バハルス帝国に来てから一週間程が経過した。
モモンガ達は宿に泊まりながら少しずつ帝国内を移動し、売っている物や使われているマジックアイテムなどを見て回って過ごしていた。
ツアレがモモンガと一緒に居る事にも慣れてきたこの頃。
帝都アーウィンタールにある露天が並ぶ広場を見ながら、並んで歩く二人の仲は中々に良好だ。
モモンガの隣を歩くツアレと体格差も相まって仲の良い親子のようにも見える。
もしツアレがモモンガに対して気を許している雰囲気がなければ、仮面を被った誘拐犯に見えたかもしれないが……
「モモンガ様、今日もいつもの様に街の散策ですか?」
「いや、ある程度は見て回れたし、この世界のレベルというのも分かった。目的はまだ考えてないが、次はお金を稼ごうと思ってな」
初めてこの国に来た時、ツアレの努力の甲斐あって少しだけユグドラシル金貨を両替出来た。実際交換したのは原型を留めていないユグドラシル金貨もどきなのだが、純金である事に変わりはなかったので価値は問題なかった。
仮にこのまま宿暮らしでも一ヶ月以上は持つ程度の手持ちはある。
しかし、貯蓄があってもモモンガの性格的には収入がまったく無いというのは落ち着かないのだ。
「えっ、でもモモンガ様働けるんですか? 私がどこかのお店とかでお手伝いしたほうがいいんじゃ……」
「流石に子供に働かせるなんて私のプライドが許せないから却下だ。というか私だって昔は普通に働いていたんだぞ?」
モモンガ自身は小卒で働いていたが、出来ることならもっと勉強していたいという気持ちもあった。この世界の教材はやたらと高額だったが、ツアレには自分と同じような思いはして欲しくなかったので金を惜しまず買い与えている。
「何か稼げるアテがあるんですか?」
「任せておけ。人間やっぱり自分の長所を活かさないとな。まぁ俺はアンデッドだけど」
そう言ってやって来たのは帝都アーウィンタールが誇る闘技場。
公共の施設で庶民から貴族まで幅広く親しまれる娯楽施設である。
連日満員の人気ぶりで試合結果を予想する賭け事もでき、帝都で一番人気の観光スポットと言えるだろう。
「モモンガ様…… まさか賭け事でお金を稼ぐなんて言いませんよね」
「そんな訳ないだろう。ちょっと肉体労働してくるだけだ」
その言葉を聞いて少しだけホッとしたツアレ。闘技場の一部では改築やら増築の工事をやっているし、力仕事でも見つけたのだろう。
「私がここにいる間、ツアレはどうする? 闘技場内を見ていてもいいし、それとも宿に戻っておくか?」
「それならもう少しだけ街を見て回ってもいいですか? まだ見れてない所も多いですから」
「一人というのは心配なのだが…… 分かった、私も出来るだけ遅くならないうちに戻るよ。それとコレを渡しておこう。コレに念じれば相手は私に限定されるが〈
「それぐらい分かってますよ。私はモモンガ様の方が心配なんですけど…… 骨だってバレちゃダメですからね」
モモンガから渡されたのは飾り気の無いシンプルなシルバーの指輪。
(この指輪は一体いくらするんだろう? こういうのって凄く高価なんじゃ……)
子供にこんな高価な物をポンと渡すなんて、モモンガの価値観はやはりズレていると思った。
これまでの経験からツアレは気づいた事がある。本人に自覚はないのかもしれないがモモンガは過保護だ。
子供扱いされるのもしょうがない年齢なのだが、これまでずっとお姉さんとして生きてきたので少しだけ反発したくなる。
だ が、自分の事を心配してくれる大人がいる安心感を嬉しいと思ってしまう自分もいる……
複雑な心境のツアレはほんの少しだけ言い返すのが精一杯だった。
モモンガと別れて一人で帝都を散策するツアレ。一人でこんな風に歩くのはいつぶりだろうかと思い返そうとするが、昔の嫌な記憶を思い出しそうで頭から振り払う。
少し心細くなったが、自分の手に嵌めてある指輪を見ると不安もなくなっていくのだった。
「あっ、本屋さん……」
そうして当てもなく歩いていると、目に入ったのはこじんまりとした本屋。
印刷技術があまり進歩していないこの時代、書物とは意外と高価なものだ。それなのに自分の為に教材を買ってくれたモモンガにツアレは本当に感謝していた。
「もしかして、これ……」
ツアレが見つけたのは一冊の本。十三英雄の物語が書かれた物だった。
ツアレは村での生活――まだ両親が生きていた頃のことを思いだす。
十三英雄の物語は有名だったので本は持っていなくとも、内容に差はあれ村でもほとんどの人が知っていた。自分と妹を寝かしつける為に母親が語ってくれた物語の一つでもある。
(そういえば、あの子はこの話が大好きだったなぁ…… 英雄のように冒険する事に憧れて、一緒に冒険者ごっこも沢山したっけ…… よし、決めた!! 私は――)
