鈴木悟の妄想オーバードライブ   作:コースト

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※CAUTION

この二次創作小説には、厨二病成分、TS成分、ガールズラブ成分などが含まれています。また原作設定の大幅な改変があります。そういったものを許せない方は、ブラウザバックすることをお勧めします。この二次創作小説に登場するオリジナル魔法はD&Dから引用しています。


一章 転移、転生、カルネ村
1話


 DMMORPG『ユグドラシル』はサービス終了の時が迫っていた。

 

(ヘロヘロさんも来てくれるって言ったけどまだ早いかな)

 

 異形種ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであるモモンガは、円卓の間で最後のギルドメンバーのログインを待っていた。名前が残っていた3人のメンバーに、サービス終了前に会おうと連絡をしていたからだ。

 

 サービス終了で全てが消えてしまう事への絶望と悲しさの峠も過ぎ去り、今はただ静かに終わりを見届けたい、という諦観がモモンガの心を支配していた。既に2人のメンバーとの最後の別れを済ませていたが、最後の一人ヘロヘロだけがまだログインしてこない。

 

 とはいえサービス終了予定時刻の24時までには、少し時間があった。

 

(微妙に手持無沙汰なんだよなあ。かといってここから動けないし)

 

 ギルドメンバーがログインすると特殊な事情がない限りこの円卓の間に現れる。真っ先に仲間を出迎えたいモモンガとしては動く訳にはいかなかった。暇に任せてゲーム内オークションを覗くと貴重なアイテムがタダ同然で売り出されている。伝説級や神器級の強力な品のみならず、中にはゲーム全体で200個しかないワールドアイテムすら出品されていた。

 

(もうすぐ全部消えるんだもんな……)

 

 更新するたびに大量追加される出品リストをぼんやり眺めていたモモンガは、その中に知らないワールドアイテムを発見し、衝動的に購入してしまった。破格の効果を持つワールドアイテムだがユグドラシルのサービス中にプレイヤーに発見された物は100個にも満たない。モモンガが知らない品があるのも当然といえた。

 

 『妄執と追憶』という名前のそれは、使用すると特別な種族に転生するという消費型のワールドアイテムだった。

 

(消費型だって!?)

 

 ワールドアイテムの中でも特に強力で一度使うと消滅してしまう品は、その数を取って『二十』と呼ばれ、どれもこれもバランスブレイカーな性能を持っているのだが、これはその中に含まれていない。

 

「ずっと二十だと思われてたものが二十一だったのか。これはヘロヘロさんもきっと驚くぞ」

 

(と思ったら種族クラス全消去?転生先の種族が使用者によって変わる?うーん、微妙……)

 

 ユグドラシルのキャラクターが取得できるクラスには、ファイターなどの職業系クラスとスケルトンなどの種族系クラスがあるが、このワールドアイテムを使用すると種族系クラスが消去されて新しい種族クラスの1レベルを取得した状態になるらしい。ユグドラシルは上限が100レベルなので、人間種キャラの場合はおそらく最後に取ったクラスが消えるのだろう。

 

 モモンガの場合、アンデッド系の種族クラスが削除されることで、100レベルから61レベルに下落することになる。隠しクラスの条件を満たさなくなることを考えると56レベルかもしれない。一から作り直す気概がなければ、使うのが躊躇われるワールドアイテムだ。

 

 しかしサービス終了直前の今、そんなデメリットに意味はない。むしろ最後に未知の『二十』いや『二十一』を使える、という誘惑には抗い難いものがあった。ギルド拠点の維持の為だけにログインしていた長い期間忘れていた興奮と期待感が、モモンガの心に蘇ってくる。

 

(もう最後だし、使っちゃってもいいよな?折角ならどんな能力かもじっくり見たいし!)

 

 ヘロヘロがログインしてからとも考えたが、モモンガは久方ぶりの高揚感を抑えきれなかった。

 

「よし!使うぞ!!」

 

 ワールドアイテムの絶大な力が解放される。照明が落ちるようにモモンガの視界が暗転した。一瞬の後に目に飛び込んできたのは、眩い日差しに照らされた一面の草原と、美しい青空だった。どことも知れぬ草原にモモンガは一人立っていた。

 

「……は?」

 

(転移させられた!?そんなバカな!)

