弓の勇者の反撃
「錬さん! それはどういう意味ですか!」
樹が錬の言葉を聞いて、怒っています。
まあ錬は樹と一緒にされて怒りを露にしましたからな。
「ふん、まんまと騙されていた奴と一緒にされて気分が悪くなっただけだ」
「それと仲間との連携に何の関係があるんですか! だいたい尚文さんの仲間たった一人に、一方的にやられた人が一番正しい戦い方とか言っても説得力の欠片もありませんよ。実は口だけで弱いんじゃないですか?」
「なんだと!」
「なんですか!」
「俺は一緒だと思う」
錬と樹がお義父さんを睨み始めます。
喧嘩したり、睨み合ったり忙しい連中ですな。
やがて二人の視線を真っ向から受け止め、お義父さんは話し始めました。
「俺はこの世界と似たゲームの経験は無いけど、ネットゲーム経験は豊富な方だからね。君みたいなタイプの人間には出会った事がある」
そういえば前にも言っていましたな。
実際、錬はネットゲームを一人でプレイしていたのではないかと思う時は俺にもありましたな。
「典型的なソロプレイヤーは仲間と行動できない。何より自分勝手に動いた挙句に失敗を他人に押し付ける事がある、錬はそういった自己顕示欲の強いソロプレイヤーと同じに見える……それにすぐ一人になりたがるしね」
「一人が好きなのではなく、一人になってしまうタイプですな」
「ふん、お前にはそう見えるだけだ」
「君みたいなプレイヤーが絶対にやっただろう出来事を話すね」
お義父さんは一呼吸置いてから錬を憐れむように見つめて話し始めます。
「挑戦したいボスがいたそのプレイヤーはギルドの後輩を無理やり連れて高レベルの狩場に行ったらしいんだけど。彼がしたのは後輩を囮にして火力である自分の安全を確保する事……結局全滅したらしいけど、彼は後輩が死んだのは準備不足だと言ったんだよ? 後輩がしっかり準備していれば俺がボスを倒せたんだってね」
お義父さんの言葉に錬の眉が跳ね上がりますぞ。
心当たりがあるのですかな?
「そのプレイヤーは結局知り合いのギルドで上位陣の俺や他のプレイヤーに協力を要請してボスは倒せたんだけどね。分け前の主張はすごかったよ」
嫌そうにお義父さんが言いますぞ。
俺も噂で聞いたことがありますな。
何分、俺もギルド経営はしていましたが人任せでしたし、知り合いオンリーで楽しんでいましたからな。
実際に経験した話は貴重ですぞ。
「ファーストアタックは俺が取ったんだから分け前は多めに寄越せとか、既に弱らせていたんだからレアドロップを一つくれとか、これだけ強いんだから幹部にしてくれとか」
「ず、ずいぶん身勝手な奴がいるんだな。それが俺だとでも言うつもりか?」
「身に覚えが無いならいいよ。そこまで迷惑行為をしていないのなら謝るよ」
「……」
お義父さんが謝る必要はありませんな。
きっと錬は無自覚にそういう事をしているタイプですぞ。
「後輩達の補填の方が大変だったよ。変な癖や知識を植え付けられていたからね。しかも最終的に後輩達が育つとまた後輩を作っては同じような行動をしてたけどね。良い迷惑だったよ。挙句戦力を育てて提供しているんだとか……」
「いい加減、違うゲームの狂った奴の話をやめろ。それとこれは違うんだ」
「錬、見知らぬ相手に知っている前提で連携を察するように指示をするのは無理だよ。これはどんな状況でも変わらない。俺の仲間達は錬の命令通りに戦っていただけなんだから、それで違うって言われても理解できないよ」
「それにしたってあのウィンディアという奴は何なんだ! 俺を目の敵にしやがって!」
錬が不快そうにテーブルに拳を叩きつけてお義父さんを指差しますぞ。
「尚文! お前は仲間にちゃんとマナーを教えているのか!?」
「……教えてはいるよ。むしろ普段は大人しい位なんだ。だけど、ウィンディアちゃんと錬には因縁があってね……彼女も出来る限り我慢はしていたんだよ」
「はぁ!?」
「彼女はね……錬、君がメルロマルクで殺したドラゴンが大事に育てていた養子だったんだよ」
お義父さんは錬に向けて助手の出生を話し始めましたぞ。
錬が殺したドラゴンのお陰で村は観光地化し、ドラゴンの集めた財宝を目当てに冒険者がドラゴンの巣穴に集まり助手の家族同然だった者達が次々と殺された経緯。
そして奴隷として売り飛ばされそうになったのをお義父さんが助けて仲間として引き入れた。
その後の村の経緯まで話しましたぞ。