ほんの少しのきっかけにより、ツアレは自らの夢を見つける。
◆
一方その頃、肉体労働中のモモンガ……
「さぁ、お集まりの皆様。お待たせいたしました!! 本日のメインイベント、演目はチキンレース!! 次々と放たれるモンスター達にどこまで戦い抜けるのかぁ!! 勝てば勝つほど増えていく賞金!! 挑戦者はどのタイミングで辞めても構いません。しかぁし、雑魚だけ倒してやめるようなら盛大にチキンと言わせて頂きましょう!!」
司会者の声に合わせて異様な盛り上がりを見せる会場。
どうやらこの演目は欲を出し過ぎた挑戦者が無様にやられるのを楽しむらしい。
最後まで勝ち残る事、つまりは大穴狙いで賭けている客もいるのだろうが、ほとんどの者は負ける事を期待しているのだろう。
ルールとして次に出てくる対戦相手は不明で、追加の賞金だけ表示されるのが上手い具合に欲を掻き立てる演出だ。
これなら挑戦者が欲を出して無謀な事をしたと思われるだろう。
「さぁ、今回は闘技場に初出場の選手がいきなりチキンレースに参加だぁぁ!!」
司会者の紹介に合わせてゆっくりと挑戦者が歩いて出てきた。仮面に地味なローブ姿の選手。肌は一切見えず、武器も何も持っていない。
「本日の挑戦者はこちらっ!! 謎の仮面の男、モモンガぁぁ!! 果たして〈
(えー、なにこれ。みんな俺がやられること期待しすぎだろ……)
――おかしい。
私は力仕事をしに来たはずなのに……
一体どこで間違えたんだ?
闘技場で工事の仕事を見つけたモモンガは責任者っぽい人に、短時間で一番金を稼げる仕事を頼むと言った。すると何故かこの演目に出場する事になっていた……
地味とはいえ魔法詠唱者風の格好のせいで出場選手と勘違いされたのだろうか。
いつでも辞めていいと司会者は観客に言っているが、実際は全て勝ち抜かないと挑戦者は賞金が貰えない契約だ。
そのため重症を負う者が後を絶たず、死亡率が最も高い事も報酬の高さに直結していた。
「それでは第一試合、開始ぃぃ!!」
試合開始の合図と共に闘技場に放たれたのは一匹のオーガ。
銀級冒険者でも倒せる程度の強さであり、まずは場を温める前座といったところだろう。
「さて、やるしかないな。〈
「グォォォォォッ!?」
強化された火球がオーガに着弾し、解放された炎が辺りに熱風を撒き散らす。燃え盛る炎の中であまりの熱さにオーガは苦しそうにもがいているが、モモンガは冷静に魔法を唱え続ける。
「……やはりそうか。〈
指先から迸る三本の電撃は火だるまのオーガを正確に貫き、瞬く間に絶命させた。
「なんという事でしょう!! 立て続けに放たれた〈火球〉と〈電撃〉はどちらも第3位階の魔法です。さらに〈電撃〉はなんと同時に三発!! これは凄い!! モモンガ選手、初っ端から魅せてくれます!!」
会場はモモンガが場を盛り上げるサービスとして、オーバーキル気味な魔法を使ったと思っている。しかし、本当のところはそうではない。
最初に放った〈火球〉でオーガは苦しんだ。そう、死んでいなかったのである。
本来オーガ程度のモンスターなら、魔法詠唱者が余程弱くない限りは未強化の〈火球〉一発で即死させられるはずなのだ。
レベル100であるモモンガなら尚更である。
(まるで威力が無い。見た目は変わらんが中身の無いハリボテの魔法だな……)
レベル1の初心者が使った魔法みたいだとモモンガは思った。
原因は間違いなくアレであり、肺の無い体で思わずため息をつく。
オーガを倒しても挑戦はまだまだ終わらない。複数のモンスターを相手にしたり、時には亜人やワーカーとも戦った。
四戦連続でモモンガは圧倒的な魔法の力を見せつけ、会場は湧き上がる歓声で一杯になる。
そして第5試合、ついに最後の挑戦となった。
「素晴らしい!! これまで華麗な魔法で相手を全て倒してきたモモンガ選手!! そろそろ魔力の方も心配ですが、次が最後になります!!」
(やっと終わりか…… 弱過ぎる魔法の使い方も考えないとな。一から戦略の練り直しか……)
モモンガ自身の魔力はまだまだ余裕がある。だが第3位階までとはいえ魔法を使いすぎたため、魔力量を誤魔化すのも限界である。そろそろ不味いと思っていたモモンガは安堵した。
「おおっと!! 観客の皆様、おめでとうございます!! モモンガ選手、御愁傷様です…… 最後の相手はなんと!! アダマンタイト級冒険者チーム『漣八連』だぁ!!」
帝国に二つしかないアダマンタイト級冒険者チームの登場。会場は今日一番の盛り上がりを見せる。
(ここの責任者、俺に勝たせる気ゼロだっただろ!! なんで闘技場にアダマンタイト級冒険者が出てくるんだよ!!)
