米中貿易戦争の安全保障リスク
―― 対立は中国をどこへ向かわせるか
The Security Risks of a Trade War With China
Why the U.S. Should Be Wary of Economic Decoupling
2018年9月号掲載論文
ごく最近まで米中の経済的つながりは、戦略的な不信感がエスカレートしていくのを抑える効果的なブレーキの役目を果たしてきたが、いまや専門家の多くが、世界経済を不安定化させるような全面的な貿易戦争になるリスクを警戒するほどに状況は悪化している。経済・貿易領域の対立が、安全保障領域に与える長期的な意味合いも考える必要がある。北京がアメリカとの経済関係に見切りをつければ、国際システムに背を向け、明確にイラン、ロシア、北朝鮮との関係を強化し、アメリカと同盟諸国の関係に楔を打ち込もうとすると考えられるからだ。相互依存関係の管理にトランプ政権が苛立ち、(現在の路線を続けて)経済・貿易領域で中国を遠ざけていけば、安全保障領域でより厄介な問題を抱え込む恐れがあることを認識する必要がある。
- 貿易紛争の余波
- 対立のルーツ
- リビジョニストの中国
- 米中対立は続くのか
<貿易紛争の余波>
米中間の貿易をめぐる緊張は高まる一方だ。2018年6月、アメリカのトランプ政権は中国の輸出品500億ドル相当に対して25%の関税を適用すると表明し、第一段階の措置として818品目、340億ドル相当を関税引き上げのターゲットに特定した。これに対して中国はアメリカの農業部門と(自動車、航空機などの)主要産業をターゲットに一連の関税引き上げを適用すると報復策を示唆した。この状況で、さらにトランプは2000億ドル相当の中国からの輸出に対して25%の関税適用を検討するように指示した(すでに新たな関税リストが発表されている)。
双方の対決路線がエスカレートしていくにつれて、専門家の多くは、世界経済を不安定化させるような全面的な貿易戦争になるリスクを、当然ながら警戒している。しかし、経済・貿易領域の対立が、安全保障領域に与える長期的な意味合いも考える必要がある。
ごく最近まで米中の経済的つながりは、むしろ、戦略的な不信感がエスカレートするのを抑える効果的なブレーキの役目を果たしてきた。もちろん、中国が(関税引き上げによって)締め付けられることもなく、経済的つながりのためにさらに投資していれば、アメリカにとってさらに大きな課題が作り出されていたかもしれない。だが、相互依存関係の管理にトランプ政権が苛立ち、(現在の路線を続けて)経済・貿易領域で中国を遠ざけていく路線は、(安全保障領域で)さらに厄介な問題を作り出す恐れがある。
<対立のルーツ>
アメリカは他のいかなる国よりも多くの中国製品を購入している。一方、中国にとってアメリカは最大の貿易パートナーで、輸出市場として急拡大している。しかし、米中ともに奥深く多面的な貿易上のつながりを純然たるプラスとはみていない。
トランプは対中貿易赤字への苛立ちを頻繁に表明しているが、貿易上の緊張のルーツは貿易赤字の大きさよりも、むしろ、ハイテク部門での競争にある。アメリカは中国の技術的進化を国家安全保障上の脅威とみなし始めている。
これを裏付けるように、大統領の経済トップアドバイザーの一人であるピーター・ナバロは「中国の戦略テクノロジーへの投資は、アメリカの製造業と国防産業基盤に非常に深刻な危険を作り出すかもしれない」と警告する一方で、「関税(引き上げ)はアメリカの産業にダメージを与える略奪的貿易慣行の重要な防波堤になる」と主張している。
一方、中国は先端製造業のグローバルなリーダーになろうと模索している。「メイド・イン・チャイナ2025」構想は、情報テクノロジー、航空宇宙機器、新素材を含む10の産業を優先課題に据え、国内で使用される「核心となる基礎部品と基礎材料」の国産品シェアを2020年までに40%、2025年までに70%に引き上げることを目的にしている。