聞いた当初、錬がうろたえるように目を泳がせましたが、すぐに元の不快そうな表情に戻りました。
「典型的なお涙頂戴ですね。何処まで作り話なんですか?」
「樹、少し黙っていてくれない? 君を騙した嘘の弱者はそうだったんだろうけど、事実だよ」
「なんですかその言い方は!」
「嘘じゃないと思いますぞ? 間違いなく樹は三勇教にそう騙されていたでしょうな」
「く……!」
樹が露骨にウザいですな。
さっきから言い返されると同じ事しか言っていませんぞ。
自分は悪くないという、つまらない言い訳をいつまでするつもりでしょうか。
「だから、ウィンディアちゃんにとって錬、君は父親と兄弟の仇なんだ。俺が代わりに謝るから、許してくれない?」
「通りで規格外に強いわけだ。ドラゴンの力が宿っているんだ。だからアイツは強いんだ。仕様外のチートを使いやがって!」
「いや、仕様外って……ゲームじゃないんだから……」
「でなければ説明が出来ないだろう」
「言っておくけど、ウィンディアちゃんは彼女自身が説明した通り、後衛の……言わば魔法使いだよ? 実際、物理戦闘は俺達の中で一番不向きだよ。訓練とかも受けてないしね」
「その通りですぞ。キールやサクラちゃんよりも遥かに近接戦は雑魚ですな!」
「元康くん……雑魚って……」
何か間違っていましたかな?
助手は後ろで援護や攻撃魔法を使うのが適切な戦闘方法ですぞ。
得意な状況を作ってやるのもパーティーという物ではないですかな?
もちろん助手が前衛を苦手の様に、キールは魔法に関しては雑魚ですぞ。
「後衛の魔法使いに殴られて治療院送りとか……やはり錬さんは口だけだったんですね」
「だからアイツは尚文の仲間の中で特別に強いんだと言っているだろう!」
「違うって言っているでしょ。確かに育ちは特殊だけど、普通の女の子だよ」
「尚文さんの肩を持つ訳ではありませんが、そもそも錬さんはその子にとって親の仇なんですから殴られても文句を言えないじゃないですか。しかもドラゴンの死体を放置して疫病を蔓延させるとか……とんだ大量殺人鬼ですね。怨まれてもしょうがないですよ。その話が真実であれば、ですが」
「ふん、親子共々殺しておけばよかったな。そうすればあんな身勝手な事もせずに親と一緒にあの世に行けたのにな。そもそも死体の処理は俺の管轄から外れる。知ったことか」
その言葉を聞いてお義父さんは激怒して立ち上がりましたぞ。
あの目付きには覚えがありますぞ。
コウの時……よりも鋭いですな。
前回のループでシルトヴェルトにサクラちゃんが毒殺されそうになった時に見せた表情に近いですぞ。
おお……お義父さんの痺れるような鋭い眼光ですぞ。
「槍の勇者様……気持ちが悪いのでその顔をやめてください」
婚約者が注意してきました。
こやつは俺に対して当たりが強いのではないですかな?
それにしても最初の世界の錬は、疫病に関して責任を感じていたと聞きましたがな。
実際、ライバルを殺してしまった事をかなり後悔しているようでした。
助手と一緒に行動していたのも、それが理由だと誰かが言っていた記憶がありますぞ。
……何が原因で錬は変化したのでしょうか?
霊亀が原因なのだと思っていましたが、このままでは反省などしなさそうですな。
あれですか、疫病の村は自分に危害を加えていませんが、助手は自分を殴ったから~とかでしょうか?
あるいは、売り言葉に買い言葉で引っ込みが付かなくなったのかもしれませんぞ。
「錬……! 俺は君の事をクールだけど、勇者らしい熱い心を持っていると期待していたけど違ったみたいだ。君は何処までも身勝手で冷血漢なだけの外道だったんだね」
「ふん、俺に危害を加えた奴はみんな敵だ。敵に同情する必要なんて無い。何なら今から親の所へ送ってやってもいい」
ドンッと、お義父さんはテーブルを強く叩き、不愉快だと主張しています。
それは無理ですぞ。
親は生まれ変わって近くにいますからな。
「そんな事は絶対にさせない。何があろうとも俺が君からウィンディアちゃんを守って見せるよ。その時は、錬……覚悟をしておいて」
「ふん!」
両者ともに視線を合わせない様に顔を逸らし続けています。
ははは、錬ではお義父さんに傷一つ付けられないでしょうな。
そもそもお義父さんが出るまでもなく、助手に返り討ちに合うのが関の山ですぞ。
もしもそうなったら、今度は殴られる程度では済まないでしょうな。
まあ、死ぬとループするので阻止しますが。