僕が響になったから   作:灯火011
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Talk a walk(1)

 着飾っていざ外出となったときにはかなりの決心が必要だと思う。着飾るといってもきれいになるとかいうわけではなくて、初めてのファッションジャンルに手を出した後とか、ロードバイクのサイクルジャージを初めて着た時とか、外出するのに『似合ってるのかなー、恥ずかしくないかなー』と考えてしまう。

 

 僕が今まさにその葛藤の最中で、なんというか、響(仮称)かわいいやったーという状態だ。

 

 この体になってから4日目となると、落ち着きと余裕が少し出てくる。そうなると改めてこの体の可愛さに気づくこととなった。

 そして偽名ではあるけれど、既に工藤響とこの体を名付けたわけであって、僕の中では艦隊これくしょんの響になった、つまり僕が響だ、というわけのわからない状態になっている。そんな僕が先日購入した服を、僕の好みで、自分の体である響に着させているわけで、それがもうドストレートに好みの服装が出来るわけだ。

 ただ、銀髪青眼の美少女であったことなどないので、この格好で外に出て散歩などして変に注目されないか、と外出に二の足を踏んでいる。

 

 恰好としては黒インナーに水色を基調としたスカジャンにキャップ、それに赤っぽいフレアスカートと黒タイツに茶色の編み上げブーツといった服装だ。様々な意見があると思うけれど、鏡の前でコーディネートした結果今日の僕にはこの格好が一番似合うと踏んだ。

 髪型はポニーテールではなく、そのままのストレートで決めている。うん、響かわいいやったー!だ。

 

 さて、まぁ、いろいろ考えてはいるけれど、そろそろ散歩に出発しないと時間がもったいない。幸いにしてアルバイトの件は2~3日連絡は来ないとのことだし、今のうちに他人の視線や、会話といった日常生活に慣れておこうと思う。

 

 

 クレープを頬張りながら、目的地が特に決まっていない散歩とはなかなかに大変だなと実感していた。思い付きでふらふらとしているけれど、その都度その都度昨日のハンバーガーショップのように声を掛けられるし、中にはスカウトの話も数件あったりもした。モデルになりませんか?という奴だ。もちろん、身分も何も無いのでもれなくお断り。

 

 そんな感じで既に散歩開始から2時間。流石に小腹がすいてクレープを頬張っている次第だ。

 

「外国の方ですか?」

「いえ、よく間違われますが日本人ですよ。ええと、バナナクレープを一つお願いします」

「かしこまりました。失礼しました、銀髪だったもので、つい」

「大丈夫です。私自身も外国人っぽいなーって思ってますから」

「あはは。そういえばどこかでモデルさんでもされています?」

「いえ、特にはしてません。…歩いてると結構声かけられるんですが、恰好とか妙ですかね?」

「あ、いえいえ。はー、モデルさんではないんですねー。お客さん、すごく可愛いので、街中で見かけたらどこかのモデルさんかなーと思っちゃいますよ」

「あはは、ありがとうございます。お世辞でもうれしいです」

 

 などと、軽くクレープショップの店員さんと違和感なく話せたりしているので、好奇の視線などには慣れてきているのかなと思う。それはともかくとしてクレープがものすごく美味しい。勝手に笑みが出るぐらい美味しい。うん、ここのクレープ屋さんは今後贔屓にするとしよう。

 

 

 クレ―プを食べた後、気持ちに余裕が出てきたので、ちょっと自分に合うフレームサイズを探そうと、ロードバイクを見るためにスポーツバイク専門の個人店へと足を運んでいた。というのも、女性になって更に背が縮んだから今までのフレームが全く使い物にならないからだ。なお、ここは前から趣味であったロードバイクでよくお世話になっていたお店で、店員の質も、品物の質もかなり良い。

 

「ロードバイクの経験はあるんですか?」

「はい。ロングライドとかは昔から。クリテリウムとヒルクライムレースも数回参加しています」

「なるほど。材質とかコンポの拘りってあります?」

「固いカーボンが良いです。コンポはシマノの105でホイールはフルクラムあたりが好みです」

「固いカーボンですか。となるとー、お値段抑え目だとGustoかスペシャライズドがおすすめですね例えば…」

 

 僕が男の時に乗っていたのはスペシャライズドだ。黄色のターマックの54。それと同じようなものがあるだろうか。

 

「GUSTO RCR TE EliteのSサイズにして、ステムとコラムを調整して合わせるか、あとはスペシャライズドのAmira sportsの44ですかね。今お使いの自転車はどこのメーカーのを?」

