僕が響になったから   作:灯火011
<< 前の話 次の話 >>

9 / 22
Talk a stroll(3)

 美少女メイクを施されてから街をほっつき歩いているのだけれど、窓に時折写る自分の姿に未だに慣れない。化粧で女性は化けるというけど、まさか僕自身が化けるとは思いもしなかった。そして自分でそう思うということは、他人の目から見ても同じようなことになるわけで、男からのお誘いも激増していた。だけどそこについては僕も手慣れてきていて、やんわりとお断りをしている。だけど、時にはシツコイ奴もいたりする。

 

「君可愛いねー。このあとお茶でもどう?」

「すいません、〇〇出版なのですがお茶でもしながらお話を聞いてもらえませんか」

「ねーねー、暇ならこれから遊ばない?」

 

 そういいながら、中には集団で囲んで僕の手や肩を掴んでくる奴がいる。だけどそこは響(仮称)ボディ。ただじゃ連れていかれない。この体は力が結構強く、まず彼らは僕の事を物理的に動かせない。

 

「何か用かい?」

「いやいや、喫茶店いこうよ?悪いようにはしないから」

 

 更にぐいぐいと来る輩については、僕を掴んでいる腕に手を添えて、軽く退かして満面の笑みでこう言ってやる。

 

「いててて!」

「うん、私は君達とお茶をする気はないよ。あんまりしつこいようならこのまま君を引きずって警察にいくけれど」

「悪かった、悪かった!」

 

 響(仮称)ボディの怪力を以って、優しく問いかければ変な人たちは二度と声を掛けてこない。うん、我ながら完璧だと思う。ただ、いくらなんでも声かけが多いので、一度、避難のためにアルバイト先の喫茶店へと逃げ込んでいた。

 

「おやおや、大変だったようですね」

「まさか化粧をされただけでこんな風に声掛けが激増するなんて思いませんでした」

「ま、確かに、今の響さんは老い耄れの私から見ても魅力的ですから。若い人たちはどうしても声をかけたくなるのだと思いますよ」

 

 まぁ、僕も男だったからわかるけれど、される側になってみるとたまったもんじゃない。特に下心丸出しの男だとどうにもこうにもならない。

 

「ですがついていくと碌なことにはならないでしょうから、対応は今のままで間違いではないと思いますよ」

 

 マスターは私にコーヒーを淹れながら、笑みを作っていた。うん、穏やかですごく居心地が良い。

 

「そういえばアルバイトの件ですが、採寸の準備が今日にも整いますから、明日またこちらに来ていただけますか?その時に衣装合わせを行って、寸法が合えばそのまま研修を行う形にしたいのですが」

「かまいません。よろしくお願いします」

 

 僕は二つ返事でマスターを見る。収入を得るのは早ければ早いほど良い。正直、街中を歩きながら心の隅ではちょっとだけ気になっていたのだけれど、これならもう安心だ。

 

「そういえば、マスターのことはアルバイト中、何と呼べばいいのでしょう?」

「そうですね、まぁ、そのままマスターと呼んでいただければ助かりますね」

「わかりました。そういえばマスター。アルバイトの制服はどのようなものなんでしょう?」

「そういえば紹介してませんでしたね、ええと…過去の写真で申し訳ないのですが、この女性が着ている服と同じデザインになります」

 

 そういって見せてくれた写真の女性の服装は、白のYシャツに黒のベスト、そしてこれは確かラップキュロットスカートというやつだ。それに黒のストッキングという形である。

 

「可愛いですね」

 

 僕は素直な感想を述べる。この姿の響はきっと可愛い。確証が持てる。そして、そんな制服を着た響に『いらっしゃいませ。ご注文はどうするんだい?』と囁かれ、『待たせたね、コーヒーだよ』などと言われてコーヒーを置かれればきっと満足することだろう。問題があるとすればそれらの行動を行うのが僕という事だけだ。

 

「はは、ありがとう。まぁ、響さん。明日以降またよろしくお願いします」

「こちらこそ、お手柔らかにお願いします」

 

 マスターは笑顔を作ると、別のお客さんの元へとコーヒーを運んで行った。うん、無駄のない所作だし、歩く姿がすごくかっこいいと思う。

 アルバイトなのであそこまで出来るかちょっと不安だけれど、明日から頑張ってみようと思う。

 

 

 マスターのコーヒーを味わった後、僕は昼食を食べに個人営業の洋食屋に来ていた。お店の看板に出ていたハンバーグランチに見事胃を掴まれた感じだ。

 

「うん、美味しい」

 

 出てきたハンバーグランチはオーソドックスなもので、デミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグをメインに、白米とコーンポタージュが並ぶ形だ。だけど一口ハンバーグにかぶり付いてみれば、すごく滑らかでジューシーだ。ご飯は少し柔らかめですごく食べやすい。ポタージュはと言えばまぁ、普通だ。

 

 もぐもぐとハンバーグを食べていると、隣の女性2人が私を見てにやにやとしていた。む、何か食べ方が変だったのだろうか?

