僕が響になったから 作:灯火011
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響(仮称)の体は便利だ。水上移動が出来るし、何より綺麗なのでみんなからの印象が良い。
子供たちのちょっとしたヒーローになった後、更に散策を続けていたら荷物を大量に持ったおばあちゃんがいた。腰なんかは90度に曲がっている。うん、これは手助けせねばと声を掛け、重そうな荷物を持った。その時に、おばあちゃんが手押し車で運んでいた荷物が片手で軽々と持てた事に驚いた。どうやらこの体は力も結構あるらしい。
しばらく世間話をしながら荷物持ちをしていたけれど、どうやらおばあちゃんはお琴の先生らしい。この荷物は生徒さんの差し入れ用の飲み物と和菓子なのだとか。それは重い。
「生徒さんに運ぶのを少し手伝ってもらっては?」
「いーのいーの。私の趣味だから」
とのことで、おばあちゃんは笑顔を浮かべていた。かっこいいおばあちゃんだ。そんなこんなでお琴の教室の前についた段階でおばあちゃんとは別れる。そのころには生徒さんもおばあちゃんを迎えに来ていて、荷物は生徒さんが持ってくれていた。
「ありがとうございます。師範にはいつも連絡を下さいと言っているのですが…」
「かっこいい先生だと思います」
「あはは…こちらからすると頑固なだけなんだけどね」
と、苦笑を浮かべつつも尊敬のまなざしを向けていた生徒さんもちょっとかっこよかった。うん、こうやってちょっとづつ人助けをするのも楽しいね。
◆
何やら今週は神社の例大祭らしく、道沿いに屋台が出ていたので、せっかくだしとそのなかから型抜きを選んで行っていた。ここの型抜きは珍しく船なんてものがあったので、それに挑戦している。
「おお、上手いな!」
的屋のお兄さんが覗き込んでくる。今のところ船の形の半分を削り取った所だ。
「細かい作業は得意なんです…」
「頑張ってね。出来上がったら2000円だからね」
そう、そして船は2000円と高額だ。この2000円を元手にたこ焼きとお好み焼きを食べる算段だ。節約できるところでしなくちゃ。
型抜きのコツは大胆に、かつ繊細に。大きく削れるところは楊枝を指すように、細かいところは溝を楊枝でつけつつ削り取るように。かなり神経を使う作業だけれど、ゆっくり行えば問題ない。
そして、パリッパリッと砕く音、シャリシャリと削る音をさせながら楊枝を操る事数分。手元には見事に船にくりぬかれた型抜きが鎮座していた。
「おお、お嬢ちゃん。すごいじゃないか。ほら、景品の2000円だ!」
「ありがとう」
「お嬢ちゃん、可愛いなぁ!お嬢ちゃんだったらもっとあげたいくらいだ!」
「ふふ。じゃあまた来るよ。またね」
「あいよ!毎度!」
僕はどや顔で景品を受け取る。ふふ。これでたこ焼きとお好み焼きを頂ける。ということでその足で2軒隣のたこ焼き屋と、更に1軒となりのお好み焼きを頂く。たこ焼きが8個入り600円、お好み焼きが500円。型抜きが400円だったので元手プラス500円の計算だ。ということで飲み物も追加で200円のラムネを買う。
そして屋台の少し外れにイートインのコーナーがあったので戦利品を広げ、味わう。
たこ焼きは大きめで、そして中の蛸も非常に大きい。さらに言えば外カリカリ中とろとろの熱々だ。はふはふと口に含めばちょっと辛めのソースと桜エビ、紅ショウガと粉海苔がマッチしてもう一個、もう一個と楊枝が進む。
お好み焼きはキャベツに豚肉、そして焼きそばが入って上に卵が乗っているものだ。それにこれでもかとソースとマヨネーズが塗られている。一口口に含めばほっくほく。ほっくほくだ。このような屋台のお好み焼きは味が薄いが、このお好み焼きは味が濃く飽きない。それが500円で食べれるなんてすばらしい。
それらに合わせて買ったラムネもまた美味しい。濃いソースできつくなった味覚に、ラムネがやさしく爽やかな味をもたらしてくれる。
うん、おなかも膨れたし、ちょっとお小遣いも稼げたし。屋台に寄って正解だ。
◆
「そうそう!笑顔笑顔!いいね、はい!」
「こ、こうかな?」
「そうそう!いいよいいよ、いやぁ、君みたいな女の子を撮れるなんて幸運だよ!」
僕は今、街中のファッションスナップという奴をやっている。声を掛けられた時はスカウトか何かと思ったけれど、雑誌の取材で一枚掲載する写真が欲しいとのことだった。僕としては別に構わないし、かわいいこの体になったのだから、そして、こういうものはめったに体験できるものでもないから、良いですよと返答したんだ。
