休戦
「俺はこのまま君達を進ませる訳にはいかない。君達の為でもあり、メルロマルクの為でもあるから」
「な……馬鹿な……我等の神がそんな事を……」
「そんな事を言う奴は……神じゃない! 偽者め!」
「そうだ! コイツは偽者だ!」
代表のシュサク種が我に返るかのように後方を振り返ります。
「殺せ! こんな事を言う奴は神を語る悪魔に違いない! 俺達は聖戦を、憎きメルロマルクを滅ぼす為に来たんだぞ!」
「皆の者! 落ちつけ! 落ちつくんだ!」
ですが一度転がり始めた車輪は止まりませんぞ。
シュサク種の下にいた武将が大きく手を上げて、大将の命令を無視してお義父さんへと魔法を放ちます。
「流星盾Ⅹ! キールくん、ルナちゃん、絶対に俺から離れない様にね」
「わかった」
「に、兄ちゃん……」
キールが脅える子犬のように尻尾を丸めてお義父さんとルナちゃんに隠れるように身を縮こませました。
そしてお義父さんは盾で飛んでくる魔法とシルトヴェルト軍の攻撃を一挙に受け止める事になりました。
「皆の者! 冷静になるんだ!」
ここで既にシュサク種の代表は自分たちの行いがどんな事だったのかを悟った様でしたが、頭に血が上った連中は止まりませんぞ。
元々亜人には血の気が多い者も多いですからな。
戦いに対して激昂してしまっていたとの話ですぞ。
「く……」
お義父さんの唱える流星盾Ⅹの防御力は高く、壊れる気配は無いのですが、多勢に無勢。
無意味に耐えると言うのはお義父さんの精神をすり減らす結果になる事に他なりません。
更に後方からお義父さんとシルトヴェルト軍に向けて国境警備をしていたメルロマルク軍が出撃してきました。
「盾の悪魔とシルトヴェルト軍を殲滅せよ!」
「こんな時に、挟み撃ちか……わかっていたけど……これは戦いが止められるかわからなくなってきた」
お義父さんはこの時、もはや戦争が止められない状態にまで来てしまったと半ば諦めかけていたそうですぞ。
「元康くんかエレナさんが間にあってさえくれれば……」
「兄ちゃん……」
後方のメルロマルク軍が儀式魔法を唱えようとしていました。
「ルナちゃん! シルトヴェルトの人達が怪我しない様に、何か出来ない?」
「出来る」
ルナちゃんが魔法の詠唱に入りましたぞ。
『力の根源足るルナが命ずる。真理を今一度読み解き、彼の者等を薙ぎ払う闇をここに』
「アル・ダーク・ブロウ」
闇で形成された拳が、お義父さんに群がっていた亜人、獣人達を突き飛ばして儀式魔法の範囲から外れさせたのですぞ。
合わせるようにお義父さん目掛けてシルトヴェルト軍も儀式魔法の詠唱に入ります。
その後は戦闘力が高い獣人がお義父さんに向けて攻撃してくるのはわかり切った行動でしたな。
「最低限の被害で、この戦いをやめさせるにはどうしたら……」
「両者ともにやる気満々だぜ兄ちゃん……」
キールの言葉にお義父さんが舌打ちをしますぞ。
そう、ただ敵を倒せと言うのならお義父さんとキール、ルナちゃんでこの場はどうにでもなりますぞ。
ですが、出来る限り被害を抑えると言うのは正直、無理な話ですな。
仮に俺がこの場に居れば、儀式魔法をアブソーブで無効化させ、威嚇用にリベレイション・ファイアストームⅩ辺りを見せつければ相手の力量の高さから抑える事は出来たのですが。
「元康くん……」
「槍の兄ちゃんが来る事が頼りなのか……兄ちゃん大変だぞ」
「わかってる。俺は……結局守ることしかできないからね。元康くんみたいな攻撃も魔法の無効化も出来ない」
お義父さんが悔しげに放たれる魔法を受け止めて言いましたぞ。
俺は……そのお義父さんが本気で誰かを守ろうとした時、俺自身はお義父さんに傷など付けられないのに、そこまで自身を追いこまないで良いのですぞ。
俺はそんなに強くありませんからな。
出来る事を、勇者としての役割をこなすだけで良いのですぞ。
無茶はしないで欲しいですな。
もしも未来のお義父さんだったらどうやってこの戦いを止めたのですかな?
戦闘面だけで考えると、おそらく流星盾の上位スキル、流星壁を唱えるですかな?
