真逆の方向
どうやら婚約者は俺達と同行する様ですぞ。
くっ……またお義父さんに言い寄る気ですな。
「メルちゃんも来るの?」
「うん! サクラちゃん」
「そっかー!」
「面倒な話になっていくねぇ……」
「ブー」
「エレナさん……ここで逃げようとか言わないでよ。まったく……」
お義父さんが呆れたように怠け豚を叱っていましたな。
「ではこれから出発ですな」
「そうなるね。ゴメンねキールくん。村の再興はもう少し後になりそうだよ」
「大丈夫だぜ兄ちゃん! 絶対に叶うなら少しくらい我慢する!」
「そっか……じゃあ、錬と樹を止めるために出発しよう!」
「わかりましたぞ!」
「しゅっぱーつ!」
サクラちゃんが元気よく応じますぞ。
そうですな、俊足のフィロリアル様達がいますからな。
ちなみにフィロリアル様達は移動中ですな。定期的にポータルを利用すれば休む暇なしに移動出来るのではないですかな?
ハッ! そう言えばフィロリアル様のクラスアップをしなくてはいけませんぞ!
「お義父さん! クラスアップをして行かないとこの先大変ですぞ!」
「そういえば、そうだね」
「大きなフィロリアル様の羽を授かったユキちゃん達が居れば特別なクラスアップが出来ますぞ」
「メルティちゃんを初め、新しく仲間になったフィロリアル達にすれば能力アップが望めるね」
「ですぞ!」
「……だけど、単純計算で101人もクラスアップさせるのってかなりの重労働なんじゃないの? 時間も掛りそう」
「手を抜いては事を仕損じますぞ!」
急いでいるからこそ、いざという時の備えを怠ってはいけないのですぞ。
「と言う訳で……女王様、クラスアップをさせてから俺達は行くのかな?」
「フィロリアル様達が急いで城下町に向かっていますぞ」
「あの群れか……城下町がパニックになりそうだー」
お義父さんが疲れ切った様な声で呟いたのが印象的でしたな。
そして……婚約者を初め、フィロリアル様達のクラスアップを終えてから俺達は出発したのですぞ!
まあ、途中でライバルが飛ぶのに疲れて馬車に乗りたくない等と、駄々を捏ねたりと色々とありましたが、俺達は割と快調に霊亀の封印された国へと近づいておりました。
「えっと、錬と樹の目撃証言を元にすると……いい加減、追いついてもおかしくないんだけどな」
所々で錬や樹らしい人物の目撃証言が出てきたのですぞ。
それを辿りながら霊亀の地へと向かっていました。
ちなみにエメラルドオンラインの場合、霊亀のクエストは色々と面倒な手順をしてから国を裏で支配している霊亀の分身を倒す事で、封印されている像の所在が分かるのですぞ。
本格的に霊亀を倒すには一度封印を解かねばなりませんからな。
「それでメルティちゃん、女王からの意見を再確認させてくれない?」
「はい。メルロマルク、シルトヴェルトの両方から霊亀の封印された国へ警告と避難を申告したのですがどうも聞き入れてはもらえなかったとの話です」
「ゲーム時の知識となりますが、クエストで国の上層部は霊亀の傀儡と化している設定でしたぞ」
「それが正しいかは別としても……まあ、難しいよね。鎖国傾向のある国らしいし」
「正直、あまり良い噂は聞きません」
そこにライバルが馬車の隣に助手を乗せて並走しましたぞ。
表情が硬いですな。
何かあったのでしょうか?
「何か空気が殺伐としてるの」
「封印が解けた?」
「違うと思いますぞ。その場合、視界に青い砂時計が浮かぶはずですぞ」
「きっと霊亀の縄張りに入った所為なの」
「そっか……復活はしてなくても霊亀は活動しているんだっけ。ゲーム風で言うなら俺達は正しくクエストをこなす……必要無いか、錬と樹を止めるのが重要なんだし」
「ですぞ」
「それで元康くん、その封印のある場所わかる?」
「俺の知るゲーム上では一つでしたが、後で聞く限り三つあったそうでしたぞ」
「じゃあ未来じゃ俺以外の勇者がそれぞれゲーム知識で三つ壊したから解けた……のか。とりあえずゲームとは違って最後の封印がある分、錬と樹は驚くかもしれない。でも、封印が一ヶ所に集まったら余波とかあるかも」
「その間に避難誘導とか考えますかな?」
「そうだね。まあ、そろそろ錬と樹達を捕まえられると思うから余計な心配――」
と、お義父さんが言いきる前に俺とお義父さんの耳にガラスが割れる様な音が響きました。
視界に青い砂時計が浮かび上がり……8という数字が出現しましたぞ。
「まさか……もう霊亀の封印が解かれてしまった!?」
「え?」
婚約者やキール、サクラちゃんや周りのみんなが表情を曇らせます。
俺は砂時計の数字を見つめ、事態はもっと悪い方向へと進んでいるのを理解しましたぞ。
「いいえ……この数字は!?」
「どうしたの? 元康くん? まさか……」
俺の意図を察してお義父さんの表情が青ざめます。
どうやら錬と樹は俺とお義父さんが霊亀の封印を解いてはいけない、絶対に止めると注意した所為で別の封印を解いてしまった様ですぞ。
「この数字は、未来の知識を参考にすると……鳳凰ですぞ」
――鳳凰。
未来の世界において、俺達……いえ、この場には俺しか知る者はいませんが、許しがたい悲劇を生んだ敵ですぞ。
原因こそタクトだったのですが、被害は甚大でした。
その中に、フィロリアル様も混じっていました。
俺は覚えています。
光と見間違う程の業火を。
炎に焼かれて消えていく者達を。
お義父さんが戦死した全ての者に涙してくれた事を。
原因となったタクトに激怒してくれた事を。
……あの様な事を絶対に繰り返してはいけませんぞ!