 

「あの…何か?」

「あぁ、ええと。気にしないで!」

「うんうん、そのまま食べてて食べてて!」

 

 進められるままハンバーグを食べ続ける。だけども女性たちは相も変わらずにやにやしている。なんだろうか?と、それはともかくとして白米が無くなったので、ご飯をおかわり。

 白米の到着を待ってハンバーグを食べ進めようと思ったところ、白米の他にもう一皿おかずがついてきた。

 

「お嬢ちゃん美味しそうに食べるもんだから、おまけ」

 

 ありがたい。何かなと思って箸を入れてみると、肉が柔らかく煮込まれているビーフシチューだった。うん、素晴らしきかなご飯のお供。ハンバーグとビーフシチューとは実に相性がいいし、白米が進む。美味しい。自然と笑みが出てしまうが、やっぱり女性の視線が気になる。

 

「…あの、やっぱり何か?」

 

 特に害はなさそうなのだけど、見られながらの食事というのは落ち着かない。

 

「あはは、美味しそうに食べるものだから、微笑ましかったの。つい視線がいっちゃって」

 

とのことだった。えーと、まぁ、うん。

 

「あはは…まぁ、ええと、大丈夫ですよ」

 

 悪い気はしないし、別に良いかな。

 

 

 ご飯を食べた後、ちょっと趣向を変えて商店街の方へと足を向ける。というのも、気持ちに余裕ができたからか、響(仮称)ボディにどうしても着せたい服が出来たんだ。僕が男だったら絶対に着ることはなく、おそらく僕の友人に誰一人として着せられない服。

 

 その名も、ゴシック・アンド・ロリータ。全身フリルのその姿は浪漫の塊ともいって良いのではないだろうか?

 

 ということで、商店街のゴスロリ専門店へと足を運ぶ。とはいっても着るのは僕であるのでどうやったって恥ずかしいのだけれど、響の可愛い姿がみれれば良いのでトレードオフということで納得する。

 

 そして店に入店してみれば、見渡す限りのレースとフリルとドレス。これは世界が違う。店員さんもゴスロリだ。しかも可愛い。少し顔を赤くしながら店員さんに声を掛けてみれば、どれでも試着できますよとのこと。じゃあお任せしますと言ってみたところ、あれよあれよという間に着せ替え人形となってしまっていた。

 

 真っ黒のフリルドレスから始まり、白いふわふわのワンピース、メイクも暗いものから明るいものまで一通り試された結果、次の様なゴスロリ響が爆誕した。

 

 赤いリボンが頭を彩り、ドレスは薄いレースを何重にも重ねたものだけど、腕はレース一枚だけなので肌が丸見えだ。そしてスカートはパニエをあいまってふっくらとしている。そんなスカートから覗く足は真っ白のタイツでおおわれており、黒の編み上げの上げ底靴が良いアクセントになっている。そしてメイクも少しだけ手が加えられていて、唇はより赤く、目の周りはハッキリと輪郭が描かれていた。

 

 ええと、その、僕の語彙力が少なくて申し訳ないのだけれど、僕は今すごくかわいい事になっている。僕というか響ボディが、なのだけどね。美容室の衝撃もすごかったけど、ゴスロリの衝撃もまた筆舌に尽くしがたい。あぁ、女の子は本当に化けるんだなと実感する。そしてちょっとスカートを持ち、首をちょっとだけかしげてみる。

 

 僕の心がぴょんぴょんした。うん、これは可愛い。やばい可愛い。うん、可愛い。いや、それにしても本当にかわいい。

 

 どうしようか、ちょっとこの姿をいろんな人に自慢したいけれど、いや、でもこれは自分だけの宝物ということで内緒にしておくべきではないだろうか?せっかく僕は響かわいいやったー状態を満喫しているわけで、それを全ておすそ分けする必要は…きっとないと思う。

 

「あの…すいません、写真、って撮ってもらえます?」

「ええ、ええ!もちろん!」

 

 店員さんも若干興奮気味だ。そして写真を一枚とってもらい、改めて僕の姿を冷静に見つめなおす。写真に写っているのは、響というか銀髪青目の美少女だ。ゴスロリと相まってお人形さんのような美しさを醸し出している。

 

「響ちゃんのゴスロリすごくかわいいわ!これからもここに通ってよ!もっと可愛いの準備しておくから!」

「え、ええと、考えておきます」

 

 などとやり取りがあったけれど、とりあえず、僕が今着ている服のセットを購入して、…脱ぐのも勿体ないので、そのまま店を後にする。正直僕はどこに向かっているのかわからないけど、一つだけ言えることがある。

 

 響かわいいやったー!

 

 そして、街中を歩いていると『すいません!一枚一緒に写真いいですか!?』と声を掛けられる頻度がものすごく増えた。僕も悪い気はしないので、ついつい応じてしまう。ゴスロリ響、大人気だ。

 

 

「なんだよあの怪力女…」

「いやーでも可愛かったなぁ!で、どうだったんだよ、掴まれてさ!」

「どうだったって…まぁ、手は柔らかかったぜ。あといい香りだったな」

「いいねぇ。ま、次は俺も声かけてみるかな」

 

 

「マスター、あの子は?」

「ああ、今度うちでバイトをする子ですよ」

「ほぉー!これはまたずいぶんと可愛いらしい。マスターも隅に置けないね。いつからだい?」

「ははは、まあ、早ければ明日から研修に入ります。何か不備があっても大目に見て頂ければ助かります」

「まかされた。そして明日からか。じゃあ明日も来ることにするよ!」

 

 

「あの子良い食べっぷりだったなー」

「えぇ、ハンバーグ、美味しそうに食べてたねー。おじさん、あの子はいつも来るの?」

「いんや、今日が初めてだ」

「へー、それにしてはいきなりサービス良すぎるんじゃない?常連の私たちにも何か頂戴!」

「仕方ねぇなぁ。じゃあ今の子と同じビーフシチューをつけてやるよ」

「「やった!」」

 

 

「今のゴスロリの子かわいかったねー!」

「うんうん。お人形みたいだったし、声も可愛かったねー」

「よし、じゃあ、せっかく写真も撮ったし、ちょっとみんなに自慢しちゃお!」






※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。