ごく最近まで中国で2番目に大きな通信機器メーカーだった中興通訊(ZTE)のケースからも明らかなように、中国はハイテク技術の多くをアメリカに依存している。2018年4月半ば、米商務省は米企業が今後7年にわたってZTEに(半導体などの)部品を販売することを禁止すると通達を出した。表向きは、ZTE(の米法人)がイランと北朝鮮に対するアメリカの経済制裁を破ったことがこの措置の理由とされたが、より問題視されたのは、アメリカのテクノロジーを利用したZTEの通信機器が、情報収集、ワシントンに対するサイバー攻撃に利用される恐れがあったことだ。
しかし、クアルコムやインテルのチップ、そしてアカシアやルメンタムの光学パーツを調達できなければ、ZTEは機能不全に追い込まれる。結局、5月初旬にZTEは「主要事業を停止する」と発表した。数日後、トランプは「ZTEを救済するために、中国の習近平国家主席と協議している」と表明し、商務省は、4月半ばの取引禁止令の内容を緩和した。一方で、議会の超党派グループは商務省に当初の命令を維持し、米企業のZTEとの取引を2025年まで禁止するように求めた。
結局、ZTEは辛うじて命拾いをした。米上院は7160億ドル規模の予算法案(国防権限法)を承認したが、ZTEに対する取引禁止令の復活を求めたマルコ・ルビオ(共和党、フロリダ州選出)とクリス・バン・ホーレン(民主党、メリーランド州選出)による修正条項案は削除され、取引禁止措置は米政府機関とその取引企業に限定された。
中国の指導者は、より経済的に自立しなければ、その経済的ポテンシャルを十分に生かせないと考え始めている。1990年代末のアジア通貨危機、その10年後に起きたグローバル金融危機を覚えている彼らは、アメリカの消費にばかり依存することをリスクとみなし、取引の多角化が必要であることを理解している。
ごく最近まで、北京が国内経済のレジリエンス(復元力)を強化することに力を入れ、この試みをワシントンとの絆を維持することで支えてきたのは事実だ。しかし中国は、経済的理由ではなくても、戦略的理由から、急速に相互依存状況を低下させようと試みるかもしれない。北京は、現在のアメリカの経済政策によって、ある共産党高官が中国の主権と繁栄を守る砦とみなす「メイド・イン・チャイナ2025」で示した野心的な目標が抑え込まれてしまうと考えている。
4月末、習近平は「テクノロジー進化の次のステップに向けて、われわれは幻想にとらわれることなく、独自の開発を試みなければならない」と語っている。奇妙にも、彼の考えは、「アメリカは、戦後秩序を支え、多国間貿易合意に参加することで自国の競争力を損なってしまった」とみるトランプの立場と通底する部分がある。
ニューヨーク・タイムズ紙は、(単独路線を重視し、相互依存に否定的な)二人の考えが似ていることは、「中国とアメリカの経済的エンジンが、特にハイテク産業をめぐっては密接にリンクしない時代」に向かっていく前兆とみなせると指摘している。現実に、両国の経済的絆が弱まっていけば、経済的意味合いだけでなく、安全保障上の意味合いも伴うことになる。
<リビジョニストの中国>
結局のところ、双方に自粛を強い、多面的な協調を維持させている貿易上の相互依存を別にすれば、両国の間にそう多くの共通点はない。アメリカは多様性に満ちた民主的社会をもつ、若い国家で、その自己イメージは新しい移民の波が押し寄せる度に刷新される。一方、中国は5000年の歴史をもち、漢民族を中心とする悠久の大文明をもっている。米中は大きく異なる国家で、国内統治や外交政策をめぐって正反対の立場をとることも多く、しかも、ともに例外主義的思想をもっているために、こうした立場の違いがさらに際だつことになる。経済的相互依存がなければ、米中関係はこの40年間でさらに緊張していたはずだ。