「今はスペシャのターマックを使ってます」

「あー、それでしたらAmiraがいいですよ。女性用のターマックと言われてますから」

「なるほど。ええと、お値段はどのぐらいなんですか?」

「105で税込みで定価22万ほどですね。ただ会員になっていただくと7%、現金一括の購入で更に5%割引をさせていただきますので、税込みで19万ほどです」

 

 19万。以前の僕であれば即決だった金額だ。だけど、今は前と違い安定した職がないのでポンとは払えない。もし使ってしまった場合は、貯蓄を切り詰めて4か月ぐらいしか持たなくなる。

 

「19万ですかー」

「ええ、更にフルクラムのレーゼロを入れようと思うと+10万ほどですね」

 

 これは無理だ。うん、お断りするとしよう。

 

「そうですかー。うーん、考えさせてください」

「ええ、構いませんよ。高い買い物ですから十分に考えてから購入なさってください」

「はい。お時間とらせてしまって申し訳ありません」

「大丈夫ですよ」

 

 ロードバイクの夢が破れた。実際はこれにウェアなども新丁しないといけないので、実際は40万近い出費になってしまうだろう。そうすると生活が成り立たない。仕方ないので一礼をしてショップを後にした。

 

 ただ、アルバイトが始まってお金が貯まったら買うとしよう。ロードバイクはやっぱり捨てがたい趣味だ。

 

 

 気づいたら子供たちのちょっとしたヒーローになっていた。

 

 スポーツバイクショップから出て暫く歩いた時、子供たちが橋の上から川の中の何かをずーっと見ていた。何だろうかと近寄ったところ、川、といっても用水路の中に猫が取り残されていた。擁壁の凸凹になんとか体をひっかけている状態で、あと少しで水流に流されそうな有様だ。

 

 話を聞くと、大人を呼びには行ったらしい。だけど、もう30分ぐらいは誰も来ていないとのこと。まぁ確かに、猫ぐらいじゃあ動く大人は少ないだろう。うーん、何とか助けてあげたいけれど、僕じゃ何もできない。何より用水路の流れが速い。これではレスキューや警察をいれるしかないだろう。

 

「お姉ちゃんなんとかできないの!?」

 

 そういわれても。水の上に立てるわけじゃないし…と、僕はふと思い出した。この体、響(仮称)は水の上に立てるじゃないか。

 

「あぁあ!流されちゃう!」

 

 そして猫は今にも流されそう。ちらりと周囲を見渡すと、大人はいない。子供たちだけだ。それなら…ちょっとだけ目立つことをしようと思う。

 

「お姉ちゃん…?」

 

 不思議そうな子供を尻目に、私は欄干の上へと登る。

 

「今から猫を助けるよ。でも、ここで見たことは内緒だよ」

 

 僕はそういうと、欄干の上から用水路の水面へと跳んだ。

 

「お姉ちゃん!?」

 

 子供たちの悲鳴が聞こえるけれど、関係ない。だって、この体は水の上に立てるのだから。

 

「水に浮いてる…!?」

「すげぇ…!」

 

 橋の上から驚きの声が聞こえるけれど、無視して猫のもとへと向かう。ちょっと不安だったけれど、水の上の移動もお手の物だ。まるでスケートをしているように、足がスムーズに進む。あっという間に猫のもとにたどり着き、両手で猫をつかみ上げると、一番近い梯子へと移動して、何事もなかったように子供たちの元へと戻る。

 

「はい。猫だよ」

 

 子供たちは呆気に取られていた。まぁ、僕も同じことをされたら呆気にとられるだろう。

 

「…わぁあ!お姉ちゃんすごい!すごい!」

「何、今の何!どうやったの!」

「普通に水の上に立っただけだよ」

「わあ!やり方教えて!」

「秘密。それと、今見たことは内緒だよ」

 

 私は猫を子供たちに渡しながら笑顔を作る。

 

「うん!内緒にする!」

「いい子だ。じゃあ、私は行くよ。またね」

「お姉ちゃん、ありがとう!」

「お姉ちゃんありがとう!ヒーローみたい!」

 

 私は右手を上げると子供たちに背を向けて歩き出していた。うん、子供たちのヒーローというのも悪くないね。

 

 

「お母さんお母さん!今日すごいひとがいたよ!水の上をすいーって、すいーって!猫を助けてくれたの!」

「へぇー。すごい人がいるのね。どんな人だったの?」

「うん!銀色の髪の毛の綺麗な女の人だった!」




情報開示①
響(ベールヌイ)ボディの能力
・水上歩行:艦娘の能力、水の上を好きに進める
・怪力:艦娘の能力、響ボディに1tは軽い方
・幸運:他人より良い方向に話が進む
・容姿端麗:戦闘艦の機能美がそのまま反映されている





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