに、どれだけご飯を食べればいいのだろうか、もしくは重油みたいなものを補給しなければならないのだろうかと心配な点が浮かぶけれど、今考えても杞憂なので心の片隅に置いておくことにする。
そして毎度のお風呂に入り、自分の体を少しだけ眺める。…よし、やっぱりかわいい。
更に毎度のご飯を食べる。今日は試しにテーブルの上に鏡を置いて食事をしてみたけれど、我ながら破壊力が高い。かわいい女の子である響が大口を開けておいしそうに笑顔でご飯を食べる。その顔は尊い。良くわかる。…自分の体という事が唯一のマイナス点だろうか。
あとは響が小さく口を開けて恥ずかしそうに食べる姿も良い。コーヒーをちびちび飲む姿も良い。背筋を伸ばしてコーヒーを優雅に飲む姿も良い。スプーンを使ってプリンを食べる姿も良い。僕の語彙力が無い事は許してほしい。
ただ残念なことが一つある。鏡を置かないと僕が響を楽しめない。…いや、何を考えているんだろうか?本当、気持ちに余裕が出てきたら人間って碌な事考えなくなってくると思う。まぁ、ただ、前の体じゃできなかったので、存分に楽しもうと思う。
いや、僕、今日は疲れてるんだな。写真も撮られたし、普段しない恰好もしたし。そして明日はアルバイトだ。今日の疲労が残らないように早く寝るとしよう。
◆
銀色の髪のポニーテール。白Yシャツ。黒ベスト。黒タイツ。ラップキュロットスカート。そして睫毛をマスカラで少し濃くし、唇にはピンクのリップを塗ってある。
僕が立つ鏡の向こう側にいるのはウェイトレスの恰好をした響だ。あぁ、うん。可愛い。
「どうでしょうか?響さん。きついとか、動きにくいとかありますか?」
「いえ、特には。サイズもちょうどよいです」
「よかったぁ!響ちゃんにちょうど良いサイズがあって!」
マスターも満足そうだ。そして、服を持ってきていただいた呉服屋のお姉さんも満足そうで何より。どうやら服のサイズは常に数種類あるそうで、特殊な体型じゃない限りはまず大丈夫だそうだ。今回は久しぶりのアルバイトということで、倉庫の奥から引っ張り出すのに時間がかかったとの事だ。そして、お姉さんが店を去ってから、少しだけマスターの喫茶店講習が始まった。
「それでは少し練習をしてみましょうか。とはいってもここはそんなに元気は必要ではありません。お客様が店に入ってきましたら『いらっしゃいませ』と笑顔を浮かべて下さい。一度やってみてください」
ええと…笑顔を浮かべて、と。
「いらっしゃいませ」
うまくできただろうか?とマスターを見れば、笑顔で頷いていた。大丈夫なようだ。
「うん…良いですね。響さんの声はよく通りますから、そのぐらいの声量で大丈夫ですね」
「ありがとうございます」
「あとは席にご案内するわけですが、お一人様はカウンターへ、そのほかのお客様はテーブル席へご案内するのが基本です。もし店が開いている時間帯はお一人様でもテーブル席で大丈夫です。まぁ、何日かホールを回していただければ感覚としてつかめると思います」
「判りました」
まぁ、確かにそこは感覚的なものだし慣れるしかないだろう。個人店で完璧なマニュアルというのも無茶な話だし、ある程度こちらに裁量があるほうが、仕事としてはやりやすいと個人的には思う。そして、そのあと少しだけ運び方やコーヒーの出し方を教えてもらって、さっそくホールの業務へと向かう。
さて、上手にできるか出たとこ勝負だ。
◇
今日は少し時間もあることだし、この喫茶で少し休んでみよう。そう思ったのが彼女との初めての出会いだった。古ぼけた喫茶店のドアを押し開けると、一人の女性が立っていた。すらっとした体型に、フィットした服、そして歩く姿は一本芯があるようにブレない。その姿に、思わず見とれてしまっていた。
『いらっしゃいませ』
見るだけでも美しいのに、よく通り、なおかつ心地よく、聞いていると不思議と落ち着く声が私に向けられていた。
『お一人様ですか?』
自然な笑みで迎えてくれる彼女につい見入ってしまう。いかんいかんと頭を切り替え一人だと伝える。
『かしこまりました。ではカウンター席にどうぞ』
彼女はそう言うと、体を翻して私をカウンターへと案内する。その時、ふと、彼女の甘い、かといってしつこくない良い香りが鼻に届き、思わず頭がクラっとする。
『ではこちらにどうぞ』
さっと椅子を引く彼女に促されるまま椅子に座り、とりあえずとレギュラーコーヒーを注文する。そしてカウンターの奥へと目をやるとマスターが慣れた、そして落ち着いた動作でコーヒーを淹れ始める。うん、見ているこちらも落ち着く所作だ。なぜいままでこの喫茶店に入らなかったのかと少しだけ後悔する。
そして彼女はと、目をやると落ち着いた様子でカウンターの端に佇んでいた。こちらの視界に入りつつ、それでいてこちらの邪魔をしない絶妙な位置だと思う。
…それにしても彼女は珍しい髪の色と瞳の色をしている。銀髪青目ということはアルビノだろうか?制服の隙間から望む肌も驚くほど白い。
『いかがされました?』
こちらの観察する視線に気が付いてしまったようで、柔らかい笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。何でもないと伝えると、ちょっと苦笑を浮かべて元の場所に戻っていった。そして、どうも落ち着かないまま少し経った頃、彼女が笑みを浮かべてコーヒーを運んできてくれた。
『お待たせしました。レギュラーコーヒーです。フレッシュと砂糖はお好みでどうぞ』
ありがとう、とお礼を言ってから、一口目を何も入れずに味わう。うん、コーヒーはすごくおいしい。だが、彼女がいるからか、より一層おいしく感じられた。ただ彼女、所作がベテランの域なのに、今日がアルバイト初日なのだとか。店を出る際にすごいですねと褒めたら、照れくさそうに笑みを浮かべていた。
『そういっていただけると嬉しいです。もしコーヒーがお気に召しましたら、足を運んでください。お待ちしています』
…下世話だが、彼女がいることだし、しばらくはこの喫茶店に通おうと思う。
あけましておめでとうございます。
今年も響可愛いヤッター!という心で本2次創作をご覧いただければ幸いです。