アダマンタイト級冒険者といえば冒険者の中でも最高ランクを指す。万が一勝ち続けた挑戦者を最後に潰す要員として、あらかじめいくつか候補を用意してあったのだろう。
「すまんな、仮面の魔法詠唱者よ。これが闘技場というものだ。重傷を負わせるつもりはないから諦めてやられてくれ」
「……」
9人いる中でリーダーと思われる男がモモンガに対して、少しの申し訳なさを滲ませながらも上から目線で話しかけてきた。
いいだろう……
そっちがそのつもりならやってやろうじゃないか。
この瞬間、なるべく目立たないように加減していたモモンガの枷が外れた。
「はっはっはっ…… 連戦で魔力が尽きかけてましてね。しょうがないので最後は拳で頑張らせていただきますよ」
「っ!?」
冒険者達は一斉に武器を構えて距離をとった。今までの経験からコイツはヤバイ存在であると脳が警鐘を鳴らしたのだ。同時に試合開始のゴングも鳴り響く。
「まぁ、安心しろ。こちらも重症を負わせるつもりはない――」
「相手は一人だが油断するな!! ここは堅実に守りを固めつつ、隙をついて攻め――ガハァッ!?」
――リーダーは壁に叩きつけられた。
――タンク役は盾が弾けた。
――その他7名はいつのまにか宙を舞った。
「――諦めてやられてくれ。……もう聞こえてないか」
モモンガはシンプルに近づいて殴るを繰り返しただけだ。しかし、会場の観客からすれば魔法を使ったようにしか見えないだろう。
アダマンタイト級の冒険者チームが一人の魔法詠唱者に倒されるという、あまりの出来事に会場はフリーズしていた。
「……っは!? 決着、決着です!! アダマンタイト級冒険者チームをまさかの瞬殺!! モモンガ選手の使った正体不明の見えない魔法に一瞬で叩きのめされましたぁ!! こんな大番狂わせを誰が予想した事でしょう。モモンガ選手の勝利だぁぁぁあ!!」
(はぁ、なんとかステータス差によるゴリ押しで勝てたか…… だが、レベル100クラスとの戦闘はとてもじゃないが無理そうだな…… これは今後の課題だな)
会場はモモンガを讃える拍手に包まれた。
こうしてモモンガは見事大金を手に入れ、ツアレが待つ宿に帰った。
◆
モモンガが宿に戻ると、ツアレが意を決したような顔で話しかけてきた。
「モモンガ様…… あの、聞いて欲しいことがあるんです」
「ん、どうしたんだ?」
「私、やりたいことを見つけました。えっと、妹は冒険者に憧れていて、冒険譚とか大好きだったんです」
モモンガは軽く頷きながらツアレの言葉を静かに聞き、そのまま続きの言葉を待っている。
「だから、私は吟遊詩人になります。モンスターと戦うのは無理かもしれないですけど、みんなが楽しめる冒険譚を伝える人になりたいんです」
ツアレの言ったことはまさに子供の夢だろう。要は妹が冒険譚が好きだったから、それを語る仕事をしたいというだけだ。安定していない職業で将来独り立ちした時に生活していけるかも分からない……
だが、モモンガはそれで良いと思った。何がきっかけでその夢に決めたのかは分からない。子供特有の影響の受けやすさから出た一過性のかもしれない。
それでも、ツアレの夢を語る姿が眩しかったのだ。
それはリアルでは見られないもの――モモンガには無かったものだから……
「ふふふ、あはははは!! そうか吟遊詩人か!! ツアレは面白いモノを選んだな…… 良いじゃないか、もちろん私は応援するぞ」
「本当に良いんですか? あの、教材も買ってくれてたのに……」
「ああ、私は別にツアレに普通の職について欲しかった訳じゃないよ。どんな事をするにしても算数や読み書きなんかは必須だしな。選択肢を増やしてあげたかっただけだ」
「モモンガ様……」
「これからも学ぶことは沢山あるぞ。吟遊詩人になるというのならば様々な世界を知らないとな。一緒に冒険してこの世界を見て回ろう。自分の冒険を物語にするのも良いんじゃないか?」
「はい!! 行きます。自分だけの物語を書きます!!」
モモンガがそれ程までに自分の事を考えてくれていたなんてと、ツアレは感謝の気持ちで一杯になった。
更には自分だけの冒険譚だなんて、妹の夢まで叶いそうだ。
自分には選択肢なんてロクになかったから、ツアレには好きな仕事を選んで欲しい。
あの世界を生きていたモモンガならではの優しさは、基本的に親と同じ職に就くことが多いこの世界では珍しい考え方なのだろう。
「よし、ツアレのやりたい事も決まったし早速行こうか」
「えっ?」
「何故か闘技場で目をつけられたっぽいから、帝国に長居するのは不味そうだ。よく考えたら私たちは不法入国者だしな。調べられたら一発でアウトだ」
「えぇぇ……」
(目をつけられるって、モモンガ様はどんな仕事してきたんですか……)
「そうそう、今更だけど名前もツアレと名乗る方がいいかもな。フルネームだと死んでないのが何処かでバレるかもしれん」
「あ、はい」
吟遊詩人を目指す事に決めたツアレ。
彼女が普通の吟遊詩人になれるかはまだ分からない。