僕が響になったから   作:灯火011
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Talk a stroll(1)

 -本日の天気は晴れ、最高気温は…-

 

つけっぱなしのテレビをBGMにたっぷりの泡で顔を洗う。そして泡をぬるま湯できれいに洗い流し、保湿を行う。うん、朝からすごく心地が良い。

 

 さて、あとは今日の朝食だけれど、幸いそこまで空腹ではないからヨーグルトとサンドイッチという軽食を食べる。そして朝食が終わった後は、昨日のコーデであるミニのフリルスカートとフリルシャツ、それにワークキャップをかぶり、黒のタイツを合わせる。そして靴はパンプスという出で立ちで玄関の扉を開ける。

 

 扉を開けた瞬間、光の圧力すら感じる朝日が全身を覆う。

 

「よしっ!」

 

 僕は気合を入れると、足を一歩外へと踏み出す。女の子の体になってから初めて、戸惑いの一つもなく足を踏み出せた。

 

 

 昨日よりも少し早く出たからか、街に人が少ない。そしてお店もそんなにやっていないというありさまだ。だけど、空気が澄んでいて気持ちが良い。柄にもなくスキップをしてしまいそうだ。

 

「おはようございます」

 

 歩いていたら挨拶をされた。誰かと思ったら昨日のお琴の先生であるおばあちゃんだ。

 

「おはようございます」

 

 僕も挨拶を返していた。うん、自然に言葉が出るあたり、ほぼ僕の体に慣れているということだろう。しかし、まさか昨日知り合った人とまた会うとは思わなかった。僕は笑顔を作り、世間話をちょっとだけ行ってみる。

 

「お早いですね」

「えぇ、教室の準備がありますから。お嬢さんも早いですね」

「今日は早く起きれたものですから。せっかくの天気ですし、部屋にこもってるのも勿体ないなぁって思いまして」

「元気でよろしいですね。今日も一日、お気をつけて」

「はい!そちらも!」

 

 僕はそういうとおばあちゃんと別れる。うん、なんというか朝から幸先の良いことが起こった。ということで、今日も一日散策をして、人々と交流をしてみようと思う。

 

 

 さて、散策をするといっても特に目標がないので、あてもなくプラプラと街を歩く。ミニスカートについては、家を出て最初の30分ぐらいはどうもスースーして慣れなかったけれど、慣れると案外動きやすいものだった。それになにより、お店の窓ガラスに映る僕の姿がすごく良い。可愛い。響(仮称)かわいい。一回転してみたりしてるけどやっぱり可愛い。

 

 なるほど、可愛い女の子は何を着ても可愛いということが良く判った。…判ったからと言って特に何があるわけでもないけどね。

 

 などとやっていたらクスクスと笑い声が耳に入った。そっちに顔を向けてみると、僕の姿を見てなにやら苦笑い…というわけでもなく、微笑ましく笑っているようだった。…うん、傍から見ればガラスを前に一回転したりポーズをとったりしている女の子だ。何も知らなければ微笑ましいなーとか思って僕も笑ってしまうかもしれない。いや、これはちょっと恥ずかしい。ということで足早にお店のガラスの前から移動する。

 

 それにしてもちょっと時間が変わるだけで街中の雰囲気というのはこんなに変わるものだろうか。少ない人通りに澄んだ空気、行き交う人々の顔もまた昨日と違う。仕事へと向かう気の入った顔の人々、疲れた顔をしながら歩く人々は夜勤明けだろうか、笑顔の人々はこれから遊びに行くのだろうか。前の僕では気づかなかったちょっとしたことが、この体になってから新鮮に気づくことが出来ている。

 

 などと人間観察をつづけていたところ、鼻の奥をくすぐる良い香りが漂ってきていた。この香りは恐らくパンだと思う。香りのする方向に足を向けてみれば『モーニング カフェセット お好きなパン2つとコーヒーで500円』と看板を出している店にたどり着いた。朝食は食べたけれど、この香りには勝てないのでお店の敷居をまたぐ。

 

「いらっしゃいませー」

 