 

 モモンガのいたナザリック地下大墳墓はワールドアイテムによって守護されている。外部からの干渉など受け付けないはずだ。

 

(こんな草原と青い空、ヘルヘイムにはないぞ!?)

 

 一つだけ分かることは、モモンガが今いる場所はナザリック地下大墳墓でもなければ、ユグドラシルにおいてナザリックが存在するワールド、寒冷で陰鬱なヘルヘイムですらないということだ。

 

 モモンガが感じ取った異変はそれだけに留まらなかった。青草の匂い。日差しが当たった肌がじんわりと温められる感覚。そよ風が肌を撫でる感触。すべてユグドラシルではありえないものだった。

 

 さらに全身から違和感を感じたモモンガが自分の身体を見下ろすと、ローブの胸の部分が大きく膨らんでいる。さらに胸から肩にかけてずっしりとした重みが感じられた。慌ててローブを脱ぎ捨てたモモンガは、そこで己の目を疑う物を目にして愕然とする。

 

「女……のアバター……だと」

 

 視界を覆った白い肌と大きな乳房に、モモンガの目は釘付けになった。恐る恐る手で持ち上げると微妙にくすぐったい。間違いなく自分の身体のようだ。その事実にさらに驚愕を隠し切れない。そもそもユグドラシルでこんなことをしたら、運営が黙っていないはずだ。

 

 ならばこれはどういう状況なのか。ここまで事実が積み重なれば嫌でも理解させられてしまう。

 

(現実なのか、これ)

 

 草原を渡る風に、艶やかな黒髪がさらさらと揺れる。モモンガは胸から手を放して途方に暮れた。これが現実だというなら、今のモモンガは見知らぬ場所に女の身で一人ぼっちという事になる。この現象が自分だけなのか、他のプレイヤーもそうなのか。これからどうすればいいのか。身につけている物と言えばユグドラシルの装備品くらいだ。

 

(待てよ。ユグドラシルのアイテムがそのままなら、アイテムボックスも使えるんじゃ?)

 

 モモンガが適当に念じながら手を伸ばすと、空中に濃い靄のような塊が生まれる。やがて靄の中心が晴れると、ユグドラシルでモモンガが持っていたアイテムが整然と並んでいるのが見えた。装備品魔法の巻物、ポーションなどすべてが揃っている。ただ、モモンガが常に腹部に装備していたワールドアイテムだけは見当たらなかった。

 

(やった!なんとかなりそうだぞ)

 

 両の拳を握りしめてガッツポーズをしたモモンガは、全身の装備品を神器級の最強装備に取り換え、姿見を取り出して覗き込む。そこにいたのは想像した通りの黒髪の女だった。それも男の願望と妄想を煮詰めたような、可憐さと色っぽさの狭間の美少女である。

 

 スタイルに反してあどけなさの残る顔は、プロの3Dデザイナーだったギルドメンバーが作り上げたNPCに勝るとも劣らない。何より重要なのは、モモンガの好みのど真ん中だということだった。

 

(おぉ……でも自分がなるのはどうなんだ、複雑……)

 

 どれだけ美人で好みでも、反応するモノがないという悲しさ。これはむしろ究極の生殺しというものではないだろうか。

 

 装備品の外見も変わっている。魔法が付与された装備は、使用者の体型に合わせて自動的に調整されるという基本機能があるが、今のモモンガの装備は露骨に身体の線を見せつけるような形状に変化していた。

 

 布地が薄く滑らかになってフードは消え、一際目立っていた肩当ては小型化して形状も変わった。大きく開いていた胸元は閉じられたが、代わりに背中が開いて肌が露出している。肩口や袖や裾の形状、腰回りから太腿にかけてのラインといい、もはやローブというよりドレスに見える。マントも丈が少し短くなり、八の字のような形状に変化していて、動くと腰や背中が見えそうだ。

 

 それを見たモモンガは一言こう漏らした。

 

