多くの義務
気を取り直して、樹は自慢を再開したそうですぞ。
「では攻撃手段ですが――」
「連携に関しては自信がありますわ。コウ、貴方が先頭に立ってルナは状況によって中衛をお願いしますわ。私は後方で魔法援護をしますわ」
「いつも通りだねー」
「ルナはキールくんを守ってるから少し違う」
「キタムラやイワタニがいるとそれに合わせて変えるよね」
「そうですわね。イツキ様は弓の勇者なので後衛でがんばってもらいましょう」
「勝手に仕切らないでください! 僕が指示を出すんですよ」
ユキちゃんの作戦指示に樹は不快感を示した様ですぞ。
このリーダーシップ……俺は嬉しいですぞ。
「ですが私共は弓の勇者であるイツキ様に戦いを見て頂くのが目的ですわ。いわばイツキ様がゲスト、連携をするにしても私達の戦いを見なければ参加は難しいでしょう」
ユキちゃんの提案にも一理ありますぞ。
さすがはリーダーですな。よく考えておられます。
弱い樹の作戦では碌な結果になりませんからな。
それに樹は仲間のピンチを待つ癖があったのを覚えていますぞ。
そんな調子では先が思いやられますな。
筋の通った返答に樹は不満そうなのを押し殺して頷いたそうですぞ。
「わかりました。では貴方達の戦いを見て、僕が援護するタイミングを見計らいましょう」
「お願いしますわ」
という感じで移動を終えて狩り場に着いたそうですぞ。
「では僕が魔物を引き寄せるので、みんなは決めた通りに戦ってください」
と言いながら樹は他の冒険者が戦おうとしている魔物に向かって矢を放ちましたぞ。
「それはダメですわ」
ユキちゃんがその矢に追いついて叩き落としました。
「な、何をするんですか!」
「あの魔物は冒険者の方が目を付けておりますわ。それでは島に着いた時に教わった島のルールに違反しますわよ」
「まだ魔物の攻撃権利は決定していません。僕達が倒しても問題ないですよ」
「ありますわ」
ユキちゃんが悠然と樹に向かって宣言したそうです。
「あのままイツキ様が攻撃をしたら余計な騒ぎが起こります。ここは大人の対応をして譲るのが選ばれた者の勤めですわ」
何だかんだでフィロリアル形態のユキちゃんは威圧感がありますからな。
樹は背の高さから尻込みしたようだったとユキちゃんは教えてくださいます。
俺も口伝ではなく、この目でその時の姿を見たかったですぞ。
「勇者ならもう少し周りを見るべきですわ。元康様もナオフミ様もこの辺りはちゃんとしておりますわよ? まさかイツキ様はその程度の事も出来ない勇者なのですか?」
「く……」
ユキちゃんの挑発に樹は不快そうな表情をしたのですが、これ以上のワガママは出来ないと踏んだのか頷きました。
「良いでしょう。では行儀の良い魔物退治に行くとしましょうか」
「ええ、では出発いたしましょう」
樹はユキちゃん達の動向をかなり入念に見ていたそうですぞ。
戦う相手や狩り場のマナーに関して、自分也のルールと照らし合わせていたのでしょうな。
「いつまで他人に譲るつもりですか!」
やがて樹が不快そうに言い放ちました。
「この程度の雑魚をイツキ様は乞食のように貪るのですか?」
「なんですって?」
冒険者が魔物を相手に戦っている所をユキちゃんは遠目で見つめて言いましたぞ。
まだ島の外周部、普通の冒険者が沢山いる場所ですぞ。
「この島の滞在者が他者を思いやる義務を負うのならば、勇者はより多くの義務を負わねばならないのですわ。そして私は元康様の配下。同じく、相応の責任を背負っているのですわ。私は元康様の配下として恥ずべき事をしたくないのです」
それはもう……高貴な切り返しでユキちゃんは樹に向けて言い放ったそうですぞ。
俺もその場に立ち会いたかったですな。
ユキちゃんは元から産まれが良いですが、育ちも高貴さが滲み出てきますな。
「な、何を意味不明な事を……」
「勇者として品が必要なのがわからないのですか?」
「も、元康さんに飼われている貴方達が何を言うんですか!」
樹の不満が爆発したのかユキちゃん達を指差しましたぞ。
どういう事ですかな? 俺の何が不満なんですぞ?