「…うん!よし、ええと、ちょっとまってね」
そういうとカメラマンはタブレットを取り出して写真を一枚見せてきた。
「良い感じにとれたから、これを掲載したいんだけどいいかな?」
帽子を押さえてちょっと斜に構えた私服の響、といった感じの写真だ。笑顔が我ながら素敵だ。
「ええ、かまいませんよ」
「ありがとう!ええと、お名前と年齢をもう一度聞いていいかな?」
「工藤響。18歳です」
「うん、ありがとう!ええと、写真は〇〇の〇月号に乗る予定だから楽しみにしてね!じゃ、また!」
「こちらこそありがとうございました」
カメラマンはそういうと足早に次のターゲットを探しに行ってしまった。いや、なんか撮られるというのは気分が悪くない。というか響(仮称)かわいいやったー感がすごい。うん、モデルか、モデルかぁ。
◆
ファッションスナップの後、すこし鼻高々に街中を歩いていた。ああいうプロのお眼鏡にかかるというのは、個人的に少しうれしい。何より僕の理想の姿がほかの人にも評価されるのは嬉しい。
といったところで、ほっつき歩いていたらここらへんで一番大きいゲームセンターの前へと出ていた。昔からここでクレーンゲームをやったりしている。ちょっとお小遣いも出来たし、時間つぶしにちょうど良いので、軽く肩慣らしをしてみようと思う。
ゲーセンの中へ入ると、いのいちばんに見えたのが大きなポテチのクレーンゲームだ。500グラム越えだ。よしじゃあやろう。この手の大きな景品は素直に真ん中をつかんでも取ることはできない。じゃあどうするのかというと、端っこをひっかけるように持ち上げて、場所を少しづつずらすのだ。うまくいけば100円で落とすことが出来る。…一回目は少し場所がずれただけだ。だけど、多分、もう一回やれば…ほら、落ちた。
うん、200円でこの大きさのポテチが取れたのならいいだろう。次だ。
次は小さなマスコットのキーホルダー。これはストラップの部分をうまくつかむか、アームのばねの強さによっては直でつかんだほうが取れる。ということで試しに一回直でつかんでみる。と、すぐに落ちる。うん、アームが弱く設定されている。であれば…ストラップの部分にアームをつっこますようにすれば…取れた。上々、上々だ。
そしていくつかクレーンゲームを回っていた時に、ふと目の端にプリクラの機械が目に入った。そういえば最近のプリクラは凄いと聞く。せっかく女の子になったことだし、一度撮影をしてみようと思う。
プリクラのコーナーに入ってみると、これはまた何種類も機械があった。メイクを自動で合成するもの、肌がきれいにうつるもの、カメラの角度を変えられるもの。様々だ。正直どれを使えばいいかわからない。
「何してるのー?」
立往生していた時に、おそらく中学生であろうか、女の子の集団に声をかけられた。僕がプリクラが初めてでよくわからないんだと言うと、女の子たちは目をキラキラと光らせて僕の腕を引っ張った。
「じゃあ教えてあげる!ええっと、これが一番人気の奴だよ!一緒に撮ろう!」
「う、うん。どうすればいいのかな?」
「えーっと、ここにお金を入れて、好きな背景を選んでカメラを見れば大丈夫。そのあとに落書きとかメイクアップが出来るよ!」
「わ、わかった」
戸惑いながらもお金を入れて、背景を選ぶ。普通の背景からフレームのようなものもある。お勧めはフレームタイプらしい。フレームからちょこっと飛び出るのがポイントらしい。じゃあ、ということで選ぶ。そして写真撮影に進んだとき、女の子たちからアドバイスが飛ぶ。
「かわいいんだからそんな顔じゃなくて、こう!」
「ちょっと唇を出してみて!そうそう、ちょっと目線を上に、そう!で、指をほっぺに…そう!」
「恥ずかしいな…」
そこでフラッシュがたかれて写真撮影が終わる。そして落書きタイムと相成ったのだけど、もうここからは女の子たちの独壇場だ。気づけばプリクラのシールを分け合って女の子たちと別れていた。なんというか、彼女たちは嵐だった。若さには勝てないな。
手元を見てみれば、キラキラとした可愛い響があざとい表情を作ったプリクラが一枚。自分がこの表情をしたのかと思うと、思わず耳が熱くなる。まぁ、でも、悪くないかな。
◇
「さっきの子すごく可愛かったねー!」
「うん、見てみて!プリクラもすっごくかわいいよ!」
「だよね!明日みんなに自慢しよう!」