僕が響になったから 作:灯火011
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ゴスロリの恰好で街を歩くこと暫く。既に両手で数えられないほどの写真を撮られて疲れた僕は、昨日夕日をみていた公園へと足を運んでいた。時間も丁度夕方で、昨日と変わらず美しい夕日が街を茜色に染め上げている。
昨日今日とこの体に慣れるために散歩をしていたけれど、成果はかなりのものだと思う。
夕日を見ながら、ちょっとだけ黄昏を感じていた。最初は現実を受け入れるのに戸惑ったけれど、今となってはこの体になってよかったなと思っている。男の土方のままではきっと、数十年土方をやって平凡に生きていただろう。でも、これだけ綺麗な体に生まれ変わって、女性として街を歩いてみたら、僕の住んでいた町は魅力的で、人々は皆輝いていると感じる。そして響ボディは可愛い。
本当に残念なのは、響ボディの中身が僕ということぐらいだ。可愛らしい響を見るには鏡の前に立つか、写真をみなくちゃならない。そして綺麗になる努力も僕がしなくちゃいけない。でも、まぁ、響が可愛いので頑張ろうと思う。
「あ、もしかして昨日の!」
と、黄昏ていたら、背中から声をかけられていた。振り返ると、昨日、猫を渡したお姉さんが笑顔で立っていた。
「あ、どうも」
「昨日は猫ちゃんをありがとう!」
「いえ。野良ネコでしたし。そういえば、あのあと猫はどうしたんですか?」
「ん、ええと、大人しいし、可愛かったから家に持って帰っちゃった」
お姉さんはちょっと恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。そうか、僕が助けたあの猫は、飼い猫になれたのか。
「あはは。もしよかったら今度、猫ちゃんを触りに家に来る?」
「いいんですか?」
「もちろんよ!」
おお、あのふかふかの猫にまた触れるのだったら、大歓迎だ!
「あ、そうそう。それで昨日聞きそびれちゃったことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「貴女の名前はなんていうのかしら?私はすみれっていうの」
「すみれさん。私は工藤響と言います」
「そうなんだ!響ちゃん、これからよろしくね!」
「こちらこそよろしくお願いします」
なるほど、すみれさんか。それにしても笑顔が綺麗な女性だと思う。それに何より声が綺麗だし、聞き取りやすい。…おっといけない、そろそろ時間が無くなってきた。名残惜しいけれど、そろそろ家路につくとしよう。
「あ、すいません。そろそろ日が暮れてしまうので、私はそろそろ家に帰ります」
「あは、判ったわ。ええと、ちょっとまってね」
すみれさんはそういうと、メモ用紙にさらっと何かを書いて僕に差し出していた。
「これ、私の電話番号。いつでも電話してきてね」
「ありがとうございます。それじゃあ、すみれさん。また今度!」
「うん、響ちゃん。またね!」
僕は公園を後にする。うん、この体で初めての友達…と言えそうなひとが僕にも出来たようだ。うん、アルバイトが落ち着いたら、さっそく電話をしてみようと思う。
◆
夕日もすっかりと沈み、闇が街を覆う頃に僕は家へと急いでいた。
ここは昨日猫を助けに飛び降りた用水路にかかる橋だね。うん。我ながらよく猫を助けられたと思う。と、感慨に浸っていたところ、背後からふらふらと歩いてくる人影があった。あれは…よっぱらいという奴だね。すごくふらふらしている。大丈夫かな?
「あーははは!部長めぇ!俺がいないとなにーもできないんだーからーよー!あははは!」
うん、駄目っぽいね。一人で笑ってふらふらしてる。まぁ、何かの縁だ。声を掛けてあげるとしよう。
「お兄さん、大丈夫かい?」
「ん、おお!べっぴんさん!だいじょーぶ、だいじょーぶだよお!」
「いや、見るからに駄目じゃないか。肩ぐらい貸すよ?」
「あーははは!それよりも夜の相手してもらいてぇなぁ!」
「ははは。お兄さん酔っ払ってるね。ただ、そのふらふら具合だと本当に危ないよ。ここ、橋の上だし」
「ああ?問題ない問題ない!ほらぁ!」
そういうと酔っ払いの男性は橋の欄干の上によじ登っていた。
「ほらなぁ!?バランスも完璧だぁ!」
「いや、危ないよ。大人しく私に従うんだよ」
「だーいじょうぶだって…うおっ!?」
言わんこっちゃない。男性は橋の欄干の上でバランスを崩して、あっという間に用水路に転落してしまっていた。おそらく、普通だとこのまま流されて水死体だ。だけど、今は僕がいる。
「うおおお!」
「だからいわんこっちゃない!頑張って浮いててよ!」
僕はそう叫ぶと、昨日の猫を助けた時と同じように橋の上から飛び降りる。そして、男性へと一気に水面を蹴る。
「たすっ、たすけっ」
「大丈夫、助けるよ」
僕はそう言いながら、男性を水の中から引き上げる。そして、男性をお姫様だっこするように抱えて、勢いよく水面を走る。
うん、なんだろう。まぁ、人助けということで納得しておこう。
◇
「大丈夫かい?」
「あぁ…あぁ…!」
俺は彼女の腕から降ろされた後、声の主を見上げる。そこにいたのは銀髪青目の少女であった。
「大丈夫ならいいよ。それと、酔いは醒めたかい?」
「ありがとう…!醒めた醒めた!怖かったぁ…」
「これに懲りて、お酒は飲み過ぎないようにね。ま、体が冷える前に家に帰るといいよ」
「な、なぁ、それはそうとあんた、水の上に浮いてなかったか?俺の見間違えか?」
俺の言葉に、少女は特に何を言うわけでもなく、背中を向けて歩き出してしまっていた。
「ちょ、ちょっと待って、せめてあんたの名前を!」
彼女は歩みを止める。そして、こちらを向くと堂々とした態度で口を開いた。
「工藤響だよ。あぁ、そうだ。私が水の上に立てるっていうのは内緒にしておいてね」
「響…判った。助けてくれてありがとう!」
「気にしないで。じゃあ、またね」
そういうと今度は歩みを止めずに、響はその姿を消していった。そして…水の上を移動できる、そして名前が響。俺の頭に、まさかという想像が浮かぶ。
「…特型駆逐艦の響?」
頭を振る。俺は何を言っているんだ。あれは『艦隊これくしょん』の、擬人化キャラクターじゃないか。でも、もし、もし俺の想像通り、彼女が本物の駆逐艦の響であったのなら、もう一度会って、ゆっくりと話をしてみたいと強く想う。
この話を持ちまして、年内は最後の投稿となります。
(年末年始はロードバイクで初日の出やら温泉やら旅行をして参ります)
来年は1月5日前後から投稿を再開致します。
そして、来年も艦隊これくしょんが変わらぬ人気でいますよう祈りまして〆の挨拶とさせて頂きます。皆様も良いお年を。