んー……見当も付きませんぞ。
「これでも喰らえ! 神を僭称する愚者め!」
「やめろと言っている!」
シュサク種が配下に向けて物理的に黙らせようとしていますが、止まらないようでしたぞ。
シルトヴェルトの命令系統は攻撃の意思で染まっていました。
その時!
『力の根源足る。あたいが命じる。真理を今一度読み解き、大いなる植物よ。愚かなる者を貫け!』
「アル・ドライファ・バンブースパイク!」
シルトヴェルト軍の魔法部隊の足元に巨大な竹が生えて吹き飛ばしましたぞ。
「え?」
思いも寄らぬ場所からの魔法攻撃にシルトヴェルト軍は術者に目を向けますぞ。
その術者はお義父さんを守る様に近づいてシルトヴェルト軍の方に振り返ります。
「なんだいお前等! この状況は! 国の兵士は元より騎士も猪みたいに一直線に敵を倒せ、神を僭称する者を倒せって。冷静に対処しないと英知の賢王の罠に掛けられるって脅えてた連中は何処へ行ったんだい?」
ツメを伸ばし、お義父さんを守る様にそこに居たのは。
「ラーサさん!?」
そう、パンダ獣人だったそうですぞ。
「おっと……メルロマルクの軍の方の攻撃はまだ止められないね。悪いがアンタの結界に入れさせてくれないかい?」
「う、うん!」
お義父さんは編隊機能をパンダ獣人に送りましたぞ。
「姐御に続けー!」
パンダ獣人を慕う連中がお義父さんの味方に加わりました。
少々、お義父さんの結界が狭く感じますな。
バチンとお義父さん達目掛けて『裁き』が落ちましたぞ。
お義父さんの結界のお陰で無傷ですな。
「まったく……怪しいとは思ってたんだ。やっぱり盾の勇者だったんだね」
「やっぱり気付いてたんだ? 最近いなかったからもしかしたらこの遠征軍にいるのかとは思ってたけど……」
「当たり前だろうが! あたいを何だと思ってんだい?」
「傭兵でしょ?」
「そ、だから金の匂いを察してきたのにねー……」
パンダ獣人は深く溜息を吐いたそうですぞ。
「傭兵ってのは戦闘に関しちゃ知らなきゃいけない事も多いし金の為に戦う。そして、何よりも引き際を理解しなきゃいけない冷静さも必要なのさ。こんな指揮系統が滅茶苦茶じゃあ、まるで敗走する時みたいじゃないか」
「うん、それでも……この戦いを止めなきゃいけない」
「アンタも大概だね。とりあえず、あたいが奴等に水を掛けて冷静になる様に言ってやるよ」
パンダ獣人の攻撃でダメージを受けたシルトヴェルト軍にパンダ獣人は大声で言い放ちましたぞ。
「あのなお前等、こんな儀式魔法を受けて無傷で居られるような芸当出来るのが、本当に盾の勇者の偽者だって言うのかい?」
先ほど落下した裁きで無傷で居るお義父さんにシルトヴェルト軍のざわめきは一層強くなりましたぞ。
「だ、だが! メルロマルクが引くつもりが無いならやるしかねえだろ!」
と言う所でメルロマルク軍の後方に大量の軍隊がやってきたのですぞ。
お義父さんも増援が来たかと思ったのですが、その増援はメルロマルク軍を取り押さえたそうですな。
後方で謎の軍とメルロマルク軍の戦いが起こり、シルトヴェルト軍とお義父さんは困惑をしておりました。
やがて、謎の軍の一部隊がお義父さんに近づいてきましたぞ。
「あ!」
そこには怠け豚と女王が、お義父さんの方へやってきたとの話でした。
あ、この後怠け豚が喋りますが、それはお義父さんから聞いた話だからですぞ。
「やっと追いついたわ」
「エレナさん、間に合ったの?」
「だから来たんでしょ。盾の勇者がシルトヴェルトの進軍からメルロマルクを守る為に国境の方へ行ったって女王に伝えに行ったのだし」
「初めまして、盾の勇者様。私はミレリア=Q=メルロマルク。メルロマルクの女王です。どうかよろしくお願いします」
「あ、はい……盾の勇者をしている岩谷尚文です」
女王が一礼して、シルトヴェルト軍の方を向きます。
女王の後ろにはゲンム種の翁も同行していたそうですぞ。
シュサク種の代表がその様子を見て、ほっと胸を撫で下ろしました。
「どうやら我等の戦いは聖戦に有らず。メルロマルクの膿と同じ轍を踏んでしまっていたようだ」