「あの狂人に育てられた癖に傲慢な事を言って!」
「元康様を侮辱する事は許しませんよ!」
キッとユキちゃんは樹を睨みつけます。
が、それもすぐに自粛して言い変えましたぞ。
「元康様はあのような態度をとっておりますが、全ては他者の為なのですわ。貴方の様な自己中心的な野蛮人と一緒にしないでもらいたいです」
「なんですって!」
「んー?」
「早くモトが可愛いの一杯育ててくれないかなー」
言い合いをする樹とユキちゃんを余所に、コウとルナちゃんは完全に蚊帳の外だったそうですぞ。
「だってそうでしょう? 私は産まれてからずっとこの国の情勢や勇者達の行動を見ていましたわ。弓の勇者であるカワスミ=イツキは国の道化として良い様に利用されていた。つまり自己中心的で浅はか、自分こそが正しいと思い込んでいるのは明白ですわ」
魔物に返り討ちに遭い、悲鳴を上げる冒険者を助けるようにユキちゃんは魔法を飛ばしました。
冒険者は咄嗟に助けてもらって頭を下げますぞ。
「そのような方が島のルールを破ろうとしているのなら、やめさせるのが私達の役目ですわ」
「ぼ、僕を監視するつもりですか!?」
「それは私の及ぶ所ではありません。あくまで私達は元康様の強さ、ナオフミ様の優しさと私共の強さをお教えする為にいるのですわ」
と言ってからユキちゃんは島の奥の方へ歩き出しますぞ。
「さ、早く私達に釣り合いそうな場所まで行きますわよ。イツキ様はそれまで黙ってついて来てほしいですわ」
そんなこんなで島の中腹を超えて奥地にまでユキちゃん達は進みました。
樹の強さでは奥地の魔物は少々厳しいですぞ。
ですが冒険者の数は圧倒的に減るでしょうし、態々弓で釣る必要もなくなっていたでしょうな。
やがてユキちゃん達は最奥地のボスが出現する祭壇の前で戦闘に入りました。
「この辺りが一番強いのでしょうか」
気配を察してユキちゃんは襲い来る魔物達を見つめましたぞ。
「では行きますわよ」
打ち合わせ通りにコウが先頭に立ってルナちゃん、ユキちゃんと陣を組みます。
「ではイツキ様、コウが戦っている魔物に攻撃をお願いしますわ」
命令されてムッとする樹はコウが戦う魔物に矢を射ります。
が、それでトドメはさせないようです。
コウもルナちゃんもユキちゃんもその攻撃を何度も瞬きし、無言で戦闘して行きます。
「少々歯ごたえがありませんね。コウ、少し魔物を集めて来てほしいですわ」
「わかったー」
強さによる自信から、コウが魔物共を引き連れてきます。
「さて、イツキ様、勇者なのですから範囲で強力な攻撃をお願いします」
「……」
樹は矢の雨を降らせるスキルを放って魔物達に攻撃しましたぞ。
やはりその様子をユキちゃん達は若干呆れ気味に見つめます。
「早く倒さないとコウさんが攻撃されますよ!」
樹がはやし立てるように弓を引き絞ります。
「それは余計な心配ですわ。ルナ、行きますわよ」
「うん」
「「合唱魔法『竜巻』」」
大量に集まった魔物共がコウに群がる直前にユキちゃんとルナちゃんが唱えた合唱魔法で巻き上げられ、切り刻まれたのですぞ。
「な……なんて……強さを」
樹は唖然とした表情で壊滅した魔物の群れを見つめております。
バラバラと降り注ぐ魔物の死骸。軽くホラーですな。
「さ、魔物の死体を武器に吸わせると良いですわ。イツキ様、Lvはどうですか?」
「か、かなり入りましたよ」
「それはよかったですわ。元康様にイツキ様のLvを上げておく様に頼まれているので」