「うわあエッロ……ペロロンチーノさんが見たら喜んだだろうなあ」

 

 もはや二度と会えないだろうギルドメンバーの名を呟きつつ、モモンガは姿見の前で色々なポーズを取って身体の動きを確かめる。

 

(エロいのはいいけど、悪の魔法使いの威厳と迫力はなくなったな……やっぱり軍服か)

 

 紫色の瞳に意志の強そうな目元だが、10台にしか見えない顔では邪悪な魔術師路線には少し無理があるように思える。そこへいくと男が着ても女が着ても埴輪が着てもかっこいい軍服は、やはり万能ということなのだろう。

 鏡の前でひとしきり身体を動かしたモモンガは、自分の身体として何も問題がないということを確認する。気になる事があるとすれば、動くたびに布地に肌を撫でられるくすぐったさと、胸に振り回されるような感覚にモヤモヤしたものを感じるくらいだ。

 

(まあ神器級のローブはこれしか持ってないし仕方ない……よし次は……ふふふ)

 

 次に確かめるのはもちろん戦闘能力だ。現状があのワールドアイテムの効果なら、レベルダウンに従って使える魔法の数が大きく減っている可能性が高い。緊張しながら行使可能呪文のリストを思い浮かべた時、モモンガは驚愕に目を見開いた。

 

「これがワールドアイテムの効果!?微妙どころじゃないぞ!!」

 

 今のモモンガはユグドラシルで習得していた718種類の魔法全てを使用できる上に、クラス制限と習得上限を無視して、あらゆる魔法を習得可能な状態になっていたのだ。実際に覚えられるかは別としても、副次効果としてあらゆるスクロールやワンドを使えるようになった、というのは非常に大きいメリットだ。指輪の装備枠も幾つか空くので、耐性やステータス強化に回すことができる。

 

(魔法強化技術も全て使えるな。種族名が分からないけど、せっかくだし『アーケインルーラー』でいくかな!)

 

 魔法には一際思い入れがあるモモンガだけに、この結果は予想以上だった。「使用者によって転生先が変わる」という説明はこういう事だったのか、と表情が緩むのを抑えきれない。ここまで巨大なメリットに比べれば、骨から女になるくらいなんだというのか、と己に言い聞かせる。

 

 未使用のまま無くなってしまったものに若干思うところがないでもないが、どうせ使う予定もなかったものだ。モモンガは不自然なほど自然に現状を受け入れていた。そんな()()()()よりもモモンガはこの現実と化した世界で魔法を試したくて仕方がなかった。アーケインルーラー(自称)のレベルが上昇した時を考えると、期待感は上がる一方だった。

 

 モモンガはおもむろに半身になって足を肩幅に開くと、離れた草むらに向けて右手を差し伸べた。こんなポーズを取らなくても狙った方向に魔法を発動できることは理解していたが、モモンガの中の何かがそれを許さない。わずかに上ずった少女の声が、力ある言葉として紡がれ魔法を発動させる。

 

<魔法三重化>(トリプレットマジック)<火球>(ファイアボール)

 

 モモンガの掌の先に生まれた3つの火の玉が高速で空中を駆ける。先を争うように目標の草むらに着弾すると、破裂して飛び散り一帯を焼き払った。着弾地点の地面は抉れ、草は黒焦げになって延焼し、吹き飛んだ土砂が頭上から降り注いでくる。

 

「は、はははは!ユグドラシルとは比べ物にならない!!本当に魔法じゃないか!!」

 

 下腹に響く轟音と振動。吹きつける熱気。飛び散る灰と土砂。焼け焦げた草の匂い。現実ゆえの圧倒的な臨場感。眼前の光景を己の意志一つで引き起こしたことを理解して、モモンガの興奮は頂点に達した。飛行魔法を使用して狂ったように笑いながら飛び上がり、モモンガは上空から地上を見渡した。鈴木悟が生きていた現実では、見ることができなくなった雄大な自然をじっくりと目に焼き付ける。

 

「はははは、は……はぁ」

 

(やっぱり種族スキルは使えなくなってるか。でも魔法がそのままだっただけで十分だ)

 

 オーバーロードやエルダーリッチのようなスケルトンメイジ系の種族クラスで覚えるスキルは軒並み使えなくなっているようだった。現在レべルや能力値や耐性など細かく確認したい項目は多いのだが、コンソールが開けない現状では確認のしようがない。

 

(コンソールが開けないのは本当に困るな……ん、あれは煙か?人がいるのか!?)