長期的に、アメリカとの経済関係から離れていけば、これまでの二国間協調態勢は損なわれ、中国は戦後国際秩序に対してさらにリビジョニスト的な路線をとるようになるはずだ。米外交問題評議会のエリザベス・エコノミーはその新著で「世界をリードするという野心をもっているとはいえ、習近平がグローバル化を受け入れるのは、思想の流れ、そして人的・金融資本の流れを管理できる範囲においてだ」と指摘している。
北京は、国際通貨基金(IMF)のような主要な国際経済組織への拠出を着実に低下させていくかもしれないし、現在、アメリカが参加していない東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、上海協力機構(SCO)のような国際フォーラムでの経済・安全保障アレンジメントに力を入れるだろう。
さらに、「ワシントンは世界秩序の擁護者としては一貫性に欠け、信用できず、グローバルシステムを地政学の現状に即したものへ適応させていく上では北京が適任である」と主張したり、あるいは、他国と協調してワシントンにイデオロギー領域で挑戦したりすることで、アメリカと古くからの同盟諸国の関係を揺るがそうとするだろう。
一方で、北京は北朝鮮に最大限の圧力をかけるアメリカの戦略に横やりを入れようとするだろう。ポンペオ米国務長官は6月に、中国の北朝鮮に対する経済制裁履行には「幾分後退がみられる」と証言し、中国が1年前と比べて、国境地帯を厳格に管理していないことを認めている。ポンペオがこう証言したのは、米情報機関が米朝サミット後のエビデンスを基にまとめた分析がメディアで報道される数日前のことだった。情報機関の文書は「北朝鮮は(保有する)核弾頭数をめぐってアメリカを騙そうとしているだけでなく、一つ以上の秘密のウラン濃縮施設を維持している可能性がある」と指摘していた。
(イランにはどのようなアプローチをとるだろうか)。トランプ政権はイラン核合意からの離脱を表明したが、中国はテヘランが核開発を再開した場合でも、アメリカが主導する制裁への参加を拒絶するかもしれない。逆に、テヘランとのエネルギー取引を強化し、テヘランへの武器売却を増やす一方で、中東と東ヨーロッパにおけるアメリカの外交目標の実現を阻むためにロシアとの連携を規模と奥行きの双方において拡大・深化させていくかもしれない。
南シナ海の軍事化をさらに進め、東シナ海における領有権の主張をより積極的に強要しようとする恐れもある。さらに、北京が「すでに軍事的に手を広げすぎているアメリカは、世界で2番目の規模をもつ経済大国との軍事対決は望んでいない」と考え、台湾攻撃に向けた態勢を強化していく恐れもある。
<米中対立は続くのか>
グローバルサプライチェーンの広がり、複雑さ、つながりからみても、米中がその相互依存状況を低下させていくとしても、それはゆっくりとしたプロセスにならざるを得ない。二国間貿易の総額が5622億ドルに達した2013年、ブルッキングス研究所のトマス・ライトは、「米中が保護主義政策を通じて貿易取引を大きく制限していけば、両国が依存しているグローバルな貿易システムも解体へと向かう」と明言している。両国の貿易取引が2013年から2017年に13%上昇しているだけに、この判断は現状でも正しいだろう。
とはいえ、中国経済のアメリカに対する相対的強さは、この10年間で大きく高まっており、今後もこの流れは続くと考えられる。さらに習近平は2017年10月に「中国の利益を損なうようなあらゆる行為について、われわれがそれに耐え忍ぶと考えるべきではない」と語っている。これは「アメリカからの経済的分離を吸収する中国の能力も意思も高まっている」と考えていることの意思表明ともみなせる。トランプ政権は現在の貿易戦争路線をさらに強化したいのかもしれないが、それが引き起こす安全保障リスクの帰結を考慮して、一度立ち止まり、慎重に考える必要がある。●
(C) Copyright 2018 by the Council on Foreign Relations, Inc., and Foreign Affairs, Japan