渋々と言った様子で樹は魔物の死骸を武器に吸わせて行きました。
その全てを吸い終えた後、腕を組んで不快そうにしていたユキちゃんとポカーンと樹を見つめていたコウとルナちゃんが樹の方に行きます。
「ところで――」
「な、なんですか?」
「なんで先ほどから手を抜いているのか聞きたいのですわ」
そう、俺も後で聞いたのですがフィーロたんも樹の戦闘スタイルに関して分析して質問していたそうですぞ。
最初の世界の会議でお義父さんが言っていた様な気がします。
「な、何の事を言っているのですか?」
「なんで?」
「なんで?」
コウとルナちゃんが揃って首を傾げるように尋ねます。
「もう一度聞きますわ。なんで手を抜くのですか?」
「て、手なんか抜いていませんよ」
「いいえ。元康様と戦った時よりも弓のしなりが弱かったと思います。つまりイツキ様は元康様と戦った時よりも力を入れていないのがわかりますわ」
樹はバツが悪そうに視線を逸らしますぞ。
「元康様もナオフミ様も力を抜くことはありますが、それは常時入れる必要が無いから。ですがイツキ様の場合は入れなければ仲間に危険が及ぶ時程、力を抜いておりますよ。むしろ冒険者が戦おうとした魔物に攻撃した時の方が力を入れていた位です」
「違いますよ。僕が本気で矢を放ったらコウさんが危険だから加減したんですよ」
「それくらい避けられるよー? なんで?」
ボロが出始めましたぞ。
樹は仲間のピンチを待って本気を出すかタイミングを狙う事があるそうですからな。
ですがユキちゃん達には通じませんぞ。
タイミングを狙ってもそれは絶対に来ませんな。
と言う所で、ボスのカルマースクイレルがユキちゃん達の攻撃に反応して姿を現しました。
「ボ、ボスです! 早く倒さないと!」
樹がこれ幸いとばかりにカルマースクイレルに狙いを絞りますぞ。
コウをターゲットにしたカルマースクイレルが牙を見せつけて噛みついてこようとしています。
「てい!」
コウが軽く飛んでカルマースクイレルを蹴りつけました。
ただそれだけでカルマースクイレルの頭は消し飛んでしまったそうですぞ。
「あんまり強く無いね」
「元康様の話ではLv80まで美味しいそうですわ」
「へー……」
「リス……黙ってると可愛いかも?」
「ルナは可愛いのを探すのをおやめなさい」
「いや」
そう、ユキちゃん達がピンチになる要素など、この島には存在しないのです。
「……は?」
唖然とした表情で樹はユキちゃん達を見ていたそうですぞ。
「さて、話は戻りますが私達がその程度の援護射撃を避けられないとでも?」
「矢を放つのおそーい。どうしてコウに攻撃が来るまで待ってるの? 先に攻撃できるよ? 弱い魔物がいた時みたいに早く攻撃しないの?」
「なんで?」
「なんで?」
「前々から気になっていたのですけど、どうしてそこまで自信に満ちて、自慢や称賛を求めているのですか? 地位を得るのは責任も被る事なのですわよ?」
「で、ですから僕は加減なんてしてませんし、自信に満ちてなんか」
「なんで? コウがピンチになるの待ってるの?」
「なんで? なんでカワは子供っぽいのに可愛くないの?」
「なんで? なんで嘘を吐くのですか?」
「うるさい! 嘘なんか吐いてない!」
とまあ、それからずっと樹はユキちゃん達の質問にあやふやな答えを言い続けていた様ですぞ。
???「義務? そんなの知りませんわ。私は尚文様が白を黒だと言ったら黒と言い張りますわ」