 

 ぶつぶつと独り言を言いながら飛行を続けるモモンガの視界の先に、数条の黒い煙が見えた。やがてそれはどんどん大きくなり、小麦畑に木柵、みすぼらしい家々が見えてくる。中で動く人や馬の姿も確認できるようになってきた。

 

(村だ!人がいる!……って、なんか様子が変だぞ?何人も倒れて……!?)

 

 村では馬に乗って武装した人間が丸腰の人間を追い回し、何の躊躇もなく剣を振り下ろしていた。斬られた方はバタリと地面に倒れ、起き上がる様子がない。それがどういう意味をもつのかは暴力と無縁の生活をしてきたモモンガにも分かる。

 

(ひっ、人殺し!)

 

 よく見れば村のあちこちに血の跡があり、何人もの人が倒れている。武装した兵士が民間人を一方的に殺害しているとしか思えない状況だった。モモンガは慌てて急降下して地面に伏せる。

 

 兵士達に見つかれば自分も殺されるに違いないと思ったからだ。それどころか今の自分の身体を考えれば、もっと酷い目にあう可能性もある。経験したことのない恐怖にモモンガの身体が震えた。魔法が使えると言っても今はレベルが下がっているはずだし、相手の強さも分からないのだ。なによりモモンガは自分が現実で戦うことなど出来る気がしなかった。

 

<完全不可知化>(パーフェクト・アンノウアブル)!」

 

 モモンガは魔法によって己の姿と気配を遮断する。これでひとまず安心と言えるが、この魔法も絶対ではなく見破る方法はいくつもある。己の身の安全を考えるなら一刻も早くこの場を離れるのが正しいのだろう。

 

(でも、無抵抗の村人を武装した兵士が一方的に殺すって……ひどいな)

 

 一応の安全を確保したという余裕からか、モモンガの胸の内に理不尽な蛮行への怒りが湧き上がる。それは鈴木悟が生きていた歪みきった社会への憤りと同じものだったのかもしれない。かといって恐怖が拭えるはずもなく、憤りとの板挟みにあって立ち去ることも出来ない。

 

 モモンガがジリジリと焙られるような気分で村の様子を伺っていると、すぐ近くから悲痛な子供の悲鳴が上がった。

 

 その声を耳にしたモモンガは、激情に突き動かされて宙を駆ける。前方には剣を振り上げた兵士と二人の少女がいた。剣を振りかぶる兵士の前で、栗色の髪の少女が幼い少女をかばうようにきつく抱きかかえるのが見えた。

 

「やめろ!<現断>(リアリティ・スラッシュ)!」

 

 膨大な魔力で生み出された力場が刃となって、まっすぐに伸ばされたモモンガの手から放たれる。超位魔法を除いて最高の瞬間火力を持ち、魔法抵抗力を無視する巨大な魔力の刃が、兵士の首を容易く切断した。あまりの切れ味に兵士は自分が死んだことにすら気づかず、立ったまま硬直する。頭を無くした胴体からどくどくと鮮血が吹き上がった。

 

(く、首っ!?首が飛んだ!血、血が出てる!死んだ!?殺した!?俺が!?)

 

 自分がやったこととはいえ、モザイクなし臭い付きのリアルグロ描写に、モモンガは一瞬気が遠くなる。肉と言えば整形された合成肉しか見たことがなかっただけに、ショックが大きすぎた。

 

 そして攻撃をしたことで<完全不可知化>(パーフェクト・アンノウアブル)の効果が途切れる。モモンガは青ざめた顔で口に手を当て、吐き気を堪えながら少女たちの近くに着地した。

 

(人殺し……人殺しになっちゃったよ……違う……これは違う……わざとじゃないんだ……)

 





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