 元気の良い店員さんだ。店の中はといえば、イートインのコーナーと普通のパン屋のコーナーに別れていた。なるほど、パン屋のほうで品物を選んで、会計の時にイートインで食べる場合に飲み物を頼むスタイルの様だ。僕は店員さんに会釈をするとおぼんとトングを片手に持ち、パンをさっそく選ぶ。

 まず目に飛び込んできたのはあげぱんだ。黒々とした黒糖あげぱん。甘くておいしいのだけれど、食べるのが大変なのでスルー。次に来たのが小さいもっちもちのドーナツというやつだ。米粉を使っていて本当にもっちもっちする。だけど小さいのでこれもスルー。その次に飛び込んできたのはメロンパン。うん、焼き立てって書いてあるからこれは即決だ。ということで一つ目のパンはメロンパンと相成った。

 2つ目のパンは…ええと、主食を目指そうと思う。ということで総菜パンやハンバーガーが良いだろう。このお店にあるのはソースたっぷりエビカツバーガーと豚カツバーガー。あとは定番ながらの焼きそばパンにホットドック、それに加えてサンドイッチ系もある。サンドイッチは朝食で食べたので除外するとして、一番今食指を刺激しているのは出来立て!と銘打ってあるエビカツバーガーだ。うん。これにしよう。

 

 ということでちょっとばかし時間がかかってしまったが、おぼんを会計にもっていく。

 

「メロンパンとエビカツですねー。只今のお時間ですとカフェセットでコーヒーお付けして500円となりますが、いかがいたしましょう?」

「それでお願いします」

「はい!それではお会計が税込み500円となります。横にずれてお待ちください」

 

 言われたとおりに横にずれてコーヒーを待つ。うん、コーヒーを淹れる香りが心地よい。そしてコーヒーを受け取った僕は窓際の席を確保する。

 

 さて、ではまずコーヒーから頂こう。…うん、美味しい。香ばしいコーヒーだ。判ってるね。砂糖とミルクは不要なほど香り高い。だけど、アルバイト先の喫茶店よりはちょっと苦いかな。口が湿ったところでエビカツバーガーの包みを解き、両手で口へと運ぶ。うん、間違いなかった。ふわふわのパンにさっくさくのカツ、そしてエビのぷりぷりとした食感だけで楽しいのに、クリーム系の味付けをされたカツがすごく美味しい。コーヒーと合わせれば止まらない美味しさだ。気づけば一気に食べつくしていた。

 次はメロンパンだ。外はカリカリ、中はふわふわといった王道も王道のメロンパン。それにコーヒーに合うようにちょっと甘めなのもポイントが高い。これも気づけば手元から消えていた。

 

 うん、こういう間食も悪くないね。美味しいものを食べると自然と笑みが出てしまうし、気持ちが高揚する。なんてことを考えていたら、お店が何かすごく混んできた。僕は食べ終わったわけだし、そろそろ店を後にしよう。さて、このあとはどこにいこうかな。

 

 

 普段混まないお店が混むという事態は時折起きる。例えばそれは新メニューが出来た時であったり、ちょっとSNSなどで有名になったときであったり、有名人が立ち寄ったりだとか、そういう時に起きやすい。

 

 そしてその現象は、普段はそんなに混んでいないパン屋でも起きていた。

 

 原因はただ一つ。銀髪青眼の美少女が、窓際の席ですごく美味しそうにコーヒーとパンを食べていたからだ。一口パンをかみしめるたびに満面の笑みを浮かべ、コーヒーを飲むとほうっととろけるような表情を浮かべる。そんな彼女を見て、道行く人々は足を止めてしまう。

 

「あの子可愛いなー。ちょっと寄ってみるか?」

「いいね!隣の席空いてるかな」

「あの子美味しそうに食べるわねー。ちょっと寄ってみようかな」

「いいわね。イートインもあるしちょっと食べていこうよ」

 

 そして、彼女がちょこっと気になって寄ってみようと思った学生や、可愛いなーお近づきになれればなーなどと下心を持った男性、美味しそうだなーと食い意地に負けた女性、それぞれが少しづつ店に注目した結果、このお店では普段ではありえない、朝からの大行列という事態を引き起こしていた。

 

「只今30分待ちとなります。少々お待ちください」

 

 店員は朝から大忙しだが、その顔は嬉しそうな笑みを浮かべていた。






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