しかし鳳凰が封印されている土地は、霊亀とは完全に真逆の方角です。
俺達は完全に錬か樹に踊らされていたと考えるべきでしょう。
どちらにしても復活してしまった以上、すぐにでも急行した方が良いでしょうな。
これは四霊がどのような存在で、倒し方に注意しなければいけないのかを知る事になる、事件の幕開けだったのですぞ。
「やられた……! だけどどうやって鳳凰が封印されている国へ行ったんだ?」
「おそらく錬がポータルを事前に取得していたのではないですかな?」
錬はゼルトブルを拠点にして行動をしていました。
かなりの期間、自由に動けたという事です。。
Lvも順調に上がっていて、未来の狩り場を計算していた可能性は否定できませんな。
いや……そうですぞ!
確か最初の世界でカルミラ島の後に錬が担当した波のある国はメルロマルクから西の方角だったのを覚えています。
メルロマルクと鳳凰の封印された国の間にある国だったと思いますぞ。
おそらくポータルで既に取得していたのでしょう。
波を鎮めた後、その足ですぐに霊亀の封印された地へ向かい、霊亀討伐後に準備を整えてから鳳凰に挑もうと考えていたのではありませんかな?
「ありえる。単純にポータルを取っていないと思って追撃に出たのを逆手に取られたんだ!」
「鳳凰は霊亀の比では無い程に強力な化け物ですぞ」
単純な強さでは霊亀よりも強いはずですぞ。
高高度と低高度の二種類がおり、戦闘方法も差がありましたな。
しかも二匹を同時に倒さなければ、片方が爆発して復活するという極めて厄介な性質を持っていましす。
どれだけ強いかを証明するとしたら、今の俺よりは劣りますが、俺と同等に近い能力を持った四聖勇者全員が一緒にいたのに苦戦しましたからな。
強化方法を実践していない錬と樹では勝ち目は万に一つもありません。
これは二人揃っていても、ですぞ。
「元康くん、強化方法を全て習得した俺と元康くんが鳳凰に挑んで……勝てる?」
「おそらく、問題なく勝てると思いますぞ」
あの時の俺達は四聖勇者の強化方法だけで挑んでいて、四人で善戦していたのですから十分に勝てる可能性はありますぞ。
いえ、例え俺だけでもきっと……勝ってみせますぞ。
ここにお義父さんが加われば百人力ですな。
「ですが、戦闘方法に注意する必要がありますぞ。鳳凰は対の魔物で片方を先に仕留めると残った方が自爆して辺りに多大な被害を出した後、復活するのですぞ」
「同時撃破系? そりゃあ苦戦しそうだ……ってそんなのに錬と樹が少人数で挑んだらどうなるか分かったもんじゃない!」
「ですぞ!」
霊亀からは逃げ切れた様ですが、鳳凰からあの二人が逃げ切れない可能性もあります。
もしも鳳凰に錬か樹が殺されてしまったらループしてしまいますぞ。
……可能な限りそうさせない為に動きますが、覚悟はしておいた方がいいかもしれませんな。
「こりゃあ生き残る為に抜けるのも手かねぇ」
「ブー!」
「ラーサさんとエレナさんは何を言ってるの!」
ここで逃げては勇者が廃りますぞ。
ですが傭兵は引き際をわきまえると言いますからな。
確かに困難な道かもしれません。
しかもお義父さんは現在、魔法の習得がまだ不十分ですからな。
伝家の宝刀アル・リベレイション・オーラⅩは習得しておりません。
アレさえ覚えればこの元康、百人力ですぞ。
「時間との勝負だ。その国に早く行こう」
「ええ! 今は一秒でも早く鳳凰に挑む為に一番近い国へ行きましょう」
婚約者は進言しますぞ。
俺の行けるポータルとお義父さんの行けるポータルを整理すると……。
「メルロマルクに戻るのが一番早いか」
「完全に無駄足でしたな」
「そうだね。一応はここのポータルを取ってから一旦戻ろう!」
「はいですぞ」
という事で、霊亀へ挑む準備は完全に空回りとなってしましました。